29. 2012年5月16日 21:56:06
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「新たな価値観で若者が希望を持てる社会を」 民主党への建設的提言 各界識者に聞く 第6回 精神科医 香山 リカ 氏 2012年05月16日 ――2009年の政権交代を、どのように受け止めましたか。 香山 ある意味感動しました。政権交代の実現そのものへの達成感、期待はありましたが、それ以上にその後の鳩山由紀夫さんの所信表明演説がとても感動的でした。職に就けず自殺された息子さんを持つ老婦人と遊説で出会ったというエピソードを交えながら、弱い立場の人々、少数の人々の視点を尊重していきたいということを「友愛」という言葉に象徴させて語られました。 その具体的な取り組みに向け、自立生活サポートセンター「もやい」の湯浅誠さんと自殺対策支援センター「ライフリンク」の清水康之さんという二人の、NPO団体代表の青年を内閣府参与に抜擢(ばってき)。私も彼らとはつながりがありますが、本当に信頼できる人物なので、これからはこの人たちが政権の中枢と結びつき仕事をしていくのだという希望を感じました。 ところが、鳩山内閣は普天間問題などにより10カ月あまりで退陣。今は問題が多過ぎることもありますが、菅内閣に代わると貧困対策や自殺対策ばかりをやっていられないということになり、結局変わっていないのが現状です。 ――政権交代が起きたとき、これで世の中は変わると多くの国民が期待していました。自殺問題で言えば、鳩山政権が重点的に取り組むようになったことで、1998年の橋本政権以降、毎年3万人を上回っていた自殺者数が3万人を切るのではないかという局面もありました。 香山 当時、鳩山総理は所信表明演説のなかで「これからは人間のための経済でなければいけない」と言われ、小泉・竹中路線の構造改革によって生まれた「お金のための経済」の流れから「人間のための経済」に変わっていくのではないかという思いがありました。 ――貧困・自殺問題以外にはどのような政策に期待されましたか。 香山 例えば、障害者自立支援法。自立支援と言いながら作業所への助成金が出なくなったりするなど、実際には障害を抱えた方にとっていろいろと現場で不利益なことがありました。それに対して長妻昭厚生労働大臣がいち早く廃止すると明言されたことは、自民党時代に指摘されていた問題に迅速に取り組んでくれる人たちが登場したという大きな期待をしました。 ――私があのとき大事だと思ったのは言葉の力。鳩山政権では、例えば所信表明演説などで自分が何を語りたいかを示し、当時の松井孝治官房副長官や内閣官房参与の平田オリザさんがスピーチとして練り上げていきました。国民に伝わる言葉を発信していくというスタイルにも政権交代の新しさを感じました。 香山 そうですね。従来の演説口調、“早大雄弁会的”でない普通の話し方で伝わる言葉を話される方が当時の政権には多くいらしたと思います。それに対していま、テレビで言うテロップのような、印象的でインパクトのある言葉の方が受けが良くなり、それがイキのいい政治家の話し方ととらえられていることは、私としては危険な気がします。 試行錯誤も含めて待つ姿勢が必要 ――よく明治維新と比較されます。維新後も新政府は10年以上の試行錯誤を経て安定していき、一方の江戸幕府も徐々に崩壊していく。そうした歴史の流れでした。日本史の中で位置づけると民主党政権は今が正念場であり、なんとか踏ん張らないといけない。 香山 本当にそう思います。明治維新のときは日本という国がどうあるべきかという話でしたが、今は「グローバル化した社会のなかでの日本」と位置づけも変わり、国民も「悠長なことを言っていたら、アジアのなかでのステータスが下がってしまう」など、何につけてもスピード化のなかでゆっくり待てないのだと思います。本当は、少々のことには目をつぶり、せっかく生まれた新しい政権をバックアップしなければいけないと思いますが、社会状況も厳しく国民に余裕がないなか、有権者が今すぐ変わることを期待してしまった部分はあります。政治家の言葉もテロップ文になってしまっているように、時間を待てない、長い言葉は聞けないという心理的な余裕のなさは、ある種の劣化を意味している可能性もあり、試行錯誤も含めて待つ姿勢が必要だと思います。 ――日本では閉塞感、政治への不信感が広がっています。それをなんとかしなければ、民主党どうこうではなく日本社会そのものが崩れていく恐れがあります。それをどこで食い止めるのか。大事なことは希望がイメージできるような理念の提示だと思うのです。 香山 私はどんな事態であっても理念、どういう国にしたいかということは大事だと思います。 一方で、それとは逆に今の人たちが納得できる、これだけの予算を組めばこれだけの受益を与えられるというような見積書、またいつ頃までにどの政策を実現していくというロードマップを示すことが必要だと思います。明確な目標を設定したうえで、さまざまな事情により実現が難しいということになれば、その理由と新たな目標とをデータや数字を分かりやすく示しながら説明していく必要があるのではないでしょうか。理念と現実的な数字と両方が求められています。 本当に支援が必要な人への手当てを ――自殺対策で言うと、現場ではどのような課題があるのでしょうか。
