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「枝野VS東電」「原発再稼働」ではない問題の本質
エネルギー百年の大計、乱戦の全貌
山岡 淳一郎
2012/03/09
情報の濁流のなかで、私たちは、しばしば本質論を見失いがちになる。目の前に差し迫った課題と、中長期的な国をあげて議論し、決断しなくてはならない根本方針が一緒くたに情報化され、どこに判断の「重心」を置けばいいか、わからなくなるのだ。つい目の前のイシューに引きずられ、メインストリームを忘れてしまう……。
その典型が、電力改革をめぐる政府内の同時並行的な議論ではないだろうか。
メディアは、しきりに東京電力の経営問題を報じる。経営危機に陥った東電は、原子力損害賠償支援機構を通じて1兆円規模の公的資金を受けるために「総合特別事業計画」を月内に経済産業大臣へ提出しなくてはならない。その事業計画を見極めて、公費注入が決まるわけだが、枝野幸男経産相は「国の十分な議決権が伴わない計画が提出されても、認定するつもりはまったくない」と東電側に通告している。
枝野大臣は、東電株の3分の2以上の議決権を国が持ち、経営を掌握する姿勢を崩さない。「国有化」が念頭にある。経営権を握ったうえで、東電の抵抗が強かった「発送電分離」へと踏み込む構えだ。
これに対して、東電は、国有化での政府負担増を嫌う財務省や、経団連の加勢を得て、猛烈な巻き返しを図っている。枝野氏が「十分な議決権」を確保できるか否かに彼の政治生命はかかっているともいわれており、そのバトルに世間の耳目は集まる。
新聞各紙は、東電の特別事業計画の概要は固まった、と伝えている。
特別事業計画には「早ければ7月から家庭向け料金10%程度値上げ」「2014年3月末までに新潟・柏崎刈羽原発の再稼働」「社内カンパニー制(燃料調達・火力発電、配送電、小売)」「共同調達による燃料の安い買い付け」「LNG基地やパイプラインをガス会社と共用」などが含まれるとみられる。いずれも市民生活、産業界のエネルギー調達を左右する内容で、社会的な関心の的だ。
東電という大企業の身の処し方は、発送電分離による電力自由化、再生可能エネルギーの導入や4月末に定期検査ですべてが停止する原発の再稼働に直結しており、メディアが追いかけるのは当然といえるだろう。
電力改革を巡る本当の主戦場
が、しかし、あえていえば、福島第一原発事故の大波乱で始まった電力改革の「主戦場」は、そこではない。東電の経営問題や発送電分離、原発再稼働や電力供給体制の見直しは、いわば「局地戦」だ。主戦場は、原子力依存の低減と再エネや火力、水力との電源の組み合わせ=「ベストミックス」という根本策の立案をめぐって形成されている。
原子力を何年後にゼロにするのか、あるいは一定程度維持するのか。大もとが定まらなければ具体的な各論は絵に描いた餅になる。その根本策を議論している場こそ、主戦場だ。
経産省の外局である資源エネルギー庁の「総合資源エネルギー調査会」、内閣府の「エネルギー・環境会議」と「原子力委員会」が、それに当たる。
この連載では、政府内で並行的に進められる電力改革議論を整理し、主戦場と局地戦場、それぞれでどのような価値観がぶつかりあっているかを読み解き、いかなる選択肢が国民に示されるのかを見届けていきたい。
そのための見取り図を次ページに用意した。注目していただきたいのは、各議論が並行的に進行しながらも、今夏には最終的にひとつの戦略に収斂されることだ。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20120308/229612/?mlp&rt=nocnt
8月頃、ベストミックスを絞り込んだ『革新的エネルギー・戦略』が発表される。とりまとめの担当は、古川元久戦略相。これが電力改革決戦のゴールと位置づけられており、総合資源エネルギー調査会や原子力委員会、温暖化関連の議論が集約される。その前には「国民的議論の展開」という大きな山場が待ち構えている。
