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株式日記と経済展望
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日本が歴史問題を清算できないことについて、韓国の学界では、昭和天皇が、
戦犯としての処罰を免れたためだとの見解が有力だ。朝鮮日報
2012年8月25日 土曜日
◆昭和天皇が戦犯として処罰されていたら 8月25日 朝鮮日報
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2012/08/25/2012082500530.html
日本が歴史問題を清算できないことについて、韓国の学界では、日本の帝国主義の頂点に君臨した昭和天皇が、戦犯としての処罰を免れたためだとの見解が有力だ。
ソウル大東洋史学科のパク・フン教授は「もし昭和天皇が戦犯として処刑されるか、少なくとも退位させられていたら、もっと多くの関係者が処罰を受けたり、公職から追放されたりし、その後日本国内で戦前の行動に対する批判的な意見が形成される上でもプラスになっただろう」と主張した。
パク教授は「日本社会での天皇の地位や象徴性を考えると、もし外部の手によって天皇が処罰を受けていたら、その衝撃は計り知れず、相当な変化をもたらしていただろう。過去の歴史に対しても、はるかに前向きになっていたのではないか」と説明した。
また、北東アジア歴史財団のイ・ウォンウ研究員も「天皇がどのような形であれ、戦犯として処罰を受けていたら、関連文書も全て公開され、その過程で責任者についても判明し、幅広い戦犯の清算が実現していただろう」と主張した。
イ研究員は「戦争の第1の責任者がそのまま生き残ったことで、ほかの戦犯たちも再び国家の要職に就き、戦犯集団に事実上の免罪符を与える結果となった。昭和天皇が処罰を受け、天皇制が廃止されていれば、日本も民主共和国に移行していた」と指摘した。
これに対しパク教授は、天皇制については「昭和天皇が処罰を受けたとしても、天皇制は維持されただろう。天皇が日本社会で占める地位は非常に大きいため、昭和天皇の弟や息子が次の天皇となり、制度上は変わらなかったのではないか」との見解を示した。
一方、国民大国際学部のキム・ソクヨン教授は「昭和天皇に戦争責任を問うことができなかったのは残念だが、日本が歴史問題の清算に失敗した原因を、昭和天皇の不起訴に求めるのは、状況を単純化しすぎている」と指摘した。
また、韓神大日本学科の河棕文(ハ・ジョンムン)教授も「天皇制が諸悪の根源だというアプローチは、韓国が日本の責任を追及する側面でも、交渉の選択肢を狭めることになりかねない」との見解を示した。
河教授は「天皇を処罰しなかったこと自体は、歴史の清算が不十分だったことを示すものだが、天皇が処罰されなかったために、現在の指導者たちが歴史問題に対し誤った認識を持っているわけではない」と説明した。
◆天皇の戦争責任回避が歴史歪曲の根源 8月25日 朝鮮日報
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2012/08/25/2012082500537.html
日本の次期首相の有力候補とされる民主党の前原誠司政調会長は、「天皇(日王)は国家元首だ」と発言した。いわゆる平和憲法を採択している現在の日本で、天皇は「象徴」にすぎないにもかかわらず、「国家元首」という認識が今なお生き続けているのだ。
裕仁天皇は、侵略戦争を主導した「大日本帝国」の実質的な「国家元首」だった。しかし、1946年5月から48年11月まで行われた東京裁判では、最終的に起訴されなかった。開戦の決定に関与せず、内閣が下した開戦の決定を承認したのは、憲法上の慣例に従ったにすぎないとの理由からだ。これは国家元首としての責任を逃れるための論理であり、戦争犯罪の責任から顔を背けるものだ。では戦争に勝った連合軍は、なぜ裕仁天皇を戦犯として起訴しなかったのだろうか。
当初、米国民の間では、裕仁天皇を処罰すべきとの世論が高まっていた。1945年6月に行われたギャラップの世論調査によると、天皇への処罰として「処刑」33%、「裁判で決定」17%、「終身刑」11%、「追放」9%などが挙げられ、米国民の77%が「天皇を処罰すべき」と回答していた。そして同年9月には「裕仁天皇を戦争犯罪人として起訴すべき」との決議案が、米上院に提出された。
