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前回のコラムの最後に筆者は、「この裁判が公訴棄却にならなければ、裁判所も検察と『同じ穴の狢』だと云うことも明らかになる」と書いた。陸山会事件判決で、証拠も無いのに推認だけで有罪判決を下したことを考えると、裁判所も「同じ穴の狢」の疑いが非常に強いのだが、その一例だけで以って、裁判所も腐敗していると決め付ける訳にはいかない。そういう意味で、無罪ではなく、公訴棄却だと言うのだ。
無罪判決なら、検事役の指定弁護士は高裁に控訴できる。だが公訴棄却なら、控訴はできない。裁判所が「同じ穴の狢」なら、小沢氏の政治活動を制約するために、無罪判決として、控訴への道を残す。しかし良識有る裁判官なら、国民から選ばれた国会議員の政治活動を、これ以上制約することはしないはずだ。しかも、田代・前田両証言に加え、20日の公判でも公訴棄却に値する証言があったのだ。
20日の公判では、弁護側と指定弁護士の双方が証人申請した弥永筑波大教授(商事法、制度会計)が、会計学の観点から、陸山会の会計処理に問題はないとの見解を示した。即ち、陸山会が土地購入を、05年1月7日の土地登記日にしたことは虚偽記載に当たらないと証言した。これは、訴因にある「期ズレ」が犯罪ではないと言うことである。即ち、起訴状に犯罪が含まれて居ないことになる。
田代・前田両証言から、検察審査会の起訴相当に基づく公訴は、刑事訴訟法338条第4号に定める「公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき」に該当する。この法の趣旨は、憲法第31条*を担保するもので、違法捜査による公訴権濫用を抑制する。テレビの刑事ドラマで「違法に採取された指紋は証拠にならない」と言う台詞があるのは、そういうことである。
小沢裁判は、検察審査会の議決により公訴が提起された。即ち、検察審査会は【公訴提起の手続】そのものである。その検察審査会による2度目の起訴相当議決前に、検察が提供した捜査報告書が「虚偽公文書作成罪」という犯罪に該当するものだった。しかもその虚偽の捜査報告書が、審査員が起訴相当とした判断の根拠であった。こうなると「公訴提起の手続がその規定に違反した」としか言いようがないだろう。
そして20日の証言は、刑事訴訟法339条第2号に定める「起訴状に記載された事実が真実であっても、何らの罪となるべき事実を包含していないとき」に該当する。なお、338条は「判決で公訴を棄却しなければならない」とあり、339条は「決定で公訴を棄却しなければならない」とある。この違いは、前者が公判を最後まで維持するのに対し、後者は裁判官が公訴棄却を決定して公判が終了することにある。
ここまで明らかになったのだから、これ以上の公判継続は税金のムダ遣いだ。この裁判を速やかに終わらすために、裁判官は法339条第2号に則り、公訴棄却の決定をすべきだろう。だがそれだと、検察審査会の2回目の起訴相当議決が、1回目の議決内容と違うことについての裁判所の判断が示されないことになる。これを含め検察審査会の問題点が有耶無耶になる。今暫くは公判継続が望ましいのかもしれない。
一方、指定弁護士は、20日の弥永証言を認めることは出来ないと抵抗するだろう。
裁判官も339条の決定をするには慎重な検討を重ねるに違いない。そのため直ちに公訴棄却の決定はないだろう。処で、3人の指定弁護士はどうするかを注目したい。彼らが、弁護士法第1条に定める弁護士の使命、「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする」を遵守するなら、公訴を取り下げるはずだ。
誰もが、特捜部による一連の捜査と検察審査会による二度の起訴相当による公訴が、小沢氏の政治活動を制約した事実を否定しないだろう。特にマスコミは「小沢クロ」を盛んに煽った。そのマスコミには、今の政治を批判する資格はない。彼らが真摯に反省するなら、ここに書いたこと以上に、公判での証言の意味を詳しく報道する責務があると自覚すべきなのだ。
*憲法第31条:何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
http://www.olivenews.net/news_30/newsdisp.php?m=0&i=12
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