38. 2011年11月25日 04:22:30: j2XAZJVNUg
TPP交渉参加に関する論議が、世論のレベルでは「開国か、鎖国か」といった単純極まりない図式の中で進められていたのには、恐怖感すら感じました。 まず、そもそも現在の日本は、鎖国などしていないのです。 例えば全品目の平均関税率について見ると、日本は韓国はもちろんアメリカよりも低いのです。それどころか、農産物に限定しても、日本は韓国やEUより関税率が低い。もっとも、農産物の関税率の試算方法には複数あるので、一概には言えないようですが、それでも日本だけが世界の中で突出して高いと言うことはできません。 それどころか、日本の食糧自給率(カロリー・ベース)は4割程度しかなく、小麦、大豆、トウモロコシはほとんど輸入に頼っているのですから、日本の農業市場は閉鎖的どころか、あけっぴろげに開かれてしまっています。むしろ、農業の関税が低すぎるという議論すらあってもおかしくないのです。 そして、日本は言うまでもなくWTOに加盟しています。他国よりも多少遅れているとはいえ、EPA/FTAについてもペルーとの締結も果たし、その数は13の国と地域に達しました。これのどこが鎖国なのでしょうか。 日本・シンガポール新時代経済連携協定:2002年11月30日発効 日本・メキシコ経済連携協定:2005年4月1日発効 日本・マレーシア経済連携協定:2006年7月13日発効 日本・チリ経済連携協定:2007年9月3日発効 日本・タイ経済連携協定:2007年11月1日発効 日本・インドネシア経済連携協定:2008年7月1日発効 日本・ブルネイ経済連携協定:2008年7月31日発効 日本・ASEAN包括的経済連携協定:2008年12月1日より順次発効 日本・フィリピン経済連携協定:2008年12月11日発効 日本・スイス経済連携協定:2009年9月1日発効 日本・ベトナム経済連携協定:2009年10月1日発効 日本・インド経済連携協定:2011年8月1日発効 日本・ペルー経済連携協定:2011年5月締結、発効待ち しかも、TPPの交渉参加国と言えば、アメリカ以外は小国ばかりです。2011年7月現在、TPPにはシンガポール、ニュージーランド、ブルネイ、チリ、米国、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシアの9カ国が交渉に参加しています。TPPにはヨーロッパはもちろん、中国も韓国も交渉に参加していません。 世界第3位のGDP(国内総生産)をもつ経済大国であり、WTOに加盟し、13の国や地域とEPA/FTAを結んでいる日本が、どうしてTPPに参加しないと「世界の孤児」になるというのでしょうか。 アジアは今後の成長センターであり、アジアの成長ををいかに取り込むかが、日本の成長戦略のカギである。政府、財界、そして多くの経済学者やコメンテーターたちが、このように論じてきました。 この場合、成長するアジアとして重要なのは、何と言っても中国であり、ついでインド、あるいは韓国といった国々でしょう。しかし、TPPには、この3つの国のいずれも入っていません。 試しに、現在、TPP交渉に参加している9カ国に日本を加え、これら10カ国のGDPのシェアを計算してみましょう。するとアメリカが約67%を占め、次いで日本が約24%、そしてオーストラリアが約4%、残り7カ国合わせても約4%にしかなりません。 つまり、日米で約90%を占めるのです。アジアなど、ほとんど誤差に過ぎないような小さなシェアです。これでは、TPPによってアジアの成長を取り込むなどというのは、まったくの誇大妄想としか言いようがありません。 要するに、日本が参加した場合のTPPとは、実質的な日米FTAなのです。「アジア太平洋」というのは名前だけだと言っても過言ではありません。 しかも、TPP交渉参加国には、GDPに占める輸出額の割合が高く、国内市場の小さい国が非常に多いのです。外需依存度が日本より小さい国は、アメリカしかありません。シンガポールやマレーシアに至っては、GDPより輸出の規模の方が大きいほどです。 つまり、TPP交渉参加国に日本を加えた10カ国の中で、日本が輸出できる市場は、実質的にアメリカだけなのです。そして、この10カ国の中のほとんどのアジア太平洋諸国の成長は、輸出に大きく依存しています。しかも、TPP交渉に参加しているアジア太平洋諸国にとって、この10カ国の中における有力な輸出先は、アメリカと日本なのです。 TPPによって「日本がアジア太平洋の成長を取り込む」などというのは、悪い冗談です。実態は、その反対に、アジア太平洋諸国の方が、日本の市場を取り込みたいという話なのです。 もし将来、中国と韓国がTPPに参加したら、日本はTPPに参加することでアジア太平洋の成長を取り込むことができるようになるのでしょうか。私は、この2国の参加の可能性はかなり低いと思います。 まず中国から見てみましょう。中国はリーマン・ショックに端を発した世界不況以降、人民元を安く維持し、輸出を拡大することで成長しようとしてきました。このため、アメリカは、中国の為替操作を激しく非難し、人民元の切り上げを求めています。 しかし、そうすると外需依存度の高い中国の景気に悪影響が及ぶので、中国はアメリカの要求を拒否しています。このいわゆる人民元問題は、米中両国間で大きな懸案となっています。 つまり、中国は自国の輸出に有利になるように為替を操作している国なのです。