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中国新政権の課題、所得格差是正のカギを握る“陝西閥” 習近平が貧しい農村を経験した陝西省が進める「勧富済貧」
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投稿者 MR 日時 2012 年 11 月 08 日 07:12:02: cT5Wxjlo3Xe3.
 

中国新政権の課題、所得格差是正のカギを握る“陝西閥”

習近平が貧しい農村を経験した陝西省が進める「勧富済貧」

2012年11月8日(木)  肖 敏捷

 全国人民代表大会(全人代)閉幕後の今年3月14日、温家宝総理は定例の記者会見に臨んだ。在任期間中、最後の記者会見ということもあって、温総理はいつも以上の熱弁を振るい、3時間に及ぶ異例な事態となった。筆者はこの日、出張先の台北のホテルでCCTVのテレビ中継をみていたが、いつものように温総理が古典を引用しはじめたところで、新味のある話はなさそうだとスイッチを切り、ホテルを出た。

 しかしその夜、ホテルに戻ってニュースをみた時、大変なことが起きたと気付いた。この記者会見の最後に、海外通信社の質問に答える形で、温家宝総理は厳しい表情で「重慶事件」に言及したのだ。その翌日、薄熙来氏に対し、職務停止の処分が下された。この歴史的瞬間を見逃してしまったことを少し後悔した。

 そして、あまりにも衝撃的だった「重慶事件」の陰に隠れ、記者会見で言及されたもう1つの大事な話を危うく見落とすところであった。温家宝総理は「残りの任期期間中に、まだいくつかやらなければならない難題があるが、収入分配体制改革包括方案(以下「包括方案」)の制定がその最優先課題だ」と述べたのである。

 確かに、2003年3月に総理に就任し、2004年3月に行った最初の所信演説にあたる「政府工作報告」の中で温家宝総理は、「収入分配調整機能を強化する」と表明した。前任者の朱鎔基総理は2003年3月、最後の所信演説の中で次期内閣への提案として、国民、とりわけ低所得者の収入を増やすことを取り上げた。したがって、収入分配改革は温総理が朱総理から受け継いだ課題だったといえる。

温家宝総理の未完の改革

 実際、2004年3月に温家宝総理の所信演説を受けて、国家発展改革委員会を筆頭とする関係省庁が、包括方案の作成に動き出した。しかし、温家宝総理の任期が残り数カ月となった時点でも、この方案はいまだに公表されていない。

 評価は後世に任せるが、少なくとも改革・開放以降、温家宝総理ほど毀誉褒貶の激しい指導者はいない。「平民総理」としてのイメージが強いだけに、国民の関心が最も高い所得分配に関する改革を軌道にすら載せられない事態に陥れば、これは間違いなく汚点として残るはずだ。だから、温家宝総理はどうしてもこの包括方案の成立に漕ぎ着けたかったのだろう。

 しかし、この包括方案が10年近く放置されたツケはあまりにも大きい。胡錦涛−温家宝政権のこの10年間、GDP規模が世界第2位に躍進するなど、中国経済の成長ぶりには目を見張るものがあるが、その一方で所得格差が著しく拡大してきたのも否定できない事実である。

 中国での所得格差がどの程度なのか、政府と民間の推計値の間に大きな隔たりがあるため、定量的に事態を把握するのは難しい。例えば、統計局によると、ここ数十年間、都市部と農村部の収入格差は平均2〜3倍の間で推移しているが、収入が最も高い10%の国民と最も低い10%の国民との所得格差は1988年の7.3倍から現在の23倍まで拡大したとの分析がある一方、23倍ではなく65倍(王小魯氏)との指摘もある。

所得格差の是正を阻む抵抗勢力

 真相はともかく、共産党機関紙傘下の人民網が今年2月に行ったアンケートでは、8割の回答者が「貧富格差の著しい拡大」を最も関心の高い項目として取り上げた。また、一人当たりGDPが全国でトップレベルにある深圳で、ストリートチルドレンが一向に減らないという現実がある一方、中国は世界最大の贅沢品消費市場であると同時に、中国人が海外で不動産などを買い漁っていることも事実である。

 いろいろな反論があるかもしれないが、所得格差は国民が容認できる水準をはるかに超えてしまい、社会安定を著しく脅かすまでに拡大していることは、政府も認めている事実だ。

 一方、包括方案が難航している背景として、既得権益者からの強い抵抗が指摘されている。

 では、一体誰が既得権益者なのか。改革・開放の時勢に乗って大成功を収めた数多くの民間企業家との見方があるかもしれないが、最大の既得権益者はやはり政府そのものである。

