http://www.asyura2.com/12/china3/msg/320.html
Tweet |
【第9回】 2012年11月8日
中国共産党大会開幕!習近平新体制の行方
国内は政治改革、対外的には強硬路線
――日本総合研究所理事 呉軍華
11月8日、5年に一度開かれる中国共産党第18回全国代表大会が開幕した。2002年から続いた胡錦濤(総書記)体制が終わり、習近平新体制が誕生する。本稿では、新体制の下で中国の経済、政治がどのような方向に向かっていくのか、二つの問いに答えてみたい。一つ目の問いは、中国経済の高成長時代が終焉したのかということであり、二つ目の問いは習近平新体制の下で、中国が本格的に政治改革に踏み切る可能性はどれだけあるか、ということである。
ご・ぐんか
日本総合研究所理事・主席研究員。日総(上海)投資コンサルティング有限公司董事長・主席研究員。ウッドローウィルソンインターナショナルセンター公共政策研究フェロー。1983年中国復旦大学卒業、90年東京大学大学院博士課程修了。日本総合研究所入社後、香港駐在首席研究員、香港駐在事務所所長、ハーバード大学客員研究員、米AEIリサーチフェロー、ジョージワシントン大学客員研究員などを経て、現職。『中国 静かなる革命―官製資本主義の終焉と民主化へのグランドビジョン―』(日本経済新聞出版社)など著書多数
足下の景気減速は一時的か
高成長期の終焉か
まず一つ目の問いから検討してみよう。中国のGDP(国内総生産)は、2010年の第2四半期をピークに、減速が続いている。前回の景気後退は08年のリーマンショックによって引き起こされたが、4兆元に及ぶ政府の景気対策で、09年の第1四半期をボトムにして、V字回復を果たした。今回の景気減速はリーマンショックのときのように急激ではないが、前回よりも長期間にわたって、成長率の低下が続いている(図1)。
PMI(購買担当者景気指数)は、50%を超えると景気拡大を、50%を下回ると景気減速を示しているが、HSBCが発表している中国の製造業PMIは、過去11ヵ月連続で50%を割っている。最近になって、サービス業PMIも急速に低下し始めた(図2)。
拡大画像表示
では、以上のような足下の景気減速をどう見るべきなのだろうか。意見は大きく二つに分かれており、中国国内でも大論争になっている。
一つが、景気減速は循環的・一時的なものであり、いずれ高成長路線に戻るという見方だ。景気減速の原因は、欧州危機、米国の景気の足踏み、4兆元の景気対策の効果が終盤に差し掛かっていることによるもので、一時的なものとみている。その代表が、台湾出身で元世銀副総裁の林毅夫氏で、中国経済は向こう20年間にわたって、高成長が可能であると予想している。
もう一つが、今回の景気後退は高成長終焉の「兆し」であるという見方だ。私もそう考えており、中国は「中所得国の罠」の初期の段階にさしかかった可能性があるとみている。「中所得国の罠」とは、世界銀行が打ち出している概念で、低開発国は一定の要件が整うと、労働、資本などを投入すれば、高成長を実現することができるが、中所得国になると、労働・資本の投入を「量的」に拡大するだけでは、成長を続けることができず、長期的な停滞に陥ってしまうというものだ。
今の中国は一人当たりGDPが約5000ドルとなり、中所得国の域に達している。私は次の三つの根拠から、中国は「中所得国の罠」の初期段階にあるとみている。
これまで中国は安い労働力を大量に投入して。高成長を実現してきた。ところが、今、景気が減速しているにもかかわらず、面白い現象が起こっている。景気が減速しているのに、これまでと違い失業が増加していないのだ。これまで8%の成長率がないと、失業が増加して社会不安が起こるため、政府は8%成長を死守すると言ってきたが、今回の景気減速局面では、農民工の大量の帰郷などは起こっていない。つまり、中国では、生産年齢人口が増え経済成長にプラスに働く「人口ボーナス」の時代が終わり、労働力不足の時代に入ったと思われる。これが第一の根拠だ。
二つ目の根拠は、環境負荷が限界水準に達してきたということである。数年前までは、政府の関係者も環境よりも成長と言っていたが、現在は環境破壊が大きなテーマになっている。一般市民も、環境破壊には「ノー」を突き付けるようになっており、デモなどの紛争も頻発している。もはや環境を犠牲にした高成長は難しくなっている。
三つ目の根拠は、大衆の不満が社会変動につながりかねない水準にまで、高まっていることである。今の中国では、億万長者から一文無しまで、多くの国民が何かしらの不満を抱いている。
もちろん、中国が「中所得国の罠」の初期段階にあると言っても、すぐに経済が失速するとは考えていない。ただ、かつてのような10%以上の成長という時代には戻らないだろう。さらに、後述する構造問題を中長期的に解決しないと、いずれハードランディングを迎える可能性もある。
