01. 2012年12月27日 10:54:19
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神秘宗教の台頭は王朝末期の印?マヤ暦の世界終末の日に花束を売る女の子 2012年12月27日(木) 福島 香織 12月20日に中国・広州市の繁華街を歩いていると、学生らしい女の子が花束を売っていた。中国の繁華街で花売り娘は珍しくもないが、面白いな、と思ったのは、「“末日”に大事な人に花束を買って告白しましょう」という呼びかけだった。末日というのは、マヤ暦でいう世界終末の日、人類の3分の2が死滅するそうで、2013年12月21日の冬至の日がそれに当たるそうだ。 中国ではこの数年、オカルトブームで、UFO(未確認飛行物体)やUMA(未確認動物)の話題がけっこう地方ゴシップ紙をにぎわせていたりする。日本でも確か1970年代くらいに、ユリ・ゲラーやネッシーやサスクワッチや宇宙人にさらわれて人体実験された人の証言やミステリーサークルといった神秘現象をテーマにしたテレビ番組などの全盛期があった。70年代日本と現代中国はちょっと世相が似ているところもあるが、こういう神秘ブームもその1つのような気がする。 神秘ブームも娯楽や商売に利用される程度はご愛嬌。だが中国当局としては、どうしても見逃せない部分がある。それは宗教の流行である。マヤ暦末日説を掲げる宗教組織、全能神に対して最近、中国各地で一斉摘発が展開され、信者ら1000人近くが拘束された。河南省光山県の小学校を刃物をもって襲撃し23人に切り付けた事件(12月17日)の犯人が全能神の末日思想に侵されていた、という報道もあり、邪教に対する社会の警戒心喚起に必死だ。全能神に限らず、今中国の農村ではかなりの非公認宗教が広がっている。それが共産党中国にとっては大きな脅威となっているようだ。 共産党を敵視する新興宗教、全能神 全能神は、私もあまり詳しく知らなかった。中国では1990年代に河南省を中心に存在感を増し、邪教として取り締まりの対象になっている神秘宗教だ。70年代に米国で誕生したキリスト教をベースにした新興宗教のようだが中国に渡り農村を中心に広がっていた。2010年ごろからマヤ暦終末説を取り入れ、信徒にならなければ2012年12月21日に閃光に打たれて死ぬという予言を言い、恐れる人々を信者にしているという。実際神、東方閃光とも呼ばれている。 教祖は趙維山という黒竜江省出身の元物理教師で、2000年に米国に亡命している。教祖とは別に巫女のような女性・楊向彬が女キリストとして信仰の対象となっている。彼女は山西省大同市出身、大学受験に失敗したあと、趙維山の愛人となり、女キリストに仕立て上げられたという。彼女のもとに7人の幹部・七長老がおり、チベット地域を除く30省・自治区を9つの教区にわけて支配されている。信徒は数十の階層に分かれ、厳しいヒエラルキーをもって統率されているとか。かなり政治色の強い宗教で、中国共産党を「大紅龍」と呼び敵視し、信徒を率いてこの「大紅龍」を倒し、全能神が統治する国を築くのが教義という。 米国の趙維山からインターネットを通じて指令を受け、幹部たちはお互いをコードネームで呼び合い、ネット技術や暗号を駆使して警察の目を欺きながら活動してきた。暴力と美女とのセックス、甘言で無知な農民らを洗脳し、信者になれば、最初に2000元の献納をさせられ、その後も多額の献納を要求される。幹部には信者獲得ノルマを課し、成功すれば賞金を与えたという。別の宗教の幹部の洗脳に成功すれば賞金は2万元にも上った。 潤沢な活動資金を擁し、2011年に河南省地元警察が活動拠点を奇襲したときは、黄金9キロを押収したという話もある。2007年の段階で信徒は全国に300万人と言われていた。その後、徹底的な取り締まりが行われたが、今なお100万人以上の信徒がいるとも。趙維山は今年12月7日に全国の信徒に対し世界末日前の活動再開を指示。この情報をキャッチした公安当局が、全方位的な摘発作戦を展開したという。 非公認宗教はキリスト教系だけで1億人超 以上、人民ネットはじめ中国メディアを参考にしたあらましだが、それを見る限りでは全能神は典型的なカルト教団といえよう。信徒の中で教義に疑問を持ったものに対しては、内ゲバのような暴力をふるったという話も報じられている。 もっとも、これら報道は中国が宗教に対するネガティブイメージを喧伝するための作り話かもしれない。