ですから、FTA(自由貿易協定)以前の段階で、米中関係はつかえてしまっているのです。自国の利益を利己的に追及するために為替を操作している国が、高度に進んだ自由貿易のルールであるTPPに参加するとは、とても思えません。実際、内閣官房の資料を見ても、中国がFTAを締結している国は少なく、しかもASEANのうちの1カ国のタイと、ニュージーランド、チリ、ペルーといった小国ばかりなのです。 では、韓国については、どうでしょう。韓国はアメリカとのFTAに合意しています。韓国は、複数国間による急進的な自由貿易協定であるTPPよりも、2国間で交渉するFTAの方が有利であると考えており、それゆえ、TPPではなく、米韓FTAを選択しているのです。ですから、韓国もTPPには参加しそうにないと考えてよいでしょう。もっとも、仮に韓国がTPPへの参加を決めたとしても、それは韓国が大きな戦略ミスをしたというにすぎず、日本が追従しなくてはならない理由にはなりませんが。 中国と韓国がTPPに参加しそうにないということは、実は、政府もうすうす分かっているようです。それは、内閣官房の資料にある「経済産業省試算」を見ると分かります。この試算では、「日本がTPP、EUと中国とのEPAいずれも締結せず、韓国が米国・中国・EUとFTAを締結した場合」の経済損失を計算しています。 しかし、これはいかにも不自然ではないでしょうか。経済産業省は、なぜ日本についてはTPP、韓国についてはFTAで計算しているのでしょうか。 普通は、「日本がTPPを締結せず、韓国がTPPを締結した場合」、あるいは「日本がFTAを締結せず、韓国がFTAを締結した場合」というように、日韓で条件を揃えて、試算を行いそうなものです。けれども、そうはしていません。その理由は明らかです。政府も、韓国がFTAを選択し、TPPを選択しないであろうと見込んでいるということなのです。 中国と韓国が参加しそうになく、日米でほとんどのシェアを占めるTPPにおいて、日本はどうやってアジア太平洋の成長を取り込むというのでしょうか。 内閣官房の資料は、「TPPがアジア太平洋の新たな地域経済統合の枠組みとして発展していく可能性」があり、「TPPの下での貿易投資に関する先進的ルールが、今後、同地域の実質的基本ルールになる可能性」があると指摘しています。 しかし、その可能性はかなり低いと言わざるを得ません。なぜなら、中国と韓国がTPPには参加しそうにないからです。その上、もし日本が参加しなければ、日中韓が参加しない貿易協定となります。それでは、アジア太平洋の新たな地域経済統合としての枠組みには発展せず、同地域での実質的基本ルールにもなり得ないでしょう。 内閣官房の資料は、「TPP交渉への参画を通じ、できるだけ我が国に有利なルールを作り」と指摘しています。確かに、ゲームに参加しなければ、ルール作りもさせてはもらえないでしょう。しかし、日本がTPPに参加して自国に有利になるようにルール作りを主導できる可能性は、ほとんどありません。それは、TPP交渉参加国の顔ぶれを見ればわかります。2006年にシンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイの4カ国による経済連携協定(通称「P4」協定)が発行され、現在はこれにアメリカ、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシアが加わり、9か国で交渉が行われています。 そもそも、国際ルールの策定の場では、利害や国内事情を共有する国と連携しなければ、交渉を有利に進められません。多数派工作は、外交戦略の初歩です。ところが、TPP交渉参加国の中には、日本と同じような利害や国内事情を有する国はなく、連携できそうな相手がまったく見当たらないのです。 まず、アメリカ以外の参加国は、日本と違い、外需依存度が極めて高い「小国」ばかりです。しかも、アメリカも輸出の拡大を望んでおり、これ以上、輸入を増やすつもりはありませんし、そうするための政策手段も持っています。つまり、TPP交渉参加国すべてが、今や、輸出依存国なのです。 また、特異な通商国家であるシンガポールを除くすべての国が、一次産品(鉱物資源や農産品)輸出国です。マレーシア、ベトナム、チリなど、低賃金の労働力を武器にできる発展途上国も少なくありません。 こうした中で、日本だけが一時産品輸出国ではなく、工業製品輸出国です。また、国内市場の大きい先進国として、他の参加国から労働力や農産品の輸入を期待されています。しかし、日本は深刻なデフレ不況にあるため、低賃金の外国人労働者を受け入れるメリットはありません。そんなことをしたら、賃金がさらに下落し、デフレが悪化し、失業者は増えてしまいます。そして農業については国際競争力が脆弱であるのは言うまでもありません。日本の置かれている経済状況だけが、TPP交渉に参加している国々とは際立って異なるのです。それどころか、むしろ、利害は相反すると言ってもいいでしょう。 さて、日本は、いったいどの国と連携して多数派を形成し、自国に有利なTPPのルール作りを誘導することができるというのでしょうか。できるわけがありません。 しかも、TPPのルールは、シンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイによるP4がベースとなるものと考えられます。つまり、P4が今後のルール作りを制約するのであり、白地から策定されるわけではありません。