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「断末魔の初公判」全内幕 ああ、 小沢一郎「落ち目三度笠」 恥を知れ!検察批判する前に、 自己批判せよ
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/22852
2011年10月17日(月) 週刊現代 :現代ビジネス
怒っている。目を吊り上げた。だが、ことここに至ったのは誰のせいでもない。自らの不徳の致すところである。その一言が言えない。政治家としても人間としても幼稚。恥じらいのない69歳、見苦しい。
■よく言うよ
小沢一郎元民主党代表は、この日を前に何度も眠れぬ夜を過ごしてきたのだろう。10月6日、東京地裁第104号法廷で、小沢の初公判が開かれた。「刑事被告人・小沢一郎」の姿を見ようと、2146人が傍聴券を求めて列を作った初公判は、法廷入りからして小沢サイドの「演出」が目立った。それは小沢が追いつめられ、焦っていることの裏返しに他ならない。
午前10時からの開廷に合わせ、30分程前にSPとともに東京地裁に姿を現した小沢は、そのまま地裁に入るかと思いきや、いったん地裁に隣接する弁護士会館に姿を消した。次に出てきたときには、小沢が先頭に立ち、弁護団を後ろに従えている。
小沢の法廷入りをカメラに収めようと集まった報道陣を一瞥しながら、撮ってくれと言わんばかりのゆったりした歩調で裁判所に向かう小沢は、その姿がどう映るかを緻密に計算していたに違いない。
自分にはやましいことは、一切ない。ほら、見てくれ。こんなに堂々としているだろう---。
裁判が始まり、「陸山会」への4億円の借り入れに関連し、政治資金規正法違反をしたという起訴内容が読み上げられる。大善文男裁判長から住所を尋ねられたのに、先に答えた岩手の本籍地を繰り返すなど、小沢は緊張を隠せない。ついで起訴内容に関して意見を求められた小沢は、事前に準備してきた書面を8分間にわたって読み上げた。
「(検察官役の)指定弁護士の主張は(略)、検察審査会の誤った判断に基づくものにすぎず、この裁判はただちに打ち切るべきです」
「検察の捜査は、検察という国家権力が政治家・小沢一郎個人を標的に行ったものとしか考えようがありません。私を政治的・社会的に抹殺するのが目的だったと推認できます」
後で触れる元秘書3人の裁判では、判決文に「強く推認される」「合理的に推認できる」といった表現があり、小沢シンパからは「証拠がなく、推測ばかりで有罪判決を出した」と批判が上がった。それを意識し、あえて「推認」という言葉を使うことで「自分の罪はでっちあげだ」と主張したのである。
他にも「日本憲政史上の一大汚点として後世に残る」「暗殺より残酷」などと、断末魔の叫びのように口を窮めて検察批判を繰り返し、その後の会見でも再び検察を批判した小沢。しかし、小沢が批判すべきは検察よりも、「政治とは力、力とはカネ」とばかりにカネをバラまくことで権力を握ってきた自分の政治姿勢である。自己批判をせず、被害者面して「自分は国家にハメられた」と叫ぶ姿は、空疎で子供じみている。小沢は恥を知るべきだ。
小沢初公判を傍聴したジャーナリストの森功氏が言う。
「小沢氏の主張自体に目新しいものはなく、法廷で天下国家を論じても意味はない。その点では非常に空疎な印象を受けました。
ただ、小沢氏側の弁護団と元秘書側の弁護団では、4億円の原資についての主張が完全に喰い違っていました。元秘書側は4億円を小沢から借りたと言い、小沢側は銀行から借りたもので収支報告書への記載については知らないと言う。元秘書の主張を親分が否定しているのです」
小沢裁判は年内にあと10回予定され、判決は来年4月と見られる。今後、小沢側と元秘書側の裁判で、両者の利害が対立するケースも考えられる。その場合、小沢は元秘書たちに罪を被せ、自分だけ逃げ切ろうとするのか。また、小沢裁判でどんな一審判決が出るにせよ、小沢側、検察側のどちらかが控訴するのは必至で、裁判が年単位でこれからも続いていくことは間違いない。
「小沢先生はいろんな経験をされていますが、眠れない夜はないんですか」
