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文化、文明に異議を、民主主義とは最大のイカサマ、
権力と金により動く社会で良いのか。企業を中心として回る社会で良いのか。
人間を中心として回る社会に変えなければならないのではないか。
人々は現在の民主主義に疑いを持たない。すぐに国民が選択したのだからなどという言葉が使われる。現在の民主主義制度に問題が有るなどという記事にはめったにお目にかかれない。
現在の民主主義制度は既得権者を(政党、政治家)優遇し、新規参入を阻み、利権集団を形成する制度です。これでは有権者を代表しているとはいえません。
まず、選挙の入り口で世界一高い供託金(日本小選挙区300万、欧米1ー10万)で参入制限し、選挙に金がかかるようにして参入制限する。
おのずと企業、団体など利権集団を形成し、その代表で無ければ政治家になれないシステムを造り上げている。
2世議員がこれほど多いのは、利権集団において、その利害の調整が行いやすいからではないですか。
そして政党交付金なるものを造り、既存の政党、政治家を補助し、新規参入を困難にしている。
さらに酷いのはマスコミを使って国民を洗脳し、国民の判断を歪めようとしている。こうなってくると末期症状です。
民主主義とは国民主権、成人した人間が政治に関与する権利を等しく持っていることにより成立する。
これは有権者個人が持っている固有の権利です。企業や団体などというものは政治に関与する権利は無いのです。まして金の多寡によって政治が動くということは有っては成らない。
企業は事業を行い利潤追求するために造られたもの。企業が政治に関与すれば、自社の利潤追求を要求するに決まっているではないですか。そしてその資金力で政治を動かせば、民主主義とは程遠いものになる。
団体が政治に関与すれば利権集団になる。団体の構成員とは同じ政治信条、同じ考え方の者が集まっているわけではない。それが多数決などで政治行動をすれば、大きな団体の政治意見が採用されると言うことになり、おのずと利権集団を形成していくと行くことになる。
個人の政治献金にしても、有権者一人一人が同じだけ政治に関与する権利を持っているとすれば、個人献金にしても上限を低く抑えなければ成らないでしょう。
選挙に金がかかるなどというのはまったくの嘘です。選挙資金の上限が一定以下ならスタートラインが同じなので公平な選挙が出来る。
ある程度、公営選挙にすれば、いったい何にお金がかかると言うのでしょう。利権集団を形成するための潤滑油が必要だというに過ぎないのではないですか。
企業が中止になり回る社会から脱皮するのには、国民が主権者となり企業と拮抗できるようなパワーを持たなければ成りません。
真に国民を代表する民主主義に変え、そして国民の判断が間違うことも有るでしょう。しかしそうやって国民の意識というものは進歩していくのではないでしょうか。
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