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新自由主義と強権政治を許すな
大阪市長選、府知事選をめざして、橋下とその下にある大阪維新の会は、橋下が一〇月二三日、府知事を辞任し大阪市長選に出馬発表し、強引な手法で府知事・市長同時選挙が行われることになった。橋下は、この間一貫してマスコミを動員し、平松大阪市長との相違・対立を誇張し、ダブル選挙を争点化してきた。四月の府議選における維新の会の過半数獲得(同日選挙の大阪市、堺市議選では過半数は獲得できなかったが第一党)の勢いに乗り、大阪市長・大阪府知事を獲得し、大阪市・府政を全面的に支配しようとしている。
橋下・維新の会は大阪市長候補には橋下徹、府知事候補には、ニュースキャスターの辛坊、元経産省官僚の古賀などマスコミの有名人に袖にされ続け、ついに現府議で維新の会幹事長の松井一郎を擁立した。
民主、自民、公明は、それぞれの思惑の違いもあり、紆余曲折を経て市長候補に平松邦夫現市長、府知事候補は、この間、橋下と平松の間を取り持つことに腐心してきた倉田薫池田市長の担ぎ出しにこぎつけた。しかし、平松、倉田と自民・公明・民主など政党の関係は一様でない。平松・倉田の関係もすっきりしたものではなく何とかコンビを表明していると言うところだ。共産党は早くから大阪市長候補に渡司考一元大阪市議、府知事候補に弁護士の梅田章二を決定している。こうして橋下・維新の会、自・公・民、共産党を中心とするグループの三つどもえのダブル選挙戦になろうとしている。
橋下・大阪維新の会は、この選挙戦を前にして大阪都構想、国旗掲揚国歌起立斉唱条例(府では成立、市では否決)、教育基本条例、府職員基本条例を打ち上げて派手な活動を行っている。これらは、新自由主義を推進するための広域行政関西州あるいは大阪都と強権政治を実現するためのものである。
大阪都構想と教育基本条例・職員基本条例は一体だ
橋下・維新の会の大阪都構想は、首尾一貫したものではないどころかむちゃくちゃに近いものである。しかし、一貫しているのは、小泉・竹中自民党政権以来の新自由主義・資本の無制約の自由のための、規制緩和、労働者人民の既得権の剥奪などである。維新の会顧問の上山信一は、広域行政の一本化(大阪都構想や関西州)は「究極の成長戦略、景気対策・雇用対策」だとし、雇用関連法規の規制緩和の必要性を訴え、それが「企業側は常勤を雇うわけではないのでコストは安くなる」とあけすけに言う。彼らの大阪都構想には、市営地下鉄の民営化も含まれている。ところが市営地下鉄は(それが良いかどうかは別に)黒字経営である。そこには、橋下もその赤字の増大に手を貸した府の財源のために地下鉄を売り払い、民間(鉄道)資本の利益に結び付けようとする意図が込められている。
新自由主義を推し進めるには、労働者階級の既得権とそれを守ろうとする運動や勢力の解体が必要であり、資本の利益のためには大阪府・市の旧体制の解体と同時に大阪の労働者市民の既得権の解体が必要になる。橋下は、府知事就任以来一貫して府の文化施設、公共施設の民営化や解体、自治労、教組など公務員労働組合の敵視・弱体化、既得権の剥奪を強引に進めてきた。
国旗掲揚国歌起立斉唱条例と教育基本条例、職員基本条例はこうした橋下・維新の会の政策実現のために不可欠なものである。国旗掲揚国歌起立斉唱条例は、恣意的で独善的な行政とその執行に立ちはだかる教員はじめ(公務員)労働者を強権的に従わせるために、抵抗の象徴的な行為でもある「君が代」斉唱時に「不起立」した教職員を統制・排除しようとするものである。教育基本条例は、こうした不起立者の解雇が現在の法規では不可能なので、それを可能にするためのものであり、三度職務命令に違反した教職員の分限免職を可能とする。職員基本条例ではその対象を全公務員労働者に広げようとしている。橋下・維新の会は「教育は強制」「いまの政治に必要なのは独裁」と、低収入に追いやられ仕事さえままならない底辺層や若者の「安定した」公務員に対する反感をあおり、ことあるごとに挑発的に統制と強権支配の必要性を打ち上げている。
