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最も急がれるのは、ケニア政府が自国民すべての権利保護という義務を果たすことだ。この3年間、法の裁きの実現を求めて待ってきた被害者家族たちがいる。政府がエルゴン山域におけるそれを保障できないのであれば、周辺諸国や国際機関が問題に介入すべきだろう。
10月 27, 2011
(ナイロビ)−ウガンダ国境近くのエルゴン山域での暴動に端を発した武力衝突から3年が経過するが、今も300人以上が行方不明のままであり、その大多数がケニア国軍によって強制失踪させられた人びとである、とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表した報告書で述べた。ケニア政府は、中立した調査委員会をただちに設立し、集団埋葬地と疑われる場所の発掘作業と、ケニア政府治安部隊およびサバオト国土防衛軍(以下SLDF)と呼ばれる民兵組織の双方による残虐行為を捜査しなければならない。ケニア政府がその捜査を行う能力がない、あるいはその意思がない場合、国際刑事裁判所(以下ICC)はケニアでの捜査対象を拡大すべきである。
報告書「くじけないで:ケニア、エルゴン山域で法の裁き 待たれる」(全48ページ)は、ケニア国軍およびSLDFによって強制失踪させられた人びとの家族が、真実と法の裁きを求めてきたこれまでの経過を検証している。過去3年間、ケニア政府は、捜索を続ける被害者家族に対して支援をほとんど行なわず、また両陣営による人権侵害に対する中立で公平な調査も約束していない。
「被害者の家族が置かれた窮状は、エルゴン山域での武力紛争による消えることのない最大の傷跡のひとつである。埋葬できる遺体もなく、死亡証明書があるわけでもなく、家族を失ったことへの公的な認定もなく、家族は法的ばかりでなく精神的にも不安定な状態に置かれている」とヒューマン・ライツ・ウォッチのアフリカ局長ダニエル・ベケレは述べる。
本報告書は、ケニアの西部州で行われた現地調査と聞き取り調査を基に作成されている。エルゴン山域の武力衝突以降の人権侵害事件の多くが処罰されないままになっているものの、本報告書では、そのなかでも、SLDFによる拉致未解決事件とケニア治安部隊による強制失踪という問題に特に焦点を当てた。
エルゴン山域で起きた犯罪を捜査する責任を負っているのは、まず第一にケニア政府である。本報告書が明らかにしているように、当該地域で起きた残虐行為に対して、この3年間信頼に足る捜査は行われていない。
エルゴン山域での反乱の始まりは、2006年、不法入居者を退去させようとする政府の措置に、SLDFが抵抗したことに端を発した。民兵は、政府を支援していると疑った一般市民数千人を襲撃、レイプや殺害、手足の切断などを行った。2007年12月の選挙直前には、SLDFは地方議員と国会議員選挙に立候補した野党ケニア・オレンジ民主運動(ODM)候補者を支持し、テロ作戦を実行した。
これに対してケニア政府は、2008年3月、オコア・マイシャ(スワヒリ語で「命を救え」の意)と呼ばれる、軍と警察による強硬な合同作戦を展開。治安部隊は数百人の人びとを超法規的処刑で殺害、拷問し、数千人を恣意的に拘禁した。2006年〜08年半ばにかけて、SLDFは推定750人、治安部隊は推計270人を殺害している。更に、300人以上(推計199人が治安部隊によって、126人がSLDFの手によって)が失踪したままである。
ある女性は兵士が夫を連行する時に、次のように言ったと話している。「キマスワの銃声を聞いたことがあるか? これがその銃さ。アンタのダンナに使う銃だよ。」
国内外の人権団体の活動によって、暴動とそれに対応する軍の野蛮行為に世間の関心が集まった。その後の2008年半ば、エルゴン山域での残虐行為は沈静化した。軍と警察は当時、当該地域で活動していた部隊の行動について内部調査を行っていると主張したが、結局、人権侵害疑惑を否定。治安部隊員は誰一人責任を問われていない。
残虐行為に手を染めたのは、SLDFだけではなく、ケニア国軍も同様である。ケニア軍によるものと考えられる多くの殺人事件が起こり、SLDFのメンバーか支持者と疑われた3,000人超の男性と少年が、一斉検挙のうえ拘禁された。それにもかからず、わずか4人が殺人罪、その他は非合法団体への所属といった軽い罪で有罪となったのみだ。SLDFは、エルゴン山域で政治家への貢献のために、何百件もの殺人や強制失踪、レイプ、拷問事件を犯したものの、いまだ処罰されていない。
