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超大国の「新
国際秩序」宣言
アメリカの帝国主義的覇権を象徴していたニューヨークの世界貿易センタービルとワシントンのペンタゴン(国防総省)を直撃した二〇〇一年九・一一の同時多発テロから一〇年が経過した。当時のブッシュ米政権は、「ネオコン」の主導の下にこのテロ襲撃を計画・遂行したオサマ・ビンラディン率いる「アルカイダ」への「報復戦争」を開始した。
「テロリストにつくのか、それともわれわれの側につくのか」という最後通牒を全世界に突きつけたブッシュ政権は、一カ月もたたない一〇月七日にイスラム主義勢力・タリバンが支配していたアフガニスタンへの総攻撃を行い、タリバン政権を転覆させた。一年半後の二〇〇三年三月二〇日には、アルカイダを支援し、大量破壊兵器を保有しているという虚偽の口実でサダム・フセインの独裁下にあったイラクへの戦争に踏み切った。
米国が主導したアフガニスタン・イラクへの連続した侵略戦争は、一九九〇年八月、イラクのサダム・フセイン政権によるクウェート侵攻が引き金となった湾岸危機―湾岸戦争の継続でもあった。それはビンラディンが彼の母国でもあるサウジアラビアの米軍基地がイラク攻撃の拠点になったことに怒り、米国へのジハード(聖戦)を開始した、ということだけによるものではない。
「冷戦」に勝利した米国の父ブッシュ大統領が、湾岸危機の勃発にあたって米議会の両院合同会議で「新国際秩序」の宣言を発した。「最近の出来事は、アメリカの指導権に取って代わるものが存在しないということを完全に証明した。専制に直面して、アメリカの威信と信頼性に対して誰であろうと疑問を抱くことのないようにしよう」と訴えるその演説が行われたのは奇しくも一九九〇年「九月一一日」のことだった(ジルベール・アシュカル『野蛮の衝突』、作品社刊参照)。
唯一の「超大国」となった米国が盟主となる新自由主義的グローバル化がもたらす「新国際秩序」。しかしそれは未だ「平和」が行きわたる世界ではない。「自由と民主主義」の普遍化を脅かす動きに対して米国は力を行使することをためらうべきではない……。このように父ブッシュは強調した。よく知られていることだが、新自由主義の最初の「実験場」となったチリで、その推進者となったピノチェト軍事独裁が成立したのも、アジェンデ左派政権に対する一九七三年の「九・一一」クーデターによるものだった。
そのような意味において「新国際秩序」宣言から一一年後の「九・一一」が解き放ったアフガニスタン・イラク戦争は、父ブッシュが夢見た「新国際秩序」――「ワシントン・コンセンサス」による新自由主義的グローバル化の矛盾の発露であり、この矛盾を力で抑えこもうとする「湾岸戦争」の継続でもあった。
国際法を無視
した国家テロ
二〇〇一年から一〇年後の今年五月二日に、米軍の特殊部隊はパキスタンに潜伏していたオサマ・ビンラディンの居宅を急襲し、ビンラディンを殺害した。アフガニスタンへの軍事進攻、イラクへの侵略戦争がそうであったように、ビンラディン殺害もまた国連憲章やあらゆる国際法を無視した戦争犯罪であり「国家テロ」そのものだった。
この戦争は「自由と民主主義そして人権」という普遍的価値を体現するアメリカが、その価値を世界にあまねく強制する、という理念、すなわち「世界帝国」の理念としてのアメリカ原理主義の下に遂行された。この理念はアメリカが主導した資本の新自由主義的グローバリゼーションを支える論理でもあった。
それは「九・一一」のほぼ一年後、イラク侵略の半年前の二〇〇二年九月一七日に発表されたブッシュ・ドクトリン=「アメリカの国家安全保障戦略」(全文は反安保実が二〇〇二年一二月に発行したパンフレットに掲載)にあますところなく表現されている。
