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原発と核廃棄物、日本と世界の現状について。
あまり確証がある記事ではありません。ただ、色々な情勢を見ると、どうもこういう背後関係というか事情があって、世界が動いているのではないかという仮説です。更に、資料を調べていくと背景がどんどんと広がってしまうので、この記事の途中から一切インターネットにはつながないで書きました。そのため、本来は資料の出典を示すことが出来る場合も、それが示されていません。
アメリカは核兵器を世界で最初に作った国として、核の恐ろしさ、放射線の御しがたさについては太平洋戦争当時から解っていたはずです。当然、核廃棄物が今後問題になるということを解っていて、それをどうするかを検討したはずです。太平洋戦争後、アメリカ軍部が、軍産複合体がどういう目論見を持ち、どう世界に対処してきたかを、かなりの独断を持って推理するのがこの記事の目的です。
太平洋戦争後ほぼ10年の1953年年末に、アメリカ合衆国のドワイト・アイゼンハワー大統領がニューヨークの国際連合総会で行った演説が、Atoms for Peace 原子力の平和利用を促すものでした。しかしその実態は、ソ連の核武装が急ピッチで進み、当時アメリカには大陸間弾道弾がなかったため、ソ連に近いヨーロッパ諸国へ原発を供与し、核武装を促すためでした。このことは、アメリカの建前と本音の分離を現す非常にいい例です。
しかし、考えてみると、アメリカはヨーロッパ諸国へ原子力発電所を輸出するよりも単に原子爆弾の材料となるウランやプルトニウムと原子爆弾の設計図を輸出すればそれでよかったのです。原子力発電所の輸出は、原子爆弾の材料となるプルトニウムが運転を続ければ続けるほどいくらでも得られることになり、それはアメリカの安全保障上脅威となると考えるのが普通です。もちろん、原子力の平和利用が軍事に転用されないようにIAEAという国際機関が作られています。日本などはIAEAの監視カメラが世界で最も多く据付けられていて、どの原子炉の出入り口や使用済み核燃料プール上部にもIAEAの監視カメラが目を光らせていると言われています。しかし、どのように監視しようとも核施設が出来、その運用もやらせるのですから、平和利用が軍事利用に変わる可能性は常にあるわけです。実際、北朝鮮ではそれが行われました。
では、なぜ、アメリカは世界の多くの国へ原子力の平和利用を口実に原子力発電所を輸出したのでしょうか。普通に考えられるのは次のような理由です。原子力発電所を作ることで、ウランの採掘で生じるウラン残渣の問題や核兵器の製造や耐用年数を過ぎて廃棄によって生じる核廃棄物の問題をごまかすことです。原子爆弾は究極的な兵器としてアメリカ政府にとりどうしても必要なものでした。もし、原子爆弾だけを保有してい、原子力発電所がなければ、ウラン残渣や核廃棄物の問題によりアメリカ国内から原子爆弾反対という声があがってしまっていたでしょう。原子力発電所があれば、発電のためのウラン採掘だと言えますし、核廃棄物も原子力発電所から出たものと一緒に処分が出来ます。しかし、だからと言って、世界の多くの国へ核武装のきっかけを与えることにもなるわけで、原子力発電所を世界の多くの国へ作らせて行ったのはこのような理由付けではうまく説明できません。
こういうときに有効なのは、現実の経過をもう少し詳しく見てみることです。第2次世界大戦の末期、アメリカは原子爆弾の研究を始めました。そして、1945年の夏にウランを使った原子爆弾が広島に、プルトニウムを使った原子爆弾が長崎へ使用されたのです。奇妙なことに広島へ投下された原子爆弾のウランをどうやって入手したのかはっきりしないと言うことです。一説にはナチスの製造したウランが使われたとも言われていますが、信憑性はあまりないようです。プルトニウムについてはハンフォードというところに建設された黒鉛炉で製造されたことがわかっています。このハンフォードはアメリカ西部のカナダとの国境にあるワシントン州にあります。ワシントン州はカリフォルニア州の上に位置し、カリフォルニアは大きな地震が起こることで有名な場所です。そして、次に述べる理由から、どうしても地震と原発の関係が原子力の平和利用をアメリカが言い出した根本的な理由であると考えざるを得ないのです。