中国では1999年以降の法輪功弾圧はじめ、非公認宗教組織に対しては、やりすぎではないか、と言えるまでの徹底的な排除を行ってきた。 日本にもオウム真理教事件の例があるので、カルトに対する警戒感はあるものの、新興宗教組織の動きが活発になるには、それなりの社会背景、世相がある。なぜ、そういう宗教が今の中国で広がっているのか、そこを考えないと、おそらく、再び神秘宗教は台頭してくるだろう。 冒頭で触れたように、私の個人的な所感ではこの10年、中国は空前の宗教ブームだと思う。いわゆる共産党が認めていない非公認宗教の信者はキリスト教系だけで1億人を超えるとも言われている。 その代表の1つはプロテスタント系の「家庭教会」だろう。今年初め、米国に亡命した作家の余傑さんが家庭教会の敬虔な信者であった。私はそれなりに「家庭教会」を取材してきた。北京で家庭教会を信仰する人は、医師や教師など比較的知識階級の人が多く、入信の理由も、人間関係や出世競争に疲れた、物欲・金銭欲ばかりの社会に愛想が尽きたといった「都会人的憂鬱」からくるものが多かった。 家庭教会は、いわゆる教会を持たず、自宅で祈るだけで信仰が保て、信者同士が友人の家庭に集い、牧師が悩みや懺悔を聞き、聖書を読み讃美歌を歌って祈るという穏やかな宗教で、邪教のイメージとは程遠い。 だが、当局の弾圧は非常に厳しく、家庭教会信者たちは執拗な嫌がらせを受けていた。余傑さんが激しい拷問をうけて米国亡命を余儀なくされたのは、劉暁波氏の伝記を書こうとしたからという表向きの理由が伝えられているが、私は彼が当時8000万人という共産党員に匹敵する信者を擁するとされた家庭教会の顔役であったことが本当の理由であったのではないかと疑っている。 「家庭教会」は本来、魂の救済という伝統的なキリスト教に近いものだが、農村に行くとより現世利益的、神秘的なキリスト教というものが流行している。ちなみに全能神も「家庭教会東方閃光派」という呼ばれ方をしており、農村の神秘主義的キリスト教を含めて「家庭教会」は非公認キリスト教の総称として使われている。これは都市民の間の家庭教会に邪教の印象を与える当局の宣伝工作ではなないか、と私は疑っている。非公認キリスト教は宗派によってかなり質や教義が違い、家庭教会全体をカルトとするのは正しくないだろう。 先行きの不安や現実社会への不満 農村の現世利益を約束する神秘宗教にはどんなものかあるか。2006〜2007年に私は友人とともにしばしば河南の鄭州郊外にある農村の宗教状況を取材にいった。ある村を車で通りかかったとき、農村には不似合いな立派な教会があったので立ち寄ってみると、カトリック系の非公認教会だった。村にはポールやマリアといった洗礼名を持つ信者がたくさんいたが、なぜ信者になったかと尋ねれば「病気の治療」「出産の無事を求めて」といった答えがかえってきた。「私は天使を見た」と証言する信者もいた。教会は農民たちがなけなしの財を寄進して建てたものだった。 鄭州郊外に土地開発に失敗しゴーストタウン化した別荘地があり、そこに医者から見放された末期がん患者らが、医師とともに共同生活をする宗教村もあった。この医師は、かつてはがん手術の名医で、「昔は袖の下を受け取って金持ちの手術ばかりしてきた」と告白した。彼は金持ちにはなったが、家庭がうまくいかず酒におぼれて荒れていたときに、友人に誘われて家庭教会のミサに行き、宗教に目覚め、その後は貧しいがん患者を救おうと決意したという。実はそこでかなり衛生的に問題のある違法手術が行われていたのだが、すべてに見放された貧しい農村のがん患者にとって、その医師は神に等しい救いのようでもあった。 地方から北京に地元政府の圧政を陳情にくる農民にも非公認キリスト教の信者は多かった。五輪前、北京当局の陳情者に対する対応は極めて冷淡だったが、彼らは木の枝で作った簡素な十字架を首にかけて神に祈りながら辛抱強く何日も何カ月も市内に野宿しながら陳情局に通っていた。神が最後には必ず願いを聞き届けていると彼らは信じていた。 ちょうど五輪前後の時期、北京および河南や河北周辺でそういう宗教ブームが起きていると私は感じていた。浙江省など経済発展した地域でも非公認宗教がブームになっていた。温州郊外では金を持っている温州商人が教会を建て、それを当局がブルドーザーで撤去してもすぐに、また教会が建てられるという状況もあった。 奇跡的な経済発展を遂げ、五輪を開催するほど大国化し、国際社会における影響力も強くなった中国だが、実は多くの人たちいまだがどこかに先行きの不安や現実社会への不満を感じそこに宗教が拡大する隙間ができているのではないか、と感じていた。