01. 2013年8月30日 03:17:16
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日中は過去5回も戦争をした経験から学ぶべき元外交官で『日本のアジア外交 二千年系譜』の著者、小倉和夫氏に聞く 2013年8月30日(金) 石黒 千賀子 日本と中国との戦争というと、日中戦争ばかりを思い浮かべがちだが、両国は663年の白村江の戦い、豊臣秀吉による朝鮮出兵に伴う明との戦争などを含め、これまで5回も戦火を交えている。いずれも、朝鮮半島における勢力争いがその始まりだった。 韓国大使やベトナム大使を務めた元外交官である小倉和夫氏は今春、過去2000年の歴史を「日本の外交」という視点から分析し、なぜ日本が5回も中国と戦争をするに至ったのかを読み解いた『日本のアジア外交 二千年の系譜』を出版し、日本は歴史から学び、「外交を考えていくための視点を根本から問い直すべきだ」と提言する。 昨年来、尖閣諸島や竹島、従軍慰安婦問題を巡り日中、日韓の関係がぎくしゃくする中、日本の外交を考えるうえで必要な視点について聞いた。 中国との戦争と言えば、近代史以降の日清戦争と日中戦争がすぐ思い浮かびますが、白村江の戦い、元寇、秀吉による朝鮮出兵と、それに伴って明と戦争をしたことを含めると、確かに過去2000年の歴史において5回も戦火を交えていた――。この事実は、新鮮でした。特に白村江の戦い、元寇、朝鮮出兵は日本史の中の出来事であって、日本外交の結果というイメージはあまりありませんでした。そもそも、なぜこのような本をまとめようと考えられたのでしょう。 小倉:いくつか動機があって、1つは日本は外交と言うと大体、明治維新から始まるが、それがそもそも間違っているという問題意識です。そこに何ら論理的必然性はないのに、本も論文もほぼどれもが明治維新から論じている。日本の外交を見る学者もそうだし、政治家もジャーナリストもそう。 遣唐使、遣隋使派遣も外交ではないか 小倉和夫(おぐら・かずお)氏 1938年東京都生まれ。62年3月東京大学法学部を卒業し、同年4月外務省入省。64年ケンブリッジ大学経済学部卒。北米第2課長、北東アジア課長、経済局長、駐ベトナム大使、駐韓国大使、駐フランス大使、外務審議官(経済担当)などを経て、2003年10月〜2011年9月まで国際交流基金理事長を務める。現在は東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会評議会事務総長を務める一方、青山学院大学国際政治経済学部特別招聘教授、立命館大学特任教授も務める。 著書に『パリの周恩来――中国革命の西欧体験』(1992年、中央公論新社、吉田茂賞受賞)、『中国の威信 日本の矜持 ――東アジアの国際関係再構築に向けて』(2001年)、『吉田茂の自問』、『記録と考証 日中実務協定』『秘録・日韓1兆円資金』など多数。(写真:菅野勝男) しかし、聖徳太子が遣隋使を派遣したのも、その後630年から遣唐使を派遣したのも、蒙古襲来に伴って蒙古といろいろ交渉したのも、徳川家康や豊臣秀吉が南蛮人の到来に伴ってキリスト教が入ってきた時に欧州と交渉していたのも、あれらは全部、外交ではなかったのかということです。
日本ではそれらを外交とは呼ばず、東洋史や日本史の世界に押し込めてきた。まず、そこに日本の外交の重大なる盲点がある。日本の外交は、欧州や米国と付き合うことから始まったと思い込んでいる。それではアジア外交は成り立たない――。それをかねて指摘したかった。 もちろん、ウエストファリア条約や西洋的秩序、今の国際法に基づく秩序があるのは分かります。しかし、ヨーロッパ的な国際法秩序というものに日本がどう対応したかというのは外交の一面でしかない。なのに、青い目が見たアジアというところに、我々の発想もはまり込んでしまっている。これは、まったくもっておかしい。 もう1つは、外交における「国とは何か」という問題を提起したかった。もちろん外交上、物理的な領土を守ることは大事です。しかし、国家とは物理的な存在がすべてではありません。文化、あるいは日本語をしゃべるという抽象的空間でもあるし、特定の理念やイデオロギーを体現すべき精神的空間でもある。 米国は民主主義と自由という価値観を重視してきたし、欧州は人権や平等という概念を大切にしてきた。つまり、そうした抽象的、精神的空間を守ることも国益なわけで、日本は国家というものの捉え方、考え方自体をもう少し考える必要があります。 日本は戦前、神道によって日本を「神の国である」という精神的空間と位置づけて大きく道を誤っただけに、戦後の外交はほぼ米国追随で、外交上の理念なるものを持たずに来てしまった感があります。 小倉:要は、日本は何をしたいのかということです。これだけ豊かになったのだから、「日本という国のアイデンティティー」「日本とは何か」というのをもう一度よく考える時期が来ているのではないか、ということです。 