ある民主党議員から小沢に質問が飛ぶ。会場に集まった約100人の議員の視線が小沢に集まる。眠れない夜?俺はそんなふうに見られているのか?小沢はしばし黙った後、つとめて冷静な表情を作って答えた。
「考えるとおかしくなっちゃうから、あんまり考えないで早寝早起きだ」
小沢初公判の3日前、10月3日に開かれた小沢一郎政治塾の一コマである。つい最近まで、民主党若手議員にとっては「口もきけない」存在だった小沢が、100人もの議員が集まった前で「眠れない夜はないか」と尋ねられ、同情を寄せられる。堕ちたものである。
小沢はこの席で、「総選挙をやっても、どの政党も過半数を取れないだろう」とも語ったが、かつてならその一言で「小沢がまた政界再編を狙っているのでは」と囁かれたはずだ。だが、いまや同じ言葉を口にしても、それはまるで老政治家の繰り言のようにしか響かず、誰も反応しなかった。演台を降りる小沢の後ろ姿は、凄みよりも、ただ哀愁を漂わせていた。同情するなら、カネをくれ—小沢はいまや永田町の「家なき子」だ。
■角栄の晩年そっくり
9月26日の元秘書3人への有罪判決は、小沢の裁判の行方を占う意味でも大きな意味を持っていた。師匠・田中角栄のロッキード裁判をすべて傍聴したという小沢は、師匠を反面教師に、「自分は師匠のようにはならない」という絶対の自信があったに違いない。しかし、その自信も大きく揺らいでいる。
小沢周辺が明かす。
「9月26日の元秘書3人に対する有罪判決は、小沢さんにすれば青天の霹靂だった。判決を聞いた後は意気消沈し、弁護団と赤坂の事務所で自分の裁判の打ち合わせをした後は、どこにも寄らずに帰宅した。翌日も昼に近しい関係者と食事をしただけで、ほとんど引きこもってしまった。小沢さんは法的には元秘書たちも自分もセーフだと思っていた。それなのにあの判決。自信喪失というより、世を儚んだことでしょう」
強気の小沢があまりに落ち込んでいるのを見て、側近を自称する中堅議員たちも小沢に声すら掛けられない。そんなとき、小沢を外に連れ出したのは小沢ガールズと呼ばれる脳天気な1年生議員たちだった。
元秘書の判決から3日後の29日、小沢は赤坂の居酒屋でガールズの岡本英子、笠原多見子ら6人の1年生議員たちに囲まれていた。彼女たちは事前に、裁判についてはいっさい触れないように申し合わせをしていたという。要は落ちぶれた小沢をこれ以上、傷つけないようにしようということだ。その配慮に気付いたのか、最初は無口だった小沢も次第に元気を取り戻し、世界経済についての持論をぶったりした。
翌日、失意の小沢をさらに喜ばせる場面があった。前日に小沢を囲んだ一人、岡本が地元・神奈川で自分の支持者約70名を集めた会合に、ゲストとして小沢を招いたのである。
元秘書の有罪判決以降、各種世論調査では小沢に対し、「政治的責任を取るべき」「議員辞職するべき」「証人喚問に応じるべき」といった声が80%を超える。ただ、この日集まった人々は、小沢に温かかった。
小沢が挨拶を終え、テーブルを一つずつ回り始めると、「小沢さんがもっと表に出ないと」「小沢さん、頑張って」と皆が握手を求める。小沢は高揚した表情で「皆さんの声を聞いて、とても嬉しい」と頭を下げたという。すっかり弱ったかつての豪腕をこうして皆が同情してくれる。本来なら喜ぶべきことだが、同情される政治家など、永田町では相手にされない。
それでも、新聞・テレビの世論調査に常々懐疑的な小沢は、この日の声援で、やはり自分は間違っていないと、また誤信したのだろう。10月2日にはネットメディア主催の会合に出席して「政権交代のスケープゴートにされた」と、司法やマスコミ批判を展開してみせた。この姿勢は冒頭でも触れたとおり、小沢初公判とまったく同じ。自己批判もなく、自分は被害者だと言い募る。
自分を支持してくれるネットメディアを選び、自分に批判的な大手メディアを攻撃する小沢の弱い気持ちは痛いほどわかる。
間違っているのは俺じゃない。俺を批判する奴らが間違っている。でなければ、この俺がこんな状態になるはずがない---。晩年の田中角栄そっくりである。いつのまにやら師と同じ道を歩んでいる。地団太を踏み、脳梗塞で倒れた師・角栄の二の舞にならなければいいが・・・・・・。
