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ASEANルネサンス[日経新聞連載]
(1)「日本一人勝ち」今は昔 6億人市場で大競争
6%成長が続く東南アジア。1990年代後半のアジア通貨危機で大きな打撃を受けたが、雌伏の時を経て「ルネサンス」(復興)と呼べる第2の繁栄期を迎えた。中間層の広がりで危機にも強くなった。2年後には東南アジア諸国連合(ASEAN)経済共同体の創設で6億人の統一市場が誕生する。日本はその成長力を取り込めるのか。
「もう日本車には戻れないわ」。シンガポールで専門学校を経営するシンディ・キウ(50)は、トヨタ車から排気量1800ccのメルセデスベンツに乗り換えた。「欧州車だと周囲からの評価が上がり、人生の成功を実感できるの」
日本車を「卒業」
昨年の同国新車販売は1位がBMW、2位はベンツ。上位10社中、日本車はトヨタ自動車(3位)と日産自動車(8位)だけ。シンガポールの1人当たり国内総生産(GDP)は日本の4万ドル(約400万円)を超える5万ドル台。東南アジアの富裕層向け「ショールーム」で日本車離れが進む。
ASEANは日本企業が絶対的な優位にある市場とされてきた。日本企業は1960年代に投資を始め、二人三脚で成長。日本車が域内シェア8割を握る自動車は典型例だ。昨年の日本車販売は273万台と中国の250万台をしのぐ。
日本企業が伸びればASEAN経済が成長し、それが日本企業に利益となって返ってくる。三菱自動車の13年3月期の東南アジアでの営業利益は900億円。全体(674億円)を上回り、日米欧での赤字を補う。
だが日本企業の一人勝ちを世界の企業が放っておくわけがない。豊かになれば「日本」を卒業する高所得層も増えていく。中間層も価格が同じであれば日本製品へのこだわりはない。
「インドネシア事業はいずれアジア最大になる」。5月8日、ジャカルタ郊外の新工場で米ゼネラル・モーターズ(GM)副社長のティム・リー(62)が宣言した。大家族に適した売れ筋の小型ミニバンを欧米勢で初めて現地生産する。価格は1億4千万ルピア(約137万円)から。トヨタと同じ普及価格帯で日本車追走へとのろしを上げた。
韓国・現代自動車は6月5日、タイ・バンコク郊外に「アジア最大級」とうたう敷地面積1万2千平方メートルの販売店をオープン。現代自の昨年のタイ国内販売は5千台、シェアは0.3%にすぎないが、この販売店に10億円を投じた。
スポンサー争奪
家電も動きが急だ。韓国・LG電子は2月、ベトナム北部ハイフォン市に工場建設計画を発表。エアコンや冷蔵庫、洗濯機、液晶テレビを生産する。10年で15億ドルを投資する計画とされる。同国では洗濯機、冷蔵庫のシェアの4〜7割を三洋電機が握っていた。
今も「サンヨーブランド」は絶大な人気。だが同社の白物家電は12年、中国の海爾集団(ハイアール)が買収、日本勢と中韓勢のシェアは逆転した。日本勢もパナソニックがベトナムで白物家電の生産能力を拡張。3月に同社として東南アジア最大級の洗濯機工場を開設、巻き返しを図る。
2年に1度の「ASEAN地域五輪」。今年12月の開催地はミャンマーだ。10社程度のスポンサー枠に30社近くが名乗りを上げた。6月にパナソニックが一番枠を射止めたが、ある韓国企業は日本勢の5〜6倍の金額を提示。「獲得できる残りの枠はすべて欲しい」
どんな市場でも優位はつかの間。成長市場を奪い合う大競争がASEANで始まった。
(敬称略)
[日経新聞7月2日朝刊P.1]
(2)知らぬ間にガリバー企業 危機乗り越え世界へ
「人口3千万に満たないマレーシアを狙っても仕方ない」。クアラルンプールから車で1時間。空き地が目立つ郊外に世界市場のシェア25%を握るガリバー企業がある。ゴム手袋製造のトップ・グローブだ。
10年で13倍に
農村で生まれたリム・ウィー・チャイ(55)が1991年に創業。天然ゴム産地のマレーシアにはゴム加工の技術はあったが、零細企業ばかりで国内向け商品を細々と製造していた。
97年に通貨危機がアジアを襲った。資金流出で国内市場は一気に冷え込む。「ならば米欧市場を狙えばいい」。リムは国内市場を捨てて米欧向けに割安な医療用手袋を売り込んだ。従業員100人で始めた企業の売上高は、2012年8月期に23億リンギ(約700億円)と10年前の13倍に達した。