そのようなハンディキャップを背負って、外需依存度の高い小国と一時産品輸出国を相手に、日本に有利なルールを作ろうというのは、あまりにも無謀というものです。 TPPは、GDPのシェアで見ると実質的に日米FTAです。日本とアメリカ以外のGDPは、ごくわずかです。しかし、国際的なルール作りにおける一国の発言権は、経済力の大きさを必ずしも反映しません。ブルネイもチリもベトナムも、一国としての発言権を有しています。そして、TPPのルールが、自国の利益になるように働きかけます。これらの国々は、アメリカと声をそろえて農産品の市場の開放を求める一方で、自国の国内市場も開きはしますが、その市場規模は極めて小さいのです。 TPP交渉参加国の実質的な輸出先は、アメリカと日本しかありません。そしてアメリカの輸出先は、ほぼ日本だけであり、日本の輸出先も、ほぼアメリカだけです。しかし、そのアメリカには、輸入を増やす気は毛頭ないのです。 このような関係から次のような状況が生まれ易くなると想像できます。まず、アメリカ以外の交渉参加国は、アメリカとの交渉が難航した場合、代わりに日本への輸出の拡大を目指すことになるでしょう。そしてアメリカの狙いも日本市場です。アメリカがごねれば、その時点で、全ての交渉参加国が日本市場をターゲットにするのです。 ですから、私がアメリカなら、他の交渉参加国に対してさんざんごねた後で、こうもちかけるでしょう。「我々との交渉では譲歩してくれ。その代わりに、我々が日本市場をこじ開けるから、一緒にやらないか」。こうして、アメリカ主導の下、全交渉参加国が、日本に不利なルール作りを支持することになるのです。要するに、TPPのルール作りは、参加各国の経済構造から生まれた政治力学によって、アメリカ主導で進むように仕組まれているということなのです。 TPPの交渉に参加したとたん、日本は、アメリカが主導する外需依存国・一時産品輸出国の連合軍に、完全に包囲されるでしょう。日本と同様に工業品輸出国である韓国は、それが分かっているからこそ、TPPではなく、アメリカとの二国間の交渉で勝負できる米韓FTAを選択しているのです。 内閣官房の資料は、「逆にTPPに参加しなければ、日本抜きでアジア太平洋の実質的な貿易・投資のルール作りが進む可能性」などと書いて、危機感を煽っています。しかし、繰り返しますが日本だけではなく、中国も韓国も「抜き」なのです。 逆に、中国と韓国がTPPに参加してから、その後で日本が参加した方が、日本に有利なルール作りが進む可能性がより高くなるというものです。中国は例によって、強力な外交力を発揮して、TPPに数々の例外措置を設けさせ、TPPのルールをよく言えば柔軟に、悪く言えば骨抜きにしてしまうでしょう。そうなれば、日本に有利なルール作りの余地も出てくるかもしれません。さらに韓国は、同じ工業品輸出国として、日本と連携してくれる可能性がないとも限りません。 いずれにせよ、日本だけで、アメリカを先頭にした多くの農産品輸出国を相手にするよりは、中国と韓国がいてくれた方が、形勢が少しはましになるでしょう。TPPに早期に参加しない方が、かえってルールが有利になる可能性が出てくるということです。 内閣官房の資料は、「アジア太平洋の地域経済統合枠組み作りを日米が主導する政治的意義大」などと掲げております。しかし、TPPにおいて、日本がアメリカとともに、経済統合枠組み作りを主導することなど、できはしません。TPP交渉を主導するのは、間違いなく最大の大国アメリカです。 アメリカは農産品輸出国であり、日本の農業市場の開放を望んでいますが、日本からの輸入の増加は望んでいません。日本が自国の農業市場を保護しようとする限り、日米の利害は相反しているのです。ですから、日本がTPP交渉において、自国に有利なルールを作ろうとしたら、アメリカと対立することは避けられません。しかし、今の日本は、アメリカに妥協せずに主張を押し通せるようなポジションにはないのです。 日本の対米隷属はいつものことですが、最近、その傾向はより顕著にならざるを得なくなっています。なぜなら、尖閣沖における中国漁船の事件や、ロシア大統領の北方領土問題など、領土問題が深刻化しているからです。 戦後の日本は、しばしば、安全保障問題を人質にとられて、通商問題でアメリカに対する妥協を強いられてきました。古くは、1960年代の日米の繊維交渉があります。日本からの輸出によって繊維産業が打撃を受けたアメリカは、日本に輸出規制をするよう求め、交渉の結果、1972年の沖縄返還の見返りとして、日本は繊維の輸出を自主規制することになりました。この交渉結果は、当時、「糸を売って縄を買った」と揶揄されました。その後の日米の貿易摩擦においても、陰に陽にと、安全保障の問題がからめられました。そして今もまさに、尖閣沖や北方領土において安全保障上の問題が発生するという事態に直面している中で、軌を一にして、TPP交渉参加問題が持ち上がっているのです。 日本は、普天間基地移設問題でアメリカに借りを作っている上に、領土問題に対処するために、これまで以上に、アメリカに助けてもらわなくてはならない立場にあります。そして、そのような中で、弱腰外交が基本の日本があのアメリカに妥協せずに、自国に有利なルールを作ることができるなどと考える根拠がわかりません。 内閣官房の資料は、TPP参加の意義として、「アジア太平洋地域の貿易・投資分野のルール作りにおいて主導的役割を果たすことにより、国際的な貿易・投資分野の交渉や、ルール作りにおける影響力を高め、交渉力の強化に貢献」することを挙げています。 