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国策として原発を推進した国に
仕事を保障する最大の義務がある
被災者に対し
「土地も家も」
D:テレビや新聞を見ていると岩手や宮城でもガレキが未だ山積みされ、復興は遅れています。福島はそれに放射能問題が重なり、余計復興が遅れている。政府はこれをなんとかすべきだ。
この二〜三年で私たちの将来が決まってしまう。仕事を失ったまま身体をこわし、民生の世話になり、生活していくことになりかねない。これは目に見えている。この前の町長選ではこうならないために「土地も家も」というスローガンを掲げて闘いました。残念ながら負けはしましたが、双葉郡一帯で私たちに共感する声は広がったと確信しています。今年は楢葉町の町長選もありますが、旧来原発を推進してきた部分に対抗し、「土地も家も」を掲げて立候補する動きも伝わってきています。今年は昨年と違い「とりあえず避難する」という段階から、いろんな形の闘いが始まると思います。これと手を結ぶことが決定的に重要だ。
同時に繰り返しになるが最大の問題は、国が仕事を保障する義務があるということをはっきりさせなければならない。国策として押し進めてきたのであり、絶対安全だと言い続けてきたのだから。もう一つは財産・生産手段に対する補償です。生活補償は去年から要求する闘いも始まっていますが、山、農機具、田んぼ、建物に対する補償です。これは全く進んでいないばかりか、建物の場合、減価償却をして算出するという話も出ている。そういうレベルの話ではないはず。今まで住んでいたくらいの快適さがなければ納得できない。酪農では山や畑、まわりの敷地も含めて生活の一部なのですから。二重ローンの軽減ではなく、生活と財産の全面補償が必要だと思うから、全県レベルで、地域レベルで要求をまとめていく必要がある。
「被曝の危険性」に
ついてあいまい
B:自営業に対して、二〇〇万円しか出さないという話や要求の一割とか二割しか出さないという話が実しやかに聞こえてくる。すでに私のまわりではローンをめぐって悲鳴が出始めている。結局政府がやっているのは形だけの補償で、あとは「利子の少ない、あるいは無利子のカネ」を貸すといっているだけで、二重ローンの構造は変わらないし、「二〇〇万円出すから勝手に仕事を始めてください」と言っているにすぎない。生きていくために毎日、毎日カネは出ていくし、必要な補償が出ないとなんともならない。まず毎日を生きるために仕事だ。
この前『赤旗』を読んでいたら「除染、除染」とばかり書いてあったので『赤旗』の編集部に電話しました。(放射能)が少ない所はいいにしても、「除染」というのは結局のところ「移染」ではないか。とりあえず「除染」作業が雇用のためだというのなら分かるが、それも長期化したら身体に悪いことは明らかだ。日本共産党は除染して戻るという方針だから、政府や東電の「戻す」「帰郷させる」政策と重なってしまう。それでなくても政府が出している放射線の規制基準数値は高く設定されているし、被曝の危険性は広がっている。その観点からすると日本共産党は平和利用の路線は転換したけれども、「被曝の危険性」については一貫してあいまいで変わっていない。そのせいもあって私の周りにいる旧来からの共産党の支援者も「おかしい」と言い始めている。
E:いま減価償却の問題が出ていたが、そういう話ではない。全部奪われたわけだから、その意味で新しい法律が必要だ。そうでないと「賠償」という時の出発点が最初から違ってくる。
それと「除染」作業の中心となっているのはゼネコンであり、原発事故を利用して、あたかも「役立つ作業」のようなふりをして「除染」で儲けている。それも東電・行政と結びついて。それは避難している役場の付近に連日ゼネコンの車が何台も止まっていることでも明らかだ。除染は名前を変えた原発作業の側面が濃厚だ。必要な除染か不必要な除染か厳しくチェックすることが大事だ。そして不必要な除染は暴露していく必要がある。中間処理施設の建設でも目を離すと裏では各首長とゼネコン、東電が一体となって新たな利権の巣窟になりかねない。今のほとんどの首長は昨日まで原発を推進し、その利権に群がってきたのだから、やはり犯罪者の一翼だということを明らかにしていくことが必要だ。「帰郷」運動のうさんくささもその辺にある。