さらに、この教育基本条例では、「知事が教育目標を設定し」と行政による教育への介入・支配を公然と謳っている。また、教育の目的は「昨今のグローバル社会に十分に対応できる人材育成」を上げ「国際競争に対応できるものでなければならない」としている。それは、ごく一部の超エリートを育成し、圧倒的多数の子どもたちは、資本にとって好都合な、「第三世界の低賃金労働者とも競争しうる低賃金・無権利の労働者」としての「人材育成」をめざすものである。それは、教育の破壊そのものだ。新自由主義のための「人材育成」こそが教育の役割だと言うのだ。こうしたあからさまな強権支配と新自由主義の突破口を教育の支配に求める橋下に対して、橋下が自ら呼び寄せた大阪府教育委員六名のうち五名が(残りの一名は府の職員)、「教育基本法が成立するなら辞任する」との意向を明らかにしているほどである。
教育基本法条例は、それ以外にも、競争の激化のための学力テスト結果の全面的公表、募集人員を満たせない高校の統廃合、教員成績相対評価の導入と二年連続で最下位の評価(D)を受けた教員(必ず五%はここに入れられる)の分限免職処分を打ち出している。
大阪府を破産会社にたとえ、福祉予算を削り、府の教育労働者を含む公務員労働者の賃金を四七都道府県中三〇位にまで落とし、団塊世代の退職の穴埋めの教員募集すらままならない事態を招いている。
他方、ワールド・トレード・センタービル(WTC)を強引な手法で八五億円で購入し、耐震補強に三三億をかけ、三・一一の東日本大地震での被害と追加耐震補強には三二〇億円以上の出費が予想されるなど府財政に大きな打撃を与えている。橋下・維新の会は、「橋下は大阪府を黒字化した」と吹聴しているが、実際のところは、負債残高を四年前より三七〇〇億円増やし六兆一〇〇〇億円にふくれあがらせているのだ。
新自由主義の都市構想・大阪都構想と国歌掲揚国家起立斉唱条例、教育基本条例は一体のものである。資本の無制約の自由の実現とそのための強権政治の双方が、橋下・維新の会によって打ち上げられて、このダブル選挙にかけられている。橋下・維新の会の勝利を許してはならない。
平松、倉田政治から独立した反資本主義勢力の形成を
橋下・維新の会の新自由主義と強権政治のあからさまな主張を前にしても、平松、民主党・自民党・公明党の陣営は、府知事候補すら決められず右往左往を繰り返してきた。最終段階になりやっとのことで自民・公明を含めて市長平松・府知事倉田に落ち着いた。自民党中央は、橋下の新自由主義・強権政治にひかれて、大阪と中央の分裂含みのままである。大阪の自民・公明などは、橋下・維新の会の旧体制に対する派手な攻撃が積み上げてきた既得権・利権を浸食することを恐れて、平松陣営に参じている。
確かに平松と橋下はこの間、「激しく」対立している。しかし、それは些細なあるいはありもしない対立をセンセーショナルに表現し、対抗者を罵倒するという橋下のポピュリスト的政治手法によるところが多い。しかし、橋下は、劣勢を感じたときには手のひらを返したような変身をする「柔軟性」習性も備えている。橋下にとって大阪都構想は「日本を変える一歩」として位置付けられており、既成秩序を破壊して新自由主義的改革を強引に進める起爆剤となること自体が目的であり、「細部」にこだわっているわけではない。たとえば教育委員会との討論でも、橋下はあれほど強く打ち出した「教員の相対評価」や全校長の民間からの募集などに「こだわらないから対案を」と迫り、教育委員会の側はいったん受け入れたが最終的には拒否した。 問われているのは、橋下の新自由主義と強権政治にその外見上の対立ではなく真に対抗する政治である。