日本がTPPに参加して、「アジア太平洋地域の貿易・投資分野のルール作りにおいて主導的役割を果たす」ことは、ほぼ不可能ですので、TPPで、日本の国際的な影響力や交渉力は、まったく強化されないでしょう。 それどころか、TPPに拘束されることによって、日本の国際的な影響力や交渉力は著しく低下する恐れがあります。それを的確に指摘するのは、田代洋一・大妻女子大学教授です。 田代教授は、TPP交渉参加によって、すべての品目を自由化交渉対象とすることは、WTO交渉や、EPA/FTA交渉に影響を与えると主張しています。 WTO交渉では、食糧安全保障など、貿易以外の重要事項において配慮することが可能であり、日本はWTO交渉において「多様な農業の共存」を主張してきました。また、EPA/FTA交渉においては、自由化の例外品目を設けることが可能です。しかし、全品目を例外なく関税撤廃交渉の対象にするTPPの協議に参加していると、WTO交渉において非貿易関心事項への配慮を主張したり、EPA/FTA交渉において例外的措置を主張した時に、TPPにおける立場との矛盾が生じてしまいます。そのため、日本は、交渉上、不利な立場に追い込まれてしまうのです。つまり、TPPへの参加は、TPP以外の貿易交渉においても、日本が泳げる範囲を狭め、選べる選択肢を極端に減らしてしまうということです。 「そのような立場に追い込まれても、まったく問題ない」と言えるのは、「あらゆる国との貿易関係においても、例外なき関税の即時撤廃が望ましい」という場合に限られます。つまり、原理主義的な自由貿易論者が正しい場合です。しかし、完全な自由貿易が望ましいなどということは、現実の世界ではありません。 政府は、どうして無理な理屈を積み重ねてまで、TPP交渉への参加を急いだのでしょうか。 その理由を示すヒントが、内閣官房の資料にあります。そこには、TPP参加の意義のひとつとして、2010年11月の「横浜におけるAPEC首脳会議の主要な成果」という文言があります。これがTPPの議論を急いだ理由なのです。 おそらく政府は、2010年11月のAPECを前にして、めぼしい成果を見つけることができなかったのでしょう。何の成果もなく、何のメッセージも発しないで、単に各国首脳が集まっただけに終わった国際会議が、世論の批判を浴びるのは確実です。ただでさえ、「日本は海外に明確なメッセージを発信できない」とか、「日本は外交力がなく、国際会議での存在感がない」というのが、国際会議終了後のマス・メディアのお決まりの論評です。 その上、2010年11月のAPECを前にして、尖閣沖や北方領土で領土問題が顕在化し、菅前政権の外交力が批判にさらされ、内閣支持率は急落していました。2010年11月のAPECをどういうオチにするのか。政府が焦っていたのは想像に難くありません。 政府は、おそらく、2010年11月のAPEC開催地の横浜にちなんで「開国」をメッセージにしようと考えていたと思います。それは、幕末・維新のイメージを好む菅前首相の趣味にも合っていました。しかし、日本の関税率はすでに相当低いですし、10年以上にわたる構造改革のおかげで、関税以外の参入規制も、めぼしいものはほとんど残っていませんでした。そうなると、何をもって「開国」の実を示せばよいのでしょうか。おそらく、このような感じで悩んでいるところに、TPPという話が持ち込まれ、政府は「願ったりかなったり」とばかりに、これに飛びついた。そういうことではないでしょうか。 こうして、TPPを「2010年11月の横浜におけるAPEC首脳会議の主要な成果」とすることそれ自体が、TPPの目的になってしまいました。TPPは、国際会議が成功したという形式を整えるために持ち出されたのです。もちろん、そんな目的を掲げるわけにはいかないので、「アジア太平洋の成長を取り込む」だの「国を開くというメッセージ効果」だの「アジア太平洋の地域経済統合の枠組みになる可能性」だのといった、強引な理屈が並べられたのでしょう。結論ありきで理由を後から付けるのでは、論理が苦しくなるのも当然です。 結局、政府は、2010年11月のAPECでは、TPPについて明確な方針を打ち出せず、「情報収集を進めながら対応していく必要があり、国内の環境整備を早急に進めるとともに、関係国との協議を開始する」とするにとどまりました。さすがに1カ月では決められなかったのです。TPP交渉参加の最終的な方針は、当時、2011年6月をめどに出されることになりました。 しかし、政府が、2011年6月に向けてTPP参加の是非をめぐる十分な議論を進めようとする様子はまったくありませんでした。政府が精力的に進めようとしている議論は、「どうやって反対派を黙らせて、TPP交渉参加という結論に持ち込むか」という戦術論だけです。政府は、「情報収集を進めながら対応」と言ってはいますが、結論に都合のよい情報しか、集めようとしないのは、目に見えていました。 政府は、TPP交渉参加という結論ありきで、その結論に向かって、止まらなくなっていたのです。マス・メディアにおいても、TPP反対論は、農業関係者以外ではほとんど見当たりません。TPPには農業だけでなく、金融、サービス、人の移動など、危険な問題が山積しているのに、「自由貿易」「開国」といったムードだけで、話が進もうとしています。政府は、「政治のリーダーシップ」「政治の決断」の美名の下に、TPP交渉への参加を強引に決めてしまったのです。 