01. 2013年9月11日 08:37:22
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中国の大がかりな「デマ退治」ネットユーザーはデマを流した方に味方する 2013年9月11日(水) 福島 香織 中国のインターネットで今、大がかりな「デマ退治」が行われている。これを「ネット整風運動」と呼ぶ声もある。この呼び名には、「デマ退治」を非難するニュアンスがある。 整風運動とは毛沢東が行った風紀粛正を建前とした反体制派粛清という権力闘争であったので、今回の大デマ退治も政治的な目的であると思われている。 一般にデマを流すことは悪いことだ。ましてや、新聞記者やジャーナリストを名乗る者が「デマ」を流した場合は、その罪深さは深刻だ。 だが、中国当局がキャンペーンとして「デマ退治」を行ったとき、ネットユーザーたちが味方するのは、不思議なことにデマを流した方である。デマを取り締まる当局に反感を持つのだ。それはなぜなのか。今回は中国における「デマ」の本質と背景について考えてみたい。 デマ拡散を商売にする集団も 最近、興味をもって眺めていたのが、微博(マイクロブログ)で「大V」(大人気ブロガー)の称号がつけられている鳳凰週刊編集委員で人気ジャーナリストのケ飛と山東省環境保護庁のオフィシャルアカウントとの間で、行われた「デマ報道」に絡む微博上での「対決」だった。「大V」というのは、微博のアカウントのところにVIPを示す「V」の文字が書かれてある人気ブロガーのことである。 ケ飛とは以前にお会いしたことがある。390万人以上のフォロワーを抱え、社会の闇を暴くスクープ公益報道で人気を博す。眼光鋭く「できる記者オーラ」を放つ正真正銘のトップ屋だ。微博を始めてからはその伝達スピードをフルに生かした報道でも知られる微博記者でもある。 「デマ騒動」のきっかけは今年の2月に、ケ飛が微博で転載した1本の情報だった。山東省濰坊の多くの企業が工場排水を1000メートル以上の地下に高圧ポンプで流し込み、深刻な地下水汚染を引き起こしている、というものだった。このニュースは衝撃的で、全国で大きな反響を呼んだ。これを受けて新華社を含む中国の数多くのメディアが後追い取材を行った。 山東省環境保護庁も715企業の排水状況を隠密調査し、最高10万元の報奨金をかかげて情報を求めたという。だが一部で、ボーリング工事にかかわったという匿名の土木企業の証言が得られたほかは、企業の工場排水違反の事実は確認されなかった。 それから半年後の8月29日、湖北省武漢の公安当局が大型のネットデマ製造拡散集団を検挙した。600人のメンバーを抱えるその集団は、金銭と引き換えにデマを製造拡散させ年間100万元以上の利益を上げていたという。その取り調べの中で、集団が「大V」の称号を持つ約300アカウントを掌握し、フォロワー数にして2.2億人が知らずに「デマ」拡散に関与していたことなどが判明した。 デマ集団は例えば、「某製薬会社が偽薬を製造している」「某社の酒は工業用アルコールを使用している」という「デマ」を、ライバル企業などから報酬を受け取って意図的に流していた。こうして意図的に拡散した「デマ」の中に、「高圧ポンプで工場排水を地下水脈に流し込んで地下水汚染を起こしている」というものも含まれていた、という。ケ飛が発信した情報は、元をたどれば2月12日、「金融八卦男」というハンドルネームの一般アカウントが発信した情報だった。 デマ集団の手口としては、まずまことしやかな情報を作る。それを「スナイパー」と呼ぶ雇いブロガーに発信させる。それらの情報を慎重に拡散させ、ある時期になると「大V」の称号を持つ人気ブロガーアカウントに拡散させるという。ネット上では微博の書き込みは1本10元(約160円)から200元(約3200円)で請け負われるものだった。転載(リツイート)は1回0.5元(約80円)が相場らしい。 カネなどの見返りを得て情報を拡散させる「大V」アカウントもあるようだが、ケ飛の場合は、正真正銘の人気ジャーナリストの「大V」で、おそらく、その情報を事実と信じて拡散したのだろう。「デマ」は、信用がある著名ジャーナリストが拡散にかかわったことにより、約半年にわたり真実と信じられていた。 「人気ブロガー」対「環境保護庁」 このデマ集団摘発後、山東省環境保護庁は、「デマ」を拡散したとしてケ飛を、微博上で批判した。