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アメリカの国防戦略見直しでアジアは?
2012.1.19 更新
http://www.bitway.ne.jp/bunshun/ronten/ocn/sample/enquete/120119.html
*このコーナーでは、『日本の論点』スタッフライターや各分野のエキスパートが耳寄り情報、マル秘情報をもとに、政治・経済・外交・社会などの分野ごとに近未来を予測します。
オバマ米大統領は1月5日(日本時間6日)に国防総省で演説し、米国の新たな国防戦略を発表した。大統領が国防総省まで出向いて演説するのは異例で、オバマ大統領自身がこの新戦略の策定過程に深く関わってきたからだという。その背景には、財政赤字削減のために国防予算を今後10年間で5000億ドル(約38兆円)近く減らさねばならないという事情がある。
冷戦終結後、唯一の超大国となった米国は、二つの大規模な地域紛争に同時に対処する能力を維持し、「世界の警察官」としての役割を担ってきた。新国防戦略では、この「二正面戦略」を放棄、大規模な紛争への対処は一カ所にとどめることになった。それにともない、現在55万人規模の陸軍を、今後10年間で49万人以下に削減するとみられる。5日に記者会見したパネッタ国防長官は、イラク戦争の終結と、アフガニスタンからの米軍撤退が進んでいることに触れたうえで、「大規模かつ長期的な治安回復作戦、陸軍や海兵隊を編成する必要はなくなる」と述べた(朝日新聞1月6日付夕刊)。
他方、新戦略は「米国の経済的利益と安全保障上の利益は、西太平洋から東アジア、インド洋、南アジアに至る"不安定の弧"の動静と密接につながっている」として、アジア太平洋地域に米軍の戦力を重点配備する必要性を強調している。とくに中国とイランについては、弾道ミサイルや巡航ミサイル、サイバー攻撃など、米軍の前方展開を阻止する「アクセス拒否」能力を向上させるだろう、と強い警戒感を表明し、「アジアの同盟国との関係は地域の安定と成長にとって極めて重要だ」と、日本や韓国、インドなどと連携を強化する方針を鮮明にしている。
この新戦略について、防衛省筋は「日米の役割分担がこれまで以上に求められる」と受け止め、自衛隊と米軍の共同訓練や基地の共同使用などを推進する方針だという。すでに、2010年の防衛大綱策定にあたっては、米国側と協議を重ねたうえで、米軍の「ジョイント・エア・シー・バトル」(空海統合戦略)構想に連動した海自・空自の重視や、南西諸島防衛の強化を打ち出している。昨年末、空自の次期主力戦闘機として、米国を中心に開発中のステルス戦闘機F35を選定したのも、米軍との相互運用を意識してのことだ。大手メディアの報道も、「自衛隊と米軍の一体化」については温度差があるものの、軍拡を続ける中国の脅威を念頭において、アジア太平洋における米軍のプレゼンスが維持されることに対して、おおむね肯定的な評価を下している。
ただし、この新戦略策定は、米国の外交・安全保障政策を根底から変える第一歩になるかもしれない。第二次大戦に参戦して以来、米国は、国際協調主義をとる「リベラル」な立場をとろうが、単独行動主義の「ネオコン」であろうが、「自由と民主主義」の保護者として他国に介入し、時には体制変革をも辞さない政策をとってきた。だが最近、米国は「オフショア・バランシング」に徹するべきだという声が、シンクタンクの研究員や政策に影響力をもつ学者らの間で高まってきたからである。
オフショア・バランシング(「海外から勢力均衡をはかる」という意味)とは、ある地域に対して自国の戦力を展開することなく、地域の諸国を相争わせることで影響力を保とうとする考え方のことだ。歴史をひもとくと、18〜19世紀に英国がヨーロッパ大陸で突出した大国が出現しないよう同盟関係を操ったことや、イラン革命後にイスラム原理主義が拡大しないよう、米国がイラクを支援して戦争を起こさせたことなどが、その例として挙げられる。オフショア・バランシングのオピニオン・リーダーであるハーバード大学のスティーヴン・ウォルト教授によれば、米国はアジアの戦争から距離をとったほうが、とるべき戦略の選択肢が増えるうえに、無用な反感を買うこともなくなる。さらに同盟国も、米国の支持を得るべくその戦略に貢献するようになる、というのである。そして同教授は、「外交当局者は、(キリスト教原理主義のような)イデオロギー的な使命感にとらわれたり、(ユダヤ・ロビーのような)利益団体の主張に惑わされたりして、国益を損なうことがあってはならない」と説く(「フォーリン・ポリシー〈電子版〉」11年11月2日付)。
では、なぜ米国はアジアに対してオフショア・バランシングを採用するのか。最大の理由は、もちろん巨額の財政赤字をこれ以上つくりたくないこと、もう一つは、ここへきて中国の「アクセス拒否」能力が著しく向上しつつあることだ。中国は現在、F35と同じくステルス性に優れた殲20を開発しているほか、2隻の国産空母を建設中で、20年代には南シナ海・東シナ海の両方に、空母と艦載機、護衛、補給艦船からなる空母戦闘群を常時展開できるようになる。現時点においても、中国海軍の潜水艦が隠密行動能力を高めているうえ、「空母キラー」の異名をもつ対艦弾道ミサイル(ASBM)の配備が始まっているという。米国は「在日米軍基地は中国を抑止するために必要」と主張するが、実際には、日本は多くの米兵を駐留させるには危険な場所になってしまっているのだ。
上述の「ジョイント・エア・シー・バトル」は、こうした中国のアクセス拒否戦略に対抗するために米軍が打ち出した構想で、具体的には「(1)抑止が敗れて中国からミサイルなどで攻撃を受けたら、米軍はいったんその射程外まで撤退、(2)体勢を立て直して、海空両軍で反撃」(朝日新聞11年1月16日付)というものだ。昨年11月、オバマ大統領は豪州のギラード首相との間で、豪州北部に米海兵隊を最大2500人規模で駐留させることに合意した。沖縄に駐留する海兵隊のグアム移転とあわせて考えると、オフショア・バランシングへの転換がおこなわれていると見てとれないだろうか。
この場合、東シナ海においては日本と韓国が、南シナ海においてはフィリピンやヴェトナムが矢面に立たされ、米軍は、巡航ミサイルや、新国防戦略で重視されている無人攻撃機などで「遠くから」支援するだけになるかもしれない。あまり想像したくない話ではあるが、それが国際政治のリアリズムというものだ。日本単独で中国の軍事力に対抗するのは不可能である以上、新国防戦略の「アジア太平洋重視」という表現に安心するだけでなく、外交をも含めた独自の対中戦略を検討しなければならないだろう。
(高橋 理=たかはし・さとる 『日本の論点』スタッフライター)
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