よく日韓関係が悪いとか、日中関係がよくないと言いますが、ならば日米関係はよいと言えるでしょうか。沖縄に行って、見て下さい。オスプレイの配備を含め、日米関係だって大きな摩擦を抱えています。それでも多くの人は、日米は友好関係にあると思っているでしょう。つまり、今の日中関係や日韓関係に関する議論の大半は、視点が間違っています。尖閣諸島や竹島の領土問題や慰安婦、靖国神社を巡る問題など、隣国である以上、あれくらいの問題が存在するのは当たり前、と捉えるべきなんです。 そうではなくて、もっと長い歴史を踏まえたうえで、日中、日韓の関係を考えていく必要があります。日本はアジア外交の新しいビジョンというものを考えるべきところに来ている。日本に今、問われているのは、日本という国家をアジア、ひいては世界からどのように認識してもらい、外交を展開していくのかということでしょう。 5回の戦争から得られる3つの教訓 本では、日中の5つの戦争から3つの教訓が得られると指摘されています。まず、1つがいずれの戦争も、その始まりは朝鮮半島における争いだった、と。 小倉:日本が663年、唐と戦火を交えるに至ったのは、新羅に滅ぼされた百済から救援依頼があり、百済が復活すれば百済に日本が影響力を及ぼせると判断したことが要因の1つでしたし、1592年に秀吉が朝鮮に侵攻した際は、朝鮮側からの要請もあり明が介入、明軍と日本軍との軍事衝突に発展したわけです。日中戦争も、満州の権益が導火線のように見えますが、背景には日本による朝鮮半島支配の安定化という歴史的な流れがあった。こうした事実は、日中の間においては、今後も朝鮮問題がいかに重要かを物語っています。 第2の教訓として内政に引きずられて外交をやってはならない、と。 小倉:そうです。元の日本侵攻は、元が滅ぼした宋の大量の残党(軍隊)をどう処理するかという元の内政事情と強く結びついていたし、秀吉の朝鮮出兵は、日本国内の大名の統制と日本統一を強化するという目的と連動していました。日清戦争も、清朝が内政上、あくまでも王朝の権威を守ろうとする守旧主義に流れていたことが大きい。日中戦争はご存じの通りです。 しかし、政治指導者たるもの、その時、その時の事情に左右されたり、民衆に迎合したりするのではなく、50年、100年先を考えて、国民に対して有り得べき国の姿を訴えていくことが大切です。 3つ目が冒頭にも指摘された、日本の外交はいつも欧米の従属変数としての外交だった、という点ですね。そこから脱却しなければならない、と。
小倉:そうです。これは必ずしも近代だけの話ではありません。秀吉の朝鮮における明との戦いも一見、朝鮮における日中の覇権争いのように見えますが、実は西洋植民地主義の東洋進出に対する日本の対応だったという側面もありました。 何より問題なのは、こうした事実をほとんどの中国人が知らないことです。5回の戦争をはっきりと認識し、それぞれの戦争が「いつ起きたんですか」「どこで起きたんですか」「なぜ起きたのですか」ということをきちんと勉強している人は恐らくほとんどいない。だから、頭が第2次大戦とか日中戦争のことばかりになる。 日本も中国も長い1000年、2000年の歴史の中で考えないと、道を誤ることになります。 ただ、中国は民主主義国家ではないし、1952年にようやく共産党による一党独裁の下、国を統一した。最近でこそ巨大な経済大国になりましたが、長い混乱と苦しみの中から生まれきたわけで、まだ発展途上にあるわけです。だから日本は中国に対して寛容である必要があります。韓国についても同様です。 降伏文書署名にみる日本のドイツの違い 日本がまず歴史の教訓をきちんと踏まえて、朝鮮半島を巡る問題はとかく争いごとに発展しやすいとか、内政に流されないようなきちんとした日本の外交の視点を持つべきだ、ということですね。 小倉:そうです。本来は双方の国がそのように正しく歴史を認識して、同じ過ちを繰り返さないように努力することこそが必要なんです。 しかし我々、日本人も歴史についてもっときちんと認識する必要があります。特にドイツとの違いについて、重大なことを多くの人が忘れています。 第2次大戦後、ドイツはきちんと謝罪して、日本は謝罪していない、という印象があります。 小倉:ドイツは戦争で、ナチズムの第3帝国が崩壊してドイツという国がなくなったため、降伏文書には軍隊だけがサインをしている。つまり、ドイツという国がなくなったため、はっきりとした断絶がある。よってドイツは大戦後、ナチを一切、政治に関与させていません。 これに対し、日本は降伏文書に日本の軍(陸軍大将の梅津美智治郎)と当時外務大臣だった重光葵がサインした。つまり、日本政府は存続し続けたということです。これは、連合軍が無条件降伏してポツダム宣言を受諾せよと求めてきた時、日本は天皇制の維持という条件を1つ付けた。