「強力な世界経済は、世界の他の地域の繁栄と自由を前進させることで、われわれの国家安全保障を強める。自由貿易と自由市場に支えられた経済成長は、新しい雇用とより高い収入を作りだす。それは人びとが自らの生活を貧困から引き上げ、経済的・法的改革を刺激し、腐敗と闘うことを可能にする」。
「政府の強大な手による指令・統制経済ではなく市場経済こそが、繁栄を促し貧困を削減する最善の道である。市場のインセンティブと市場の諸制度のさらなる強化があらゆる経済――先進工業諸国、新興市場、そして開発途上諸国――にとって適切なものである」。
それから一〇年後の今日、米国・EU・日本という世界資本主義の三つのセンターは相互に連動したけいれん的危機の深まりに直面している。アメリカの「対テロ」戦争の敗北は、同時に新自由主義的グローバリゼーションの破綻として帰結したことは、もはや誰の目にも明らかである。
「自由と全体主義との間の二〇世紀の大きな戦いは、自由の勢力の勝利、そして国家の成功のための唯一の持続可能なモデル、すなわち自由、民主主義、自由な企業の決定的な勝利をもって終わりを告げた」「今日、アメリカ合衆国は、並ぶもののない軍事的力と、巨大な経済的・政治的影響力という位置を享受している」(ブッシュ・ドクトリン)。
勝利に酔いしれたようなこの幻想は、もはや跡かたもなく消え失せてしまった。
戦争の泥沼化と
隣国への飛び火
二〇〇一年九・一一「同時テロ」の死者は約三〇〇〇人に達する。しかし「テロへの報復」として行われたアフガニスタン・イラク戦争における米軍兵士の死者はすでに「九・一一」の死者を倍する六〇〇〇人以上となった。アフガニスタンとイラクの民間人の死者は、正確な統計が出されていないものの少なくとも一〇数万人に達している。「民主主義と自由の大義」を掲げたこの「対テロ」戦争は、終わっていないどころか、恐るべき破壊と殺りく、ファルージャやアブグレイブ、グアンタナモ、そしてアフガニスタンでの民間人への無差別爆撃に示される人権犯罪の拡大を伴いながら、いっそう泥沼化している。
アフガニスタンでの多国籍軍兵士の死者は、米軍が三万人を増派した二〇一〇年に過去最大となった。民間人の死者は今年上半期だけで一四六二人とこれまた過去最悪の数字である。その中に多国籍軍の無差別攻撃による死者が多数ふくまれていることは言うまでもない。イラクでの自爆テロなどによる大量の死者は、もはや新聞においてはベタ記事扱いでしかない。
戦争はアフガニスタンの隣国パキスタンに飛び火し、いまや南西アジアにおける米国の戦略的パートナーである同国も「主戦場」となっている。米本土からコンピュータで操縦する国境を越えた無人機爆撃による「誤爆」は、パキスタン民衆の反米感情を駆り立て米国のパートナーである政権を揺り動かし、統治能力を崩壊させている。治安の悪化はアフガニスタンとの北西部国境地帯だけではない。南部に位置するパキスタンの最大都市(人口一八〇〇万人)で経済的中心であるカラチすら「最も危険な都市」の一つになっている。カラチでは今年だけですでに一〇〇〇人以上の市民が殺害されるという「無政府状況」が広がり、都市機能もマヒしている(Japan Times 九月一日)。
「民主主義と自由と秩序」を掲げた侵略戦争は、まさに取り返しのつかないほど、その破壊を引き起こし、民衆の苦難を増幅させつづけてしまった。
米国史上最長となるこの不正義に満ちた戦争は、一〇〇兆円を超える戦費(三〇〇兆円という説もある)を米国に強制した。その額は一分間に五万七〇〇〇ドルの米国民の税金が戦費に消えてしまうほどである。米国はこの八月に「債務不履行」という国家破産の危機に直面した。米国の圧倒的な軍事的・政治的覇権を急速に失墜し、「単独行動主義」の基盤を最終的に掘り崩された。リーマンショックを契機にした金融・経済・債務危機は、米国発の世界恐慌となり、グローバル資本主義のシステム的危機をいっそう深化させている。