国内の足元が危なくなったオバマ政権は、雇用を増やすため、そして支持をつなぎとめるために、なりふりかまわなくなっています。そして、TPPは、そのための手段のひとつなのです。アメリカには、TPPをアジア太平洋諸国にとって互恵的な「新たな地域経済統合の枠組み」の基礎にするつもりなど、毛頭ありません。そのことを確認するために、2011年1月25日夜(日本時間26日午前)の大統領一般教書演説を参照してみましょう。 まず、一般教書演説の中には、「自由貿易」という言葉はひとつも出てきません。アメリカは、かつてのような互恵的な世界自由貿易体制の守護神をもはや自任してすらいないのです。そして貿易政策については、次のように述べています。 企業がもっと海外に製品を売るのを助けるため、我々は2014年までにアメリカの雇用をを2倍にする目標を設定している。なぜなら、我々がより多く輸出すれば、この国でもっと雇用を増やせるからだ。すでに我々の輸出は増えている。最近、我々はインドと中国との合意に署名したが、それは合衆国の25万人以上の雇用を支えることだろう。そして先月、我々は韓国との貿易協定に合意したが、それは少なくとも7万人のアメリカ人の雇用を支えるだろう。この協定は、産業界と労働者、民主党と共和党から前例のない支持を得ている。そして私は、議会に対し、これを可及的速やかに通すことを要請する。私は就任前、貿易協定を強化すること、そして、アメリカの労働者を裏切らず、アメリカの雇用を促進するような協定にのみ署名することを明言した。それこそが韓国との協定であり、パナマやコロンビアとの協定交渉やアジア太平洋そしてグローバルな貿易交渉の継続の中で私がやろうとしていることである。 貿易政策については、これで全部です。まず、オバマ大統領は、貿易協定が、アメリカの雇用を増やすための輸出倍増戦略の一環であることを重ねて強調しています。そして、アジア太平洋との貿易交渉も、その中に位置付けています。オバマ大統領の視線は国内にしか向いていません。完全に内向きなのです。 逆に言えば、オバマ大統領の施政方針を示す一般教書演説の中で、TPPは、この程度の扱いなのです。もしアメリカが、国際的なリーダーシップを発揮して、TPPを「アジア太平洋の新たな地域経済統合の枠組み」として発展させるようなグランド・ストラテジーを持っているのだとしたら、このような貧相かつ内向きな言い方をするはずがありません。もっとも、衰えたりとはいえアメリカ合衆国の大統領たる者が、世界中の人々が聞いている一般教書演説の中で、さすがに、利己的に他国の市場を収奪する戦略を高らかに宣言するわけにもいかないから、TPPを含む貿易政策については、この程度の小さな扱いにとどめたのでしょう。 TPPは、所詮は、アメリカの、アメリカによる、アメリカのための貿易協定に過ぎないのです。アジア太平洋の地域経済統合とか、貿易・投資に関する先進的ルールとか、日米同盟の強化とか、中国包囲網とか、そんな大げさな話では全くありません。勝手に日本国内だけで、そんなふうに大騒ぎしているだけなのです。 日本が加わった場合のTPPは、GDPにして日米が9割以上を占めます。TPPは、実質的に日米FTAなのです。アジアはほとんど関係がありません。 TPPにおいて、アメリカが期待できる輸出先は、実質的に日本しかありません。逆に、日本が期待できる輸出先は、実質的にアメリカしかありません。 ところが、アメリカの国際経済戦略の基本は、経常収支赤字の削減なのです。アメリカは、輸出を飛躍的に増やしたいと切望しているのですが、輸入を増やすつもりは毛頭ありません。これをTPPに置いて考えれば、アメリカは日本への輸出を格段に伸ばす一方で、日本からの輸入は阻止したいと考えているということです。 では、アメリカは、どうやってTPPによって、日本への輸出を伸ばし、日本からの輸入を阻止しようとしているのでしょうか。 一見すると、TPPによって日米両国の関税が同じように引き下げられた場合、自由貿易の結果、日本のほうが貿易黒字になり、アメリカは赤字になってしまうようにも思えます。しかし、戦後のGATT/WTOの交渉で、関税がかなり引き下げられている今日では、関税は、もはや、国内市場を保護する主な手段ではなくなっているのです。 グローバル化した今日の世界において、国内市場を保護するための最も強力な手段は、関税ではありません。為替なのです。 アメリカは、経常収支赤字の削減という、リーマン・ショック以後の経済戦略の大命題のために、ドル安を志向するようになっています。また、今回の不況が大規模かつ長期化の様相を呈しているため、アメリカは当面、金融緩和策を取らざるを得ず、その点からも、ドル安が基調としてしばらく続くことが見込まれます。このドル安は、日本企業の国際競争力を奪う強力な手段です。 また、ドル安は、国際競争力で不利になりたくない日本の製造業に対し、アメリカにおける現地生産比率を高めるように仕向けることができます。ドルが安いだけではなく、安定しないリスクだけでも、日本企業が海外生産比率を高めるのに十分な効果を発揮します。 すでに日本の製造業の現地生産は進展しています。日本の自動車メーカーは、アメリカでの新車販売台数の6割以上を、現地生産車としています。報道によれば、ホンダの2009年のアメリカでの現地生産比率は、8割を超えているそうです。日本の輸出産業は、為替リスクの回避のために、すでに海外生産比率を高めてきているのです。