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[中国]夢失う「ねずみ族」
ルポ・「富国」の影で 都市の若者、閉塞感が包む
中国の経済成長は、農村の若者を中心とする労働力が低賃金労働者として都市へ供給される人口移動によって支えられてきた。都市部では成長の恩恵を受ける富裕層が生まれる一方、農村からの流入者は貧困に苦しむ。若者を欠いた農村では成長が鈍り、都市との経済格差は広がるばかりだ。
「またお越し下さい」。北京市中心部のコーヒー店で働く石磊さん(21、仮名)が閉店後、足早に帰る“自宅”は、市内マンション地下4階の核シェルターの一角だ。昨年2月に故郷の山東省から上京し、以来ずっと地下で暮らす。こうした地下室で住む人々は「ねずみ族」と呼ばれる。
人口2018万人の北京市内に「ねずみ族」は200万人近くいるとされる。多くが北京以外からの出稼ぎ者だ。石さんの部屋は1970年代に作られた核シェルターの一部を違法改造したもの。広さは15平方メートルで、家賃は月420元(約5700円)。窓はなく昼夜を問わず薄暗い。夏には猛烈な湿気に襲われる。
不動産投資がなお盛んな北京では賃貸価格もとどまることを知らない。賃貸物件の相場は月3千〜4千元。石さんの月収は2800元で2千元を両親に送金する。残り800元で暮らす石さんに地上に住める家はない。
「夢を持つことは大切だ。私は中華民族の復興という中国の夢を必ず実現させる」。習近平総書記は就任後、何度も「夢」を強調した。しかし、日々の生活に閉塞感を覚え、夢を見失いそうになっている若者は多い。
「南米への移民を真剣に考えている」。北京に出てきて8年になる丁津さん(33、仮名)は大学卒業後、職を転々としたが、結局定職に就けなかった。丁さんは同じ境遇の友人数人とルームシェアをして暮らす。地下に住むのが「ねずみ族」なら、丁さんのような定職を持たずに多人数で1カ所に暮らす若者は「アリ族」と呼ばれる。狭い部屋にアリのように多人数でひしめいて住むからだ。
「チャンスは増えたが、不公平が大きすぎてチャンスをつかめない」。丁さんは「中国経済の現状は『富国窮民』だ。カネ持ちになるのは国ばかりで、多くの庶民は困窮したままだ」と言う。
農村から都市への人口移動の背景には所得格差がある。国家統計局によると11年の都市部住民の平均年間所得は2万1810元で農村部住民の6977元の3.1倍だ。お金を求めて農村から都市への人口移動が続く。11年末時点で都市部の人口は6億9079万人に、農村部は6億5656万人で初めて都市の人口が農村を上回った。都市部人口のうち農村からの出稼ぎ者は約2億人いるとされる。
ただ中国では農村と都市の2つに分けた戸籍管理制度を維持する。農村から都市への人口流入を規制するためだ。このため農村出身者は都市の戸籍を簡単に得られない。都市戸籍がなければ医療など都市部の公共サービスを十分に受けられない問題を抱える。
「20年までに所得倍増を目指す」。共産党の新指導部は、庶民も豊かな将来像を描けるような目標を掲げた。だが、実現できると信じている庶民は決して多くない。
(北京=島田学)
置き去りの農村、高齢者に孤立感
都市に労働力を送り出す側の農村を訪ねた。
中国最大の穀物供給地、黒竜江省。その中心都市のハルビン市から車で5時間走った農村で張洪さん(62、仮名)と出会った。張さんは春節(旧正月、今年は2月)を心待ちにしていた。一人息子(32)が出稼ぎ先の北京から年に一度だけ帰省してくるからだ。
息子夫婦が孫(12)を残して2人で出稼ぎを始めてから5年になる。息子は北京で建設作業員として、嫁は遼寧省で小売店の店員として働く。「両親がいないと寂しがっていた孫も、親がいないことに慣れた。生活のためなら仕方がない」とこぼす。3.6ヘクタールある水田での農作業は張さんと60歳の妻の2人で手が足りる。年収は10万元(約130万円)と農村では多いが、「収入を増やそうと息子夫婦は出稼ぎを決めた」と言う。
張さんの近隣に住む李慶忠さん(47、仮名)一家も息子(25)夫婦が上海の物流センターに出稼ぎに出ている。2歳の孫娘が両親に会えるのはやはり春節だけだ。一家の収入は5年前に比べ2〜3割増えたが、「街で暮らせるなら、それに越したことはない。孫の教育のためにも良い環境へ移るべきだ」と話す。
農村から若い労働力が都市へ流出し、高齢者が残される。このため農業経営の大規模化や効率化の動きは鈍い。中国の農家1戸あたりの耕作面積は約0.6ヘクタールとされ、日本の農家の4分の1程度にとどまる。農村は成長から取り残され、都市部との所得格差がますます開いていく。