F (会津在住):私が気になっているのは雇用保障、失業対策の問題だ。たしかに個々的に、あるいは地区的に要求していくことは重要だが、県全体、被災地区全体に対してどのような雇用保障案を作らせるかということが問題だ。すでに雇用保険が打ち切られる人も出ている。全体の展望がないと分断されるし、以前にしていた仕事の関係をどうするのかということも大事だ。とくに避難者には最低限のカネが出始めているが、二年経つと仮設から出ざるを得ない。そういう意味ではようやく「ホッ」としたばかりで、次に向けた要求なりイメージはまだ出来ていない。
事故を絶対に
風化させるな
G (福島市在住):今、いろんな要求が錯綜したり、ぶつかりあっている段階だ。浜通りから福島市に避難する人がいて、郡山に逃げている人がいる。その一方で福島市から山形に、郡山から東京に避難する人がいる。つまり、それぞれの思いがあり、それぞれの判断で行動しているから、いろんなケースがある。かつて部落差別や女性解放の闘いをしている人から教えられたことだが、被害を受けた人の要求は矛盾したと思われるようなことでも、その要求を要求としてまとめることが必要だ。学習会も大事であるが、いろんな声をまとまらなくても百家争鳴的であってもそれぞれ吸い上げる過程をどう作るのかが重要だ。
マスコミも右も左も三・一一で世の中変わったと言っているがどう変わったのか考えていくことが必要だ。福島県の面積は広いせいか、放射能とか被曝というと福島の問題になってしまっている。こういう言い方をされること自身すでに風化が始まっているということかもしれない。あるいは福島に被害を限定し枠をはめるということだ。いい例ではないが、四国の伊方で福島のような事故があったら、四国にとどまらず、対岸の九州、中国地方も大騒ぎで、もっとてんやわんやだろう。その意味で三・一一の郡山集会は福島から何を発するのかが問われている。どういう行動をとるか。
三・一一準備の過程が農協の組織動員、漁協、連合の労働組合も総動員、それで県民集会というのではヤバイのではないか。スローガンも原発に対する明確な立場が示されていない。やはり自ら闘おうとする人たちが、自分たちの要求を持って集まることが重要だ。
私は韓国語をやっているので、韓国の反原発運動を紹介したい。韓国の日本海に面し、三八度線に近いサムショクという所で首長が住民をだまして原発の誘致を進めていた。昨年の三・一一を知った住民が首長たちに怒ってこれを撤回させる大きな運動を始まっている。福島の事故が韓国の反原発運動に火をつけている。
積極的に企業の
尖兵を担う連合
H (郡山在住):原発再稼働、海外輸出を狙う勢力の巻き返し、放射線大丈夫キャンペーンが強まっている。昨年一〇月、住民の怒りと不安の高まりの中で福島県議会は福島第1、第2原発の一〇基全部廃止請願を可決、一一月の県議選直前での票狙いとはいえ、自民党も大転換せざるを得なかったのだ。
しかし、すぐその後に定期大会を開いた連合福島は、「廃炉・脱原発を盛り込まない」方針を決定した。電力総連や電機連合等彼らの言う基幹産業労組の意を受けたものだ。県議選で電力出身の民主党候補は、新聞のアンケートで原発・放射能問題について一言も答えなかった。何万何十万の人々が故郷、居住地、職場、学び舎を奪われ、生存権を脅かされているというのに、原発・放射能問題には触れずに復興を語り、知事や首長を招いて新春交歓会を開き、春闘を語り、メーデーの準備をしている。統一地方選挙でも票は減ったが議席を維持した。資本に従属した企業内組合運動の帰結とはいえ、地域住民とはまったくかけ離れた奇妙な存在になっている。一人一人の組合員は不安と怒りを抱え今までどおりではいけないという思いを持っていると思うが、連合内からはこの状況を変えようとする具体的な動きは見えて来ない。執行部の側は、雇用確保等を押し出して、再稼働必要論を表明するなど、企業の尖兵の役割を積極的に担っている。こうした連合主要労組の有様を社会的に包囲していく闘いが必要だ。その意味でも「原発いらない!」を掲げて開かれることになった「3・11県民大集会」をあらゆる人々を結集して「よってたかって」成功させていくことが重要だ。