言い換えれば、海外生産の進展によって、関税の有無は、もはや輸出の増減と関係なくなりつつあるということです。ドル安が続く限り、この傾向はさらに進むのは想像に難くありません。 アメリカでの現地生産が進むのであれば、仮に日本がTPPに参加し、アメリカに関税を全廃してもらったとしても、もはや関税撤廃と輸出競争力の強化とは何の関係もないことになってしまいます。TPPに参加して日本の輸出を伸ばそうという目論見は、ドル安によって潰されるのです。 その一方で、ドル安でさらに安くなった輸入農作物は、関税の防波堤を失った日本の農業市場に殺到し、日本の農業に壊滅的な打撃を与えるのは、ほぼ間違いありません。グローバルに活動する製造業であれば、海外生産によって為替リスクも関税も回避して生き残れますが、大地に根を下ろして営まれている日本の農業は逃げられません。 仮に将来、アメリカが経常収支赤字の削減に成功し、あるいは不況脱出に成功して、ドル安が終了したとしても、いったん失われた日本の農業を関税なしで復活させることは、ほぼ不可能でしょう。食糧のアメリカ依存、すなわちアメリカによる日本の農業市場の支配が深まることは確実です。 アメリカのTPPにおける狙いの一つは、次のようなものです。 まず、日本をTPPに誘い込みます。TPP交渉は、その参加国がアメリカの味方になるようになっており、アメリカ主導でルールが形成できる場です。アメリカは、そのTPPに日本を誘い込んだ上で、多数派工作をして日本を包囲します。 そして、アメリカは、日本の関税の引き下げと同時に、自国の関税を引き下げてみせはします。しかし、ドル安に誘導することによって、日本企業の輸出競争力を奪い、あるいは日本企業のアメリカでの現地生産を促し、自国の雇用を守ります。アメリカにとって関税とは、国内市場を保護するためのディフェンスではなく、日本の農業関税というディフェンスを突破するためのフェイントに過ぎないのです。 こうしてアメリカは、日本に輸出の恩恵を与えず、国内の雇用も失わずして、日本の農産品市場を一方的に収奪することができます。これがアメリカの狙いです。突如浮上したかに見えるTPPとは、実は、アメリカの輸出倍増戦略の一端として、周到に準備された計略だったのです。 日本では、「日米FTAを結べない後れをTPPで挽回すべきだ」という議論があります。アメリカは日米FTAには関心がありませんが、TPPであれば前向きなのです。しかしそれはまさに日米FTAよりもTPPのほうがアメリカに有利な方向に進められると判断しているからにほかなりません。 西洋には、「トロイが木馬を受け取って以来、外国からの贈り物には気を付けた方がよい」という警句があります。オバマ大統領が「環太平洋で連携しましょうよ、カモーン」と言って、差し出してきたTPPという贈り物は、実は、日本の農業市場の防壁を中から打ち破るための「トロイの木馬」なのです。 経済産業省の試算は、「日本がTPP、EUと中国とのEPA(経済連携協定)いずれも締結せず、韓国が米国・中国・EUとFTA(自由貿易協定)を締結した場合」という前提が置かれています。ここから分かるように、経済産業省の基本的な関心は、欧米中の市場において、韓国との競争に勝ち残るということ、この一点に集中しています。TPPは、韓国との国際競争に勝つための手段なのです。 内閣官房の資料によればアメリカとEUにおける主な高関税品目は次の通りです。 @アメリカにおける主な高関税品目 乗用車2.5%、トラック25%、ベアリング9%、ポリスチレン・ポリエステル6.5%、LCDモニター・カラーTV・DTV5%、電気アンプ・スピーカー4.9% AEUにおける主な高関税品目 乗用車10%、薄型TV14%、液晶ディスプレイモニター14%、複合機6%、電子レンジ5% これらの関税が、韓国については、EUとはFTA発効後5年以内、アメリカとは FTA発効後10年以内に、全廃されます。そうなると、日本企業は、EUとアメリカにおいて、韓国企業に対し、関税の面で不利な状況に置かれます。経済産業省は、これを避けたいと強く思っているようです。 近年、韓国企業の国際競争力が日本企業を脅かしていると言われています。経済産業省は、韓国企業によって世界市場における日本企業のシェアが、韓国のFTAによってさらに奪われるのを恐れています。そして、日本の経済成長のためには、日本の輸出企業が韓国企業に負けない国際競争力をもつことが不可欠だと考えているのです。 ですから、経済産業省にとって、TPP参加の意義とは、韓国との国際競争に勝って、日本経済を成長させることに尽きると言っても過言ではありません。 グローバル化した世界においては、国際競争力には、「関税」よりも「通貨=為替」の影響のほうが大きいのです。 最近、韓国企業の国際競争力は、確かに著しく強くなっており、日本企業が韓国企業の後塵を拝するようなケースが目立っています。これについては、「韓国はトップの決断力が早いが、日本の意思決定は遅い」だとか「韓国企業は選択と集中を進めているが、日本はそれができていない」だとか、さまざまな説明がなされています。 しかし、韓国企業の国際競争力の原因は、そんなもっともらしい経営学の話を持ち出さなくても、「通貨=為替」で十分説明できます。というのも、2010年11月は、2006年と比較して46%も円高・ウォン安となっているからです。この4年間で、ウォンの価値は円の半分程度にまで下落しているのですから、これでは、日本に対する韓国の国際競争力が強くなるのは当たり前です。