「中所得国の罠」から
脱出する条件
では、中国がハードランディングを回避して、安定成長路線にソフトランディングするには、どうしたよいのだろうか。課題は山積しているが、私は次の二つが重要だと考えている。
第1は、国有企業の独占・寡占構造の打破である。国有企業=政府が経済成長の最大の恩恵を受けるという体制を改めないといけない。私的財産制を守り、「国進民退」から「民進国退」の流れを作り出す必要がある。
中国の高度成長は改革の流れと重なっている。1980年代は民進国退で、政府部門・国有企業は縮小の方向にあった。ところが、90年代後半以降、とくに21世紀に入ってから、流れは国進民退に逆戻りし、政府・国有企業はますます強くなっている。もっとも、国有企業中心の経済でも、中国経済はうまくやっていけるという主張もあるが、そうであるならソ連邦の崩壊もなかったし、中国も改革・開放路線に踏み出す必要もなかったはずだ。
第2は、量から質へと転換するために、輸出・投資偏重の量的拡大型成長から、質的向上を伴う消費主導型成長へ転換しなければならないということである。90年代半ば以降、中国は私が言う「官製資本主義」的な成長を遂げてきたため、富がますます「官」に集中し、民間部門の消費が思うように拡大していない。そして、最終消費の構造を見ると、消費全体の比率が低下してきたなかでも、とくに家計の比率の低下は顕著であり、つまり、政府(最終消費)の比率がむしろ相対的に拡大してきた(図3)。
消費主導型成長への転換を進めるにあたって、中国社会の価値観が官本位から知識・人材を尊重するものに、改められなければならない。これによって富の流れは初めて官を中心とする構造から、民を中心とする構造に変えることが可能になる。この意味で、経済成長モデルの転換は実質的に官の自己変革の遂行を前提条件とする。どの社会でも、最も難しい改革は既得権益への改革であり、それを遂行するためには政治システムの改革は不可欠になる。だからこそ、社会構造を決定する政治が新体制でどのように変化するのかを予想することに、大きな意味がある。
激動の時代を迎えた政治
中国政治問題を考える基本視点
新体制下の中国政治を展望する前に、一つクイズを出してみたい。次の文章はどこの国を描写していると思いますか?
「…この政府がこれだけ侵略的であり専制的であったにもかかわらず、最も微小な犯行や軽微な批判でも極度な不安に陥ってしまう…。…人々の拝金的な欲望を刺激してはそれを挫折させ、恰も相反する二つの方向から自らの破滅を促している……」。
答えはフランス。この文章はフランスの19世紀の政治学者トクヴィルが『旧体制と大革命』という著書で、革命前夜のフランスの状況を描いた一節である。この本は、習近平指導部のキーパーソンである李克強氏と王岐山氏が愛読し周辺に薦められているといわれる。この本で描いた革命前夜のフランスの状況が、今の中国の状況にあまりに似ているために、指導部に大きなショックを与えたそうである。
この一節を念頭に入れて、中国政治の将来を展望するために、二つの基本的な視点を提示したい。
第1の視点は、いまの中国には二つの中国が存在しているということである。つまり、世界の昇竜=ライジングパワーとしての中国と、崩壊の懸念が払しょくできない中国だ。自信過剰の中国と、自信崩壊の中国と言い換えてもいい。
自信過剰の一面は中国の対外政策を見ると分かる。とくに2010年以降の、南シナ海や東シナ海における中国のアグレッシブな行動がその表れだ。一方、国内ではどんなに小さな騒動に対しても、ナーバスになりすぐに鎮圧してしまう。その過剰な反応は国内の安定を維持するに当たっての自信が、かなり崩れている表れと言えるだろう。
第2の視点は、中国がアイデンティティ・クライシスに直面していることである。改革路線のもとで、中国経済が1970年代末以降高成長の時代を迎えたが、政治的にも経済的にも中国がメジャーパワーとして本格的に国際社会に台頭するようになったのは今世紀に入ってから、とくにリーマンショックに端を発した国際金融危機以降のことであった。いわば、中国の台頭はかなり短い間で成し遂げられたのであった。
つまり、新指導部入りした人たちを含めてほとんどの中国人にとって、つい近年まで夜空に輝く月のような存在であったアメリカや日本を中心とする先進国が、急に中国と対等であるというばかりか、時にはこうした国を上から目線で見るようになった。ごく短期間であまりにもドラスティックな変化であったために、多くの中国の人々が自分を客観的に見ることができないある種のアイデンティティ・クライシスに陥ってしまった。
習近平新体制のパーソナリティと
そこから得られる示唆とは?
