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【カイロ=花房良祐】リビアの最高指導者カダフィ大佐の独裁体制が事実上崩壊した。蜂起から約6カ月を経て反カダフィ派が首都トリポリの大佐の拠点を制圧。大佐は逃亡し「戦術的な撤退」と述べた。同派を束ねる国民評議会は24日「8カ月以内に大統領選を実施する」と発表した。政権側との武力衝突に発展した民主化運動の高まりは欧米の軍事介入もあり中東で最も強権的で約42年間続いた独裁政権を打倒した。
中東に広がった反政府運動でトップが退陣に追い込まれたのはチュニジア、エジプトに次いで3カ国目。世界8位の石油埋蔵量を持つリビアの独裁体制崩壊は経済面のみならず中東の勢力図に影響を与えるのは確実だ。
国民評議会のアブドルジャリル議長はイタリア紙に対し「8カ月以内に大統領選と議会選を実施する」と述べ、公正な民主国家の設立を目指す考えを示した。国民評議会は近く拠点を東部ベンガジからトリポリに移す。国民評議会は24日、カタールで米英仏などとの会合に出席する。さらに評議会ナンバー2のジェブリル氏は同日、パリでサルコジ仏大統領と会談し、今後の国際社会の支援について協議する。
一方、カダフィ大佐と次男セイフイスラム氏を含む一族の行方は分かっていない。地方に潜伏してゲリラ化する可能性もある。24日もトリポリを含むリビア各地で双方が衝突した。大佐出身地の中部シルトでは反カダフィ派が同市の指導者と解放に向けて交渉しているもよう。
リビアの民衆蜂起は東部ベンガジで2月中旬に発生。各地に広がったが、大佐は徹底的に弾圧。外国人雇い兵や戦車・航空機を投入する手法に批判が高まり、多国籍軍が空爆する事態に発展した。カダフィ大佐は1969年にクーデターで王制を打倒。カリスマとして君臨した。当初はアラブ民族主義を掲げ、パレスチナ過激派のテロを支援して対米関係が極度に悪化。ただ2003年には大量破壊兵器の開発を放棄し、近年は外資による資源開発を進めていた。
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