この間の平松陣営、民主・公明・自民の右往左往の背景には、平松大阪市政の新自由主義への依存・共存がある。平松市政では、自民・公明の前の関市政がめざした、労働組合への攻撃、福祉の切り捨てなどほとんどが実現されている。関市政が追求しながら、労働組合や市民運動などの反対で貫徹し得なかった政策の多くが、形を変えながら実現された。大阪市の公務員の給与は全国政令指定一七都市中一五位にまで落ちている。今回の市長選、府知事戦に対して、関経連の森詳介(関電会長)は、中立的態度を表明するとともに「手法は違っても改革を進めるという意味で二人(平松、橋下)ともわれわれと同じ思い」だと述べている。そして、立候補前の倉田(当時池田市長)も橋下・平松のめざすところの一致を持ち上げ橋下と平松の和解を模索していた。ここには、平松市政の親資本主義・反労働者政治が明確に現れている。
この間の大阪の政治の構造、とりわけ橋下・維新の会の政治的登場以来のそれは、橋下・維新の会が突出した右翼的強権的な要求を打ち上げ、大阪市政における平松(大阪市政)と大阪府政における民主党、自民党、公明党が、そのあまりにも露骨な打ち出しを緩和しながら本質的にはその政策の貫徹に応じるというものになっているのだ。
こうした構造は大阪に限ったことではない。他の地方や全国政治においても、名古屋の河村市長と減税日本、横浜市政などとともに、みんなの党など露骨な新自由主義者がポピュリスト的手法で先行し、自民・公明から民主党まで国会の多数派がこれに追随する構造が出来ている。さらに、この構造は、米国においても「極右・ティーパーティー」が強硬な反労働者的新自由主義を打ち出し、共和党がこれに牽引され、オバマ・民主党が引きずられる構造になっている。大阪の政治においても、全国政治、世界の政治においても、こうした構造を打ち破る反資本主義勢力の登場と成長こそが求められている。とりわけ自治体労働者が、激しい公務員攻撃に対して組織防衛に自己を限定するのではなく、組合の違いや正規・非正規雇用の分断を越えて、職場・地域で福祉と公共サービスの解体に対する反撃に立つことが求められている。スペインやギリシャや米国の闘いが示しているように、闘うことによってこそ活路が開かれる。
分断を克服し、共同の闘いを
この選挙に際して共産党はいち早く府知事・梅田章二、市長・渡司考一の立候補を表明した。しかしこの立候補は、今日の大阪や全国のきわめて危険な政治構造に立ち向かうための努力の上に決定されたとは言いがたい。それは、共産党の組織防衛を最優先した選択であったと思われる。
共産党や全労連などは、この間きわめて部分的ではあるが憲法改悪反対運動や世界社会フォーラムに連なる反自由主義・国際連帯活動、さらには日本航空の解雇撤回闘争などで全労協や社民党・新社会党、われわれ戦闘的左翼との連携をつくってきた。また、橋下・維新の会の君が代起立の強制、教育基本条例、職員基本条例を阻止する闘いにおいても協力・共闘が進んでいる。そしてそれは、ますます厳しくなる社会情勢、労働情勢を受けて広まるであろう。今必要なのは、こうした萌芽的な共同・共闘をより発展させるための努力である。またそれらを基礎にしてこの市・府ダブル選挙の闘争を闘い、ますます共闘・協力体制をひろげ、強化することである。共産党は、このダブル選挙においてはそうした道をとらなかった。
しかし、このことは共産党だけの問題ではない。社民党や新社会党など他の政党もこうした努力はしてこなかったし、国政における自民・民主というブルジョア二大政党の対抗をこえて、新自由主義に立ち向かう勢力の登場めざしている「闘う第三極」もなしえていない。