このような複雑な人格を持った中国で、習近平新体制はどのようになっていくのだろうか。まず、習近平体制のパーソナリティについてみてみると、その特徴は次の四つを取り上げることができる。
一つ目がいずれも「紅二代」、「官二代」と呼ばれる幹部を親に持つことである。ちなみに、紅二代とは、毛沢東やケ小平とともに党の最高指導部で活躍していた幹部の子弟を指すのに対して、官二代とは中高級レベルの党幹部を親に持つ人たちを指す。新体制のリーダーたちのほとんどは、このどちらかの出自をもっている。したがって、現体制の維持に強い使命感を持っている。
二つ目は紅衛兵世代であることだ。紅衛兵は既存秩序、ルールの破壊者であると同時に、理想主義者であるという側面をもっている。
三つ目はほぼ全員が文化大革命時代(1966年〜77年)に、中学校や高校を卒業した後、いわゆる「知識青年」として農村に送られた経験を持っているということである。したがって、貧しい農村に代表される底辺の社会に理解がある。
四つ目は彼らがいずれも「老三届(かい)」か「新三届」であったことだ。ちなみに、老三届とは、66年〜68年に中学か高校を卒業した人たちのことを言い、新三届とは文化大革命の終了とともに復活した大学受験制度のもとで、最も早く大学に進学した77年〜79年に大学に進学した人たちを指している。このため、彼らはそれなりに良好な教育のバックグラウンドを持っており、中には留学経験があって、流ちょうに英語を操り、グローバルな視野を持つ人もいる。
こうした新体制のパーソナリティから得られる示唆は何だろうか。
まずは混沌とした現状を打破し中国を何とか前に率いていこうとする努力をすると思われる。つまり、現状維持は胡錦濤・温家宝体制の最大のプライオリティーであった。この施政の目標を達成するために、どんな手段でも使われた。よって、新体制にとって、現状維持は達成不可能なことになっている。それに新指導部は上述のようなパーソナリティを持っているために、中国は現状維持から現状打破の段階に入った。
「紅二代」、「官二代」であるために、現状打破の目的は当面、ある程度の政治改革を進めて、共産党の一党支配体制を維持することだと思われる。しかし、一口に共産党と言っても毛沢東路線を礼賛する勢力もいれば、民主化を進めるべきだ主張する勢力もいる。このため、現体制の維持を目的とする改革がいずれ行き詰まり、指導部はより抜本的な政治改革に踏み切らなければならない状況に直面すると予想される。
政治的な激変が起こるとすれば、そのタイムスパンは向こう10年以内ではないかと予想される。なぜなら、習近平氏がトップリーダで最大にいられる期限は10年であり、新体制のメンバーが年齢的に50歳代の後半から60歳代前半であるために、現役として頑張れるのも向こう10年くらいだからである。
繰り返しになるが、彼らの出自からすると、できれば、共産党支配体制を維持していきたいだろう。このため、政治改革は共産党内部の改革から始まると思われる。例えば、党の下部組織の代表をより自由な選挙で選ぶことや最高指導部である共産党政治局のメンバーを、より民主的な選挙で選出するといった改革で腐敗問題を解決し、官民対立を緩和することによってまず共産党の指導体制を維持しようと努力する。しかし、絶対の権力は必ず腐敗を生み出すというこれまでの人類の歴史で示される通り、党内改革だけではいずれ限界に突き当たるだろう。
薄熙来事件の
本当の意味
ここで少し視点を変えて、薄熙来(元政治局員・重慶市総書記)事件の影響を考えてみよう。薄熙来事件を新指導部の結成に向けての権力闘争や中国の進路をめぐっての路線闘争の一環としてみる意見が根強くある。
確かに、この事件は権力闘争と路線闘争と絡んでいる部分がある。しかし、薄熙来氏が失脚に追い込まれた最大の原因は、権力闘争でもなければ路線闘争でもない。共産党指導部で結果的に薄熙来氏をめぐってコンセンサスが形成できたのは、薄熙来氏が既存の権力秩序を打ち破ろうとしたためであった。
共産党の最高意思決定機関である政治局常務委員会は、中国という巨大な株式会社を運営し、その利得を分かち合う株主会、或いは取締役会のようなものとして見立てることができる。内部では担当によって、あるいは利益の配分によって意見対立や衝突もあろうが、こうした対立や衝突がいずれも会社の存続を前提としており、いわば一定の秩序のもとで展開される。対立は自らの権力のためかもしれないが、薄熙来は取締役会の秩序自体を打ち破ろうとした。
今後の中国の政治を展望するに当たって、薄熙来事件からもう一つ注目に値するものがある。つまり、党内闘争に民意を利用することである。毛沢東以降、薄熙来氏は民意を積極的に利用した最初の共産党指導者であった。
二つの大きなシナリオ
四つのサブシナリオ
最後に、習近平新体制がどこに向かうのかを予想してみよう。大きく二つのシナリオと四つのサブシナリオを提起できる。
第1が政治改革拒否のシナリオである。そのうちケースAは現状維持。これはゼロではないが、可能性は一番低い。ケースBは毛沢東時代への復帰である。これはケースAよりも可能性は高いものの、実現の可能性はかなり低い。
第2が政治改革遂行のシナリオである。そのうちケースAは政治改革の遂行ととともに、対外協調路線を継承するというもの。ケースBは政治改革を遂行しつつ、対外強硬路線を指向するというものである。
習近平新体制のもとで、国家主義的傾向が高まると予想される。現時点までの状況を分析する限り、シナリオ2のケース、つまり国内的に政治改革を遂行しつつ対外的には強硬路線をとる確率が最も高いとみている。
http://diamond.jp/articles/print/27606
この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます(表示まで20秒程度時間がかかります。)
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。