通貨危機で世界の目は東南アジア諸国連合(ASEAN)から離れ、地元企業は次々につぶれていった。だが“廃虚”から立ち上がった経営者はしぶとさを身につけ、人知れず成長を続けた。気がつけば世界が驚くガリバー企業が続々誕生している。
タイ石油化学大手インドラマ・ベンチャーズ。ペットボトル用のポリエチレンテレフタレート(PET)市場では約15%の世界シェアを握る。最高経営責任者(CEO)のアローク・ロヒア(54)はインド出身だが、ビジネス環境に優れたタイに渡ってきた。
創業は通貨危機直前の95年。危機を好機とばかりに企業買収や新規投資を続け、15カ国・地域に42工場を確保する。コカ・コーラやネスレなど飲料大手が進出する先々で、均質な容器を短納期で供給する。「すべての大陸で飲料容器のトップ企業になる」
中東で人気の「ポリトロン」という家電ブランドをご存じだろうか。製造元は韓国でも中国でもない。インドネシアの総合家電メーカー、ハルトノ・イスタナ・テクノロギの製品だ。同国の低価格帯商品ではトップクラス。1万円程度の洗濯機もあり、日本や韓国系に比べて5割近く安い。
ポリトロンブランドでの輸出先は20カ国以上に及ぶ。75年の創業で82年には研究開発部門を設立し、通貨危機後も自社開発を貫いた。低価格ブランドを求める新興国の需要に合致し、飛躍につながった。スマートフォンにも参入。40件近い特許や意匠権をインドネシアや北米で申請中だ。
アフリカ、ナイジェリアの最大都市ラゴス。雑踏の一角にある雑貨店に即席麺が並ぶ。ブランド名は「インドミー」。インドネシアの食品大手インドフード・スクセス・マクムルの商品だ。ナイジェリアの即席麺市場で最大シェアを握る。
日本で生まれた即席麺が、東南アジアを経由しアフリカに広がったのは理由がある。インドネシアもナイジェリアも国民にイスラム教徒が多いのが共通点だ。インドミーはイスラム教の教義に則り、豚肉を使用していないことなどで広く人々に受け入れられた。
日本勢にも好機
実はインドフードは通貨危機で倒れかけた華人財閥サリム・グループの中核企業。即席麺の年産能力は世界需要の15%にあたる150億食に上る。サリムはアジア通貨危機で傘下の銀行や自動車、セメント事業の経営権を軒並み手放したが、インドフードだけは死守した。アフリカなど新興国経済の活況を受けて復活の足がかりとなっている。
6億の人口を抱えるASEANから次々に生まれてくる世界企業。日本企業にとって手ごわい競合相手にもなるが、世界市場を開拓する仲間にもなる。ASEAN発ガリバー企業を知らないではもう済ませられない。
(敬称略)
[日経新聞7月3日朝刊P.1]
(3)国境地域を狙え 地の利 回廊で高まる
ベトナム国境沿いの町、カンボジア東部バベット。カジノホテルくらいしか産業がなかった町に精密機器メーカー、日本精密の工場建設が進む。「普及品の生産ラインをベトナムからカンボジアに全面移管する」。社長の岡林博(63)は決意した。
同社はカシオ計算機のヒット商品「Gショック」の腕時計バンドなど時計の外装部品を製造する。バベットのドラゴンキング経済特区に約13万平方メートルの土地を確保。ベトナム人技術者を大量に送り込み、年内に工場稼働にこぎ着ける。
工業用地の価格はベトナム都市部の5分の1程度。最低賃金も月80ドル(約8000円)とホーチミン市の約110ドルより安い。バベットはベトナム、カンボジア、タイを結ぶ国際幹線道路「南部経済回廊」上に位置し、ホーチミン市まで約80キロメートル。片道2時間で行き来ができる。ベトナムの空港や港を使えば取引先のあるタイや香港との間の輸出入も容易だ。
便利で低コスト
メコン川流域国で「国境」への投資が盛り上がる。中心部から離れた国境地帯は人件費が安いうえ、国境を越え複数国の人材を利用できる。たくさんの国とつながりサプライチェーン(部品供給網)を組みやすい。消費市場も多岐に広がる。
タイ国境沿いのラオス中部サバナケット。ここに「ニコン城下町」が生まれようとしている。タイに比べて人件費は安く、ニコンは10月にタイから一眼レフデジタルカメラの一部工程を移管する。関連部品メーカーも進出予定だ。「日本企業の問い合わせが急増している」と、ニコン工場の入る経済特区を運営するプノンペン経済特区社の上松裕士(46)は言う。