 許認可権、徴税権、土地所有権などはいずれも、権益を確保する強力な手段であるが、巨大国有企業の役割も見逃すことができない。巨大国有企業は確かに政府の財政収入を支える大黒柱であるが、有望産業の独占や銀行融資、上場など様々な特権を賦与されたため、中国経済を牛耳る絶大な勢力となるに至った。

 例えば、政府は国有企業の5割以上の株式を持っているにもかかわらず、それに見合った配当を国有企業からもらっていない。そのため、巨大国有企業の賃金水準が異常に高いことが、所得格差の拡大に拍車をかける元凶だとして批判されている。

 大学生の間で就職先として巨大国有企業の人気が最も高いのは、賃金が最も高く、福利厚生が最も充実しているためだ。包括方案の中身は知らないが、所得を高いところから低いところへ移転させるのが改革の趣旨であるため、巨大国有企業などから強い抵抗を受けても不思議はない。

 しかし、そもそも国有企業は誰のものなのか、権利ばかりを享受し、義務を果たさない国有企業に対する国民の不満が頂点に達しつつある。今年8月、李洪華という弁護士は長文の質問状を公開し、中央政府が直接コントロールしている118社の巨大国有企業に対し、経営陣の年収や国への配当などに関する情報公開を求めるとともに、国有企業の所有者は全国民であるため、そのすべての利益を国民に還元すべきだと、一部の特権階級が国有企業だけでなく、中国経済を支配する現状を強く批判した。

陝西省の「勧富済貧」は何を意味するのか?

 こうした中、中国の西部に位置する陝西省では、所得格差の是正をめぐる新たな試みが始まっている。一人当たりGDPなどの指標をみると、陝西省は中国のなかでも発展が遅れている地域として知られている。中央政府からの財政援助だけでは貧困撲滅の進展があまり期待できないため、ここ数年、陝西省政府が「勧富済貧」という対策を打ち出した。「勧富済貧」とは文字通り、富裕層に貧困層への救済を勧めることを意味する。

 中国の大手経済誌傘下の「財経網」によると、ここ数年、陝西省政府の呼びかけに応じ、低所得層を助けるため、私財を提供する民営企業家が増えている一方、石油や石炭、非鉄金属などの関連国有企業も、貧困撲滅プロジェクトに出資するようになった。

 たとえば2011年、低所得者向け公共住宅建設の出資者と出資額をみると、省政府が10億元であったのに対し、地元の石油会社が20億元と、「官民」の逆転現象が起きている。陝西省の北部では、石油や石炭、天然ガスなどの天然資源に恵まれているため、その開発で大きく潤っている関連の国有企業が少なくないためだ。

 この試みに対し、陝西省政府の関係者は「企業の正常な経営活動の妨げとならない範囲で、より多くの社会責任を果たしてもらうよう、説得を試みた成果だ」と説明している。

 1990年代までの国有(国営)企業は、従業員に対して政府に替わり「揺りかごから墓場まで」ほぼすべての社会責任を果たしてきた結果、ほとんどの国有企業が消えてしまった。しかし2000年以降、株式上場を口実にこういった責任を全部政府に押し付けた結果、生き残った国有企業は暴利を貪る「赤い資本主義」の先兵となった。この意味では、陝西省の「勧富済貧」は「勧奨」という比較的温厚な手段で、行き過ぎた市場化を是正しようとする試みだといえる。

陝西省をルーツとする最高指導者が誕生

 10月15日、陝西省の省都西安市から70キロ離れた富平県で大規模な記念イベントが行われた。ほとんど知られていない内陸部の田舎で行われたにもかかわらず、香港の新聞はこの記念イベントを大きく取り上げた。

 そのイベントとは、習仲勲氏の生誕99周年を記念するものだった。習仲勲氏は毛沢東氏とともに国民党から政権を勝ち取った立役者の一人で、広東省党書記や国務院副総理まで務め、2002年に亡くなった大物政治家として知られているが、その出身地はこの富平県である。習仲勲氏のために建設した霊園で行われたこの記念イベントには、地元の共産党や政府の関係者のほとんどが顔を揃え、高校生なども動員されたという。

 地元にとって習仲勲氏が誇りであるのは確かだが、なぜ、ここまで記念イベントに力を入れるのか。その理由は、習仲勲氏が習近平氏の父親であり、2012年11月8日から開催される共産党第十八回代表大会で、習近平氏が共産党総書記に選出される予定だからである。習近平氏の略歴で、出身地が陝西省富平県とされていることをみれば、地元政府の意図は分かりやすい。