プルトニウムは人工的な元素です。ですから、自然状態のものから抽出することは出来ません。どうしても原子炉を使って作る必要があるのです。1945年にはプルトニウム原子爆弾が使われたのですから1944年にはプルトニウム製造用の原子炉が作られていたはずです。Atoms for Peaceの宣言が1953年年末ですからそれまでにプルトニウム製造用の原子炉はほぼ10年間使われていたことになります。そして、このほぼ10年と言う期間中にハンフォードの原子炉施設にかなりの影響を与えた地震が起こった可能性があるのです。
日本は国土の出来方そのものが海底に積もった泥などが持ち上がってできたと言われていて、地表部分は沖積層という砂礫や粘土、火山灰などで覆われています。つまり、国土全体がかなり軟らかい地盤で出来ているのです。それに対して、アメリカは日本に比べると格段に硬い地盤で出来ています。火成岩が表面に露出しているところもあり、日本に比べると全体が一枚の硬い板のような状態なのです。
2011年3月に日本では東日本太平洋沖地震が起こりました。マグニチュード9という超巨大地震でしたが震源から150キロとか200キロの距離にあった東北地方の太平洋沿岸地域では震度6程度の強い揺れがありましたが九州ではほとんど揺れを感じることはありませんでした。マグニチュード6程度の地震なら陸域で起こっても日本の本土全域に影響を与えることはまずありません。
しかし、アメリカは事情が異なります。マグニチュード6程度の地震であれば日本の国土面積の数倍程度の広い地域へ影響を与えてしまうのです。推測でしかありませんが、アメリカがハンフォードの黒鉛炉でプルトニウムを製造していたときに近くである程度の地震が起こり、ハンフォードの黒鉛炉もある程度の影響を受けたはずなのです。そのとき、技術者たちは原子炉の危険性を思い知ったはずです。地震で原子炉は壊れる可能性がある。しかし、原子爆弾の原料であるプルトニウムを原子炉を使って製造することはやらなければいけない。そして、核弾頭の廃棄に伴って出る核廃棄物や原子炉の運転に伴って出る使用済み核燃料の高レベル廃棄物の問題があるのです。このような状態のとき、どうしようとするでしょうか。
その答えがAtoms for Peace 原子力の平和利用だったのです。しかし、このような言い方ではあまりに漠然としてピンときません。ここでも具体的に考えて見ましょう。世界中に原子力発電所を作るとどうなるでしょうか。世界中で原子力発電所が地震で壊れる可能性が出てきます。そして、その可能性は地震の頻発地域ほど高いでしょう。アメリカの西部はかなり地震が頻発する地域ですが東部はほとんど地震が起こりません。ですからアメリカ西部にあるハンフォードの原子炉施設はなるべく早く閉鎖して地震のほとんど起こらないアメリカ東部へ原子力発電所を建設し、そこから原子爆弾の原料であるプルトニウムを調達すればいいのです。世界のいろいろな国で原子力発電所が出来るのですから、アメリカ東部に原子力発電所が作られてもあまり反対は起こりようがありません。そして、もし、地震の頻発する地域で原子力発電所が地震によって壊れたら、そして、国土が放射能汚染されてしまったら、そこへ世界中の国から出る核廃棄物を処分することを国際的に提案して全世界合意の上でその汚染された国の国土をアメリカも含めた世界中の国々の核廃棄物処分場にすることが出来るのです。アメリカ一国だけがどこかの国を自国の核廃棄物処分場にしようとしたら国際的な非難を避けることが出来ないでしょう。しかし、世界中の国がみんなでその汚染された国を処分場として使うのなら、アメリカは非難を浴びることはありません。
ウラン採掘やプルトニウム製造は原子力発電所の陰に隠れてできますが、どうしても困るのが核廃棄物の問題です。アメリカでは高レベル核廃棄物については100万年の安全保管が義務付けられています。人類の歴史が50万年とか60万年ほどと言われていますから、100万年は人知を超えた長さです。しかし、核廃棄物の中には何億年もの間放射能を発し続けるものもあり、これでさえ不十分な面があります。更に、核廃棄物の多くが最終的には重金属となり、重金属毒性を持つので、その毒性は永遠に残るわけです。地上保管は100年とかの間隔で建物を建て替える必要があり、これ自体が大変コストがかかりますし、地上に何千トンとか何万トンの高レベル核廃棄物を置くのは危険です。しかし、地下に埋めるとなると、結局埋めっぱなしにするしかなく、何万年もの間の安全保管はとても無理ですし、ましてや永遠に重金属毒性を持つものを何千トン、何万トンの規模で地下に何万年も保管することはできません。少なくとも、北アメリカ大陸とかユーラシア大陸などの大陸部分では保管できないのです。では、どうするか。島嶼、つまり、大陸とは別の、地下水のつながりがない、島の地下に処分するしかないと考えたはずです。
