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2012.01.18 見えてきた「日本いらだち派」
　　　　　　――八ヶ岳山麓から（１６）――

阿部治平　（もと高校教師）　　　　　　　　　　　　　　　　
　
大阪の選挙

　大阪市長選挙は橋下徹が大差で当選、同時に行われた府知事選挙でもあまり知名度の高くない大阪維新の会候補が圧勝した。その投票率は近年になく高いもので、大阪府民の従来の投票行動とはやや異質のものだったと思う。

選挙運動開始以前から橋下の発言は、挑発的で暴力的だった。「公務員の給料を下げろ」というのは「改革」を主張する保守陣営のいつものことばとしても、橋下は集会で「独裁」を叫び「（橋下に反対する）政治運動をやっている公務員は負けたら一族郎党ガンクビそろえて待ってろよ」と発言するなど、従来の保守派候補者にはなかった挑発をおこなった。また教職員への強権的支配・教育への行政の介入を露骨に主張した。
彼は、こういう脅迫的言辞によって、何か新しいことをやってくれそうな感じを府民のかなりの層に醸成することに成功した。これによって従来の自民党・民主党支持層の中から橋下支持にまわった人は多かったと思う。

反橋下陣営が選挙に勝つためにはどうしても現状打破の革新的イメージが必要だった。ところが反橋下陣営は、平松前市長を市長候補にした。これは旧来のそれほどほめられない行政を踏襲する印象を与え、共産党が反橋下陣営で活動することで保守的な印象はさらに強まった。この時点で負け戦は決った。
逆に府知事から市長に乗り換えるという空中転回を演じる橋下は、かなりの人々に新鮮に映った。テレビのもつ劇場効果は橋下の方が飛びぬけて上なのだから、彼の脅迫的な言辞、キャラクター、あいまいだが新鮮な「大阪都構想」に対抗するためには、これにまともに立ち向かってはいけなかった。
平松派はサービスの向上や大阪府市の二重行政の弊害解消、同和関係行政の正常化など実務上の個別具体的な政策を大阪人にひとつひとつ示すほか道はなかった。そのためには、過去の市政上の問題点を批判されたら、ある場合は受けいれ、ある場合は反論するという、損な辛い仕事をすることになるのだが、それは、前市長を候補とする限り避けられない。当然、戸別訪問何万軒、街頭演説何千回といった地道な努力なしには実現できない道だった。
これでは負け戦もやむをえない。

注目すべきは、反橋下陣営の「反独裁」「反ハシズム」というスローガンである。私はマスメディアを通して知ったので、実際の大阪の選挙でどの程度浸透したかわからない。
今日、ファシズムは漠然と悪を意味する。それだけに厳密な説明を要しないことばだが、さて選挙で人を引き付けようとすれば、具体的に橋本がなぜファシストであるか、なぜ人民の敵であるか、証明しなければなるまい。一つ一つの政策宣伝を通して人々にこれを納得させるのは容易ではない。
実際に橋下はファシストといえる人物かもしれないが、対立候補を独裁者とかファシストとよばわる効果は何だろうか。有権者に対する説得力はまずない。それは選挙用の悪罵と受け取られるにすぎない。このレッテル貼りは、貼る方に思考停止をもたらし、まともな政策論争を遠ざける。
ファシスト呼ばわりは橋下陣営には痛くもかゆくもなく、むしろ望むところだった。これは橋下に傾く大阪人のかなりの部分に「（現状が変わるためには）独裁でもいい」、さらに「ファシスト結構、それがなぜ悪い」と受け取られたかもしれない。選挙の結果からみると、大阪府民の多数は「ファシスト」とされた市長・府知事候補をあえて支持したことになる。

貧乏で現状にいらだつ人々

　私は日本を長い間離れていたから漠然とした印象だが、日本社会には今までにない変化が表れていると感じる。端的には不正規労働者が労働人口の３分の１にも増えたことだ。雇用が不安定で、正規労働者の２分の１ほども収入のない人々のなかには、ローンに追われて週に１日の休養はいうに及ばず、子供の教育や年寄りの面倒を見ることにすら関心をもてない階層がある。いや関心をもったとしてもどうにもならない。さらにここには国民年金や国民健康保険にすら加入できないといったような人々が含まれる。

