01. 2013年7月24日 14:19:07
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「朝日君、おやすみなさい」中国の四大微博で朝日新聞の中国語アカウントが閉鎖 2013年7月24日(水) 福島 香織 すでに報じられているように、中国の四大微博(マイクロブログ)で、朝日新聞の中国語アカウントが17日に閉鎖された。 最初の一報は朝日中文アカウントでかつて人気だった「晩安 哦呀苏咪(おやすみの中国語あて文字)コーナーに「手書き文字」を提供していたネットユーザー「王左中右」氏の17日の書き込みだった。 「今日午前11時ごろ、新浪、騰訊、捜狐、網易の四大微博の朝日アカウントが突然開かなくなりました。すでにこのアカウントは検索できなくなっています。原因は不明」 後の報道で国務院インターネット情報弁公室からの指示であったことが判明したが、何が直接原因かは微博会社も知らされていない。 朝日アカウントは二大微博の新浪と騰訊だけでもファン(フォロワー)が130万人あった。ファンからは「朝日君」と呼ばれ愛されていた。共同通信中文アカウントや日経新聞中文アカウントは今のところ存在し続けている。中国ではありがちなこととはいえ、なぜ朝日アカウントが急にダメだったのか。何かしら、中国当局的にとってよほど不愉快な発信をしたからなのか。あるいは日本メディアの中で一番人気のアカウントを見せしめ的に閉鎖してみただけなのか。しかし、朝日新聞といえば東京本社内に新浪のオフィスを置くほど、中国側との協力体制を敷いている親中メディアである。今回は、この事件について考えてみたい。 ブラックユーモアで中国ネットユーザーの心をつかむ 朝日新聞の微博アカウントは2011年3月11日の東日本大震災後にスタートしているが、昨年秋ごろから何かと中国メディアにニュースとして取り上げられてきた。それは1日の終わりに発信する「晩安 哦呀苏咪」コーナーでアップする「謎かけ文字」が秀逸だと評判になったからだ。 これは微博世界で話題になった事件や言葉をとりあげ、発音記号(ピンイン)を振ったもので、謎かけや暗喩、ブラックユーモア、皮肉を含んだ、いかにも中国人の好きそうな表現手法だった。しかも手書きの象形文字のような味のある崩し文字をいちいち写真でアップする手の込みようだ。 たとえば、空母・遼寧が就航したときアップした「遼寧艦」と言う文字はよく見ると「艦」の字のつくりが皿の上に錦になっている。習近平国家主席と李克強首相の「習李体制」が誕生したときは簡体字で「习李」と書いたが、「习」の中の「にすい」を「人」を横に向けた形に書いた。山東省濰坊市で工場が排水を地面を深くボーリングして地下水に直接流し込んでいた環境汚染問題が発覚したときは、「濰」の「さんずい」をながーく伸ばして書く。 中央テレビが「あなたは幸福ですか?」と出稼ぎ農民に質問した番組が話題になったときは、「幸福」の文字のうち、「幸」は書かずに「福」の田を欠いた奇妙な字を書いた。その心は、「幸」の字をばらすと「土」と「¥(金)」で、中国で言う幸福が「土地と金と田を欠いたものだ」という暗喩だった。また「警車(警察車両)」の「警」の字からわざと「敬」の部分を欠いた字を書くことも。薄熙来の党籍剥奪ニュースを受けて書いた文字は「孤」。薄熙来の孤独と息子の瓜瓜をかけている。 こういったウィットにファンたちは「朝日君、無双!」などとコメントし、楽しみにしていた。 2013年1月30日付け南方週末紙が「朝日君、晩安 哦呀苏咪」という特集記事で、この朝日微博アカウントチームを取材していた。中国人3人を含む5人チームを率いる野島剛氏が取材に応じていた。野島氏は元台北支局長で、業界ではよく知られ尊敬を受けている、朝日のカラーとは一線を画した中華専門ジャーナリストだ。 この記事によれば、スタート時は「新鮮日本」と名付けたもっとお堅いオフィシャルアカウントだったが、一向に人気がなく、コメントの転載回数は5回に満たなかったという。 朝日君の「無双ぶり」 そこで、2012年5月にアカウントの方向性をもう一度見直した。5月15日に「咪那桑,哦哈哟(みなさんおはよう、の中国語宛て文字)!…東京は雨が降っていますが空気の質は悪くないですよ、みなさんのところはどうですか?」という、日本語を交えた親しみやすさに、チクリと皮肉をこめたコメントで新キャラ朝日君が登場したところ、すぐに30回転載された。 以降、朝日君の「無双ぶり」が発揮されていく。 たとえば、強制土地収用事件について「日本鬼子ですら、この土地は天皇のものだと恥ずかしくて言えない」と書き込んだコメントは7万回転載され、一気に3万人以上のファンを増やしたとか。日本の首相が頻繁に変わることを受けて「我々の首相が又双叒叕変わった」といった自嘲コメントも多い。自分のことを日本鬼子と呼び、ちょっと卑屈な性格なのに、でも意外に大胆に中国に当てこすりや皮肉も言う。 この絶妙な朝日君のキャラクターが、中国人にとって「萌え」たとか。5月末から始まった「晩安」コーナーは小さいころから書道をたしなんでいたという、ハンドルネーム「王左中右」氏が担当。中国人か日本人かわからないながら、彼の深い中国理解と中国語・漢字の知識からくるユーモアやウィットが朝日君の萌えキャラを際立たせていった。 だがこの「晩安」コーナーは、中国に対するぎりぎりの皮肉を含ませることがあり、朝日君を「売国奴」と罵るネットユーザーの声もあった(日本の新聞なのに!)。発信が削除されることもあった。 「晩安」コーナーは今年3月15日をもって終了する。