東京に進駐し、占領政策を指揮していた連合国最高司令官のマッカーサーは、「天皇を法廷に立たせて処罰した場合、米国の占領政策に従順だった日本人の態度が急変しかねない」と判断した。マッカーサーは「日本人が武器を取ってゲリラ戦を展開する恐れもある」とまで心配した。
マッカーサーは本国に「天皇を戦犯として起訴した場合、日本人の間で取り返しのつかない混乱が起こるだろう。天皇は日本人統合の象徴である。天皇を亡き者にすれば、(暴動を制圧するのに)100万人の軍隊が必要になる上、その軍隊を無期限で維持しなければならなくなる」と報告した。
(私のコメント)
今回に日韓の外交摩擦の一番の原因は、韓国の李大統領の「天皇に謝罪を求める発言」にありますが、竹島上陸だけだったならば、既に韓国の首相も竹島には上陸しているから特に驚く事も無かったのでしょう。しかしその後の「天皇に謝罪を求める発言」が報じられた事で一気に日本の国民世論の流れが代わってしまった。
朝鮮日報に記事の原文では「日王」と書かれているのでしょうが、日本のニュースでは「天皇」と翻訳されて報道されている。だから問題の本質が日本人は理解できないのでしょうが、李大統領の発言でも「天皇」では無く「日王」と発言している。だから根本的な認識部分で「日王」と「天皇」でずれてしまう。韓国の認識では皇帝は中華帝国が唯一の皇帝であり、韓国人の意識としては小中華であり、日本は東海の果ての僻地に過ぎない。
韓国は長い間、中国王朝を中心とした東アジアにおける中華秩序、冊封体制下にあったから、皇帝といえば中国皇帝であり、東海の果ての僻地の国が「天皇」と名乗る事が許せない。だから明治維新の時にも日本の国書もつき返して来た。それで日本が怒って征韓論が起きてきましたが、今日の状況も親書を気に入らないから突き返す事は初めてではない。
韓国人が「天皇」を認めない原因が小中華思想にあるのですが、だから「日王」と言う言葉を使っているのでしょうが、「天皇」の言葉を認めると韓国は日本の臣下という事になってしまう。むしろ本家本元の中国のほうが次の国家主席となる人物が天皇との会見を重視するような状況ですが、小中華の韓国としては天皇の存在そのものを認めていないようだ。
韓国人にとっては昭和天皇は戦争犯罪人に過ぎず、それは朝鮮日報の記事を見てもよく分かる。学校教育でも日本を戦争犯罪国家として教育しており、その親玉が天皇と言う事なのだろう。このような教育がなされている限り天皇の韓国訪問はありえないのであり、李大統領の発言は日頃からの考えを述べたものなのでしょうが、天皇は韓国の犠牲者に跪いて謝罪させる事が目的なのだ。
日本人にとっては天皇陛下は権威の象徴であり、総理大臣も各大臣も外交官も天皇の認証が得られなければ就任できない。政治には直接関与しないが憲法上は象徴であっても事実上の元首であり、しかし大統領とちがって権威の象徴であり最高権力者ではない。その辺の理解が韓国人及び李大統領にも無いから朝鮮日報のような記事になる。
戦前の日本統治下の朝鮮人なら分かっていたのでしょうが、現代の韓国人には日本国の天皇は戦争犯罪人として謝罪は当然だと教え込んでいるから大統領の発言が出てくる。韓国人の意識としては日本との交戦国でもないのに戦勝国意識があり、なぜ天皇を戦争犯罪人として裁かなかったのかと不満なようですが、韓国人から見れば「天皇」と言う名前と存在が韓国人のプライドを傷つけるのだろう。
日本が歴史問題を清算できないのは天皇を戦犯として処罰しいないからだ、と言う朝鮮日報の記事は韓国人に意識を現したものですが、日本人としては承服できないものだ。しかし日本の歴史教育でもこれと近いようなことが教え込まれており、日本は戦争犯罪国家としてアジアに謝罪し続ける事が慣例となってしまった。中国や韓国が歴史問題でカードを突きつけてくるのも毎度の事ですが、村山談話や小泉談話などそれを追認するものであり、謝罪外交がアジア外交の基本になっている。
韓国人にとっては昭和天皇が東京裁判にかけられて、スガモプリズンで絞首刑にかけられれば気が済むのでしょうが、朝鮮日報に記事を読めばその事が読み取れます。「株式日記」では大東亜戦争は人種差別撤廃戦争であり植民地解放戦争であったと考えていますが、日本軍として戦った韓国人はどうしてそれに反感を持つのだろうか?