いわく、ケ飛が発信した「デマ情報」のおかげで「春節以来、山東行政は極めて大きな損失を被った。(密告のあった)少なからぬ企業工場では操業を一時停止し、(調査のために)敷地を三尺(約1メートル)も掘り起こさなくてはならなかった。それが、今日すべての汚染の告発が事実無根とわかった!」。そして、ケ飛に山東省の企業に濡れ衣を着せたことに対する謝罪を求めたのである。 中国ではデマは、ひどい場合は刑事罰、軽くても労働教養所送りや行政拘留、罰金などの処罰が科される。 だが、ケ飛は謝るより先に「では山東省環境保護庁に、告発を受けて敷地を掘り返して調査したという企業のリストの公開を求める!」と言い放った。これに対し環境保護庁側は「企業リストの公開を求めるのは、地下水汚染の濡れ衣を着せたことを謝りたいということか?」と、応酬。ケ飛は「私は情報公開を求めている。そちらは私の謝罪を求めているのか?」と返した。環境保護庁側は「この件について、ケさんの影響力がきわめて大きいことは自覚しているだろう。」と、その責任を追及する。 このやり取りをみていたほかのユーザーたちは、ケ飛の味方につき、騒ぎ出した。 ケ飛は「多くの人が私に沈黙せよと、言う。山東省環境保護庁が、私が地下水汚染を暴いたことで、『デマ退治』を建前に報復するはずだと。だが、私はそうは思わない。悪意でネットデマを拡散させたなら、私も中央規律委の調査を受けるだろうし、法に厳しく律せられる。だが山東の地下水汚染の問題は、官だろうが民だろうが、人民の健康にかかわる問題として、できるだけ情報を公開し共通認識を持って状況を改善することが、最善のことだろう」と主張。 これに対し環境保護庁は「数百万のフォロワーを持つケさんが報復を心配する必要もないだろう。山東省環境保護庁はそんなに心は狭くない。我々は心から、環境に関心のある人々が愛国、公益の意識を持って、実務的理性的に、いろいろな角度から影響力を発揮して、ともに環境保護を推進していきたいと願っている」と、態度を軟化。 ケ飛は「官民が自制心をもって1つの社会問題を討論し、問題を解決していく対話の先鞭をつけよう。みなさんも参加しよう」と、ついには官民対話の提案までし、最後に「我々の敵はお互いではなく、水汚染でしょう」と結んだのだった。 言論統制をより憎むネットユーザー なぜ、「デマ」を流したジャーナリストは、その信用を失うことなく、処罰を受けることもなく、ネットユーザーたちを味方につけ、むしろ優位な立ち位置で、当局側に対話を呼びかけることができたのだろう。これはひとえに、中国の普通のネットユーザーたちが、「デマ」以上に「デマ退治」を建前とした言論統制の方を憎んでいるからに相違ない。 ネットデマが非常に多い中国では、8月中旬から「七条底線」と銘打った、ネット風紀粛正の通達を出していた。法律、社会主義制度、国家利益、公民合法権益、社会公共秩序、道徳風紀、情報の真実性の7つについて最低限順守しなさいということだ。この通達に合わせて、ネット上の「大デマ退治」が始まった。秦火火、立二拆四、周禄宝、傅学勝といった「大V」たちが次々と、デマ拡散容疑で逮捕されたのである。 ハンドルネーム、立二拆四こと楊秀宇は中国で有名なオンラインマーケッター。わらしべ長者のように、安全ピンひとつから街角で物々交換して、最後には別荘を手に入れた、というサクセスストーリーで、ネットの有名人となった。だが、このサクセスストーリーが捏造のデマだとして、「社会秩序を乱した」容疑で逮捕された。 同じく秦火火こと秦志暉も著名企業家で、「解放軍の道徳模範・雷鋒が実は贅沢な生活を送っていた。雷鋒のイメージは国家が作り上げたデマだ」という「デマ」などを流した容疑で捕まった。 「ネット反腐敗・権利擁護人士」として言論活動していた周禄宝は、江蘇省の全福寺の和尚が偽物であり、線香代を観光客からだまし取っているといった「デマ」を流し、20万元(約320万円)を支払えばポジティブな情報を流してやると、金をゆすろうとした容疑で逮捕された。 傅学勝は、中国石油化工集団のとあるプロジェクトの競争入札に負けた恨みから、同企業の女性所長がロシア人男性や黒人男性と乱交しているような合成写真をつくり、5000元(約40万円)を支払って俗に「ネット水軍」と呼ばれる「情報拡散」を請け負う組織を使って広めた疑いで逮捕された。 