あまりにひどい推測だと思われるかもしれませんが、そう考えざるを得ないような傍証が次のように数多くあるのです。それを箇条書きしていきます。
1.アメリカ国内で、核廃棄物を安全なものと偽ってネイティブインデアンへ渡し、ガンなどを発症させて組織的にインデアンの絶滅を計画した事例が複数あること。
2.ソ連で1986年に起きたチェルノブイリ原発事故は当初運転員の操作ミスとされたが、チェルノブイリ原発の直下で比較的小さな地震が起こったことが確認されていて、その地震が事故の原因であった可能性が指摘されていること。そして、奇妙なことに、その仮説の検証がされず、地震原因説はソ連政府やロシア政府、そして、アメリカ政府からも無視されていること。チェルノブイリ原発事故は非常に被害の大きかった事故であり、現在でもまだ放射能の問題は片付いていないのですから、事故原因の解明は大変に重要であり、どこの国の政府にとっても必要なことです。なぜ、世界の多くの国が地震原因説の確認をしようとしないのでしょうか。
3.スリーマイル島原発事故が起こったのが1979年でした。スリーマイル島原発はニューヨークの比較的近くにあり、人口密集地域のすぐそばにありました。また、事故当時、アメリカ全土でチャイナシンドロームという原発事故を扱った映画が上映されていました。そのため、全米で原発が危ないと言う世論が高まり、原発反対の市民運動が起こされ、これ以降、アメリカ国内では一基も新規の原子炉は作られていないのです。しかし、このころにはアメリカ国内に既に100基以上の原子炉が建設され運転されていました。これだけの数があれば、核兵器製造のためのプルトニウムも十分に得ることが出来ますし、核廃棄物も原子力発電所の廃棄物処理にまぎれて行うことが出来ます。もともと危険な原子炉を際限なく作るのは危険すぎるので、わざわざ軽微な事故を起こして、危険だと言う世論喚起をして原子炉の新規建設をわざわざとめたと言うことが真相のはずです。スリーマイル島原発事故ではヨウ素のみが大気中へ漏れ、セシウムやウラン、プルトニウムは一切漏れ出していないとされます。原子炉圧力容器の中で核燃料のメルトダウンが起きたのですが、圧力容器の壁を溶かすことまではしなかったのです。奇跡的に大事故一歩手前で事故が収束したことや原発事故の恐怖をあおるチャイナシンドロームと言う映画が上映中であったこと。そして、この事故以降一基も新規原発が出来てないこと。しかしそれでも原子力発電の発電コストが1キロワット一時間で5円程度であるとアメリカ政府が公表していたことなどを考えると、あまりにもこの事故のタイミングや事故の経過は出来すぎでしょう。
4.福島第一原発事故以降、日本の原子力発電所の原子炉の機構がアメリカなどの原子炉と比べて安全性に劣るものであることが明らかにされたこと。たとえば、ベントの配管がそれ専用のものではなくて建屋内の排気をおこなう配管とつながっていたこととか、ベントをするために開閉する弁を電気的にしか動作しないものにしてあったこと。そして日本ではすべての原子炉で使用済み核燃料の保管プールが原子炉建屋内の上部に作られていたことなどがあります。アメリカではベント配管は専用のものがつけられていますし、ベントのための弁は手動でも開閉が出来るようになっていました。また使用済み核燃料の保管プールは原子炉建屋とは別の平屋建てのものになっていたのです。イギリスやフランスの原子炉がどうなっているかはっきりしませんがスイスのものについてはほぼアメリカのものと同様の改良が加えられていたようです。日本の原発のほとんどはアメリカメーカーからの技術導入によって建設され、現在もアメリカメーカーの監督下での維持管理がされています。具体的にアメリカの原子炉メーカーの社員が維持管理に携わっているのです。アメリカに比べて格段に地震の危険性が高い日本の原発に対しアメリカ国内よりも低い安全性しか求めていなかったことはおかしなことです。
5.確か、スイスだったと思いますが、その原子力専門家が日本の電力会社に対して、ベントのときに使うフィルターを設置するべきだと進言したところ、アメリカの原子炉メーカーが設置は必要ないと言っているからと日本の電力会社関係者が答えたと言うことです。これも奇妙なことです。
6.アメリカの友好国であるイギリスやフランスに原子炉が多く作られていき、当然原発事故の可能性もあるわけです。しかし、事故の危険性と原子爆弾の保持と言う利点を比べてみると、これらの国では利点がより大きいと判断でき、アメリカもそのように判断したはずです。そして、もし万一たとえばイギリスで大規模な原発事故が起こってしまったら、予定通りイギリスの国土を廃棄物処分場にしようとしたはずです。イギリスはある意味アメリカの建国を担った人々が追い出されてきた国であり、アメリカを植民地支配しようと重税をかけてきた国でもあるのです。更に、宗教的にもアメリカのプロテスタントとは異なる宗教の国です。