遡って、春頃、3月から5月にかけて、東電の特別事業計画や総合資源エネルギー調査会の「ベストミックス選択肢」、原子力政策の根幹をなす「核燃料サイクルの選択肢」などが提示され、地方議会では原発再稼働が議論される。再稼働については自治体の承認を得たうえで、4大臣会議(総理、官房長官、経産大臣、原発大臣)で決めるとされている。昨年の電力使用制限令を出したタイミング(6月末)からすると、6月の地方議会に議論を先送りすることはできないだろう。4月には「原子力規制庁」が発足し、原発の安全基準や防災計画などの見直しが本格化する。再稼働は規制庁の動きともリンクしている。
こう眺めてみると、今春は、日本の電力システム全体の命運をかけた論戦が一斉に活発化する。夏の決戦本番に向けての「春の陣」といえそうだ。
改革のキーパーソンは「枝野、細野、仙谷、馬淵」
連載初回は、まず主戦場でのエネルギーのベストミックス論議に焦点を当てよう。
「政治家で、電力改革に影響力を持っているのは、枝野経産大臣、細野豪志原発大臣、そして民主党政調会長代行の仙谷由人さん。発送電分離を検討する『電力改革及び東京電力に関する関係閣僚会合』は、藤村修官房長官が座長だけど、枝野さんが切り盛りしています。その枝野さんに知恵を授けて、東電対応の窓口になっているのが仙谷さんですね」
と、経産省のキャリア官僚は言う。さらに「いまは閣外だけど、馬淵澄夫・元国交大臣も『核燃料サイクル』に焦点を絞って積極的に発言している」とつけ加えた。
電力改革のゴールで『革新的エネルギー・戦略』を担う古川戦略相については「うーむ……」と黙り込む。古川氏の影が薄いのは、国家戦略室の軽さだけでなく、今回の電力改革が原発事故に端を発しているからでもあろう。
電力改革の根幹は、東電の処遇ではなく、この国のエネルギー政策の大方針「エネルギー基本計画」の練り直しである。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20120308/229612/?P=2
政府は、2010年6月の閣議で、エネルギー基本計画を閣議決定した。この計画では、温暖化対策、CO2削減が最大の眼目とされ、原発を2020年までに9基増設。設備利用率を、60%程度から85%に上げると明示する。原発の発電割合をじつに50%ちかくまで高める計画だった。
ところが事故で福島第一原発の4基は閉鎖される。福島県は福島第二を含めた10基の閉鎖を主張する。新潟県の泉田裕彦知事や、静岡県の川勝平太知事も再稼働には消極的だ。各地で原発の閉鎖、縮小運動が起きている。
原発に頼り切ったエネルギー基本計画は、原発の爆発で安全神話とともに砕け散った。菅直人前首相は「脱原発」を掲げる。後任の野田佳彦首相は「脱原発依存」とややトーンダウンしたけれど、54基の維持は難しい。新造は諦めるしかない。原発事故という厳しい現実によって、エネルギー基本計画は根本から見直さざるをえなくなったのである。
そこで、政治主導色がほしい民主党政権は、計画立案の組織構成を変えた。従来のエネルギー政策は経産省だけでまとめていたが、総理直属の国家戦略室に「エネルギー・環境会議」を設け、閣僚級メンバーを集める。ここを中心に新計画をつくる筋道をこしらえた。エネルギー・環境会議の『革新的エネルギー・環境戦略』を最上位に位置づけたのだ。
電力改革の最前線は「基本問題委員会」
とはいえ、国家戦略室にエネルギーのベストミックスを考える技量はなく、実際の計画づくりは、経産省の総合資源エネルギー調査会の「基本問題委員会」に委ねられる。
この基本問題委員会こそ、目下、電力改革の最前線だ。新日鉄会長の三村明夫氏が委員長を務める基本問題委員会は、3月末(ずれ込んだとしても数日単位か)にはエネルギーのベストミックス選択肢を「複数」、エネルギー・環境会議に提示するとみられる。
基本問題委員会の委員は、別表のとおりだ。
数的には「原子力ムラ」に籍を置く人や原発推進派が多いが、脱原発、発送電分離、電力自由化の論客も顔をそろえている。3月8日現在で14回の会議が開かれており、その模様はニコニコ動画で見られる。次回14日には、いよいよ各委員のベストミックス案が提示され、本格的な見直し論議に入っていく。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20120308/229612/?P=3
昨年10月に委員会がスタートしてから2カ月ほどは委員のプレゼンテーションと質疑が延々と続くばかりで、議論の入口にも立たなかった。それが、年末に経産省の事務局による「論点整理」がいきなり出され、「望ましいエネルギーミックス」の基本的方向性として、下記の四つが示される。