香山 自殺対策基本法の施行などにより、現場で草の根的な活動に取り組まれている方は大勢いらっしゃいますが、うまく予算が使われていないように感じます。例えば、私も自治体主催の自殺対策のイベントなどに招かれることがありますが、講演会や相談会といったイベントで予算を消化しているケースが目立ちます。しかし、これは残念ながら継続性があまりありません。来場された何百人かには周知できますが、本当に支援が必要な人には届いてないような気がします。 そういう意味で、「命の電話」など実際に運営している事業への支援、そして何といっても人を育てることが大事です。例えば今、東京23区内にも自殺者数が目覚ましく減少している地区がありますが、これは結局「すごく熱意のある保健師さんがいる」といった個人の力なのです。頑張る一人がいるという。各地に熱意がある、能力が高い人材はいますが、後継者は育っておらず、そのノウハウが継承できない。また、各自治体の相談窓口の人自身が派遣など非正規雇用の人で、非常に不安定な状況にあるというケースも多く見られます。今公務員が多過ぎるから減らすべきという風潮になっていますが、実際の現場ではとにかく人手が足りません。どこで余っているのかと思います。 ――本来、そういったところへの予算手当が必要だということですね。 香山 すでにある仕組みを活用すればいいと思います。もちろん医療費が財政を圧迫しているというのは分かりますが、本当に必要なところが削られたり、しっかり手当てされていないように感じます。 ――頑張る現場ほど人が足りていないにもかかわらず、公務員を減らせという声ばかりが目立っている。 香山 同様に、被災地の公務員の問題もあります。実際の因果関係は定かではありませんが、自殺される方も出てきており疲弊するスタッフたちの心のケアに取り組む必要があります。自治労の方々と連携していろいろと仕組みづくりにも取り組んでいますが、公務員の心のケアよりまずは被災者だろうという声が強くやりづらいです。 ――今の日本社会にとって大事なところから、優先的にメリハリのある予算づくりをする。それが政権交代で目指したことです。 香山 一番声の小さい、弱い人から犠牲になっているように見えてしまいます。 今の日本における幸福の姿とは何か ――香山さんは大学の教員もされていて若い世代との接点も多い。若者に希望を持ってもらえる世の中にするための課題は何だと考えますか。 香山 やはり雇用、就職の問題は、彼らの自信を失わせています。学生には本当のあなたへの評価ではないから気にしないようにと、自信を失わないようにと言っていますが、100社受けても内定が出ないという状況が続くと、自分は必要のない、世の中にとっていらない人間だと思ってしまいます。今の学生を見ていると、ある意味自己責任の考え方が行きわたり過ぎてしまっていて、就職がうまくいかなくても、自分が悪い、自分の努力が足りなかったからだと。政治や社会が悪いとは思わない。昨年「ウォール街を占拠せよ」という若者たちによるデモがありましたが、日本ではインターネットで叩いて憂さ晴らしをするのがせいぜいで、生産的ではありません。 私たち大人は、経済成長や世界のなかでGDPランキングが何位かという価値とは別の、本当の幸福の姿とは何かを示すことが必要なのではないでしょうか。少子高齢化、グローバル社会のなかでかつてのような経済成長が難しいことはみんな分かっているわけですから。そうでなくても幸せになれるということを大人が若い世代に見せていかなければいけないと思います。 ――どういう成熟社会をつくるのか。その具体的構想をわかりやすく提示して、改革を進めていく必要があると思います。 香山 まさにそうだと思います。私たちのなかにも「経済成長をしなくてもいいかも」と言った瞬間にがたがたと三流国、四流国になってしまうのではないかという漠然とした恐怖感、強迫観念があるとは思いますが、おそらくそんなことはないでしょう。急に発展途上国のようになることはないと思います。 ――最後に、今の政権にひとことお願いします。 香山 野田さんは、スピーチでは人々に訴えかける、届く言葉を持っている方だと思います。何としても踏ん張って社会保障を守ると、すべてにいい顔をするのではなく、まず日本はこれをやらなければ大変なことになるというように、優先順位をつけてしっかり取り組んでいってほしいと思います。 (プレス民主5月11日号より)