かつてない多数の住民、県民が原発と放射能汚染に向き合い、国と東電の責任を問い闘いに立ち上がり、放射線の測定、学習、除染、避難・保養支援、損害賠償請求・政府交渉、経済産業省前座り込みなど、原発爆発と放射能汚染下で苦悩の中から自主的に新しい運動を作り出してきた。これら地域住民・子どもたちの保護者・女性、大打撃を受けて先の見通しが立たない農林漁業者、中小商工業者、労働者との結びつきをつくり、今後長期にわたる「東電と国に賠償させ、いのちと健康・医療、居住、生活、仕事を保障させる」大運動へのきっかけにしなければならない。そして産業分野、地域、差別と分断を乗り越えてともに闘っていくための民衆の側のテーブル作りをすすめていくことが求められていると思う。
収束宣言は東電
や国の意向と一致
I (いわき、障害者福祉施設を運営):津波被災者と原発事故で避難してきた人が同じ仮設に入っている所ではそれぞれの補償額が違う。そのために内部に軋轢が生まれている。このままでは対立したり、行政などに分断され利用されかねない。これをどうしていくのかが、重要な問題になっている。とくに生活の見通しが立たないとこの問題はどんどん大きくなる。
私たちは津波で家をなくし、親をなくし、多くの死体を見てしまった子どもたちのショックをどう和らげていくのかという課題に取り組んでいる。子どもたちがこれ程多くの死を目にするというのは第二次大戦以降始めての出来事だ。誰もがこんなことは二度と起きないと思っていたので、こういう事態に対応する臨床心理の研究もないし、カウンセリングも試行錯誤だ。あらゆることが手探り。
それと緊急避難地域を解除された広野町で「帰ろうキャンペーン」が始まろうとしている。役場は四月から具体的に始めるつもりらしい。広野町はいわき市と隣接した比較的線量が低い。そうすれば次は楢葉町がターゲットになることは明白だ。「安全宣言」を出し、みんなを帰らせる。帰らない人は自分の判断だから賠償からはずす。賠償の枠を縮める。原発事故の収束を宣言した国や東電の意向と一致している。この帰郷キャンペーンとどう闘うのか、これから最大の問題になる。
依然として反省
しない推進派
J (福島市在住):去年の夏だっだか、吉本隆明が私は反省しないと言いながら福島原発の事故について本当に悔やんでいるという記事が載っていた。事故について反省したり、悔やんでいるのは反原発の立場の人たちであったり、反対運動を進めてきた人たちで、原発を推進してきた東電や政府、そして地元でそれと組み推進してきた各首長はまったく反省していない。ある意味、先に誰かが言っていたが、首長の発言を聞くと「口先だけ」。その意味で本当の闘いはこれからだ。
G:今、意見があったように自民党や東電の責任は当然だが、左翼の責任もまぬがれない。今回私は福島県議会選挙である候補を支援していて感じたのはたしかに共産党は被災地で票を伸ばした。しかし共産党の人と話してみると結局のところ部分転換でしかなく、コペルニクス的転換ではない。その意味で事故の圧力で転換しただけという感じがする。
それでは左翼はどうかというと結局のところ環境問題の一つ、一分野と捉える傾向がなかったとはいえない。それと同時に中心的には共産党が主張してきたことだけど、「科学の発展に希望をたくす」という予定調和的観測の側面があったのではないか。左翼の中でもいろいろ論争はあったが、結論的に言えば、原発に対して全力で闘ってこなかったのではないか。「俺は言ってきたよ、闘ってきたよ」ではすまない。事故が起こった後だからこそ、本当に考え直すことが迫られている。
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