23. 2011年11月05日 22:21:28: Y9mUQ6DuC2
「P4」(シンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイ)の中では、シンガポールが唯一、日本に対しても「TPPにぜひとも早期に参加してもらいたい」という立場で一貫していると言えよう。 2011年2月にシンガポールを訪れた日本経団連代表団に対し、リー・シェンロン首相は、「日本がTPPに参加できるよう後押しをしたい」とまで述べている。 リー首相は、菅前総理がTPP参加を検討しており、6月をめどに結論を出す方針を打ち出したことを高く評価している模様である。日本経団連の米倉会長を前にし、リー首相は、「日本のTPP参加はアジア太平洋経済協力会議(APEC)域内経済の統合に向かう重要な道筋だ」と前向きに位置付けた。 シンガポール政府はTPPをめぐる最新の交渉状況に関する日本政府への情報提供を約束し、日本の交渉参加を強く支援する姿勢を示したと言われる。 いわば日本に対しTPP参加への決断を促しているのである。逆に言えば、「TPPが機能するためには、この地域の経済大国である日本が参加しなければ意味がない」との認識であろう。 当初からTPPの協定交渉に参加しているリー首相は、「交渉は前向きな雰囲気で進んでいる」と楽観的な見通しを語る一方で、「とはいえ各国とも農業や繊維のような敏感な部分を抱えている。」と述べ、「市場開放の進め方は、今後も紆余曲折が想定されるだろう」との認識を示している。 シンガポールの立場からすれば、自由貿易を促進することが同国の国益を最大限に拡大できる道筋であることは間違いない。そのためのAPECであり、アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)である。TPPもAPECを補完し、FTAAPを実現する踏み石との受け止め方をしているに違いない。 ではマレーシアはどうであろうか。実はマレーシア政府は、TPPという外圧を巧みに利用することで、1970年代から続いてきたマレー系住民優遇の「ブミプトラ(土地の子)政策」を見直し、国内の構造改革を進めたいと考えているようだ。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%9F%E3%83%97%E3%83%88%E3%83%A9%E6%94%BF%E7%AD%96 ナジブ首相は「2020年までに先進国の仲間入りをしたい」と夢を語り、「そのためには大胆な国内改革が必要だ」と訴えている。 その目的を達成するうえで、最大の懸案事項がブミプトラ政策の見直しなのである。 これはナジブ首相の父、ラザク首相が1971年に導入したものであるが、非マレー系住民や外資の活動を制限するもので、グローバル化が進むなか、競争力や経済活力の阻害要因と見なされるようになってきた。 2006年、アメリカとの間でFTA交渉が開始されたが、ブミプトラに基づく政府調達の外資規制がネックとなり、アメリカから交渉を打ち切られた経緯もある。 その教訓に基づき、ナジブ首相は就任直後から、サービス分野で株式の30%をマレー人に割り当てるよう義務付けた規制を撤廃する方針を表明。ブミプトラの見直しに着手したのである。 http://asia.worldnavi.net/ea_resume/200210/malaysia_a.files/frame.htm これを歓迎したアメリカは、中国主導でアジアの市場統合が進む動きを牽制する狙いもあり、マレーシアにTPP交渉参加を強く求めたのである。 マレーシアはTPPやFTA交渉で高まる市場開放の外圧をバネにして、これまでの成長の阻害要因であるブミプトラを本格的に脱却する構えを見せている。その点、マレーシアはTPPに対しては、ほかのアジア諸国と比べても積極的な対応を示しているといえよう。 とはいえ不安材料も抱えている。それはこれまでブミプトラ政策のもとで優遇されてきたマレー系住民が、自分たちの既得権益を侵されるとして猛反発を見せていることだ。ナジブ首相に対しても、優遇策の継続を強く要求しており、TPPに関しても例外的な条項を入れ込むように要求している。 日本でも有名なマハティール元首相は「マレー人に割り当てると言われた株式30%の約束すら達成されていない。そんな状況下でTPPに参加すれば、マレーシアの企業は外資に飲み込まれてしまう。自国企業を守ることができるかどうかが、極めて重要だ」と述べ、TPPに関しては慎重な対応を求めている。 そうした例外的な要求がTPP交渉において認められるかどうか、マレーシアも他の国々の動きを注視しているに違いない。とはいえ、マレーシアにとっては、アメリカこそが最大の輸出国である。