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2014年03月04日 板垣 英憲(いたがき えいけん)「マスコミに出ない政治経済の裏話」
◆北朝鮮のナンバー2と言われていた人民軍の崔竜海・総政治局長が2月21日朝、保衛部に拘束され、保衛司令部(盗聴など秘密監視、捜査、逮捕等の役割も遂行)に監禁されていた。未確認ではあるけれど、「すでに処刑されたのではないか」という情報が、北朝鮮内部に詳しい筋から流布されている。
崔竜海・総政治局長(1950年1月15日〜)は、黄海南道信川郡出身で、父親は崔賢・元人民武力部長。1967年に朝鮮人民軍に入隊し、金日成総合大学で政治経済学を学び、軍人よりも朝鮮労働党の党人として力量を発揮、頭角を現してきた政治家である。金正日総書記の命令で、金正恩(現在の第1書記=元帥)などとともに人民軍大将に任命された。2012年4月9日、序列18位から3位に上昇し、人民軍総政治局長に就任し大将から次帥に昇進した。だが、主に党人として歩んできたので、輝かしい軍歴はないものの、さらに、党政治局常務委員、党中央軍事委員会副委員長、国防委員会委員に選任され、李英鎬、金正覚より上位の軍ナンバー2に位置づけられた。
張成沢・国防副委員長(金正恩第1書記=元帥の叔父)の直属の部下であり、張成沢国防副委員長の力添えで金正恩第1書記=元帥の最側近として重用された。
ところが、張成沢・国防副委員長が2013年12月12日、「国家転覆陰謀行為」により死刑判決を受け、即日処刑された事件が起きた際、崔竜海・総政治局長は、超延俊とともに不正の証拠を収集するなどして張成沢・国防副委員長を失脚させるため暗躍したと言われた。「恩人」を裏切ったのである。
◆その崔竜海・総政治局長は、北朝鮮建国の父・金策副首相(大日本帝国陸軍中野学校出身、残置諜者、本名・畑中理)の薫陶と影響を受けた「影の軍団」(中核は李勇武、呉克烈、金永春3人の国防委員会副委員長)から「目障りな存在」と見做されて、排除されたのではないかと見られている。これは、「影の軍団」が張成沢・国防副委員長を粛正、処刑したときと同じ理由だ。
李勇武・国防委員会副委員長は1923年1月25日、平安南道に生まれ、朝鮮戦争(1950年6月25日〜1953年7月27日休戦)時、27歳から30歳。朝鮮人民軍総政治局第一副局長、総政治局長を歴任。1977年に局長を解任され失脚したが、1988年11月、復活し、1989年6月9日、党中央委員に昇格。1990年、国家検閲委員会委員長(閣僚)に就任、1991年12月18日、交通委員会委員長、1998年9月に次帥、同年9月5日、国防委員会副委員長に選出。89歳。
呉克烈・国防委員会副委員長は1931年、中国吉林省に生まれ、朝鮮戦争時、19歳〜22歳。万景台革命学院卒業、1962年にソ連に留学しソ連空軍大学を卒業。1964年11月、少将に昇進し「金策空軍大学学部長」に就任。1967年10月、中将に昇進し、空軍司令官に就任。1967年11月、最高人民会議の第4期代議員に当選。1972年12月、最高人民会議の第5期代議員に当選。1979年9月、総参謀長。1985年4月13日大将。1988年2月、総参謀長を退任。金正日による解任ともされる。1988年9月、党民間防衛部部長に就任。1989年、党中央委員に格下げとなり、党作戦部長に就任。2009年2月、国防委員会副委員長に就任。2009年4月9日再選。83歳。
金永春・国防委員会副委員長(1936年3月4日〜)は咸鏡北道会寧で生まれ、朝鮮戦争時、14歳〜17歳。ソ連のフルンゼ名称軍事アカデミーに留学。1986年12月に総参謀部作戦局長。1992年には大将に昇格した。1994年3月、人民軍第6軍団長。1994年7月の金日成の死後、反金正日運動を抑え、金正日の信任を得る。1995年10月8日次帥、朝鮮人民軍総参謀長に任命され、以後12年にわたって軍総参謀長を務める。1998年9月5日、2007年4月11日、国防委員会副委員長に選出され、総参謀長を退任。2009年2月11日、人民武力部長。金正日の側近の一人となる。2010年10月28日、党内序列第6位に昇格した。2011年8月11日、金正恩への権力継承が進む最中、韓国のハンナラ党関係者が「金永春の威信が無力化した」と発言したものの、8月20日に金正日がロシアを訪問、24日にロシア大統領ドミートリー・メドヴェージェフと会談した際、軍服姿で金正日に同行。2012年4月に人民武力部長を退任、11日党中央委員会部長に転出。77歳。