(1) 需要家の行動様式や社会インフラの変革をも視野に入れ、省エネルギー・節電対策を抜本的に強化すること。
(2) 再生可能エネルギーの開発・利用を最大限加速化させること。
(3) 天然ガスシフトを始め、環境負荷に最大限配慮しながら、化石燃料を有効活用すること(化石燃料のクリーン利用)。
(4) 原子力発電への依存度をできる限り低減させること。
さらに、事務局は原子力発電への依存度の低減や中長期的な位置付けについては、「反原発」と「原発推進」の二項対立を乗り越えた「国民的議論」の展開を強調し、次のように論点を整理した。
「まず、我が国が直面する地震や津波のリスク、事故が起きた時の甚大なコストや苦しみ、地域経済の崩壊や環境への被害、不十分な安全管理技術や老朽化によるリスク、国民の暮らしの安心と安全、未解決で後世に負担を先送りかねない放射性廃棄物の処分問題、国民の多くの声などを踏まえ、できるだけ早期に(原子力発電から)撤退すべきとの意見が少なくなかった。
浮かび上がるキーワードは「エネルギー安全保障」
一方で、原子力政策は抜本的見直しが必要であるものの、エネルギー安全保障の観点並びに原子力平和利用国としての国際的責任を果たすための技術基盤と専門人材の維持、さらには技術とともに進化してきた人類としての文明史的自覚の観点から、我が国の安全にも直結する他国での原子力発電の安全性確保に貢献するためにもやはり戦略的判断として一定比重維持すべきという意見も少なからず出された。資源小国の日本としてエネルギーの選択肢を安易に放棄してよいのかという問題提起もあった」
この記述から、重要なキーワードが浮上してくる。
「エネルギー安全保障」である。
原発への依存度合をどこまで減らすのか。ゼロにするか、一定程度維持するかという議論の争点は、化石燃料や鉱物資源が乏しい日本がエネルギー源をどう安定的に確保するかという問題に集約されていく。安全保障(セキュリティ)の概念は「国防」とも絡む。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20120308/229612/?P=4
論点整理では、使用済み燃料の再処理(=軍事転用可能なプルトニウムの抽出)が不可欠な核燃料サイクルについても「度重なるトラブルや計画変更、コスト拡大、未だに決まっていない高レベル放射性廃棄物の最終処分地といった実態を直視し、サイクル路線は放棄すべきとの意見が出た一方で、ウラン資源の有効活用、廃棄物の削減効果、世界の技術や核セキュリティ等への貢献の観点から、核燃料サイクルは推進すべきとの意見も出た」と記している。
エネルギー安全保障とは、「国民生活、経済・社会活動、国防等に必要な『量』のエネルギーを、受容可能な『価格』で確保できること」(2010年版『エネルギー白書』)と定義されている。エネルギー安全保障を強化するには、まずは「自給率の向上」、次に「リスクを減らすこと」が基本となる。
自給率の面で、原子力発電は「発電コストに占める燃料費の割合が小さい」「潜在的備蓄効果が高い」「燃料の再利用が可能」といった理由から「準国産」エネルギーに位置づけられてきた。その増設で自給率も高まる、という理屈で推進路線が敷かれた。
原発事故が突きつけた「エネルギー安全保障」の意味
だが、原発事故の発生で12万人もの人びとが避難を強いられ、生活を破壊された。避難の大混乱のなかで高齢者を中心に亡くなった方も多数いる。住民の命と財産、生活を守れず、何が安全保障か、という本質的な問い返しを基本問題委員会は突きつけられている。自給率の向上を優先するなら、再生可能エネルギーは100%国産との見方もある。
エネルギー供給を脅かすリスクには、戦争や内戦、資源の禁輸といった国際情勢の変化や資源の枯渇、価格高騰などがあげられる。実際に1970年代の石油危機、90年の湾岸戦争、2003年のイラク戦争や05年メキシコ湾ハリケーンなどで資源供給が途絶えている。日本政府は、こうしたリスクを減らすために「多様な電源の確保」「資源供給源の多角化」などで対応してきた、とされている。
3.11後も、アラブ、中東の国際情勢の緊迫化や、資源価格の高騰は続いている。こうしたリスクへの対応は、地下資源の乏しい日本にとって「宿命」といえよう。ベストミックスを検討する上での重大な論議の的となる。