TPPへの加盟により、繊維製品や靴、金属製品などに加え、石油やガスなどの輸出拡大に寄せる期待感も大きい。 ただマレーシアは、2006年からアメリカとの間でFTA交渉を進めてきたが、すでに述べたような理由で、未だに合意が達成されていない。マレーシアにとっては対外貿易の71.2%が優遇措置の対象となっているわけで、これをTPPの場でアメリカに飲ませることは至難の業と思われる。 そうした背景もあり、マレーシアでは市民団体によるTPP反対運動が起こり始めた。推進役になっているのは「自由貿易協定反対連盟(ガブンガン・メンバンタFTA)」である。 彼らの主張は「交渉に入る前に、まず民衆の意見を求めるべきだ」ということ。 マレーシアでは「農産物の関税が引き下げられれば、マレーシアのコメ農家や牧畜業者らは、補助金漬けのアメリカ産の安い農作物と直接競争を強いられる。マレーシアの農民に勝ち目はない。輸入食品への依存度が増大し、世界的な食糧危機が迫るなか、マレーシアは自立できなくなる」と不安の声が大きい。 また、マレーシアでは医療ツーリズムが発展しているが、外国の富裕層のみが優遇され、自国民の医療がないがしろにされる恐れが出始めた。 実は、TPPにおいては、アメリカが知的所有権に関してはWTO協定よりもはるかに厳しい条件を提示している模様で、そのため、マレーシアではこれまで安価で入手できていたジェネリック薬への輸出入制限が加えられることへの懸念も広がっている。 医薬品の知的所有権の期間が延長されるようになれば、ジェネリック薬の使用も制限され、価格も急騰することになりかねない。マレーシアの市民組織がTPP反対に動き出したのも当然であろう。 いずれにしても、「情報開示」を求める動きは今後も強まるに違いない。 2011年2月11日に実施されたTPP反対のデモはマレーシアの首相官邸を取り巻いた。多くの参加者が掲げたプラカードには、「我々は自国を愛している。祖国をアメリカに売り渡さないでくれ!」という悲痛な叫びが踊っていた。 その後、TPP反対の運動は、首都クアラルンプールからペナンやジョホールまで全土に広がり始めている。 ベトナムはどうであろうか。 ベトナムはTPPへの正式参加を決断した。ベトナム商工会議所のヴー・ティエン・ロック会頭曰く「経済、外交、安全保障、環境などさまざまな分野への影響を包括的に検討した結果、TPP交渉に参加するメリットは、デメリットより大きいと判断した。TPPはベトナムにとり、最も重要な貿易自由化交渉になっている」。 ベトナム商工会議所が会員企業100社を行った調査では、「97%の企業がTPP参加に賛成」と回答したという。 TPPが輸出拡大のみならず、外資の誘致、ビジネス環境の改善、雇用の創出などにつながるとの期待感を反映したものであろう。とはいえ、ベトナムはアメリカとのFTAにおいてさまざまな困難に直面していたことも事実である。 アメリカとのFTAの締結すら動きが見えていない状況下で、果たしてTPPの交渉が順調に推移するものかどうか、疑問視する声も多い。その最大のものは知的財産権の保護の問題で、アメリカからコピー商品の根絶など、厳しい要求を迫られていることである。どこまでアメリカを納得させることができるか、見通しは厳しいと言わざるを得ない。 また、アメリカ議会を中心に、ベトナムにおける民主化のレベルに関する疑念の声が根強いこともベトナムにとっては大きな課題と思われる。 さらにはベトナム国内にも「TPPの参加によって、ベトナムが受ける恩恵は極めて限定的ではないか」といった声も出始めている。なぜならベトナムの魚介類や木製家具などは、すでにアメリカでは関税が撤廃されており、ベトナムにとってはTPP加盟の効果は期待できない面もあるからだ。 加えて、アメリカが突き付けている原産地証明も悩ましい課題である。 例えば、繊維材料について見れば、TPPの加盟国内で生産されたものだけがTPPの対象になるはずだ。しかしベトナム製の繊維製品や靴などには中国などTPPに加盟していない国の材料が使われているため、TPPの対象から除外される可能性が高い。となれば、ベトナムにとっては期待したほどの経済効果がもたらされないこともあり得る。 ベトナム政府もこうした懸念材料を踏まえ、TPP参加の是非は具体的な経済効果のシュミレーションに基づき、最終的に判断したいとしている。 いずれにせよ、今後、TPPをめぐる各国間の綱引きは熱を帯びることになるはずで、予断を許さない状況が続くことは間違いなさそうだ。日本とすれば、参加する、しないにかかわらず、こうしたアジア太平洋地域の国々と情報交換の機会を増やし、どのような貿易協定の枠組みが最も望ましいものか、単なる前のめりではなく、前向きで創造的な議論を積み重ねることが重要である。 |