理由の詳細は語られていないが担当の「王」氏いわく「不可抗力のため」という。最後に上げた謎かけ文字は「Where What Why How」。記事を書くにあたって必要な要素5W1Hのうち、Who(胡錦濤)とWhen(温家宝)がない、というオチだった。 全人代で胡錦濤と温家宝が引退したことを掛けている。 普段ならば閉鎖まではいかないレベル 「晩安」コーナーが終わってから朝日中文微博はずいぶんと大人しくなっていたが、7月17日にアカウントが閉鎖になった。今のところ、アカウント閉鎖の直接的理由は不明だ。 一説によれば、朝日新聞社説の「中国経済、不透明な体質にメスを」(16日)の中文訳へのリンクを張り付けたことが問題視された、という。だが、その社説自体は、中国や海外エコノミストの分析や意見とそう大きく変わるものでもない。普段ならばこのレベルでアカウント閉鎖まではいかない。警告を受けて、ごめんなさい、とすなおにリンクを外すなり削除すればそれで済むだろう。 そうならなかったのは、今の日中関係がそれほど、ただならぬ緊張状態にあるということか。朝日新聞と中国側の関係にひびが入るほどに? こういってはなんだが、朝日新聞は本来、かなり親中的であり、逆に日本の安倍政権などに対してはかなり批判的である。ときとして中国が言いたげなことを、知ってか知らずか、代弁するようなこともあったと、一読者としては感じている。 実際、さまざまな場面で、「ここで中国側として発言すると不利です。黙っていても日本国内の親中派が批判の声を上げるでしょう」と日本通の国際関係学者たちが党中央に進言する場面もあると人づてに聞いた。 もちろん、最前線の現場の記者たちは事実を忠実に取材し、人権や人道に関わる問題については容赦ない筆致を見せるが、こと日中関係に関しては、中国の横暴より日本の配慮の無さをたしなめるような論調が多い。 中国では北京オリンピック前後から外交手法として「公共外交(パブリック・ディプロマシー)」というやり方がずいぶん研究されている。文化的コンテンツや民間交流などのソフトパワーで相手国内の親中派を増やし、相手国の学者やジャーナリスト、メディアを通じて中国の立場を代弁させ相手国の世論を有利に導くという手法である。 また中国独特の空気として、中国人自身が、中国当局に対する強い不信感を持ち、当局者の発言より外国人専門家の言うことの方を信用する傾向がある。外国メディア、外国人に(中国の立場を弁解するような)モノを言わせることは国内世論にも影響を与えるとして、非常に熱心に研究されている。 外国メディア側はこういう中国側の狙いも承知した上で、より深いニュースソースを求めて中国側権力周辺に近づくわけだ。本来、メディアと権力というのは、常にそういう相互にネタを取ってやろう、利用してやろうという思惑の駆け引きが付きまとうのだから、これは仕方あるまい。 朝日新聞は日本のメディアの中では比較的、中国側に配慮してくれる新聞であるとみなされていた。だが、メディアが一番重視するのは自国の読者たちである。尖閣をめぐる問題が先鋭化し日中関係が緊張を増すにつれ、日本人の嫌中感情が膨らんでくると、新聞の論調も読者に応えようとするものだ。朝日新聞も10年前と比較すればよほど、中国に厳しい記事が増えたのも確かである。 中国としては、親中派とみなしていた新聞だからこそ、中国政府にとって不愉快な記事や言動が増えてきたのがよけい許せない、というところがあるのかもしれない。いや、それ以上に、中国が使ってきたパブリックディプロマシー的手法を実に洗練した形で、微博という中国が厳しく管理している媒体を使って展開したことが気に食わなかったのか。 ファン130万人というのは微博ユーザー6億人を母数と考えるとそんなに大きな影響力とは言えないと思うが、一方で中国主要紙の発行部数に匹敵する数ともいえる。日中関係がここまで緊張しているというのに、ブラックユーモアやウィットを交えて中国を皮肉るコメントを発信して、中国人ネットユーザーの心をつかむというワザは中国が警戒感を強めるには十分であったかもしれない。 とりあえず「おやすみ」と健闘をたたえる 参院選で自民党が圧勝し、国会のねじれが解消されたのちの安倍政権がどのような対中外交を展開していくのか、今のところはまだはっきりとは言えないが、政治的に日中関係が好転する材料はほとんどない。こういう時こそ、本当はソフトパワーや民間交流で緊張を緩和しつつ、中国人の普通の人たちの心を引き寄せる工夫がほしい。 「朝日君」には(また復活するかもしれないが)とりあえず「おやすみ」と健闘をたたえる。ほかのメディアの方々もより洗練された中国向けの日本発信のチャンネルの在り方を考える時期だろう。 このコラムについて 中国新聞趣聞〜チャイナ・ゴシップス 新聞とは新しい話、ニュース。趣聞とは、中国語で興味深い話、噂話といった意味。 中国において公式の新聞メディアが流す情報は「新聞」だが、中国の公式メディアとは宣伝機関であり、その第一の目的は党の宣伝だ。当局の都合の良いように編集されたり、美化されていたりしていることもある。そこで人々は口コミ情報、つまり知人から聞いた興味深い「趣聞」も重視する。 特に北京のように古く歴史ある政治の街においては、その知人がしばしば中南海に出入りできるほどの人物であったり、軍関係者であったり、ということもあるので、根も葉もない話ばかりではない。時に公式メディアの流す新聞よりも早く正確であることも。特に昨今はインターネットのおかげでこの趣聞の伝播力はばかにできなくなった。新聞趣聞の両面から中国の事象を読み解いてゆくニュースコラム。 |