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ドキュメント:「事実」と違う「合意」を作る瞬間(1)・・・メルトダウン
http://takedanet.com/2012/04/post_d4ae.html
平成24年4月7日 武田邦彦(中部大学)
2011年3月23日、この日は政府が隠していたスピーディーを公開した日だったが、記者はこのこところ何日か通い続けている保安院の会見に向かっていた。もともと原子力など何も知らなかったその記者は朝から取材に追いまくられ、昼には東電の会見に出向き、おまけに夜になると原子力関係の用語を勉強するという毎日だった。
テレビでは「直ちに健康に影響はありません」という政府のコメントを繰り返し伝えていたが、すでにNHKも主要な新聞社の記者も全部、福島から引き上げたという。そういえば、本社のテーブルはいやに混んでいるけれど、国民には「大丈夫」というメッセージを出し、自分たちは福島から引き上げても良いのだろうか? 確かに福島は法律的には生活してはいけない地域となったのだから
労組が「従業員を危険にさらすな」と言われればそれに従わなければならないけれど、どうも釈然としない。福島の人には「直ちに健康に影響はない」と言いながら、自分たちは引き上げる・・・何かおかしいと思う。
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記者会見はすでに始まっていたけれど、なにかもめているようだ。横の記者に聞くと保安院の担当官が「原子炉の中の燃料が破損しているかも知れない」と発言したらしい。会場がざわついている。確かそこに座っている保安員の担当官は東大の工学部をでていると思うが、事故直後からメルトダウンをほのめかしていた。午前中に取材した原子力の専門家は「冷却水が無くなれば1日以内に燃料は融ける」と言っていたから、メルトダウンは間違いないだろう。でも大変なことになったものだ。
先日、日本原子力学会のブログを見ていたら、福島第一原発の1号機から3号機の燃料はすでに破壊したかメルトして原子炉容器の下に落ちていると書いてあった。粒状でおおよそのことだが、直径は1.5センチ程度と言う。
原子力安全委員長も燃料が健全ではないと言っていたし、専門家も、保安院もそろって同じことを言っている。技術系がほぼみんなメルトダウンと言っているのだから、おそらくすでにメルトダウンしているのだろう。
でも、政府も東電も「燃料は健全」と言っている。どうしようか? メルトダウンしていると記事を書くと大騒ぎになるし、このところは事実がどうかというより公式の発表だけを書いた方が無難だな。
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かくして2011年3月末には、日本の原子力関係の技術者は誰もが「原子炉内の燃料は破壊されているかメルトしている」と推定していましたし、マスコミは保安院の担当官の交代(メルトダウンを認めた技術系担当官が交代した)、日本原子力学会などの情報から、燃料はメルトダウンしているということを知っていたのです。むしろ当時の問題は、破壊した燃料の大きさによっては、原子炉の中にいるか、炉の壁を突き破ってさらに下に行っているかを議論していたのです。(ちなみに、メルトダウンした燃料の温度は2500℃以上、鉄の融点は1700℃) ただ、それは国民には伝えられませんでした。その理由は・・・
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「書けない・・・これは書けないな・・」記者は小さくつぶやいた。取材や記者会見からの情報から見ると福島第一ではすでにメルトダウンしているのは確かだろう。なんと言っても原子力関係の技術系はみんなメルトダウンしているか燃料が破壊して下に落ちていると言っている。「材料が健全だ」と言っているのは、政府、東電、それに文化系だ。
どうせ文化系は自分では判断できないのだから、政府や東電の言っていることを繰り返しているに過ぎない。新聞は事実を読者に伝えるのだから、メルトダウンしていると書かなければならない。それはわかっているのだ。
でも、書けない。
まだ事故が起こってから2週間しかったっていないし、日本中が福島原発を見つめている。こんな時にメルトダウンしているという記事が載ったら大スクープになるだろう。一昔前なら記者にとって大スクープは夢だった。でも今は違う。大スクープになると言うことは「みんなが考えていることと違う」ことを書かなければならない。それは今の日本社会ではタブーなのだ。
「事実を知りたい」と読者はよく言うけれど、あれはウソなのだ。本当は「自分に都合の良い事実を知りたい」と言うことだから、今の時点でメルトダウンしたという事実が読者にとって都合が良ければ事実が受け入れられるけれど、まだ衝撃的すぎるならそれを伝えたらバッシングを受けるに相違ない。
そんな衝撃的なことを言うな! みんなが怯えているときに人の心を傷つけるな! と言われるだろう。もし下手に発展したら我が社も危険になるかも知れない。今の日本は真実を書いたらいけないのだ。
やめとこう・・・俺の人生はそんなに波瀾万丈じゃなくても良い。何しろ大手の新聞社に勤めたのだから、無難にさえやっていれば何問題じゃない。もし無難に過ごして部長ぐらいになれば海外には行けるし、社用でうまいワインも飲めるようになるだろう。何の問題もないのに冒険をする必要は無い・・・ 彼は筆をおいてウトウトと浅い眠りについた。3月24日の朝のことだった。
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かくして2011年3月末には福島第一原発がメルトダウンしていることは「公然の事実」となっていたのですが、それは東京にいる指導者とマスコミだけの公然の秘密だったのです。読者は政府と東電の公的発表だけをNHKが伝えていたので、それを信じるしかありません。
それから1ヶ月半、5月の中旬になって東電はメルトダウンを認め、そこで記者は早速、筆をとり「原発はメルトダウンしていた!」と驚いて見せたのです。彼らがメルトダウンしていることを知ったのは1ヶ月半前でしたが、そんなことはおくびにも出さず、東電が公式発表したその日に知ったように書いたのです。
案の定、翌日の新聞もテレビも「メルトダウンしていた!」というニュースで一色となりました。でも、実に滑稽なことです。すでに1ヶ月半前にわかっていたのに、それを隠していた人たち・・・NHK、そして大手の新聞社の記者たち・・・は知っていたのだから本当は驚くはずもなかったのです。
でも、3月末にも東電の公式発表を伝え、5月の中旬に驚いて見せて、「自分たちは知らなかった。東電にだまされた」とかくのがバッシングを避ける現代の知恵なのです。
NHKが公的発表だけを伝え、時によっては事実を知っていながら、事実を発言する人をバッシングするという風土を作り上げていたのです。
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私はちょうどこの頃、マスコミと比較的近い関係にあり、この様子を見ていました。このようなことが起こるのは、マスコミの責任と言うより、事実を伝える人をバッシングし、みんなで「納得できる情報」だけを信じたがる社会にもあるように思いました。
事実を事実と認めるのをいやがり、空気を事実として生活をする、それはまさに「何かを生産したり、治療したりする」という現場とは無縁の社会なのです。あのとき、すでに1ヶ月前からメルトダウンを知っていた解説者がNHKで驚いて見せ、東電を批判しているのを見て、私は「架空の事実で作られた社会」で働く人の心を感じたのです。
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