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20代前半、某財団の奨学金を受けていた。その財団の親睦会で聞いた、内モンゴル出身の学者の話に衝撃を覚えたことは今も忘れない。彼が言うには、中国共産党政権が内モンゴルで農業を進めるのは無知であり、内モンゴルの土地は農業には適さない。草原になっているのは自然の摂理で、開墾すれば砂漠化してしまうというのだ。
まだ中国の大学を出たばかりの自分は内心怒っていた。何を言っているのだ。農業が発展し、内モンゴルは豊かになったのではないか。例えその砂漠話が本当だとしても、それをわざわざ外国人の前で言うことではない。国の恥を晒したいのかと、当時の自分は愛国青年の義憤に駆られた。
当然、数年後、彼が話したことは正しいと知った。恥さらしでもなんでもなく、彼こそ国の状況を憂い、その状況をなんとか改善したいと奔走していたのが分かった。自分の幼稚な義憤は、中国で受けた教育や宣伝、いわば洗脳的なものによるものだと気づいた。その教育と宣伝とは、中国が遅れているため先進国に見下されていて、いつも不公平に扱われているという被害妄想に近いもの。共産党がそういった「いじめられる中国人」を強くしたというストーリーがそこにあった。
海外で長く生活しても、この被害妄想にとらわれている中国人がたくさんいる。米ABCテレビの「中国人侮辱発言」がアメリカで大規模な抗議デモに発展し、中国外務省までも公式に批判した。断っておくが、ABCテレビに問題があったと筆者も思う。しかし、それに対する抗議は行き過ぎではないか、その中で、被害妄想が働いていないかに疑問を感じる。
問題の番組は10月16日に放送された。司会者のジミー・キメル氏が5〜6歳の子どもたちを相手に米政府の債務問題について話し合うなかで、氏は米国債の多くを中国が保有している現状を説明し、「どうやって返せばいいかな」と問いかけた。1人の少年が「中国で大砲を撃ちまくって皆殺しにする」と答えると、キメル氏は「中国で皆殺し? オーケー、それは興味深いアイデアだ」と応じた。
番組が放送されると、全米各地で約1カ月にわたって華人によるデモが行われた。ABCテレビは公式に謝罪し、キメル氏も2度謝罪した。それでも抗議活動は続いた。在米華人組織は、財源はどこだか分からないが、「何台でもバスを提供する」と勇ましい姿勢でデモを呼びかけ、大量のプラカードを用意するほどの周到さ。中国人向け新聞はまた「権利の主張」に熱心でない中国人や団体にバッシングを浴びせた。
子供の「皆殺し」発言は親などが教育すれば良い話で、司会者の「興味深いアイデア」発言も、動画でその表情を確認すれば、頭ごなしに子供を怒らない、否定しないというアメリカ人の思考が反映されたものに見える。それほど目くじらを立てて怒る必要はあったのか。
確かに司会者もABCテレビも不謹慎なところがあり、一定の範囲内での抗議も謝罪も必要だったであろう。しかし、全米に広がる騒動に発展したことから、そういった「必要な抗議」を超える、かつて自分の中でもくすぶった「愛国青年の義憤」を感じずにはいられない。
だいたい中国でも、反日デモなどでは「皆殺し」のような威勢のよい言葉がよく出てくるものだ。今回の抗議活動でも「五星紅旗(中国の国旗)を全米にたなびかせよう」「中国人が世界のボスになる番だ」と騒動の裏の心理をのぞかせる文言が飛び交った。
華人団体はさらに、ホワイトハウスのオンライン請願プラットホーム「We the People」に、同番組を調査するよう求め、集まった署名は米政府が対応にあたる10万のラインをも超えた。
このプラットホームに、中国政府の人権迫害を訴える請願も、天安門事件の加害者の入国拒否を求める請願も多数立てられてきたが、10万人の署名が集まるケースはほとんどなかった。中国で日々繰り広げられているリアル迫害よりも、アメリカの子供の「皆殺し」発言のほうに殺傷力があるのか。抗議に出かけた中国人は、アメリカの子供の発言のほうが、中国のイメージを損ね、中国人が義憤を示さなければならないと考えているのだろうか。(文・陸遥)
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