われわれが闘いを共にする戦闘的な労働運動や市民運動さらに連合内左派勢力の中にも、橋下・維新の会・「ハシズム」の登場、ポピュリスト的強権政治に危機意識を持ち、「絶対に橋下に勝たせてはならない」と考える左派もいる。しかしその左派も「橋下・維新の会の勝利」に対する危機意識の強さから「今回はどんな犠牲を払っても橋下・維新の会に勝利する可能性がある平松を勝たせるために闘うべきだ」と平松・倉田への投票を訴える人たちが多いのも事実である。われわれも、方針・結論は別に、この橋下・維新の会に対する危機意識は断固として共有する。
また、共産党とその支持者の間にも、今回は独自候補を出さず平松で一本化をという人たちが一定数いると言われている。これは、橋下・維新の会の登場への広範な危機意識の反映であると同時に、共産党支持者の間で「よりましな階級支配」を表現する勢力への警戒が欠如していることの表現でもある。
戦闘的左翼や市民運動、連合内左派の「今回は平松」の主張の背景には、とりわけ大阪では、部落解放運動など大衆運動における共産党とのかつての激しい対立があるのも事実だ。この点において、われわれは多くの責任が共産党の側にあると考えている。
しかし、「橋下・維新の会か平松か」の選択は、「強権的・ポピュリスト的新自由主義か『柔らかい』手法による新自由主義か」の選択にしかならない。われわれは選挙の結果次第では、残念にも強権的な手法での新自由主義的資本主義の実現のための社会体制の解体・再編、労働者の既得権・団結権・政治的自由、年金など社会福祉の解体に直面することもあり得る。この選挙戦においても、それらの攻撃と断固として立ち向かう闘いと勢力を作り出すことが求められている。それはまた、平松・倉田の勝利の場合でも、予想される民主党やこれに協力する連合指導部をも巻きこんだ「若干柔軟な手法」での新自由主義の政治とも闘う準備なのである。
市長は渡司、府知事は梅田に投票を
われわれは、今回の府・市ダブル選挙では、共産党と全労連など支持団体とともに橋下・維新の会と闘うことが必要だと訴える。もちろん共産党とその支持団体とわれわれ戦闘的労働運動や市民運動の間で、具体的な選挙協力体制がすぐできるわけではない。しかしそれでも、独自に梅田・渡司の勝利のための運動を展開することを通して、橋下・維新の会の国旗掲揚国歌起立斉唱条例を廃棄し、教育基本条例、職員基本条例、教育現場の破壊などとの具体的闘いでの共闘を一層発展させることをめざすことを訴える。さらに、現在緊急かつ不可欠の課題である原発再稼働反対、すべての原発の即時停止から廃炉を求める闘いや、沖縄の普天間基地撤去・辺野古新基地建設反対などの闘いでの共闘を作り出していかなければならない。これまでも続けてきた憲法改悪反対闘争や労働戦線での共闘、国際連帯運動と共闘の一層の発展をめざさなければならない。日本でも現実になっている「一%が九九%を食い物にし繁栄する社会」との闘いも作り出さなければならない。
われわれを含む戦闘的労働運動、市民運動と共産党の間に簡単には克服できない溝・対立が存在することは事実である。その克服のためにも、共産党への批判を維持しつつ、自らの闘いの独自的発展を堅持しながら、できるところからの共闘を発展させることを訴える。
現在の候補者の中で、全面的一致ではないにしても、こうした政治的課題を共有しうる可能性を持ち、そうした主張をしているのは梅田と渡司だけである。橋下・松井に絶対反対し、平松・倉田を強く批判し、渡司・梅田に投票する運動を造りだそう。その中から、真に求められている新自由主義と闘う反資本主義の統一戦線の形成を共にめざすことを訴える。
二〇一一年一〇月二八日
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まぁ、橋下、平松よりも共産党候補のほうが、よりまし、とはいえるな。
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