 一方、出身地は陝西省富平県であるものの、習近平氏は実際には北京生まれであり、習氏の母親によると、北平(北京の旧称)に近いという意味で、「近平」と名付けたとのエピソードがある。

 1969年1月、16歳だった習近平氏は北京から陝西省の延川県梁家河村に下放され、ここで7年間を過ごした。その後、習近平氏は北京や河北省、福建省、浙江省などで要職を歴任し、陝西省とはほとんど関係を持っていない。しかし人生の中で最も多感な成長期に、中国で最も貧しい地域で過ごしたこの7年間が、中国の次期最高指導者の政治姿勢にどのような影響を与えるのかは興味深い。

「下放青年」を中心とする「陝西閥」が中国を変える

 中国の政治を議論する際、「太子党派」や「共青団派」などといった括りがよく聞かれるが、最近、「上海閥」の登場回数が少なくなっているような気がする。そもそも、こうした派閥そのものが本当に存在するかどうかも疑問だが、共通体験を持ち、気心の知れた仲間同士が自然に集まるのは不思議ではない。

 9月1日、貴州省党書記だった栗戦書氏が共産党中央弁公室主任に就任した。習近平氏の大番頭に抜擢された理由は、かつて河北省で勤務していた頃、習近平氏の勤務地に近く、お互いによく知っていたからと伝えられている。なお栗戦書氏は陝西省や貴州省など、いずれも中国で発展が最も遅れている地域でトップを務めてきた人物でもある。

 また、来週の正式発表を待つ必要があるが、香港紙は、10月22日に開催した政治局会議では、陝西省党書記の趙楽際氏は政治局入りを果たすと同時に、共産党や大国有企業などのトップ人事を掌握する中央組織部の部長に内定したと伝えた。趙氏は陝西省出身で、陝西省よりさらに奥地にある青海省で下放を体験、北京大学卒業後、青海省党書記などの要職を歴任した。

 温家宝総理が任期内の包括方案の制定にこだわるのは、この改革を既成事実として、次期政権の行動を促したい狙いがあるとみられる。習近平新政権が直面することになる課題は山積みだが、所得格差の是正をこれ以上先送りすれば、政権基盤の崩壊につながりかねない。逆に、この改革を突破口にすれば、国民からの支持が得られやすいはずだ。

 巨大国有企業、及びケ小平氏の「先富論」で豊かになった沿海地域などの既得権益者に挑むには、内陸部の現状に対する共通体験と使命感を持つ仲間同士の結束が必要だ。2008年3月の全人代開催期間中、陝西省代表団の代表たちと座談する際、習近平氏は「陝西省は私のルーツだ」と語ったと伝えられている。もし、従来の「上海閥」とか「広東閥」といった分け方を踏襲すれば、筆者は今後「陝西閥」の活躍を期待したい。

 無論、「陝西閥」とは陝西省出身とかの狭い定義ではなく、過去30年間の高成長に取り残された陝西省をはじめとする内陸部の振興、とりわけ、所得格差の是正に政治生命をかけ、習近平氏の改革をサポートするすべての関係者を含む。

 習近平政権の誕生に伴い、所得格差の是正をめぐる動きが加速すると期待される中、1980年代に深圳が全国の対外開放の窓口としての役割を果たしたのと同様、所得格差是正の「先進地域」として、陝西省政府の取り組んでいる「勧富済貧」が、今後全国に広がる可能性も否定できない。


肖 敏捷(しょう・びんしょう)

中国武漢大学を卒業後、バブルの最盛期に文部省(当時)国費留学生として来日。福島大学や筑波大学に留学した後、証券系シンクタンクに入り、東京、香港、上海と転々しながら、合計16年間中国経済を担当。その後の2年間、独立系資産運用会社に勤務。現在、フリーのエコノミストとして原稿執筆や講演会などの活動をしている。「日経ヴェリタス」の2010年3月の人気エコノミスト・ランキング5位に。中国経済のエコノミストがベスト5に入るのは異例。現在、テレビ東京の「モーニング・サテライト」のコメンテーターを担当中。著書に『人気中国人エコノミストによる中国経済事情』(日本経済新聞出版社、2010年)などがある。


肖敏捷の中国観〜複眼で斬る最新ニュース

これまで20年間、東京、香港、上海における生活・仕事の経験で培ってきた複眼的な視野に基づいて、 中国経済に関するホットな話題に斬り込む。また、この近くて遠い日本と中国の「若即若離(つかず離れず)」の距離感を大事に、両国間のヒト・モノ・カネ・情報の流れを追っていく。中国情報が溢れる時代、それらに埋没しない一味違う中国観の提供を目指す。随時掲載。
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