こうした状況の中でオバマ民主党政権は、米軍のイラク、アフガニスタンからの撤退を進めざるをえない。しかしそれは「名誉ある撤退」とはなりえず、反米意識のさらなる拡大と地域的な不安定化を引き起こさざるをえないというジレンマにオバマ政権は直面しているのだ。「テロとの戦いの勝利」という「九・一一」一〇周年におけるオバマの言葉は空語以外のなにものでもない。
始まった「抵抗
のグローバル化」
この戦争は、社会主義の大義を踏みにじったソ連・東欧のスターリニスト独裁体制の崩壊以後、世界を席巻した新自由主義的グローバリゼーションが、万人の万人による「底辺への競争」を促進し、貧困・飢餓を急速に押し広げ、環境を破壊し、あらゆる水準での差別・人権抑圧を深め、植民地主義的な抑圧と支配を強めるものでしかないことを明らかにした。ブッシュが発動した「対テロ」戦争は、新自由主義グローバリゼーションの暴力的本質を鮮明に示すことになった。
すでにメキシコ・ラカンドンの密林から全世界に向けて闘いののろしを上げたサパティスタを先駆として「抵抗のグローバル化」は始まっていた。一九九九年一一〜一二月のシアトルWTO閣僚会議を破綻に追い込んだ闘い、二〇〇一年一月ブラジルのポルトアレグレで開催された第一回世界社会フォーラム(WSF)に体現ざれたグローバル・ジャスティス運動は、ブッシュの戦争を止めるために空前の闘いを作り上げた。二〇〇三年二月一五日、実に一〇〇〇万人以上の民衆が反戦世界同時行動に立ち上がった。それはアメリカ帝国主義の覇権に対抗する民衆による「もうひとつのスーパーパワー」と評された。
われわれは、アメリカ帝国のグローバル戦争に反対する闘いにあたって、同時に「九・一一」に代表されるテロリズムへの批判を強調した。第四インターナショナルは二〇〇一年一〇月の国際委員会決議「九月一一日のテロ攻撃とアフガニスタンに対する侵略について」の中で述べている。
「抑圧者がどれほど低劣で憎むべき振る舞いをしようとも、非武装の市民の殺害や、いわんや二〇〇一年九月一一日になされたような大量殺人を正当化することはできない」。
「このような攻撃は、反帝国主義とは――歪められた反帝国主義とも――なんの関係もない。大規模なテロの行使は、人民の基本的権利に敵対する反動的政治と思想の表現である。ビンラディン型の原理主義者は資本主義を支持し、それを防衛している。彼らはブルジョア派閥と結びついてきたし、あるいはいまも結びついており、またサウジ王制、パキスタンやスーダンの独裁政権といったいくつかの反動的国家機構の諸部門と結びついている。こうしたグループは、ファナティックに宗教的な、反帝国主義ではなく反西欧の、反シオニストではなく反ユダヤ主義の言説を、ムスリム民衆に対して押し付けている。彼らはタリバン政権のような超反動的な神権政治体制を強制しようとしており、また彼らはこうした反動的目的を偽装するためにパレスチナの大義を利用している」。
われわれは日本においてもいち早く、アメリカの対テロ「報復戦争」や、この戦争に対する小泉政権の無条件の支援(テロ特措法による自衛隊のインド洋派遣)に反対するとともに、九・一一テロ攻撃の反動的・反民衆的本質を厳しく批判する態度を貫いた。
「反帝国主義」を口実として「九・一一」テロへの批判を控えたり、積極的に擁護しようとする傾向が中核派、革マル派などの内ゲバ主義者を先頭に少なからず存在する中で、われわれはそうした態度が民衆の自己解放の大義を裏切る無責任な立場にほかならないことを明らかにした(高島義一「なぜ日本新左翼のなかに無差別テロを容認する『ざまあみろ論』が多いのか――帝国主義の戦争政策と真に対決する闘いのために」、本紙二〇〇一年一〇月二九日号。『右島一朗著作集』柘植書房新社刊所収)。
われわれは最も断固として「テロにも報復戦争にも反対」の立場を主張した。そして新自由主義的グローバリゼーションに反対する運動との連携を深めつつ、米国のイラク戦争に反対するWORLD PEACE NOWの運動に積極的に参加した。WORLD PEACE NOWは、二〇〇三年にベトナム反戦闘争以来の数万人にのぼるデモを実現した。WORLD PEACE NOWのネットワークは、イラクで拘束された日本人の救出においても重要な役割を果たした。