いまの小沢にかつての力がなくなったのは、誰が見ても明らか。実態は単なる永田町の裸の王様で、百害あって一利なしだ。
政治ジャーナリストの後藤謙次氏が言う。
「元秘書への有罪判決で、小沢氏が失った最大のものは『時間』でしょう。小沢氏が復権するための最短シナリオは、来年9月の代表選前に自分の裁判で無罪判決を勝ち取って、小沢氏本人なり、代わりの人物が代表になるというものでした。しかし、元秘書の裁判で問われたのは、小沢事務所そのものの体質です。ある閣僚が『こうなった以上、小沢氏が裁判で無罪になっても、検察による控訴は間違いない』と言っていましたが、今後数年、小沢氏は裁判に縛られることが確定したということ。刑事被告人という立場で次の選挙を迎えなければならないし、来年70歳になる小沢氏は、復権のために必要な時間を、裁判に奪われてしまったのです」
■永田町の案山子
「落ち目の三度笠」という言葉がある。古くはヤクザ者などが、旅に出る際に被った編み笠を「三度笠」と言い、かつて持っていた自分のシマを落ち目になって追われ、「三度笠」を手放せなくなるほど流浪を続けなければならない状態、というくらいの意味だ。
カネと権力で「小沢一家」を率いてきた小沢は、これまでも政党を渡り歩き、流浪を続けてきた。それでも「落ち目の三度笠」と呼ばれることがなかったのは、小沢がいるところこそ、永田町の中心だったからだろう。しかし、もう小沢は永田町の中心どころか、民主党の中心にすらいない。
小沢周辺では「どうせ裁判が続くなら、判決が出るまで待つ必要もない。このまま党内にいるよりも、増税反対を旗印にして、新党を立ち上げたほうがいい」という声も上がる。そう主張しているのは、このまま残っても次の選挙では落選必至の衆院比例単独選出議員たちだ。ただし、新党を作るにはカネがかかる。すでに小沢が6月頃から金策に走り、メガバンクに融資を申し込んでいるが、なかなか実行されないという情報も流れる。かつての小沢ならいざ知らず、刑事被告人のまま政界を去るかもしれない男に、銀行としても簡単にはカネは出せまい。銀行は冷静だ。
ただし、いくら力を失ったとはいえ、小沢の政局観は破れかぶれで離党を口にするほどまでは落ちぶれていない。いま動けば文字通り「落ち目の三度笠」となって、消えていくしかないとわかっている。わかっているからこそ動けない。そして、何もできない。永田町の案山子だ。
最近、小沢は1年生議員を中心に、10人くらいのメンバーを集めては定期的に食事会を開くようになった。元は「小沢さんの考えていることがわからない」という若手の不満を解消するのが目的だったが、実際は若手たちが小沢系の先輩議員に対する愚痴を言い、それに小沢が耳を傾ける場面が多いという。
「私も小沢さんと直接話をする機会がほとんどなかったのですが、食事会で小沢さんから『君のことを褒めている人間がいた。俺も嬉しくなったよ』と言われて、2時間くらいお話しさせていただきました。それは悪い気はしませんよ。小沢さんが意識してそういうことをされているのか、それともどなたかが進言してやらせているのかわかりませんが、小沢さんも我々若手の不満を解消する努力をしていると感じますね」(小沢グループの1年生議員)
あの強面の小沢がそれだけ気を遣っているのに、自身が呼びかけた「一新会」「北辰会」「木曜会」という小沢系3グループの統合さえままならない。当初は「他グループとの掛け持ちを禁ずる」と言っていたが、反発を招いたために小沢が譲歩して、掛け持ちを容認せざるを得なくなる始末だ。完全になめられている。
民主党内の小沢離れは、小沢本人のこうしたこれまでにない努力や気遣い、大サービスにもかかわらず、今後も加速する。いまさら言うまでもないが、小沢の権力の源泉は「政党転がし」やゼネコンからの献金で溜め込んできた巨額のカネである。実際、'09年夏の政権交代選挙では、小沢が「陸山会」経由で91人の立候補者予定者に対して、合計4億4900万円ものカネをバラまいている。
カネが自由にならないボスについていく人間は、永田町では変わり者だけだ。
