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さらば日の丸電機 技術流出誘うサムスンの磁力
2012/11/12 7:00
先端技術が次々と韓国に吸い取られていく…。サムスン電子やLGディスプレーが最近、日本の中小企業にしきりに接触している。狙いは、日本が優位にある最先端の基盤技術だ。日本の家電メーカーの凋落で売り先を失った中小企業は差し出された手をつかむしかない。技術流出は止まらないのか。最前線の動きを追った。
■韓国企業が熱烈提案
「相手について詳しいことは話せない」――。
光学機器の開発を手掛けるベンチャー企業、オプトデザイン(東京都八王子市)社長の佐藤栄一の口は堅かった。技術の提供相手が韓国メーカーと認めたが、それ以上のことは一切話そうとはしなかった。
オプトデザインは薄型テレビに使う特殊なバックライトの技術を持つ。同社と手を組む韓国メーカーはこの技術を使い、1〜2年後には液晶バックライトに使う発光ダイオード(LED)照明の数を大幅に減らし、生産コスト、電力消費ともに改善した画期的な製品を発売する可能性があるという。
きっかけは1年ほど前のことだ。ある技術展示会で韓国メーカーの社員に声をかけられた。
「液晶テレビのバックライトに使えるんじゃないですか」。
オプトデザインは独自開発した反射板を出品していたが、用途は照明器具や案内板などを想定していた。日本のテレビメーカーが見向きもしなかった技術を韓国メーカーが見出し、声をかけたのだ。
薄型テレビの開発競争で韓国を利することになるが、「韓国メーカーは技術が優れていれば、相手が大企業だろうが中小企業だろうが関係なく買ってくれる」(佐藤)。順調にいけばライセンス供与の契約を結ぶつもりだ。
2012年7〜9月期の連結営業利益が8兆1200億ウォン(約5900億円)と四半期ベースで過去最高を更新したサムスン電子に対し、大幅赤字に沈むパナソニック、シャープ。リストラ優先の日本の電機は足下の中小企業の技術にまで目配りして、製品力を磨きあげる余裕を失っている。韓国企業はその隙を突く。
「本当はシャープと最後まで一緒にやりたい気持ちはあるのだが…」。
半導体加工技術のフィルテック(東京・文京)社長の古村雄二は複雑な表情で語り始めた。
富士通の半導体技術者だった古村は2001年にフィルテックを設立。数年前から大気中でガラス基板にシリコンなどの薄膜をつくる新しい半導体製造技術の開発に専念してきた。真空装置が不要になるので装置価格が10分の1にまで下がるという。薄膜太陽電池や液晶パネル向け装置としての成長性もあり、いち早く目をつけたのはシャープだった。
「古村さん、開発できたら画期的だよ。その時はシャープとぜひ独占契約してほしい」。こんな言葉を励みにして、古村は実用化を急いできた。
ところが、8月下旬、韓国から国際電話が入る。「実用化まであとどれぐらいですか?」。液晶パネル世界首位のLGディスプレーからだった。電話の相手は日本企業からスカウトされた技術者のようだったという。有機EL(エレクトロ・ルミネッセンス)向け製造装置の技術情報を収集している過程で、フィルテックを探り当てたようだ。
「もっと大きいサンプル基板を送ってくれないか」
「その技術を採用した製造装置を日本で作ってみてくれないか」
そこからLGの動きは早かった。一方、液晶テレビ事業の失敗で会社存亡の瀬戸際に立たされるシャープからの反応は鈍い。「我々も生き残っていかないといけないから…」。古村はLGへの技術供与に傾いている。
かつて日本勢を目標に技術を磨いた韓国メーカー。サムスンは1980年代半ばから90年代にかけては、日本の半導体技術者を週末だけソウルに招いて技術指導を仰いだり、定年退職者をスカウトしたりして製造技術を取り込んできた。すでに半導体で日本を逆転した現在は、「微細加工などの製造技術ではサムスンのほうが上」(日本の電機大手)。吸収する対象は単なる製造技術から、素材や液晶関連技術など製品開発の先行につながる技術に変わってきているという。まだまだ日本勢が優位を保っていると言われる分野だ。
■日本の技術使って「韓国主導の標準化」
先端技術をテコに将来の市場に向けた主導権を握ろうとする動きも強めている。
次世代の通信技術として注目される「可視光通信」。LEDの光を使ってデータを送受信し、電波の帯域不足の解消や、水中での高速通信などに有効とされる技術だ。この技術の規格争いを制したのは、開発で先行していたはずの日本でも米国でもなく、サムスンを中心とする韓国勢だった。
昨夏、米国電気電子学会(IEEE)総会の投票で最多票を獲得し、韓国のR&D(研究開発)投資戦略を担う政府系機関の韓国産業技術評価管理院は「日本との熾烈な競争を勝ち抜き、韓国主導の標準化に成功した」と高らかに宣言した。
実は韓国勢が提案した規格のコア技術は韓国企業の開発ではない。日本のベンチャー企業、アウトスタンディングテクノロジー(東京・中央)が提供したものだ。可視光通信の実用化を目指していた同社にサムスンが目をつけた。
「韓国は企業と国が一体となってカネと時間をかけ、すごい気迫で標準規格を取りにきていた」(電機業界関係者)。IEEEの総会で投票権を得るには毎年開催される総会に一定人数が欠かさず出席したり、様々な分科会に参加したりと仲間づくりが重要で、手間暇かかる。日本は基礎技術で世界的に先行したものの、規格争いという「技術の政治」の世界で完全に後れをとってしまった。
■日本企業にないスピード感