日本軍と長い間戦った中国人が日本軍国主義を批判するのは分かりますが、韓国の独立が日本の敗戦によって与えられたものであり独立戦争で勝ち取ったものでない事がトラウマになっているのだろう。アジアの国の多くがイギリスやフランスやオランダ軍と戦って独立を勝ち取った栄光がありますが、韓国にはそれが無い。韓国では1919年の三・一運動が独立運動として大きく教えられていますが日本では単なる暴動として捉えられている。
驚きの韓国の捏造歴史
http://jjtaro.cocolog-nifty.com/nippon/2011/02/post-4623.html
「韓国は日本と独立戦争を戦って勝利して独立した」
これが韓国の公式の歴史観になっているというのですから驚きます。
第二次世界大戦中に支那の重慶に「大韓民国臨時政府」があり、これが対日宣戦布告していたことが根拠のようですが、これは単なるテロ活動しかしておらず、講和条約にも参加できていません。
韓国小学校の国定教科書
「(大韓民国)臨時政府は日本に宣戦布告して、連合軍と連絡を取りながら独立戦争を展開していった。わが民族の独立の意志が広く知られると、世界の強大国もわが国の独立を約束せずにはいられなくなった」
天安には独立記念館というのがあり、ここにはジオラマで独立戦争の戦闘場面が再現されているといいます。いったいどこでどんな戦闘があったというのか?
つまり、戦って苦労して勝ち取った独立ということにして、民族の誇り持とうということなのです。そのため、日韓合邦時代は過酷だったということにもしたいわけです。韓国の「独立運動の血史」というのには三一独立運動についてこんなことが書いてあるといいます。
「女子高等普通科の盧永烈は、裸体で十字架の上に仰臥(ぎょうが)させられた。日本人は、後列の十字架の傍らに炭炉を置き、鉄線を真っ赤に焼いて盧永烈の乳頭を3、4回刺してからその縄を解き、刀で四股を断ち落とし、まるでまこも(菰)のように分切した。血が雨のようにしたたりおちた。・・・が質問して、『お前はこれでもなお”万歳”を叫ぶつもりか。』と言った。彼女はこれに答えて『独立が達成できなければたとえ死んでもやめない』と言った・・・数日間も食事を与えないで、3日目に再び拷問を加えた。・・・やむをえず、衣服を抛(ほ)りかえしてよこし、きびしく警責を加えた後に釈放された・・・」
四股を切断されて3日も生きれるはずがなく、衣服も自分では切れないし、自分で帰れないのですが・・・
このような捏造歴史を教えられた韓国人学生の話が金完燮(キム・ワンソプ)著「親日派のための弁明」に記載されています。韓国人学生はアメリカの大学に留学したのですが、そのときアジア史の講義で白人の教授にこういわれます。
「私は、韓国政府が韓国と日本との歴史的関係について学生に誇張した歴史を教えていると考えるが、きみはどう思うか」
韓国人学生は次のように答えました。
「私たちは歴史を誇張して教育されていない。第二次大戦の例をみてわかるよに、戦争の被害を受けた韓国と中国、東南アジアの国々の公式の歴史が誇張されたものだというのか。韓国で教えられている歴史は事実であり、誇張して教育する必要がわれわれにあるのか」
すると教授はこういいます。
「それでも私は韓国政府が歴史を誇張していると考える」
韓国学生は「被害妄想的な発言をする劣等感にとらわれた韓国人」という烙印を押されたと思い、怒りと恥ずかしさで、2週間は夜眠れなかったといいます。
国家求心力を保つため歴史を捏造してもこういうところでほころびが出ます。この学生は不幸な目に遭いました。それにしても韓国はいつまでこうした捏造歴史を続けていくのでしょうか。
参考文献
徳間書店「歴史を偽造する韓国」中川八洋(著)
草思社「親日派のための弁明」金完燮(著)/荒木和弘+荒木信子(訳)
ワック出版「歴史通」2009.7月号「韓国の偽史倭人伝」八木秀次
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