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きょう11月10日、野田佳彦首相は記者会見を開き、TPP(環太平洋経済連携協定)交渉参加を表明する見通しだ。民主党内に渦巻く反対論を振り切る形で、野田首相が就任後初めて大きな政治決断を下すことになる。国論を二分する議論に発展したTPPだが、民主党のある大物がこの問題に関して沈黙を守り続けていることにお気づきだろうか。小沢一郎元代表である。なぜ小沢グループに所属する議員の多くが反対を叫ぶTPPへの態度を明らかにしないのか。
全国農業協同組合中央会(JA全中)が11月1日、「TPP交渉参加反対の国会請願」に賛成した国会議員が363人に上り、全国会議員の過半を占めた、と発表した。このリストを見ると、民主党議員は「TPPを慎重に考える会」の山田正彦・前農相をはじめ、小沢グループの議員が多数、名を連ねている。農林票を大きな支持基盤とする議員はともかく、農林水産関係者からほとんど支持を得ていないであろう若手議員まで、次の選挙への不安が彼らをTPP反対へと駆り立てていることが分かる。
このリストには、小沢元代表の名前がない。元代表は慎重に考える会に関して、「うちのグループから署名集めに参加させてもいい。反対活動をするなら、まずコアのメンバーを固めないといけない」と語ったと伝えられるが、当の本人は加わっていない。慎重に考える会に出席していた鳩山由紀夫元首相の名前もない。これはどういうことか。時計の針を2009年の政権交代前に逆戻りさせると、その事情が見えてくる。
「食料自給体制の確立と自由貿易は矛盾しない」
「農家には戸別所得補償制度の導入を提案しており、食料自給体制の確立と自由貿易は何も矛盾しない」。2009年8月8日、当時の小沢一郎代表代行は鹿児島県肝付町で記者団にこう語った。
民主党がマニフェスト(政権公約)の目玉としていた農業の戸別所得補償制度の導入と、日米FTA(自由貿易協定)の締結をセットで実現すべきだ、というのが小沢元代表の持論であった。WTO(世界貿易機関)のドーハ・ラウンド(多角的通商交渉)など、農業保護のあり方を巡る通商交渉の世界では、農産物の関税障壁を削減・撤廃していく一方、輸出促進を目的としない農業補助金に切り替えていく、という流れであり、米国も、欧州連合(EU)もそうした改革を進めてきた。
小沢元代表は「(日米FTAによる自由化で)農産物の価格が下がっても所得補償制度で農家には生産費との差額が支払われる」とも語り、農産物の市場価格が生産費を下回っても「赤字」を補填する所得補償を講ずれば、関税障壁は撤廃・削減できると主張していたのだ。
小沢元代表が代表として臨んだ2007年の参院選マニフェストにはこうある。
「農産物の国内生産の維持・拡大と、世界貿易機関(WTO)における貿易自由化協議及び各国との自由貿易協定(FTA)締結の促進を両立させます。そのため、国民生活に必要な食料を生産し、なおかつ農村環境を維持しながら農業経営が成り立つよう、『戸別所得補償制度』を創設します」
そして、2009年8月の衆院選に向けたマニフェストも、7月27日の発表時には日米FTAについて「締結」と明記していたが、その後、農業団体などの猛反対に遭って「促進」と後退させた。鹿児島県での小沢元代表の発言は、マニフェストを修正した、当時の鳩山由紀夫代表、菅直人代表代行に対する批判である。
「緊密で対等な日米関係を築く」
小沢元代表にはこういう思いもあったのだろう。2009年のマニフェストで日米FTAを謳ったのは、「緊密で対等な日米関係を築く」という外交の項目だ。
「日本外交の基盤として緊密で対等な日米同盟関係をつくるため、主体的な外交戦略を構築した上で、米国と役割を分担しながら日本の責任を積極的に果たす」
かつて日米二国間の通商交渉には、日本が一方的に米国から理不尽な要求を突きつけられ、市場開放や輸出制限などを強いられてきた屈辱的な歴史がある。小沢元代表が求めていたのは、そうした従属的な関係から脱し、日本の外交の基軸である日米関係を再構築していくことではなかったか。
そうした理想を掲げていたはずの小沢元代表が、今のTPP交渉参加問題に関して口をつぐんでいるのは、改めて持論を展開すれば、次の総選挙への悪影響を免れないからだろう。
現在の戸別所得補償制度は、日米FTAなど貿易・投資の自由化と平行して進めるという小沢元代表の理想から遊離し、農業を活性化する効果が希薄なバラマキ政策に変容してしまっている。
資金管理団体「陸山会」の土地取引を巡る政治資金規正法違反(虚偽記入)罪で強制起訴され、全面無罪を主張した10月6日の初公判以来、小沢元代表の発言はほとんど公になっていない。内々には「今の拙速な進め方では、国内産業は守れない」という否定的な見解を示した、とされるが、あえて表立ってTPP反対を唱えようとはしない小沢元代表の沈黙は、今の民主党が抱えている矛盾を雄弁に物語っている。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20111109/223726/?P=1
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