農村の福祉もまだ不十分だ。中国政府は09年12月に「新型農村社会養老保険制度」の試行を開始。加入した農民は満60歳から毎月、年金を受給できる仕組みで、政府は今年10月に全土に普及したとしている。ただ受給額は毎月、数十元にとどまる地域も多い。
都市と農村では所得格差だけでなく、福祉、医療、教育など公共インフラの面でも開きがある。
(大連=進藤英樹)
<データで読む> 所得格差は「危険水域」
中国では所得格差の拡大が深刻だ。国家統計局によると、都市部と農村部の平均年収の差は2011年に14833元(約20万円)と、05年比で2倍に広がった。
人事社会保障省が10月に公表した「11年版中国報酬発展報告」も大きな話題となった。「ある保険会社トップの07年の年収は6616万元(約8億9千万円)。会社員平均の2751倍、出稼ぎ農民工の4553倍」との指摘に、ネットでは政府批判が噴出した。
共産党指導部は、各地で頻発している地元政府への抗議行動の原因も格差への不満にあるとみて、対応を急いでいる。
これを裏付けたのが、中国の西南財経大学(四川省)の調査だ。1に近いほど所得格差が大きいことを示す「ジニ係数」が10年に0.61となったと発表。警戒ラインの0.4どころか、社会不安につながる危険ラインの0.6を上回ったとした。
取材班 ここに注目
デスク 習体制の滑り出しはどう。
K 習氏の就任後初の地方視察は広東省だった。改革開放の父、トウ小平氏と関係の深い場所を巡った。「われこそはトウ小平の後を継ぐ改革者」というアピールだ。民間主導型、内需主導型への転換を説く経済構造改革で成長を持続させるという決意を示した。
S 共産党の最高指導部にあたる常務委員には、巨大な既得権を持つ「石油閥」と「機械閥」が引き続き代表を送り込んだ。党中枢の中央委員に選ばれた経営者は国有企業出身者ばかりだ。彼らの願いは現状維持であり、民営企業の振興など望んでいない。鉄鋼などの過剰生産問題も、国有企業や地元政府の抵抗で簡単には解決できないだろう。
M 国有企業のリストラを進めた朱鎔基元首相のような抵抗を物ともせずに突き進む指導者がいない。習氏も首相になる李克強氏も、そういうタイプではないから、警戒されずに今の地位にある。とはいえ、共産党体制を維持するためには成長が必要だ。それには経済の構造改革を進めるほかに道はない。
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デスク 構造改革の担い手である中国企業の動向は。
K パソコンのレノボ・グループ(聯想集団)、通信機器の華為技術(ファーウェイ)のように規模では世界一の企業が出てきた。エアコンの珠海格力電器も国内市場の低迷に関係なく元気だ。次々に巨大企業が登場してくるのは間違いない。技術を伴った先進企業に変身できるかはまだわからないけどね。
S 尖閣問題を受けた日本製品不買の陰に隠れてしまったが、その前から日本企業のシェアはずるずると低下していた。トヨタ自動車や日産自動車など自動車大手は意地を見せるのか。
デスク 日中関係は。
M 大きな変化は考えにくい。国内では今も中国の主張を一方的に伝える大量の報道を続けさせている。反日デモは政府の制御の範囲を超えて拡大した。日本への譲歩ととられる姿勢を見せれば指導部が批判されかねない。
S 日本企業の進出先は日本製品の不買が続くと地域経済が大きな打撃を受ける。尖閣を巡る激しいつばぜり合いは続いても、経済など他の分野に波及させない工夫を探る動きが日中双方から出てくるのではないか。
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デスク 中国は都市化を成長のバネにするつもりだ。
M 年末の経済工作会議では13年に農村の都市化を進める方針を打ち出した。交通網整備などインフラ需要や消費の活性化が見込める。都市人口が7割以上の先進国の水準を考えると中国の都市化は今後も続き、内需を創出する。
K よいことばかりじゃないよ。交通渋滞は深刻化するし、工場やごみ処理施設を遠ざけたい住民の抗議活動も増えていく。多くの都市が満足な収入を得ることができない貧民地区を抱えている。都市化は社会不安をもたらす負の側面も無視できない。
◆ひと言 中国のメディアは当局の統制下にあり、情報には偏りが生まれます。急激な経済成長で状況が日々変化するうえ、国土が広く地域差もあり、イメージだけが一人歩きしがちです。取材班は各地を訪れ、目で見た、耳で聞いた等身大の中国を伝えていきます。
[日経新聞1月4日朝刊P.18]
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