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(回答先: Re: test 投稿者 少人長 日時 2011 年 12 月 09 日 22:22:40)
W選挙の結果、橋下徹氏が大阪市長に当選し、その手腕に全国の注目が集まっている。選挙中の出来事として驚かされたのは、週刊誌報道によって『同和』問題がクローズアップされたことだ。あたかも「あのホテルは幽霊が出るそうだ」などと噂するのと同様に、判断力が未発達で心が純真な人々に対する影響力は、十分にあるのであろう。
しかし、その手法は、他者を自己利益の為に操作する連中が、1000年以上に渡って伝えてきた、いわば「伝統芸」である。社会の進歩を願う者であるならば、その邪悪な意図を見抜き、対処法を研究・吟味することが、絶対に必要だ。その際に最も効果的な手段が、「真の歴史」の探究である。独裁的権力者の自己正当化チラシを知恵の力で裏返し、かすかな鉛筆書きの文字を読み取らねばならない。
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東ローマ帝国から中国南朝に至る絹の国際交易ルート構築のため、ユーラシア東部のトルコ系騎馬民族・突厥は、ロシア沿海地方から渡海して、東北・北陸に上陸、東北・関東・甲信・駿河の大平原に「牧」を設け、馬を繁殖させて運搬・戦闘に用いた。将軍一族の「蘇我氏」は、騎馬軍団により列島を支配し、突厥語は、やがて日本語の中核となった。
次に、北魏での弾圧を逃れた仏教軍団が、朝鮮半島に侵入し、高句麗・百済を勢力下に置き、新羅に迫った。景教徒の新羅王族・騎士団は、北九州に亡命し、「秦氏」と呼ばれた。
秦氏は、ヒッタイト→古代エジプト→ヘブライ→イスラエル→アッシリア→バクトリア→秦→新羅と移り住んだ氏族であり、古代エジプト式土木建築などの技術力に秀でていた。また、「正々堂々と戦った勇者は、戦死しても再生する」と約束する軍神「ミトラ」を信仰し、ローマ騎士道を信奉していた。
蘇我氏と秦氏は、蘇我王朝を建てて明日香を都とし、蘇我氏の製鉄技術と秦氏の高度土木建築技術により、巨大古墳築造・河内湖干拓・大運河掘削などを行い、水銀製造工場・金メッキ工場・ガラス器工場を建設し、さらに東北から近畿に至る道幅12mの直線式高速道路を敷設して、馬車輸送による国際交易を発展させた。
北のシルクロードがもたらしたもの
騎馬民族がもたらした日本のことば
極東のローマ
新羅の腰?(ようはい)は突厥の金帯飾りに似ている
秦氏とユダヤの関係
飛鳥の工房
古代日本の計画道路
東山道武蔵路 その1
645年、唐進駐軍は、藤原氏と共謀の上、蘇我王朝を急襲して崩壊させた。そして、列島東国の絹、水銀、銀、金、琥珀、翡翠などの資源略奪のため、亡命百済人を属国官僚とする政府を樹立し、唐の律令を施行させた。さらに、騎馬民族を蔑む漢訳仏教を思想武器として持ち込み、民衆奴隷化を目的とする列島統治を開始した。
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- Re: test 少人長 2011/12/09 22:46:47
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