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トルコ人から教わった「世界の常識」
上野 重喜 (放送ディレクター)
致知 2009年2月号
十数年前、NHKを退職し、関連の別法人で働いていた私に、JICA(国際協力事業団)から仕事の話が舞い込みました。
トルコの人□教育促進プロジェクトに手を貸してほしいというのです。
当時、トルコは人口増に対処するため、家族計画を推進しており、保健省傘下で、テレビ番組の制作やIT技術を通して母子保健・家族計画の普及に協力するのが仕事でした。
トルコは世界でも指折りの親日的な国として知られています。
ロシアと緊張関係にあったトルコは、日露戦争での日本の勝利を共に喜び、また、先の敗戦から見事な復興を遂げた日本への畏敬の念も多大です。
私が訪れた時も、国民の多くが日本に尊敬と憧れの気持ちを抱き、その発展に学ぼうと懸命でした。そういう国民性も手伝って、私たちのプロジェクトはおかげさまで順調に進展し、一定の成果を収めることができました。
現地では多くの知識階級の人々とも知り合いになりました。
その一人に日本の歴史や文化に関心が深い30代の医者がいて、彼の話に大変感じ入るものがありました。
彼は、かつてオスマン帝国として広大な領土を支配し栄えた自国の歴史に誇りを持っていました。オスマン帝国の歴史は13世紀末から20世紀まで600年以上続きます。これだけの長きにわたり他民族を支配するためには一つの鉄則があったのだと私に教えてくれました。
その鉄則とは、50年先を見越し、教育によって被支配国の伝統や文化を骨抜きにし、自分たちの思いどおりの国に変えてしまう、というものです。
すでに教育を終えた人間を変えることは不可能だ、幼少年期からの教育で人間の本質が決まるのだから、自分たちの思いどおりの教育をした国民が育つには、50年かかるというのです。
被支配国の文化や伝統を根こそぎ変える占領政策が実るのは、半世紀後だというわけです。
彼の話は次に日本に及びました。戦後、アメリカが日本を占領下に置いた時、やはり50年先をみて、アメリカの思いどおりの日本に変えようとしたに違いない、というのです。つまり戦後50年以降に敗戦のツケは回ってくるというわけです。
そして、日本を訪れたことのある彼は、その時の見聞をもとに次のように話しました。
「日本は私が予想した以上にアメリカナイズされています。日本古来の武士道精神をすっかり失っているようにも思えました。我々がいま一番案じているのは、戦後のアメリカの教育を受けて育った日本の指導者たちが、これからどのような日本をつくっていくかです、まさにいまが分岐点。このことは世界の一大関心事でもあるんです」
アメリカの占領政策によって日本が大きく変わっていく様子を体験した私ですが、高度成長のうねりの中で、そのことを深く意識することなく生きてきました。それだけに彼の発言は新鮮で、日本人が気づかなかった点を指摘された思いでした。
日本のこれからに強い危惧を抱いた私は、帰国時に、トルコの留学生に医者から聞いた話をした上で「あなたはどう思いますか」と質問してみました。すると、「それは常識です。我々留学生仲間は皆そのように話しています。日本の勝負はこれからですよ」という返事が返ってきました。ごく普通の留学生から出たこの言葉に、私は改めて愕然としました。
日本が戦後50年を迎えたのは1995年、私がトルコに赴任した年です。バブルが崩壊したとはいえ、日本はまだ隆盛を誇っていた時でした、しかしその後、景気の低迷や人心の荒廃など国力は著しく低下し、いまもなお先行き不透明な状態が続いています。
改めて振り返ると、日本人が親から子へと受け継いできた伝統的価値観や美徳、古典の素養といったものが、この50年間ですっかり失われてしまった感は否めません。
トルコ人の考え方は、やはり正鵠を射たものなのだろうか。それを思うと複雑な心境です。
そういえば、トルコに赴任して間もなくの頃、現地人から「武士道とはどういうものですか」と聞かれ、返答に困ったことがありました。同国では柔道や空手が盛んで、彼らにしてみたら日本人が武士道について語るのは当然という感覚だったに違いありません。顧みると私自身、小学校4年生の時に終戦を迎え、武道は禁止され、日本の伝統を否定することを教えられてきた一人だったのです。
子ども心に戦時の苦しさ、悲惨さを知る私は、日本が再び国粋主義の道を歩むことには反対です。しかし、自分たちの大切な文化や価値観をなおざりにしたまま欧米崇拝の道を歩んできた日本人は、武士道に象徴される伝統的精神に目覚めなくては国の将来は危ういという思いは強くなるばかりです。
トルコの医師の話のように、教育によって国民が骨抜きにされたとしたら、それを取り戻すのもまた教育です。
いま日本各地で幼児や小学生に『論語』の素読や『百人一首』の朗誦などをさせる動きもあります。これは反動的なことでなく、失った良き伝統を取り戻す試みです。
身心一如と申しますが幼少時から身体を鍛える、仕事によって自然と触れ合う教育も大切です。日本人の特質、勤勉と礼儀正しさ、失われた伝統をいまこそ取り戻したいものです。
● ミニ解説 ●
戦後、占領国アメリカを通じて世界支配層がこの国に対して行なってきたことは、まさにこの文中に出て来るトルコ人が指摘している通りです。そして、その結果が今日の疲弊し、劣化したこの国の国民であり、社会ということになります。
かつて世界中から絶賛されたこの国の美徳は根絶やしにされ、ひとくちに言えば「“お金さま”が一番大切という拝金主義」「自分さえよければ他人や世の中はどうなろうと知ったことではないという自己中心主義」の風潮が根づいてしまったのです。
また、親や子供を大切に思う国民性も、個人主義教育の中で見事に奪い去られたのでした。いまでは、親殺し、子殺しさえ珍しいことではありません。
しかも、このようにひたひたと迫りくるこの国の凋落を気にも留めず、多くの国民は毎日テレビのクイズ番組や料理番組、お笑い番組に興じているといった有り様です。目も当てられないほどノーテンキな国民となり果てています。
このようなこの国の凋落を早くから予測し、警鐘を鳴らしている著書は数多くありますが、私が最もお勧めしたいのが『混迷日本にとどめを刺せ』(ヤコブ・モルガン・著/第一企画出版)です。 今日の日本の支配構造を鋭く分析した好著ですので、著者は名前を伏せてしか著すことができなかったものと思われます。(ヤコブ・モルガンはペンネームです。複数の人物による共著かとも思われます)
この本は今から10年以上も前に書かれたものですが、今日の状況に照らして見ますと、その分析の正しさがわかります。残念ながら、既に絶版となっていて、手に入れて読んでいただくことができません。当サイトにダイジェスト版をアップしておりますので、ぜひ目を通していただきたいと思います。日本人必読の文献と言ってもよいでしょう。(トップページ右下の「天使」のアイコンから入れます)
また、このように頽廃する前の古き良き日本の姿を外国人の目でとらえた『逝きし世の面影』(渡辺京二・著/葦書房)も、ぜひ読んでいただきたい好著です。こちらもダイジェストにしてアップしていますので目を通していただきたいと思います。
● 『混迷日本にとどめを刺せ』(ヤコブ・モルガン・著/第一企画出版)
● 『逝きし世の面影』(渡辺京二・著/葦書房)
(なわ・ふみひと)
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