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野田政権:外交のパイプ細く…日米同盟傾斜、対中けん制
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20111031k0000m010109000c.html
毎日新聞 2011年10月31日 2時32分
10月7日、首相官邸5階の首相応接室。民主党の荒井聡元国家戦略担当相、公明党の佐藤茂樹衆院議員、自民党の衆院議員秘書、石原信雄元官房副長官らが、野田佳彦首相と向き合っていた。
代表して石原氏が、昨年9月に尖閣諸島沖で中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突した事件を取り上げ、首相にこう迫った。
「日本政府がいったん強硬路線を取ろうとしたのは、中国側の意図を読み違えたからではないか。当時、日中のセカンドトラックの関係者から『中国首脳は最終的に武力衝突も辞さずという決断をしている。日本政府にそれだけの覚悟があるのか』との話が伝わってきた。これではいけないと思って、当時の政府首脳にも直言した」
「セカンドトラック」とは、政府間の外交交渉(ファーストトラック)に対し、議員外交や有識者など民間レベルの交流を指す。石原氏らは、08年から中国軍や共産党関係者と事務次官経験者らとの間で年1回程度、北京と東京で「日中安全保障問題研究会議」を交互開催してきた。
民主党の閣僚経験者が「相手国と何本も交渉パイプを持つのが外交の基本。しかし正直、自民党政権の方がたけている」と認めるほど、民主党政権の外交パイプは細い。「尖閣事件での双方の対応に悪影響を与えたのではないか」との懸念から研究会への支援を訴えた石原氏らに、首相は「協力します」と言葉少なに語った。
話は、政府の外交機能強化に向けた「日本版NSC(国家安全保障会議)」創設にも及んだが、首相は「いろいろ懸案を抱えており、手を広げたくない」と述べるにとどめた。
◇中国は「包囲」懸念
東シナ海や南シナ海、太平洋への進出を強める中国と野田政権はどう向き合うのか。ここにきて鮮明になっているのが、日米同盟への傾斜だ。
その一つが、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の交渉参加問題。「表立っては言えないが、TPPは対中戦略の一環」と政府関係者は口をそろえる。アジア太平洋で自由貿易の仕組みを日米主導で作ることで、中国をけん制し、巻き込んでいく狙いがある。
このほか米軍普天間飛行場の移設問題、米国産牛肉の輸入規制緩和など、9月の日米首脳会談でオバマ大統領が求めた課題に対し、野田政権は「進展」を示そうと動く。年内には航空自衛隊の次期主力戦闘機(FX)の選定もある。日米外交筋は「戦闘機作りは多くの雇用を生む。来年大統領選挙を控えたオバマ政権にとって落とすことができない商談だ」と解説。米国が開発に関わったF35かFA18の2機種のいずれかが選定されるとの見方が大勢を占める。
南シナ海の領有権を巡り中国との対立を激化させるフィリピンやベトナムと連携をはかる動きも顕在化してきた。首相は9月27日、フィリピンのアキノ大統領と会談し、海洋問題での連携強化を盛り込んだ共同声明を発表。10月24日にはベトナムのタイン国防相と首相官邸で自ら面会する「異例の厚遇」(首相周辺)を見せた。12月末には首相のインド訪問も予定されている。
一連の動きから浮かび上がるのは、中国とは話し合いを前提としつつも、日米同盟を基軸に、豪州、韓国、インド、東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国と連携しながら、中国をけん制しようと模索する日本の姿だ。
中国政府関係者が言う。「野田政権になってマイナスのメッセージが出てきた。日米基軸はいいが、TPPとか、フィリピンと一緒に対中けん制とか。中国を包囲しようとしているのかと感じる」
米中両大国のはざまに立つ野田政権。中国とのパイプが乏しいまま、日米同盟への傾斜と対中けん制の動きを強めるが、この外交路線が奏功するのかは、わからない。
◇調整遅れる「野田首相訪中」…中国、不信募らせ様子見
9月の就任以降なかなか固まらないのが野田首相の中国訪問だ。