韓国と日本の国際競争は、関税の有無以前に、為替レートで勝負が決まっているのです。ですから、仮に日本が欧米の関税を韓国同様にゼロにしてもらったとしても、ウォンがもしさらに20%下落したら、その効果は相殺されてしまいます。 逆に、日本に対する関税の引き下げがなくとも、20%の円安ウォン高となれば、関税の存在は問題がなくなります。しかも、為替レートは、理論上は、貿易黒字が増えると高くなります。韓国の輸出の好調が続き、貿易黒字をため込んでいけば、少なくとも理論上は、ウォンは高くなる方向へと圧力がかかるのです。 もちろん、為替レートが一定という条件の下で試算すれば、関税における日韓の違いは、両国の競争力に影響を与えることになるでしょう。しかし、グローバル化した世界では、「関税」より「通貨=為替」の影響がはるかに大きいのです。例えば、仮にEU市場やアメリカ市場において、日韓で差別的な関税の取り扱いをされたとしても、ユーロ安やドル安は、日本企業をして現地生産比率を高める方向へと動かすので、関税の有無は、そもそも関係がなくなってしまうのです。そして、世界不況で各国が自国通貨安を望み、EUもアメリカも不況の深刻化・長期化で金融緩和が続くことを考えると、ユーロ安とドル安は、当分続くと見込まれます。 もっと問題なのは、EUとアメリカの不況の深刻化・長期化です。すでにEUもアメリカも、高い失業率や需要の縮小に悩んでいます。このように深刻な不況の長期化が予想され、需要が縮小している先進国の市場に向けて、輸出を伸ばすことがどうしてできるのでしょうか。経済産業省は、韓国との競争の勝ち負けにばかり関心が向いていますが、日韓ともに、欧米市場で輸出を伸ばせないという可能性も十分にあるのです。 このような厳しい世界市場の情勢の中で、それでも韓国が輸出を伸ばそうと努力しているのは、韓国がGDPの4割以上を輸出に依存する外需依存国だからです。外需依存度の高い国は、世界市場へのアクセスを維持・拡大するしか、生き残る道がないのです。 これに対して、日本は、GDPに占める輸出の比率は2割にも満たないという内需大国であり、韓国とは事情が違います。逆に言えば、日本が韓国との競争に勝って輸出を多少伸ばしたとしても、全体の2割しかない輸出で、日本経済全体を引っ張るのは至難の業です。しかも、円高が続くと見込まれる状況下において、それを実現するには、およそ現実には考えられないほど強力な国際競争力を身に付けなければならないでしょう。 仮に日本が、そのような恐るべき国際競争力を身に付け、輸出を拡大し、貿易黒字を増したとしても、変動相場制の下では、貿易黒字が増えると円の価値は上昇してしまいます。そして、円高は、せっかく苦労して強化した国際競争力をあっさり減殺していくのです。「お疲れ様でした」と言うほかありません。 経済産業省の試算は、TPP参加の効果に関するものであるのに、なぜEUが計算の中に出てくるのでしょうか。それは、経済産業省の主たる狙いが、TPPそれ自体というよりはむしろ、EUとのFTAの締結にあるからだと思われます。 TPPは、実質的に日米FTAです。しかし、主要品目に対するアメリカの関税は、トラック以外はそれほど高くないので、日本がアメリカの関税撤廃によって輸出を増やせる余地は、たいしてありません。経済産業省も、TPPによる経済効果を計算してみて、関税引き下げによるプラスの効果があったとしても小さいということに気づいているはずです。 むしろ、主要輸出品目に対する関税が高いのは、EUの方です。したがって、EUの関税撤廃の効果は、TPPよりも大きく出るものと思われます。しかも、ライバルの韓国は、日本より先にEUとのFTAを署名済みです。経済産業省にとっての本丸は、EUとのFTAなのです。しかし、日本は、依然として、EUとFTA交渉をさせてもらえていません。 ところで、経済産業省は、なぜ、アジア太平洋地域の話であるTPPの経済効果の試算の中に、日欧FTAの話を持ち込んでいるのでしょうか。それは、内閣官房作成の資料「包括的経済連携に関する検討状況」の「資料4 経済産業省試算(補足資料)」の最終ページを見ると分かります。そこには「EPAの政治力学」というタイトルで、次のような図が描かれています(一部略)。 EPAには反射的不利益を受ける第三国が反応→TPP参加で、交渉力が強化し、交渉の自由度が拡大→全方位で「国を開く」覚悟を示して初めて相手を動かせる ちなみに、「EPAには反射的不利益を受ける第三国が反応」とは、日本がTPPに参加すれば、EUが日本とのFTAに関心を示すであろうという意味です。 この資料では、「EUは米国のアジアでの動きに追随」していると指摘しています。その例として、アメリカのAPEC主催の翌年のアジア欧州会合(ASEM)構想の提唱や、米韓FTA交渉妥結の1カ月後のマレーシアとEUのFTA交渉の開始が挙げられています。 つまり、経済産業省の見立てによれば、日本がTPPへの参加を表明すれば、念願のEUとのFTA交渉への道が開けるというのです。TPPは、いわばEUとのFTA交渉のための手段に過ぎないということです。 この「EPAの政治力学」という資料は、めまいがするほどのものです。 確かにアジアでの経済連携の動きに対して、EUが反応している例はあります。しかし、アメリカのAPEC主催、韓国のアメリカとのFTA署名、マレーシアのTPP参加表明などは、それぞれ各国が自国の国益を計算して決めたことであって、EUの反応はその副次的効果に過ぎません。