「カンボジアで初めて自動車生産が始まった」。昨年12月、カンボジアのフン・セン首相は西部コッコンを訪問。韓国・現代自動車の組み立て工場の稼働に喜びの声を上げた。コッコンはタイ国境沿いにあり、部品はタイから運び込む。逆にコッコンからタイにも部品を運びやすい。矢崎総業は昨年末にコッコンに部品工場を開き、タイの自動車メーカーに供給する。
進む経済一体化
各国政府も国境の経済的な重要性を再認識。タイとカンボジアの両政府は6月、国境地域に共同で経済特区を開発すると決めた。通関窓口も4カ所に新設し、国境沿いの高速道路整備や50キロメートル超の鉄道建設も進める。通関や出入国手続きの共通化・簡素化も進む。2015年末には東南アジア諸国連合(ASEAN)経済共同体が発足。域内関税が撤廃され、投資や貿易の自由度も増す。
「ミッシング・リンク(途切れた輪)」と呼ばれてきたミャンマーの開発が加速すれば、国境を大きく踏み越え、メコン全域にまたがる広域サプライチェーンの構築も夢ではない。
メコン地域の国境は各国が何度となく戦火を交えてきた場所。その国境が経済一体化の象徴に変貌しつつある。
(敬称略)
[日経新聞7月6日朝刊P.1]
(4)ジャパナイゼーションの岐路 韓流イメージ急浸透
「今年はシンガポールに進出する。東京は来年ね」。インドネシアのジャカルタ。若者でにぎわう衣料・雑貨店「Wakai(若い)ライフスタイル」のブランドマネジャー、ドウィヤニ(27)は言う。2012年7月に1号店を開き、高級モールに8店を展開。コンセプトは「原宿風の日本ぽさ」。日本企業も日本人も経営に関わっていないが、売れ行きは上々だ。
東南アジア諸国連合(ASEAN)では、日本や日本語のイメージを利用した商品があふれる。
信頼を勝ち取る
タイではおいしいが語源の和食大手「オイシ」が伸びている。日本茶をタイ人好みに仕立てて成功。オイシ・グループは和食ビュッフェなど150店以上を運営する。創業者のタン・パサコナティ(54)はオイシとたもとを分かち、イチタン・グループを新たに創業。またもや日本風の商品で飲食業界を席巻する。
年4割のペースで成長する「お茶」市場ではオイシからトップを奪った。タンが目を向けるのがベトナムなど周辺国だ。「日本食レストランをオープンしてほしい」。各国の飲食関連企業から依頼が舞い込む。
ジャパナイゼーション(日本化)ともいえるほどの日本人気。半世紀近く日本製品に漬かってきたASEANの人々は世界の誰よりも日本製品を信頼する。
シャープはASEANで復活ののろしを上げた。6月26日、ジャカルタで侍姿のコメディアンが冷蔵庫の新モデルを披露した。ブランド名は「サムライ」。取っ手のKatana(刀)状のデザインが特徴的だ。
インドネシアの冷蔵庫市場ではシャープがなおトップ。現地で建設中の工場稼働も当初予定の来年から年内に前倒しする。シャープはASEAN地域の売上高を17年3月期に3千億円へと倍増させる計画だ。
そんな日本企業の戦略を根底からくつがえしそうなのが「韓流」の勢いだ。
日本上回る人気
ラオスの首都ビエンチャン。道ばたの露店に韓国ドラマや歌のCD・DVDが並ぶ。国境を接するタイや中国の業者が持ち込んでくる。韓流ブームはタイのテレビ放送やネットの視聴から火がついた。著作権の緩い韓流コンテンツはコピー製品が簡単に国を越える。
日本製品を扱うのは日本企業やその代理店が多いが、韓国製コンテンツでは韓国系企業が扱うとは限らない。外に開かれた韓流コンテンツの普及速度はすさまじい。博報堂の調査によると、ASEAN6カ国の主要都市で、ドラマ、映画、音楽の各部門で韓国の人気が日本を上回った。
韓国は好イメージを先に振りまき、それをテコに自国製品を売る戦略だ。ラオスの新車販売では日本車が4割を占めるが、韓国車も3割で追い上げる。
6月30日、インドネシアで特撮ヒーロー番組「ビマ・サトリア・ガルーダ」が始まった。日本の「仮面ライダー」がモデル。版権を持つ石森プロと伊藤忠商事が協力。地元のスタッフ、キャストで物語を組み立てた。スズキが二輪車でスポンサーとなり、販売につなげる。韓流方式での逆襲だ。
ASEANでは高品質の日本製品に支えられ日本ファンが生まれた。だが現状に甘えイメージづくりに失敗すれば日本ファンはたちまち霧散し、日本製品も失速しかねない。(敬称略)
=おわり
高橋徹、吉田渉、伊藤学、渡辺禎央、佐竹実、京塚環、谷繭子が担当しました。
[日経新聞7月7日朝刊P.1]
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