そして今なお、中国で人々が半分は娯楽や商売のため、半分はやや心配してマヤ暦の「世界末日説」をささやくのを見ると、不安や先行きの見えない社会の空気はだんだん濃くなっている。 弾圧によって反共産党色を濃くなる 中国は共産党統治になってから宗教や迷信は基本的に否定しているが、中国人は本来、宗教や迷信を信じやすい人たちだ。農村には今なお呪術医もおれば、幽鬼や神秘を信じる心も強い。北京北部のかつて女真族や満州族が支配していた地域では「シャーマン(薩満)」が存在する。河南省の農村出身の友人の叔母は幽鬼と会話しながら村民の病気の原因を探し当て、治療する呪術医だった。それどころか元国家主席だった江沢民氏は時間を見つけて道教寺院めぐりをし、中国屈指の道士のアドバイスを受けていたとも聞く。道教寺院の名道士の発言は今も中南海の方針に暗然と影響を与えている、という噂もある。 そして、そういうもともとある神秘主義、あるいは神秘主義的宗教はある周期で突然台頭してくる。つまり王朝の変わり目である。後漢末期の太平道教、元末、明末の白蓮教、清末の太平天国の乱を起こした拝上帝会、あるいは義和団のような神秘宗教的性格を帯びた秘密結社が、王朝の変わり目に台頭し農民反乱を引き起こしてきた歴史がある。 今の「共産党王朝」が「やりすぎ」と言われるまで「邪教狩り」に必死なのは、神秘宗教が農民反乱を起こしてきた歴史の繰り返しを恐れているからだ、と見られている。チベット仏教やイスラム教の信仰を必要以上に抑えつけるのも、同じ理由だと言われている。 中国の世界最大級の治安維持力をもってすれば、確かに一時的に「邪教の台頭」は抑えきることができるかもしれない。しかし、一見唯物的で金さえあれば満足しているように見える中国人でも、何か足りないと感じ、実は魂の救済を求めている人も大勢いる。そういう人たちから信仰を奪おうと躍起になるほど、信仰は地下にもぐり神秘化し共産党中国を恨むようになるだろう。医療制度の整っていない地域で流行した健康法の一種だった法輪功を今のような「反共産党組織」に成長させたのは1999年以降の執拗な弾圧だ。全能神も弾圧されるたびに反共産的性格を濃くし生き延びつづけている。 人はパンのみに生きるにあらず。人間に本当に必要なものは金銭・物質だけではないということ、政治思想は信仰の対象になり替われるものではないということに中国共産党自身が気づかない限り、「共産党王朝」を脅かす第二、第三の「邪教」はこれからも登場してくるのではないだろうか。 福島香織さんの新刊が出ました! 日経ビジネスオンラインで好評連載中の「中国新聞趣聞〜チャイナ・ゴシップス」が書籍になりました。『中国「反日デモ」の深層』というタイトルで扶桑社新書から絶賛発売中です。 福島 香織(ふくしま・かおり) ジャーナリスト
大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002〜08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。2009年に産経新聞を退社後フリーに。おもに中国の政治経済社会をテーマに取材。著書に『潜入ルポ 中国の女―エイズ売春婦から大富豪まで』(文藝春秋)、『中国のマスゴミ―ジャーナリズムの挫折と目覚め』(扶桑社新書)、『危ない中国 点撃!』(産経新聞出版刊)、『中国のマスゴミ』(扶桑社新書)、『中国「反日デモ」の深層』(同)など。 中国新聞趣聞〜チャイナ・ゴシップス
新聞とは新しい話、ニュース。趣聞とは、中国語で興味深い話、噂話といった意味。 中国において公式の新聞メディアが流す情報は「新聞」だが、中国の公式メディアとは宣伝機関であり、その第一の目的は党の宣伝だ。当局の都合の良いように編集されたり、美化されていたりしていることもある。そこで人々は口コミ情報、つまり知人から聞いた興味深い「趣聞」も重視する。 特に北京のように古く歴史ある政治の街においては、その知人がしばしば中南海に出入りできるほどの人物であったり、軍関係者であったり、ということもあるので、根も葉もない話ばかりではない。時に公式メディアの流す新聞よりも早く正確であることも。特に昨今はインターネットのおかげでこの趣聞の伝播力はばかにできなくなった。新聞趣聞の両面から中国の事象を読み解いてゆくニュースコラム。 |