それに対し連合軍は、「それは日本国民が決めることだ」と回答して、暗黙のうちに「日本国民がそれがいいというなら、それでもいいよ」としたからです。 米ソ対立が鮮明になる中、共産主義の台頭を阻みたいという米国の思いが影響した。 小倉:そういう面もあります。そのために日本は戦前と戦後に断絶がなく、戦争責任があるとして烙印を押された人が戦後、総理になったりした。こうした事実、過去とまず向き合うことが必要でしょう。自国についてろくに反省もせずに、ただ謝るからおかしなことになるんです。 TPP交渉もいわば鹿鳴館外交 しかし、日中関係、日韓関係は安倍晋三政権の下、一向に改善の兆しが見えません。5回の戦争の教訓を生かすと言っても、具体的にはどうすればいいのでしょうか。今の状況を見ていると難しく感じます。 小倉:例えばTPP(環太平洋経済連携協定)――。みんな大賛成と言っていますね。賛成するのは、参加すれば得するからでしょう。でも日本が得するというのは、誰か損をしている国があるはずです。入らなければ、損をする。現時点では中国は入らないでしょう。つまり、中国は損するはずなんです。 日本の最大の貿易パートナーの中国が損をするような協定を日本はなぜ結ぶのか。投資の点から見たら、米国への投資には累積ではまだ追いついていないと思いますが、それでも少し変ではないでしょうか。 この質問にまともに答える人を聞いたことがない。日中EPA(経済連携協定)も進めていると言うが、何か政府の下のレベルでやっているみたいで総理や大臣級が思い切って進める、という状況ではありません。つまり、相も変わらず、日本は明治以来の僕の言うところの鹿鳴館外交をやっている。
今も米国追随を続けている、、、と。 小倉:そうです。我々はどんな国をつくるべきなのか、私たち自身がそれにどう関与すべきかと考える際、やはり自分の周りの国のことをまず考えるのが普通ではないでしょうか。 そう考えると、僕はちょっとおこがましい言い方ですが、考え方としては中国を安定した民主国家に育てていく。韓国も、民主主義国家とは言っているが、任期を満了した大統領が自殺したり、辞めると弾劾されたり、やはり制度にひずみがある。民主主義が本当に定着したかまだ疑問です。韓国が立派な民主主義国家に育っていくことを、見守り、必要なら助けていくことが大事でしょう。 中国もすぐに、というのは難しいにせよ、いずれ徐々に安定した民主国家が育っていくようにしていくことが、日本の本当にあるべき姿ではないでしょうか。だから、チベットやウイグルの問題などが浮上した際には、日本は中国政府に対して「それはおかしい」と指摘していくべきだと考えます。 「オリンピック開催から9年が節目」というジンクス 中国が世界の工場と言われ、経済成長を遂げ、市場としても世界一になっていくに従い、「中国も徐々に民主的な国家になっていくに違いない」と日本を含めた多くの欧米諸国は期待してたと思いますが、最近の中国は中華思想に基づく大国を志向していると見る向きが増えていると思います。 小倉:中国が、そういう道を選んでいるという面はあります。それは、その方が自分たちは得をすると考えているからでしょう。それより、欧米諸国だって中国が変な風に混乱するより、今のままの方がいいと思っている人は多いですよ。 意外と? 小倉:意外とじゃなくて。日本の企業だって中国が民主化してほしいなんて考えている企業なんかないと思います。中国が共産党だろうが、何だろうが儲かればいいと思っているんじゃないですか。中国の民主化運動のためにカネを出している企業なんてありますか。私は聞いたことがありません。 日本企業は儲かればいいんだから、日本政府には中国に対してあまり苦言など呈して欲しいとは思っていないでしょう。 中国共産党にどの程度、持続性があるとご覧になりますか。経済成長率がどこかで7%を切ることも考えざるを得ない。その場合、国民の不満を中国がどうガス抜きするのか。また、日本がターゲットになるリスクもあります。 小倉:笑い話として最後に聞いて欲しいんですが、「オリンピック9年説」というのがある。オリンピックを開催して9年経つと、権威主義的な独裁主義的政権は崩壊する、というものです。1936年にベルリンオリンピックを開催した9年後の1945年にドイツ帝国は崩壊した。1980年のモスクワオリンピック開催から9年後の1989年にベルリンの壁が崩壊し、ソ連崩壊へとつながった。1988年にソウルオリンピックが開かれた9年後の1997年、韓国では初めて民主的な大統領が登場して、金大中政権が発足し、それまでの保守政権が崩壊しました。 そこで、北京オリンピックが2008年だから、2017年に何か大きなことが起きるかもしれない、というわけです。しかし、大事なのは日本がどういう国を目指すか、ということです。 このコラムについて キーパーソンに聞く 日経ビジネスのデスクが、話題の人、旬の人にインタビューします。このコラムを開けば毎日1人、新しいキーパーソンに出会えます。 |