民主党広報委員会 http://www.dpj.or.jp/article/101020/%E3%80%8C%E6%96%B0%E3%81%9F%E3%81%AA%E4%BE%A1%E5%80%A4%E8%A6%B3%E3%81%A7%E8%8B%A5%E8%80%85%E3%81%8C%E5%B8%8C%E6%9C%9B%E3%82%92%E6%8C%81%E3%81%A6%E3%82%8B%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E3%82%92%E3%80%8D%E3%80%80%E6%B0%91%E4%B8%BB%E5%85%9A%E3%81%B8%E3%81%AE%E5%BB%BA%E8%A8%AD%E7%9A%84%E6%8F%90%E8%A8%80%E3%80%80%E5%90%84%E7%95%8C%E8%AD%98%E8%80%85%E3%81%AB%E8%81%9E%E3%81%8F%E3%80%80%E7%AC%AC%EF%BC%96%E5%9B%9E%E3%80%80%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E7%A7%91%E5%8C%BB%E3%80%80%E9%A6%99%E5%B1%B1+%E3%83%AA%E3%82%AB+%E6%B0%8F 原発問題に過剰にのめり込んでいるのは 一般社会に強い欺瞞を感じた人たち 震災や原発事故を「まるでなかったかのように」して、3.11以前の生活に戻ってしまおうとする人が増えています。そして前回お話ししたように、現代社会は「被災者支援を持続させられない」社会になっています。 その一方で、ネットの世界を中心に、原発事故にのめり込んでいる人たちがいます。 彼らの多くは、知的レベルが高く、情報収集に熱心で、いまの世の中の趨勢を注意深く見ている人たちです。 特に、これまで一般社会にうまく適応できなかった、引きこもりやニートといった人たちがその中心層の多くを占めているように見えます。 彼らは、企業社会やアルバイト先で、会社人間としての振る舞いや低俗なオヤジギャグに会話を合わせることに耐えられません。薄汚いごますりや打算、好きでもない商品を売ることに対して、強い欺瞞を感じている人たちです。 「食っていくためには、嘘もつかなければいけないときもある」 大人が発するそんな言い訳めいた言葉に、かえって嫌悪感を強めています。 彼らには生活能力がなく、結局は親がかりです。 しかしながら、自分がやりたくもないことを、社会をまるでわかっていないような頭の悪い人たちと一緒にやりたくない。劣等感と優越感がない交ぜになったような、一面では純粋な理想主義者たちなのです。 そんな彼らが原発問題にのめり込んでいます。そして、「神」として崇拝しているのが、いま反原発で最も注目されている小出裕章氏です。 自分の信念を曲げずに主張を貫く姿に 理想と希望のイメージを重ね合わせる人々 京都大学原子炉実験所助教の小出さんは、原発を研究しながらも反原発を唱え、そのことが原因で大学から教授や准教授といったポストを与えられてきませんでした。当然のことながら「原子力ムラ」からも排斥されています。小出さんは、それでも信念を曲げずに正しいと思うことを言い続けてきました。 原発事故が発生すると、相変わらず原子力ムラからは徹底的に無視されますが、期せずして世間からは「それが真理だった」と評価されます。 「妥協や打算でなく自分の信念を曲げずに正しいと思うことを信じていれば、いつか自分が正しかったことが証明される」 原発事故を喜ばしいと思う人は誰もいません。ただ、これまで大学の中で「冷や飯を食わされていた」小出さんが脚光を浴び、時代のヒーローになっていく姿は、彼らにとって理想のイメージ、希望の星、自分の願いを投影する存在になっているのでしょう。 厳しい言い方になるかもしれませんが、彼らには自分が抱えてきたルサンチマンが一気に晴らされたという感覚があるのかもしれません。もうすぐ定年を迎えようとする年齢まで屈辱的な地位にいた人が、いまや日本中で最重要人物の一人になるという姿に、彼らはおとぎ話のようなイメージを抱いているのではないでしょうか。 彼らはこころを患っているわけではない 現実社会への猜疑心が強いだけ 彼らは、こころの病を患っているわけではありません。 仮に彼らが精神科を訪れて、病名をつけなければならないとしたら、現実社会にうまく適応できないということで「適応障害」と診断することになるでしょうか。あるいは、世の中に対して恨みごとを言い連ねるタイプの人には「パーソナリティー障害」という病名を伝えるかもしれません。 しかし、彼らはそれなりにやる気もあり、優秀で学習意欲も高く、知的好奇心も強い人たちです。