これら「大V」人気ブロガーたちは、たしかに悪質なデマを意図的に拡散したことは間違いないだろうが、やはり、彼らに対する「けしからん」という声よりも、「大V」を見せしめに逮捕する当局のやり方への批判が目立つ。 微博には「やつらを取り締まっている方こそ、デマ製造元だろ。しかも、そのデマの責任を取らない。そして我々、庶民や小人物をそのデマでもって捕まえるのだ」といったコメントが流れ、それに対して「その通りだ」と賛同の声が集まっていた。 また人気ブロガーで作家の楊恒均は「デマ退治は汚職役人を庇護する結果となっている」と主張した。中国の汚職摘発の主戦場はネットの上であり、過去5年に暴露された官僚汚職の8割は匿名のネット情報がきっかけだった。「大デマ退治」を建前とした「大V」の連続逮捕は、ネットで影響力を持つ公共知識人たちの発言を委縮させ、汚職役人たちは中央当局の「大デマ退治」の意図を曲解し、「反腐敗言論者」を「デマ退治」の建前で攻撃しかねない……というのだ。 そもそも、中国当局もネット言論に対しては、五毛党と呼ばれるオンラインコメンテーターを動員してネット世論を政府寄りに誘導している。検閲により、検索できない用語が何千もあり、意図的な情報隠しや情報操作をする当局の姿勢を棚に上げて、庶民のささやかな「デマ」に厳罰に処すとはどの口が物申す、ということである。 中国でなぜデマが起きやすいか。それは中国社会では厳しい情報・メディア統制がしかれ、言論の不自由な状況で、真実がつかみにくいからだ。だから公式情報を疑い、裏の取れない口コミ情報ですら真実の手がかりを含んでいると期待する。実際、デマに真実が含まれていたことは私の経験上、何度もあった。山東省の高圧ポンプ排水による地下水汚染問題は「デマ」と断定されているが、山東省では油の混じる水が井戸から出てくるのを私は自分の目で見ている。地下水汚染は存在する。 ケ飛の「デマ情報」で、山東省があわてて地元企業への抜き打ち排水調査を行ったことを顧みれば、庶民にとっては「デマが流された」ことは、無駄ではなかった。「デマ」が流れて、そのデマを打ち消すために調査がなされて、事実が確認されたという意味で。 政府やメディアへの信頼が揺らげばデマは増える 中国の状況はかなり特殊であり、日本と簡単に引き比べられないのだが、日本で流れる「デマ」「風評被害」問題について考えが及んだ。もしケ飛のようなケースが日本で起きたら、その記者の信用は失墜するだろう。記者生命が絶たれるかもしれない。日本人はデマに対して、中国人よりも寛容ではない(法的処罰は中国の方が厳しいが)。 それは中国が疑いの社会であり、基本的に他人を信用しない人たちなのに対し、日本が相互信頼に支えられている社会であるからだろう。日本人は「デマ」によって起きる混乱の方が、情報不足による不安より恐ろしいのだ。日本人は政府やメディアへの信頼度がもともと高く、たとえ政府やメディアが十分な情報を提供しなくても、そこでパニックに陥らず、いつか正しい情報が出てくるであろうと待つ。 だが、あの原発事故以来、そういう日本社会を支えていた絶対的な信頼が揺らいでいる気がする。今なお「デマ」かどうかわからない言説が、ネット上で飛び交っているのはその証しではないだろうか。 「デマ」が流れるのは、流す奴が悪いという言い方もあるが、不確実であっても情報を望む心理が私たちの中にあるという言い方もできる。政府やメディアに対する信頼が揺らげば、「デマ」は増えていく。そういう時代になってほしくはないが、もしそうなったならお隣の「デマ大国」の人々の、「デマ」との付き合い方は参考になるかもしれない。 このコラムについて 中国新聞趣聞〜チャイナ・ゴシップス 新聞とは新しい話、ニュース。趣聞とは、中国語で興味深い話、噂話といった意味。 中国において公式の新聞メディアが流す情報は「新聞」だが、中国の公式メディアとは宣伝機関であり、その第一の目的は党の宣伝だ。当局の都合の良いように編集されたり、美化されていたりしていることもある。そこで人々は口コミ情報、つまり知人から聞いた興味深い「趣聞」も重視する。 特に北京のように古く歴史ある政治の街においては、その知人がしばしば中南海に出入りできるほどの人物であったり、軍関係者であったり、ということもあるので、根も葉もない話ばかりではない。時に公式メディアの流す新聞よりも早く正確であることも。特に昨今はインターネットのおかげでこの趣聞の伝播力はばかにできなくなった。新聞趣聞の両面から中国の事象を読み解いてゆくニュースコラム。 |