その他その他、あと10個ぐらいは同様な傍証をあげることが出来るのですが、大変なのではしょらせていただきます。
ここからは、そういう計画を持っていたアメリカが現在どうしようとしているかについてです。
世界の多くの国にとって幸運なことに、1986年のチェルノブイリ原発事故と2011年の福島第一原発事故以外大きな原発事故は起こっていません。そのため、未だに、アメリカは大量に既にたまってしまった核廃棄物の処分場を見つけることが出来ずにいるのです。このことは大変に困った問題でした。1990年にはアメリカ国内の原子炉から出た使用済み核燃料の置き場がかなり逼迫し、それをニューメキシコ州のネイティブインデアンの居住地域へ運ぶことが画策され問題化しました。アメリカ国内の原子炉はみな1978年までに作られたものであり1990年には30年経過したものもかなりあったのです。本来なら老朽化による廃炉処理をしなければいけない時期でした。そこで考えられたのが原子力ルネッサンスでした。2001年に当時のブッシュ大統領による原子力発電所の復権です。石油資源の枯渇や温暖化問題などを背景にして、世界中で原子力をもう一度やることにしようと言い出したのです。そして、先進国だけでなく工業的にまだ未発達な国々へ原発を作ろうと言うことを言い出したのです。
具体的にはトルコやベトナムと言った国々です。トルコはかなり地震が起こる国ですし、ベトナムもそれほどではありませんが、アメリカやイギリス、フランスなどと比べたら格段に地震が多く起こる国です。そして、念の入ったことに韓国や日本のメーカーに建設をさせようとしていたのです。アメリカの2大原子炉メーカーのひとつであるウエスチングハウスは東芝へ売却されて東芝の子会社になりましたし、GEも日本の原子炉メーカーと資本提携しています。ウエスチングハウス、GEに続いて世界の代表的な原子炉メーカーであるフランスのアレバ社も日本のメーカーと提携したのです。こういった動きの背景には、明確に日本を世界の核廃棄物処分場にしようという狙いがあったことはほぼ確かです。
日本で原発を作る動きがはじめて出てきたのは1954年であり、原子力研究開発予算が中曽根康弘らによりはじめて付けられました。第一号の原子炉は1963年であり、1974年には電源三法が制定され、原発を造れば交付金が出る仕組みが完成します。中曽根康弘たちが日本に原子炉を導入しようとしたのはアメリカからの勧めがあったからです。日本は地震国であり、非常に大きな地震が定期的に起こることはアメリカ軍の占領中であった1946年12月に昭和南海地震が約90年ぶりに起こっていることや終戦直前の1944年12月に昭和東南海地震が90年ぶりに起こっていたことを見れば、アメリカ当局が日本に原発を作ることが大変に危険であることを知っていたはずです。
更に、東海地震が繰り返し起こることがわかっている静岡県の御前崎市に作られた浜岡原子力発電所の着工日が1971年であり、完成が1976年です。福島第一原発事故後、浜岡原発がある地域で繰り返し東海地震が起こってきたことが解る前に浜岡原発が作られたとマスコミ報道がされましたが、これは虚偽であり、1号炉の建築確認申請書が出される前に日本の地震学界で東海地震が繰り返し御前崎地域で起こることが指摘されていました。
ところがそれでも日本で原発事故が起こらないので日本にもっと多くの原発を作らせようとした結果が小泉政権下での原子力立国政策であったようです。1995年の兵庫県南部地震が起こり、日本中が地震の頻発期に入ろうとしていたのにそれを無視して原発を増やす政策を採らせたわけです。しかし、さまざまな形で反対があり、結局小泉政権下では原発の増設が出来ませんでした。そこで民主党に新たにエネルギー政策を考えさせ、原発を数十機新たに作ると言うようなおよそ現実離れした計画を立てさせたわけです。
そして、とうとう、2011年、日本の福島で原発事故が起こってしまいました。しかし、それは西風が卓越する日本の東端で起きたため、世界の核廃棄物処分場にするには汚染地域が狭すぎたのです。
2004年のスマトラ島沖地震や2008年の四川大地震など、世界でかなり大きな地震が頻発するようになり、アメリカ国内でも数百年とか数千年、またはそれ以上の期間をおいて再来する地震頻発期が到来している兆候があります。それは地下から聞こえる大音響です。アメリカインデアンの言い伝えにも地下の大音響と地震のつながりが触れられていています。ウィキペデアなどでは2000年以降全米で地下からの大音響があると言う記載がされています。