その後もペシャワール会によるアフガニスタン農民への復興支援運動の持続的展開、劣化ウラン兵器の被害を受けたイラクの人びとへの支援・救援の継続、環境・人権問題からのアプローチ、イラクへの自衛隊派兵違憲訴訟の取り組みなどが行われてきた。二〇〇八年四月一七日には名古屋高裁で自衛隊のイラク派兵を違憲とする判決が出された。さらにイギリスの例に倣って、当時の小泉政権によるイラク侵略戦争支持と自衛隊イラク派兵の過程の経過を検証する委員会の活動も始まっている。アフガニスタン・イラク戦争に対する反戦平和の運動、深刻な被害を受けた民衆との連帯は、決して過去のものとして忘れられたわけではない。
米軍の戦争戦略
を担う「日米同盟」
米ブッシュ政権によるアフガニスタン・イラク戦争に対する小泉政権の全面的な支援、そして「テロ特措法」による自衛隊のインド洋派兵とイラク特措法によるイラク派兵は、米国のグローバルな戦争戦略への自衛隊の参加と従属的一体化の過程を急速に深化させた。「人道的復興支援」を名目にしたイラクにおける航空自衛隊の活動は、米軍を中心とする多国籍軍兵士の装備の輸送を主要な活動にしていた。自衛隊はイラク派兵の終結後も「対テロ」戦争の継続としてソマリア海域に自衛隊を派遣し、ジブチに恒久的な基地を建設するに至った。海外派兵は今や自衛隊の「本務」として格上げされた。
沖縄の米海兵隊は、イラク侵略の第一線に投入され、ファルージャでの民衆虐殺の先頭に立った。「米軍再編」は米軍のグローバルな実戦展開に自衛隊を組み込み、自衛隊を米軍指揮下での海外での戦争展開に動員するものとなっている。沖縄の米軍基地はそのために強化されることになる。この過程は、自衛隊のイラク派兵を契機としてレベルアップすることになった。
「中国の軍事的脅威」を口実に、「日米同盟」は実際の戦争が可能な態勢として強化されている。昨年一二月に民主党政権下で策定された防衛大綱は、海外における「集団的自衛権」行使を容認する方向へ大きく切った。民主党の前原政調会長が九月一日に米国で行った「PKO派兵原則」の改定、武器輸出三原則の見直しを訴える講演は、新防衛大綱が打ち出した路線の延長にある。「普天間基地撤去・県外移設」を訴える沖縄の闘いを押しつぶそうとする民主党政権は、米国のアフガニスタン侵略から一〇年、さらには湾岸戦争から二〇年の今日の日米安保・「日米同盟」の現実を余すところなく示すものである。
しかし湾岸戦争から二〇年、「九・一一」とアフガン侵略から一〇年後の世界の現実はどうか。ブッシュ親子が夢想した米国の絶対的な軍事的覇権と新自由主義的グローバル化による「新国際秩序」の幻想は完全に過去のものとなった。資本主義のシステム的危機をいまや新自由主義の尖兵だったイデオローグたちも口にせざるをえない。
先進資本主義国における排外主義・レイシズムの台頭は、資本主義的グローバル化の植民地主義的本質をあらためて浮かび上がらせている。
同時にわれわれは、チュニジア・エジプトから始まりリビアに波及し、いまやシリアのアサド独裁体制を揺るがしている中東・アラブ世界の新しい革命のうねりを目にしている。その行方にはいまだ多くの困難が待ち受けていることは確かである。しかしそこには反動的なイスラム主義の制約を超える「自由・尊厳・民主主義」の息吹が渦巻いている。
われわれはアジアのムスリム世界における労働者民衆の闘い、パキスタン労働党(LPP)やマレーシア社会党(PSM)などの新しい社会主義運動と結びつきながら、国際的な反資本主義のオルタナティブを作り出していくために挑戦することを決意している。
(平井純一)
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