フィルテックの古村のように、日本の中小企業もできれば日本の電機大手と組み、エレクトロニクス産業の技術的な底上げに貢献したい気持ちは持っている。しかし、成長著しい韓国メーカーと組めば、時には世界標準規格に採用され、世界市場に打って出る機会に恵まれることもありうる。しかも、韓国企業と付き合いが始まると、意思決定の早さにどんどん引き込まれていく。
「決裁権を持つ役員クラスが韓国から飛んできて、その場で決断して日帰りする。議論を持ち帰って返事がなかなか帰ってこない日本企業と大違いだ」。東京工業大発のベンチャー企業、ゼタ(横浜市)の社長、高橋光弘は韓国企業の決断の早さに驚きを隠せない。
ゼタは極細繊維のナノファイバーの新しい生産技術を確立したベンチャー。原料の樹脂をノズルから噴射しながら高電圧をかけることでナノファイバーを紡いでいく方法で、生産性は従来手法の1万倍。有機ELや蓄電池の部材生産の効率化が一気に進む可能性があるという。
高橋の研究内容はLGグループの情報収集部隊の目に留まり、昨年11月の会社設立前から接触してきた。高橋を訪ねてきたLGグループの役員は自身の決裁権限ぎりぎりのおよそ1億ウォン(約730万円)相当の試作を即断し、韓国にとんぼ返りしたこともあった。
なぜ、韓国企業はこれほど意思決定が早いのか。
サムスンの場合、各国の技術や知的財産権を調査する担当者を配置し、先進国の技術動向を丹念に追っている。もうひとつはサムスンの社内競争の激しさ。フィルテックの古村は2年前、研究中の薄型パネルの製造技術に興味を持ったサムスン社員が接触してきた時のことを鮮明に覚えている。「ひょっとしたらサムスンから別の人間が話を聞きにくるかもしれないが、この技術のことは黙っていてくれないか。私が担当したい」。その気迫に押されてうなずくほかなかった。
サムスンの社員は40歳代半ばで、「役員」に昇格できるかどうかの分岐点に差し掛かる。役員になれば、年収が倍々ゲームで増えることもある。わずか1%に満たない限られた椅子を得るために、サムスン社員は個人の成果を必死に追求する。新しい技術を取り込んで、優れた製品を開発できれば役員の椅子に近づく。怖いのは同業者ではなく、社内のライバルというわけだ。
■電機の技術者、大量流出の危機
資金繰りに頭を悩ませていることが多い中小企業の経営者にとって、即断して資金を投じてくれる企業は国籍に関係なくありがたい存在だ。
技術の目利き、提案力、素早い判断…。韓国企業の磁力に日本の中小企業の経営者が引き寄せられるのも無理はない。今後は、技術流出がさらに加速する可能性もある。
シャープ1万人、ソニー1万人、NEC1万人――。昨年以降、日本の電機メーカーは相次いで大規模な人員削減を打ち出している。30歳代の脂がのった技術者が会社を去るケースも後を絶たない。韓国企業から人材紹介の依頼を受けることがあるヘッドハンティング大手の幹部は「韓国勢は薄型テレビで日本勢との競争に勝ったが、内製できない部品がまだ多い。これから素材や部品に詳しい技術者を大量に採りに来る」という。
特にシャープの動きに注目が集まる、とこの幹部は予測する。「シャープは技術流出を恐れるあまりサプライヤー(部材メーカー)を抱え込みすぎていた。サプライヤーの経営が厳しくなれば、そこも技術者ハンティングの対象になるだろう」。
日本メーカーを支えてきた技術の足場がこのまま崩れれば、韓国勢に対する再逆転のシナリオはますます見えなくなる。
=敬称略
(伊藤大輔)
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK0903Y_Z01C12A1000000/?dg=1
[遠みち近みち]家電はなぜ敗者になったか
特別編集委員 森一夫
「松下幸之助は泣いている」(朝日新書)とは思わせぶりな題名である。筆者の岩谷英昭さんは旧米国松下電器の社長、会長を務めたパナソニックの元幹部だ。同社の内幕をえぐった本と早合点する人がいるかもしれない。
だが副題に「日本の家電、復活の条件」とある。パナソニックが中心だが、日本の家電メーカーの敗因と再建策を冷静に分析している。
なぜ目を覆いたくなるような状態に追い込まれたのか。要約すれば、デジタル化による値段で勝負のコモディティー化の波にのみ込まれた。部品調達、生産などを外注してグローバルに展開する水平分業の遅れが響いた。さらに苦し紛れの人員削減で人材が流出し、競争力を損なう悪循環に陥ったというわけである。
米国市場の開拓に心血を注いだ岩谷さんだけに、大切な顧客とずれを大きくしていった経緯をつづる筆致に悔しさがにじむ。現在は母校の明治学院大学との縁で明治学院の理事を務めている。しかし3年前に「松下幸之助は生きている」(新潮新書)を出版しており、古巣の惨状にもどかしさを抑えられない。
岩谷さんの処方箋は、人材を生かし顧客中心の経営に帰れということに尽きる。
「茶坊主が増えて、社長に案を持っていって、怖い顔でにらまれると、すぐB案、C案と節を曲げるから、おかしな意思決定になる」。「社長にごまをすって都合のよい販売データをまとめたのを見た時は、あきれました」。顧客に背を向ける行為といえる。
「私は米国時代の上司だった中村さん(邦夫元社長)と、一対一の場合は相当激しく議論しました。簡単ではないですが、理屈が通っていれば分かってくれました。『勝手にしろ』と言われたこともあります」。岩谷さんは多くを語らないが、こういう人は体制派から疎まれる。
そして企業は軌道修正がきかなくなり負け犬となる。
[日経新聞11月10日夕刊P.10]
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