確かに以前の小沢はカネを持っていた。だが、元秘書の裁判では、「陸山会」がゼネコンに対して「天の声」を発することで裏献金を集める力を持ち、その癒着を隠蔽するために、政治資金収支報告書に虚偽記載を行ったと認定された(元秘書側は3人とも控訴)。裁判所が小沢のカネはダーティだと言っているのだ。
すでに、カネを受け取った若手議員のなかには「小沢さんからもらったカネを返却したほうがいいのではないか」と悩んでいる者もいる。小沢の存在はいまや厄介者、いい迷惑でもある。
小沢マネーをもらった複数の議員の事務所に、返金の意思はあるか聞いた。
「現時点で特に返金などは検討していません」(原口一博事務所)
「わかる者が不在で、答えられない」(福田衣里子事務所)
「本人と連絡が取れない」(田中美絵子事務所)
明確に返金を口にしたところはなかったが、いまになってみれば、小沢からのカネなんてもらうんじゃなかったと後悔していることだろう。小沢裁判が進むにつれ、小沢とカネの問題はいやがうえにも注目される。その影響は小沢と近いとされる人々にも及ぶ。「水に落ちた犬は打て」というが、永田町ではいったん力を失った者から人が去っていくのは当然のこと。ひとり去り、ふたり去り、残された者はみじめなものである。
政治評論家の三宅久之氏が言う。
「小沢氏も自分の将来については暗い印象しか持てないでしょう。'09年の選挙で小沢氏からカネをもらって当選した小沢チルドレンにしても、あれから2年経過して小沢氏に対する恩義はだんだん薄れ、『自分の力があったから当選したんだ』というふうに解釈するようになる。政治家というのはそういうものです。グループの結束のゆるみは加速こそすれ、再結束はありえない。裁判の行方を見ながら、なるべく小沢と距離を置く、あるいは無関係を装うという方向に動いていくでしょうね」
■カネの切れ目が縁の切れ目
民主党内には早速、小沢を「お荷物」扱いし、距離を置き始めている人間も少なくない。その筆頭格が輿石東幹事長である。これまで小沢とは蜜月だと見られてきた輿石。先の代表選でも小沢が輿石に出馬を要請、輿石は参院議員会長という立場を理由に断ったが、これはいかに小沢が輿石を信頼しているかを表すエピソードとして語られている。ところが、この話には裏がある。
「小沢さんから代表選出馬を要請された時点で、輿石さんには野田佳彦総理サイドからも『自分が代表になったら、輿石さんを幹事長に』というラブコールが届いていたようです。しかし、輿石さんはそれをおくびにも出さずに、小沢さんからの依頼を断っている。言ってみれば、小沢さんは輿石さんに手もなく転がされたことになる」(テレビ局政治部記者)
民主党参院のドンにして、いまや幹事長として肩で風切る輿石だが、もとはと言えば「日教組上がりの社会党員」。政治家歴でも、これまで潜った修羅場の数でも、本来の小沢なら敵にすらならなかった相手だ。
そんな相手にコケにされても、小沢は輿石には逆らえない。小沢は代表時代に民主党の組織対策費を約5年間で36億円も側近議員に流す形で支出している。現在、そのカネを握っているのは幹事長の輿石。立場は完全に逆転した。輿石が上で、小沢が下だ。
野田内閣では小沢系の人間が閣僚や政務三役に多数起用され、「小沢に配慮した人事」とも言われたが、小沢から見れば実態は異なる。財務省と一体になって増税路線に突き進む過程で、小沢グループの役職者たちは、必ず閣内の一員として「増税」を容認するか、小沢の意を汲んで、ポストを捨てても「反増税」を貫くかの踏み絵を踏まされる。そのとき、どれだけの人間が小沢についていくのか。小沢にその答えがわからないはずはない。どじょうの人事は、小沢グループを解体させる人事に他ならない。
どんな政治家にも、表舞台から去るときはやってくる。政治家として異例とも言える賞味期限を誇ってきた小沢とて、例外ではない。カネの切れ目が縁の切れ目。カネのない小沢など、誰も相手にしない。それがわかっているからこそ、小沢はカネにあれほど執着してきたのだが、いまやどうすることもできない。
(文中一部敬称略)
「週刊現代」2011年10月22日号より
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