じつは、2月14日の基本問題委員会で、エネルギー安全保障にやや踏み込んだ意見が交換されている。(財)日本総合研究所理事長の寺島実郎氏は「総合エネルギー調査会への意見書No2」を提出している。
そのなかで、次のように指摘した。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20120308/229612/?P=5
・国連五大国がすべて軍事利用としての「核」と平和利用としての原発を保有・推進しているのに対し、日本は平和利用だけに徹して原子力への技術基盤を蓄積してきたユニークな立場にある―――非核国で唯一、核燃料サイクルを国際社会から許容された国としての責任と役割
・日本のような技術を持った先進国、しかもエネルギーの外部依存の高い国は、技術基盤を生かしたバランスのとれた多様なエネルギー政策をとるべし――――IAEAの潜在期待(世界全体のエネルギー配分への配慮)
・日本が原発を放棄しても、二〇三〇年には東アジアに一〇〇基以上の原発が林立(とくに中国は80基以上の原発保有を計画)――――原子力への専門的技術基盤の蓄積なしに「非核政策」の推進さえも不可能
・『脱・原発』は『非武装中立論』に似ている。理論的に選択不能ではないが、これを長期に貫き通すには途方もない外交力と指導者の持続的ガバナンス不可欠
そして、「電源供給における原子力の比重を2割と想定」という試案を出している。
「国防のための原発」という論点
一方、富士通総研経済研究所主席研究員の高橋洋氏は、「エネルギー政策における安全保障の論点」という資料を提出する。
核燃料サイクルの行きづまりや原発事故後の処理能力の低さから、原子力発電ははたして「準国産」といえるのか、再生可能エネルギーこそ輸入不要で、枯渇も高騰もなく、コスト等検証委員会報告書からも十分なポテンシャルが示されており、「準国産」と主張した。
さらに「国防のための原発」との論点について、「日本が原発を持っていることが抑止力になっているという意見があったが、その一方で、北朝鮮やイランは原発という事業はやっていないにも関わらず、核抑止力を行使している。日本が今脱原発を決めたとしても、廃炉等々で50年あるいはそれ以上の期間、原発事業を続けるという時、国の役割はどうなるのか。国策国営でやるべきという意見があったが、国防のために原発をやるのだ、ということになった場合に国は原発とどう関わるべきか」(議事要旨より)と、問題提起をしている。
このエネルギー安全保障をめぐる攻防が、今後の日本の針路を決すると思われる。各委員のベストミックス案を議論する3月14日の委員会でも、この問題に時間が割かれると考えられる。本来は経産省の一委員会で議論するテーマではなく、外交や国防も巻き込んだ、国民的議論が求められるものではあるが……。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20120308/229612/?P=6
エネルギー安全保障論は、原子力委員会の「核燃料サイクルの選択肢」とも密接に関連している。軍事転用可能なプルトニウムを生む再処理は極めてデリケートな問題を含む。核燃料サイクル問題は、メディアに採りあげられる回数は少なくても、電力改革の主戦場のど真ん中に位置している。
電力改革の主戦場でど真ん中に位置する核燃料サイクル問題
しかし、原発や再処理施設の地元選出の国会議員(推進派)を除けば、核燃料サイクルについて明確な意思表示をしている政治家は極めて少ない。降りかかる火の粉を怖れるからだろうか。そのなかで、元国土交通大臣の馬淵澄夫氏は、「原子力バックエンド問題勉強会」(顧問:鳩山由紀夫衆議院議員、鉢呂吉雄衆議院議員ほか73名参加)を組織し、昨年来、ひんぱんに会合を開いて、「第一次提案」を出した。そこには六ヶ所再処理施設の当面の中断や、核燃料サイクル方針の当面の凍結なども含まれている。
次回は、その馬淵氏にインタビューし、「核燃料サイクルの選択肢」について語り合ってみたい。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20120308/229612/?P=7
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