昨年の夏にはアメリカ東部でマグニチュード5を超える地震が起こっています。もともと文字を持たないアメリカインデアンの国であり、文字記録はあまり古いものがないのですが、それでも1811年にはニューマドリッド地震と言うマグニチュード8程度の地震がアメリカ中央部で続けざまに三回起こったことが記録として確認されています。
今年の3月にはウィスコンシン州のクリントンビルという街で地下からの大音響と揺れが観測され、それが小さな地震に起因すると初めて認められました。地下からの大音響や揺れは地震と関係があると考えるのがごく普通のことですがそれまでは地震計に揺れの記録がないから地震とは関係がないとされてきたのです。地震計の改良があったと言う報道はない様子なので、アメリカ当局が大音響と地震との関係を認めざるを得ないほど大地震が東部で起こる可能性が高いとアメリカ当局が認識し始めたと言うことでしょう。
日本が世界の核廃棄物処分場になることが計画されているのはかなり確実です。福島第一原発事故でもかなりおかしな情報隠蔽が起こっています。その一例が4号炉の爆発映像の隠蔽です。4号炉の使用済み核燃料保管プールの上部にIAEAの監視カメラがつけられていたのは確実であり、それが別電源で動いていて、311の震災後も映像がIAEAのアメリカ本部を通じてアメリカ政府へ伝わっていたはずです。4号炉の建屋の破壊の仕方はとても不自然であり、外部からの注水を可能にするために爆破されたと言う仮説さえ立てられていますが、実際に4号炉の使用済み核燃料保管プールを破壊して大規模な放射能漏れ事故にしてしまう計画があったとも解釈が出来るのです。
日本はアメリカ国債をかなり買い込んでいます。そして、一回買ったものは償還期限が来てもその金で再度アメリカ国債を買い、日本には資金が戻ってきていないと言われています。更に日本政府は日本全体で、つまり、政府部門と民間部門の合計でいくら米国債を持っているかその統計情報を公開していません。アメリカ政府が日本は中国と同等程度の米国債を持っていると公表していますが、中国と日本では米国との貿易の期間がことなりますし、米国債買いの期間もかなり異なります。日本は中国の持っている米国債の額よりも数倍持っていても不思議ではないのです。そして、もし、日本で原発事故が大規模に起こり、国土の大部分が汚染されてしまえば、日本は移民をするしかありません。アメリカ政府は日本からの移民を受け入れると宣言し、同時に日本が持っていた米国債をチャラにすることを要求するでしょう。更に、数千万人規模で移民を受けれればアメリカ国内の不動産不況も一気に解消します。一石二鳥にも三鳥にもなるのです。こういった背景があるために、野田政権は脱原発に踏み切れていないのです。
ではどうしたらいいのでしょうか。地震と原発の関係、特に、直下型地震による縦波や横ずれ断層型地震による超せん断波による原発への影響はまったく確認されていません。原発のある国すべてにとりとても危険なことであるのです。このことを国際社会へはっきりと発信し、原発、つまり究極的には原爆からの脱却を提案するべきです。そして次に国際的な核廃棄物処分の問題を討議する場を作ることです。何が問題であるかをはっきりとみんなで共通認識することが問題解決の第一歩であることはどんなことでも変わりがありません。
核廃棄物は地下へ処分することが多分唯一の解決策です。しかし、それは、現在考えられているような地下1000メートルとか2000メートルと言った浅い場所ではなく、地球内部のマグマのある部分へ、つまり、マグマへ混ぜ込んでしまうことしかないはずなのです。現在の科学技術ではとても出来ないことでしょうが、地熱発電の一形態としてマグマ発電が計画されています。そういった技術のより進歩したものとして、核廃棄物のマグマ処分が可能になることは十分に見込めると思います。そういった技術を世界が共同で開発すること。それが多分、人類を放射能の汚染から救い出す唯一の道であると思います。
アメリカが本国に核廃棄物処分場を作ることを嫌がっているのは明白です。実際にオバマ大統領はユッカマウンテンと言う高レベル核廃棄物処分場の候補地を正式に取りやめにしました。
*6月8日の記事「近づく戦争・テロ社会、これらの動きを止めるべきでは?」から一連番号を付しています。<<1101>>
TC:37656,BC:155084,PC:?, Mc:?
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