温家宝首相が10年5月に公式訪日して以降、日本の首相による中国訪問はなく、今年は日本の首相が中国を訪問する順番。日中国交正常化(72年)から40周年となる12年を前に、改めて戦略的互恵関係の推進を首脳間で確認することは双方にとって重要だ。
にもかかわらず、「両国関係が正常だという印」(外務省幹部)とされる首脳の相互訪問が固まらないのはなぜか。
中国政府関係者が語る。「(国政)選挙も当分なく、野党の自民党も勢いがない。野田政権が安定していることが最近ようやく分かってきて、年内の中国訪問に向けて準備が進み始めた。どうなるか分からない政権と話すのはリスクがある」。野田首相の年内訪中に向けた調整はようやく動き出したばかりだ。
中国側が様子見の姿勢をとったのには理由がある。10年5月に来日した温首相は鳩山由紀夫首相(当時)との首脳会談で、東シナ海のガス田問題で条約交渉の開始を提案し合意。しかし、その2日後には鳩山首相が辞任を表明し、中国側ははしごを外された。
さらに昨年9月の尖閣諸島沖での漁船衝突事件で日中関係は冷え込んだ。
ようやく関係改善に向かい始め、今年5月には東日本大震災の被災地を温首相が訪れたが、中国側が水面下で今秋の訪中を要請していた菅直人首相(当時)は8月に辞任表明。日中関係筋によると、菅首相の訪中を受けて次期首相候補の李克強副首相が秋に訪日するシナリオがあっただけに、民主党政権への不信感が募った。
「様子見」に拍車をかけたのは、野田首相自身や政権の対中スタンスへの懸念だ。
首相は、陸上自衛隊員の父を持ち、過去の論文や発言で中国への警戒感を隠さない。民主党の前原誠司政調会長も9月7日に米ワシントンで行った講演で「武器輸出三原則」の見直しに言及した。
2人とも「松下政経塾」出身で、「タカ派的」(政府関係者)な傾向が目立つと受け止められている。政務三役経験者は「中国から見れば野田さんの本音が分からない。まして政調会長に前原さんを就けた時点で警戒心は起きる。『松下政経塾』が中国にとっては『黄信号』だ」と解説する。
◇政権内の司令塔不在…際立つ前原氏の存在
前原氏は、武器輸出三原則の見直し議論を打ち上げたのに続き、10月10日には韓国の金星煥(キム・ソンファン)外交通商相との会談で、韓国側が求める旧日本軍の元従軍慰安婦の賠償請求権問題について含みを残す発言をし、物議を醸した。側近議員は「発信力はあるが抑えが利かない性格は変わらない」と指摘。「二元外交」ともささやかれた。
「党がせっつく形にしたくない。政府部内で自主的に検討して、政府が指示してほしい」。同月11日夕、前原氏は首相官邸で開かれた政府・民主三役会議の終了後、首相執務室に残り、野田首相が主導して武器輸出三原則を見直すようひそかに進言した。自身の突出を嫌う党内の空気に配慮するためで、実際、13日に民主党防衛部門会議がまとめ前原氏にゆだねた三原則見直しの提言も、政府に提出せず留保。一方、首相は14日、前原氏に呼応するように「(武器輸出の)あり方については具体的な不断の検討は必要だ」と表明した。
前原氏の存在が際立つのは、政権内で外交の司令塔が定まっていないことの裏返しでもある。玄葉光一郎外相は就任以前は外交経験に乏しく、首相官邸では斎藤勁官房副長官が米軍普天間飛行場移設問題、長島昭久首相補佐官が外交・安全保障政策全般を担当するが、官邸関係者は「司令塔がいるかと言えば心細い限り」と漏らす。
首脳外交を巡っても、関係者の思惑は微妙にずれる。
首相官邸筋によると、野田首相の就任直後、外務省などで首相が10月中旬の韓国訪問と合わせて中国を訪問する案が浮上したが、野田首相が「まず韓国を訪問する」と決断し立ち消えとなった。10月6日の玄葉外相の訪韓を巡っては山口壮副外相が同日の記者会見で「本当は中国に行ってほしかった」と発言。「韓国優先」の官邸との温度差がにじんだ。
首相の訪中時期についても、外務省は「年内」を探るのに対し、官邸内には「外務省はせかすが、今行って何の成果が上げられるのか」と疑問視する声がある。
「党内力学で人事をして国際社会に対するメッセージが薄まっている。外交が真空状態になるのが怖い」。外務省の政務三役経験者は現状をこう嘆いた。
◇
西田進一郎、坂口裕彦、野口武則、横田愛が担当しました。
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