崔竜海・総政治局長は、金正恩第1書記=元帥(背後に女帝)を担ぎ上げている「影の軍団」に支持されて、北朝鮮軍の実権を掌握した。
だが、「影の軍団」から見ると、崔竜海・総政治局長は、「張成沢国防副委員長のコピー」のような人物であった。張成沢国防副委員長は、「酒池肉林=カネと女、麻薬など」で「腐敗塗れ」になっていた。すなわち、中国北京政府との関係が濃密であり、なおかつ「北朝鮮のケ小平」と持ち上げられ、「改革開放路線」を推し進めてきた。その過程で、北朝鮮の貴重かつ豊富な地下鉱物資源などに関わる「権益」を北京政府に「安価」で売り渡し、それらの見返りを「キック・バック」して甘い汁を吸い取り続けていた。
北朝鮮経済は、第1経済(内閣が管理する公式な経済)、第2経済(軍需物資の調達部門)第3経済(金正恩第1書記=元帥の秘密資金を調達、管理する部門)の3分野に大別されている。北朝鮮労働党と北朝鮮軍の各分野が稼いだ外貨資金の大半は、第3経済に集められている。資金調達源は、「金やマツタケの独占取引や鉱物、農水産物の輸出」、「麻薬の製造と販売」、「偽造紙幣の製作と流通」、「武器密売」など多種多様だ。加えて、重大なのは、北朝鮮による国家的犯罪と言うべき「偽造紙幣の製作と流通」である。首謀者であり、かつ実行行為者こそ、「張成沢・国防副委員長とその側近ら」であり、手先を務めてきた「一味」である。この「一味」の一人が、崔竜海・総政治局長であったことは、十分に考えられる。
◆さらに、張成沢・国防副委員長は、ファーストレディである李雪主(リ・ソルジュ)夫人との「不適切な関係=不倫」が問われて粛清、処刑された面がある。崔竜海・総政治局長は、「ある女性をめぐり張成沢・国防副委員長と三角関係にあった」、つまり「不倫関係」が判明して、このために拘束、監禁されたとも言われている。この「ある女性」というのが、「ファーストレディである李雪主(リ・ソルジュ)夫人」であったとすれば、無事では済まされない。
【参考引用】朝鮮日報が3月1日午後6時10分、「北朝鮮ナンバー2の崔竜海人民軍総政治局長監禁か」という見出しをつけて、以下のように配信した。
「昨年末に北朝鮮の張成沢(チャン・ソンテク)元国防副委員長が処刑され、その後ナンバー2として浮上したとみられていた崔竜海(チェ・リョンヘ)朝鮮人民軍総政治局長が監禁されたとの見方が出始めている。自由北韓放送は2月28日、平壌在住の消息筋の言葉として『崔竜海氏が監禁され、取り調べを受けているとの情報を入手した』と報じた。崔竜海氏は張成沢氏処刑後、さまざまな経済的利権を手にしようとしていたが、その過程で金正恩(キム・ジョンウン)第1書記に目を付けられたか、あるいは金正恩氏唯一領導体制の障害と認識され、失脚した可能性があるという。2013年に金正恩氏との随行回数が最も多かった崔竜海氏は、今年に入って突然、随行回数が3回に減った。張成沢氏も12年以降は随行回数が一気に減り、その後は崔竜海氏との争いに敗れて粛清された。とりわけ崔竜海氏は最近になって公式行事に姿を現していないことから、周辺に異常が生じたとの見方も出ている。崔竜海氏は朝鮮人民軍で思想・宣伝などを総轄する立場にあるにもかかわらず、今月25日に閉幕した朝鮮労働党思想担当者大会に出席せず、18日には朝鮮人民軍関係者が多数出席した公演にも姿を見せなかった。この問題について韓国政府の関係者は『今のところ確認された事実関係はないため、3月9日の最高人民会議代議員選挙まで状況を見極めなければならない』とコメントした」
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