国家主導の信頼に足る捜査がなされていない事態を受けヒューマン・ライツ・ウォッチは、エルゴン山域で行われた犯罪がICCの管轄に当たるかどうかを分析し、最も責任ある個人を訴追するために、ケニアでの新たな捜査開始を検討するよう、ICC検察官に勧告した。2007年大統領選挙の後に起こった暴力事件については、ICCはすでに捜査を行っている。
前出のベケレは、「最も急がれるのは、ケニア政府が自国民すべての権利保護という義務を果たすことだ」と述べる。「この3年間、法の裁きの実現を求めて待ってきた被害者家族たちがいる。政府がエルゴン山域におけるそれを保障できないのであれば、周辺諸国や国際機関が問題に介入すべきだろう。」
また政府は、集団埋葬地を特定して発掘し、犠牲者の尊厳を守る埋葬法を実現するための取り組みもほとんど行っていない。2008年の軍事作戦中にいくつかの集団埋葬地が発掘されてはいるが、多くが手つかずのままと地域住民は話している。地元のNGOは、複数の集団埋葬地を調査しようと試みた際に兵士に脅された。
政府関係者は、死亡の正式認定が求められる補償手続きを失踪者の家族が取ることも妨害してきた。複数の遺族団体と犠牲者家族がヒューマン・ライツ・ウォッチに伝えたところでは、行方不明家族の死亡証明書を取ることができないため、ケニアの法律に従って遺族に支払われるはずの補償や手当を受け取れないという。これには土地所有権や資産、銀行口座へのアクセスなども含まれる。
弁護士たちや人権団体が、事件をブンゴマ高等裁判所や東アフリカ司法裁判所に提訴したり、アフリカ人権委員会に苦情申立をすることで被害者を支援している。他には、強制的または非自発的失踪に関する国連作業部会に苦情申立をしている団体もある。
前出のベケレは、「ケニア政府は失踪事件の深刻さを認識し、集団埋葬地を徹底的に発掘することで、犠牲者の身元を明らかにすべきだ」と述べる。「こうしたことを推し進めようとしない国家の無為無策は、真実と法の正義実現ばかりでなく、必要な物資支援の機会をも、犠牲者家族から奪っているのだ。」
報告書「くじけないで」の証言抜粋
フェイス・Vの夫は2008年3月16日に自宅で兵士に逮捕された:
「兵隊たちは夫を家のすぐとなりで拷問しはじめたの。チェプクベ(Chepkube)出身の兵士たちだった。夫が殴られているのを見ている間、子どもたちが見ないように家に閉じ込めておいた。でも耐えられなくなって…[家の中に]逃げ込んでしまったわ。」
「私が泣きはじめたら、子どもたちも泣き出した。軍の連中が[夫を]連れて戻ってきて、夫は兵隊たちに身分証明書を見せたの。兵隊たちは私に『お前にダンナを最後に見せてやるのに連れてきたんだよ。キマスワ(Kimaswa)の銃声を聞いたことがあるか? これがその銃さ。アンタのダンナに使う銃だよ』って。兵隊たちは夫がチェピウク(Chepyuk)[SLDFが反対した政府の再居住計画が原因で、住民が強制退去させられた地域]の出身だったから疑っていたの。」
エルサ・チェスツ(Elsa Chesut)の夫は軍に検挙されて以来失踪中:
「夫が帰ってこなくなって20日目に、“軍の基地”に探しに行った。でも門で兵隊が『基地の中でなんか捜さないぜ、森の中で捜すんだ。森に行って探してみなよ』って言った。死体置き場が森の中にあるから、そう言ったのよ。確かに遺体はみんなそこに棄てられていた。でもあの時はそんなこと思いもしなくて、夫が死んだなんて信じていなかったわ。」
ジェーン・Aはヒューマン・ライツ・ウォッチに、息子がSLDFに拉致された後に話してくれた:
「陳情なんかでお役所に行ってません。どうやって訴えればいいのか分からないし、ゴロツキと警察官の区別なんて私にはつかないですもの。」
夫が拉致されたある女性の話:
「首長の所にも警察にも行きませんでした。もし行ったら殺されてたでしょう。訴えたりしたら私の命が危なくなるから、まだ訴えてないわ。危ないに決まってる。連中、森の中にまだいるわ。裁判所で何人かは無罪になって、まだそこにいるの。今ヤツラの名前なんて喋ったら、殺されちゃうかもよ。」
ウルスラ・C(Ursula C)の夫も9人の子どもを残して軍に拉致された:
「子どもの世話が本当に大変。子ども2人は中学に行っていたんだけど、授業料が払えなくなっちゃった。[学校は]奨学金も何もくれなかった。『ご主人の死亡証明書を持って来るように』って言うの。それで首長のところに死亡証明書をもらいにいったら、『ダンナを埋葬してないだろう。私を刑務所に入れたいのか? 亡くなったっていう証拠はあるのか? 死んだってどうして分かるんだ? ウガンダとかどこか他に行っただけかもしれないよ」って。それで追い返されてしまった。授業料を払うために残っていた牛を売ったわ。」
http://www.hrw.org/ja/news/2011/10/27
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