それなのに、どこか歯車が咬み合わず、社会にうまく溶け込めない。自分でも社会が受け入れてくれないと思い込んでいるのです。 彼らのようなタイプの人たちのなかで、ネット上で最初に注目されたのは、2000年5月に西鉄バスジャック事件を起こした17歳の少年です。ハンドルネーム「ネオむぎ茶」といえばご記憶にある方も多いのではないでしょうか。 彼は優秀な高校生でした。偏差値の高い高校に入ったもののすぐに退学し、引きこもり生活に入ります。やがて「2ちゃんねる」で事実上の犯行予告をしたうえで3人を死傷させるバスジャック事件を引き起こしました。 17歳という若さの彼が、人生を諦める必要はなかったと思います。しかし、彼は何も打つ手がなくなったと思い込み、自分をここまで追い込んだ社会に対する腹いせをしようと凶悪事件を起こしたのです。 ファンタジーへの逃避で平穏を保ってきた彼らが いま原発問題にこころの平穏を見出している 彼らは、こころの平安を取り戻すためにゲームやアニメ、あるいはアイドルといったファンタジーに逃避し、気持ちを落ち着かせてきました。 ファンタジーの世界には、彼らが現実の世界で不満に思っていることは出てきません。登場したとしても、悪者として描かれるのでいずれ排斥される運命が待っています。 これまで、彼らが現実逃避のためにのめり込んでいった代表的なものが「新世紀エヴァンゲリオン」でしょう。 惹きつけたのは、登場するキャラクターの魅力やファンタジーとしての世界観だけではありません。このアニメには、精神分析、神学など多様な学問領域があり、様々な専門用語が散りばめられています。 彼らは、精神分析の分野で未知なるものが登場すると、先を争って精神分析の本を読み漁りました。宗教的な用語の背景を知ろうと、こぞって宗教学の本と格闘したのです。 そんな彼らが、いま原発問題に向かっています。 ファンタジーの世界ではなく、現実のなかに逃避を正当化できるテーマが出てきたからです。彼らにとって、これほど学びがいがあるテーマはありません。「新世紀エヴァンゲリオン」とは比較にならないほど高度に体系化された世界だからです。 私たちは何気なく原発問題と表現していますが、この問題にはすべての学問領域を網羅する壮大な体系が存在しています。物理学的な側面、工学、建築学などの要素。原発をめぐる政治、環境問題。これまでの原発を取り巻く歴史、文学など、一つの小宇宙と言ってもいいと思います。 ネットですべてが完結するという錯覚 現実社会との接点を持つことは避けられない 私たち精神科医は、逃避する彼らと現実との接点を作ることに腐心してきました。 しかしいま、それはインターネット社会の発達によって困難になっています。彼らの知識欲や他人と交信したいという欲求は、すべてネット上で満たされるようになってしまったからです。 彼らはいま、フィクションの世界ではなく現実の世界に起こった原発問題にこころを奪われています。とはいえ、彼らが行動するのはあくまでもネットの世界に限定されてしまいます。熱狂する彼らがネット上で喧々囂々の議論をしても、現実に起こっている原発問題は何も解決しません。むしろ現実世界とネット上の世界に大きな乖離が生じてしまっているように思えてならないのです。 「こういう人たちは、ネットで生活を成り立たせ、ネットで人とコミュニケーションを取ればいいのではないか」 実際に働きに出なくても、インターネットによるFX取引で父親より稼ぐ人も出てきています。私もそんなネットだけの生活が成り立つのではないかと考えた時期もありました。しかし、ホリエモンの収監の様子をテレビで見て、ネット上のバーチャルな世界が発達しても、限界があることをつくづく感じました。 ネット世界の象徴でもあるホリエモンも、現実に身体を拘束される刑務所行きという事態は避けられませんでした。時代が変わっても「ネットで服役」ということは起こり得ないのです。 彼らが原発問題に熱狂して、彼らが何かを変えられるとしても、ネットの中の一つの小さなトレンドに過ぎません。現実に動いている体制には、大きな影響を与えることはできないのです。現実社会との接点こそ、ネット全盛の時代にあっても、ないがしろにできない大切なことではないでしょうか。 小出氏が世間の注目を浴びるようになったことで、奇しくもネットの社会に引きこもった人たちの存在を再発見することになりました。これらの人の力を、いまの社会はうまく活用できていない現実が浮き彫りになったのです。 http://diamond.jp/articles/-/12955 http://diamond.jp/articles/-/12955?page=2 http://diamond.jp/articles/-/12955?page=3 http://diamond.jp/articles/-/12955?page=4 |