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[真相深層]富の偏在 タイ混迷の温床
相続・贈与・土地保有に課税なく 低所得層、政治に目覚め
「ほほ笑みの国」といわれたタイが出口の見えない政情混乱に陥っている。反政府派のボイコットにもかかわらず、インラック首相は2月2日の総選挙を強行するが、局面を打開できるかは微妙だ。政治対立の背後には、置き去りにされた経済格差の現実がある。
巧みに対立利用
長い政治対立の起点はタクシン元首相を失脚させた2006年の軍事クーデターだった。それ以降、タクシン派と反タクシン派は何度もぶつかり、衝突や大規模なデモを繰り返している。
昨年11月末、インラック政権の打倒を叫ぶ反タクシン派がバンコクの官公庁を占拠し、対抗するタクシン派が政権支持の集会を開いた場面があった。どんな人々が加わっているのか――。米国のアジア財団が2つの集会参加者に行った聞き取り調査の結果は政治対立の図式を物語る。
首都に住んでいる人の割合は反タクシン派の57%に対して、タクシン派は32%。世帯あたり月収が6万バーツ(約19万円)以上の人の割合は反タクシン派が32%で、タクシン派が4%だった。都市の富裕・中間層と、地方の低所得者層が争う構図がはっきり示された。
国民の利害対立を呼び覚まし、それを巧みに自らの権力基盤に結びつけていったのがタクシン元首相だった。「オバマ米大統領が誕生したときのような熱狂ぶり」。タクシン氏が首相に就任した01年当時の空気を、長年タイに駐在している日系企業の社員はこう振り返る。
タクシン氏が取り組んだのは貧困対策。低額の医療制度、借入金の返済繰り延べ、村落基金の創設――。就業者の半分近くを占める東北部や北部の貧しい農家向けに相次いで政策支援を打ち出し、その人気で選挙に圧勝し続けた。40年間も塩漬けだった新バンコク国際空港(スワンナプーム空港)の建設など大型公共事業も加速した。
タクシン氏は「ケタ外れの利権政治」との批判を浴び、保守層に政界を追われる。票が目当てのバラマキなのか、地方の生活向上に取り組んだのか。真っ二つに割れるタクシン氏への評価が国を二分する対立を招いたのは確かだ。
とはいえ、深刻な政治対立の背景はこれだけでは説明しきれない。そもそも、対立の芽はタクシン以前にあった。
オフィスビルや高層アパート、大型商業施設の開発ラッシュが続くバンコク。土地需要は旺盛なはずだが、一等地で雑草が生えた空き地に出くわす機会は少なくない。タイには日本の固定資産税にあたる土地保有税がないからだ。
日本では土地を保有するだけで税負担などコストがかかるが、タイではその心配はない。新興国では相続税や贈与税がかからない国は少なくないが、土地保有にさえ税を課さないのは、東南アジアの主要国ではタイだけに限られる。
地方からも反旗
貧困対策や国民の所得底上げに力を入れたタクシン氏でさえ、資産課税の導入による「富の再配分」には踏み込まなかった。タイ屈指の資産家であるがゆえに失うものが大きすぎたためだろう。11年に政権を握った妹のインラック首相も変わらない。コメを高値で買い上げるなど、地方の低所得者に手厚い政策を取ったが、「富裕層を貧しくして格差を減らすつもりはない」(キティラット副首相兼財務相)と資産課税の導入にはあくまで否定的だ。
富める者にはどんどん富が集まる社会。有力シンクタンク、タイ開発研究所のソムチャイ研究部長は「今でもタイは世界で国内格差が最も大きい国のひとつ」と嘆く。タクシン氏の登場によって政治意識に目覚めた低所得者層がそんな経済格差を許すはずがない。
「これ以上遅れるのならバンコクの反政府デモに合流する」。インラック政権の地盤である東北部や北部の農家が政府を突き上げ始めた。官公庁が占拠された影響でコメ買い上げ代金の支払いが滞っているためだ。農家は政権を支持するどころか、地方の幹線道路を封鎖し始めている。
総選挙で事態が打開されるかどうかはさておき、中進国に仲間入りしたタイの政情を中長期で安定させるには「富の偏在」という構造問題への取り組みが避けて通れなくなっている。
(バンコク=高橋徹)
[日経新聞1月30日朝刊P.2]
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