私は20世紀の終わりまで高校教師として、成績の悪い子だけが集まった学校に11年、夜間高校も加えれば指導困難校に25年間勤務したが、彼らの親のかなりの部分が以上のような人々だった。一日の主な食事はホカホカ弁当という生徒がその象徴である。民主党政権になって高校授業料は無料になったが、以前は授業料の免除申請が多いのも指導困難校であった。経済的困難は成績不振と非行を招く。その生徒たちが親になった今になってみると、親の貧乏を子どもが継承する傾向は明らかだ。
こうした（かりに大卒であろうが）それなりの学歴もなく、上昇の展望を奪われた、不安定な仕事に甘んじる以外ない人々は、小泉・竹中改革以来急速に肥大した。ニューヨークのウォール街に現れた金持ち糾弾の座込みをやった人々はこれに似ているように思える。

この中の若者は閉塞感とそれに対する強烈ないらだちをもっている。不満をぶつける相手がわからず、わかっても巨大な相手と戦う意志も手段もない。だが、誰かに身近に手ごろな相手があるといわれれば、さっそくそれを攻撃してうっぷん晴らしをする。モンゴルのことわざにいう、ライオンに対する恨みをライオンの子どもをいじめて晴らすというやつだ。
今回の選挙では、彼らは橋下の暴言によって目覚め、動員された。彼らは橋下と平松の政策の違いなど問題ではない。橋下が次々繰り出す極め付きのことばが面白ければいい。閉塞感から脱出できそうに思えるからだ。彼らは特権的待遇と安定した収入をもつという、手ごろで身近の敵として地方公務員や教師を見出したのだ。投票率がいつになく上がったのは、従来選挙に関心のなかった、この階層が選挙に参加したからだ。そして橋下勝利に貢献した。

橋下が本当のファシストならば、これをかついで日本のファッショ化を推し進めるのは、この「にっぽんいらだち派」である。
　橋下の弱者に対する暴力支配はこれからだ。公務員や教師がやられるだけではない。みずからが支持した橋下によって、「にっぽんいらだち派」が生活保護などの社会保障から引っぺがされたりするのはこれからだ。
　

コメント
01. 2012年1月18日 21:44:00 : ykDQrjAqnc 橋下はすばらしい人だ。 わたしは大阪のあいりん地区の近くに住んでいるが、市長に就任した平松の最初にやったことはまずあいりん地区のホームレスや日雇い労働者の道路からの排除だった。 毎、土、日曜日になると南海鉄道高架下の路上にかれらが拾ってきたものを広げて売り、そのわずかな売り上げでなんとか生活する路上市が広がっていた。 これを歴代市長は黙認していたのだが、平松はこれを取り締まるために、わざわざ自ら西成警察に乗り込み、ひんぱんに視察して署長にはっぱをかけた。 警察官もかわいそうだということで見過ごしてきた路上販売を取り締まり、何百という路上販売が撤去された。 多くのホームレスや日雇い労働者が生きる糧を失ってちりじりになった。 わたしはこれをみて、平松をぜったいに許さないとおもったものだ。 一方、橋下氏はさっそく西成あいりん地区を「特別区」に指定して、住民税などの免除をさっそく謳いあげた。 すばらしいアイデアだし、批判覚悟の弱者優待だ。 >橋下の弱者に対する暴力支配はこれからだ。 ↑地元のことも、平松の弱者への弾圧の数々も知らないくせに、また、橋下のほんとうの姿も知らないくせに、よくもまあデタラメをかけるものだ。
02. 2012年1月18日 21:56:33 : ykDQrjAqnc 追記 もちろん、高架下の日曜市は平松が失脚してからはもとに戻っています。 みんな大喜びです。 平松は関空から大阪への南海線沿線からの景観が悪くなるから排除させたようですが、 橋下は景観よりも人間大事であることがこの一事でもわかります。

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