ですから、TPPに関して言えば、まずは、TPPへの参加それ自体が国益にとってプラスであるかどうかを確認するのが大原則でしょう。そうしないと、もし日本がTPPに参加して不利益を被り、かつEUが無反応だったら、大変なことになってしまいます。 しかも、アジアでの経済連携の動きにEUが反応したという過去があったからといって、TPPに日本が参加すれば、EUが日本とのFTAに積極的になってくれるという保証はありません。それどころか、もしTPPが経済効果に乏しいものだったとしたら、EUは関心を示さないでしょう。EUは、日本とのFTAのメリットを計算した上で、プラスと判断すればFTA交渉に応じるだけの話であって、単に日本がTPPに参加したからという理由で、条件反射的に日本とのFTAに前向きになるわけではありません。 「バスに乗り遅れるな」「長いものには巻かれろ」といった調子の論理が通用するのは日本国内だけです。そんな理屈は、世界では全く通用しません。「みんながやっているから、お前もやれよ」と言って動かせるのは日本人だけで、ヨーロッパ人はそうではないのです。 経済産業省は、「全方位で「国を開く」覚悟を示して初めて相手を動かせる」などと言っていますが、どうしてそういう結論になるのか、全くわかりません。自分がゲームから降りたら、相手も降りるとは限らないでしょう。 もっと言えば、WTO交渉は、各国一律の貿易自由化を進めるもので、各国全てに「全方位で「国を開く」覚悟」を示すことを求めるものです。ですが、全方位のWTO交渉では動かないと分かったら、FTAやEPAという全方位ではない方法が選択されるようになったのではなかったのですか。それなのに、何を今更、しかも日本だけが「全方位で「国を開く」覚悟」を示したら、相手が動くなどと言えるのか、全く意味不明です。 そもそも、現在でも日本の平均関税率は相当に低く、すでに全方位で国が開かれています。しかし、だからと言って、他国も日本と同じレベルで関税を引き下げるように動いていないではありませんか。 TPPの参加それ自体にメリットがあるかどうかも分からないのに、過去の三つの前例以外に何の保証もないEUの反応を期待して、TPPに参加し、それでもし、EUが日本とのFTAに前向きになってくれなかったら、一体、どうするつもりなのでしょう。 仮に百歩譲って、日米連携の動きが、EUを日本とのFTAへと動かすのだとしましょう。確かに、韓国の場合は、米韓FTAへの動きが韓EUのFTAへの動きにつながりました。それなら、日本は韓国と同様、アメリカとのFTA交渉に入ればよいだけの話です。それよりもハードルの高いTPPに参加しなければならない理由にはなりません。 日本のTPP参加に対してEUが反応するとしたら、次のような場合しか考えられません。それは、自国にとってのデメリットも計算できずにTPPに参加した外交音痴の日本を見て、EUが「こんなお人好しの日本が相手なら、交渉はこっちに有利なように進められる」と算段する場合です。 つまりアメリカが、自国の市場を奪われることなく、日本の農業市場を奪ったのを見て、EUも同じことを狙うだろうということです。 しかも、関税撤廃の例外品目のないTPPに参加した場合の日本は、EUとのFTA交渉においても、例外品目を主張しにくくなる可能性があります。TPPにおける立場と矛盾するからです。TPP参加によって日本の交渉の自由度が狭まったのを見たら、EUは確かに日本との交渉に興味を持つかもしれません。しかし、そんな状態で結んだEUとのFTA協定が、日本にとって有益な内容になっているとは、とても想像できません。 経済産業省が頭の中で描いているシナリオは、次のような不思議なものであります。 まず、日本が、国内農業を犠牲にしてでも、プラスの経済効果のほとんどないTPPへの参加を表明する。そうすると、過去の前例に従って条件反射的に反応したEUが、とにかく日本とのFTAの交渉に応じてくれる。 やけに親日的なEUとの交渉の結果、EUの主要品目の関税が全廃されるが、日本は、関税撤廃の例外措置を堅持するなど、有利な交渉結果に持ち込むことができる。 ユーロ安とグローバル化で有効性を失った関税が撤廃され、韓国との競争条件は形式的には平等になったので、ウォン安がどうであれ、日本は韓国と対等に戦えるようになる。それだけのことで、日本の製造業は、大不況で消費マインドが極度に低迷しているヨーロッパ市場で、円高・ユーロ安にもかかわらず、なぜか輸出を伸ばすことができる。 GDPの2割にも満たない輸出が拡大することで、日本経済全体が、TPPやEUとのFTAによる損害を補って余りあるペースで成長するという奇跡が起きる。その間、変動相場制にもかかわらず、輸出拡大による円高の影響はない。 何という恐るべきシナリオでしょうか。「風が吹けば桶屋が儲かる」とはこのことです。このような乱暴な作戦に基づいて、大不況で殺気立っている世界各国を相手にしていこうというのでしょうか。 経済産業省がそこまで無体だとは思いませんし、思いたくもありません。にもかかわらず、このようなシナリオを提示しているのは、おそらく、TPPへの参加という結果ありきで、それを正当化するロジックを無理に組み立てたり、経済効果が大きいと見せかけたりせざるを得なかったという事情があるのではないのでしょうか。これだけ苦しいロジックを並べているのを見ると、そう思わざるを得ません。 |