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鉢呂前経産相の「放射能つけちゃうぞ」発言は虚報だった!
http://diamond.jp/articles/-/14408
2011年10月13日 ダイヤモンド・オンライン
仮に、テレビや新聞の報じていたニュースがまったくの虚報だったらどうすべきか。おそらく、一般の人々はそのデマを元に報じられたニュースの善悪性を判断し、人物評価を下してしまうだろう。そして、それによって当事者の人生は、大きく変わってしまうことが多い。
海外のジャーナリズムでは忌み嫌われる横並びの報道を「是」とする日本の記者クラブ制度のもとでは、実はこうした被害がたびたび発生している。ジャーナリストの浅野健一氏や山口正紀氏などが長年追ってきた「報道被害」の実例は、枚挙に暇が無い。
しかし、今回、明らかになった事例は、虚報の度合いといい、被害の大きさという点では過去にもそう例のないものだ。
■鉢呂前経産相「放射能と言った記憶がない」
火曜日、筆者が司会を務める『ニュースの深層』(朝日ニュースター)に鉢呂吉雄前経済産業大臣が生出演した。冒頭、筆者は鉢呂氏が発したという「放射能つけちゃうぞ」発言の真意について聞いた。
「放射能と言った記憶がないのです。確かに相槌を打ったような気もしますが、それもはっきりせず、自分で言ったような記憶はない。私も長年政治家をやってきていますから、自分で言った言葉については大抵覚えております。でも、放射能という言葉自体、あまり使ったことがありませんし、放射性物質などということはありましたが、なにしろ記憶にないのです。でも、優秀な記者さんたちがみんなそう報じるので、どうしてなのかなと思っておりました」
結論からいえば、鉢呂氏は「放射能」も「つけちゃうぞ」も発言していない。発言のあったとされる当日、東京電力福島第一原発所の視察から戻った鉢呂大臣(当時)が、赤坂宿舎に集まった4、5人の記者たちと懇談したのは事実だ。だが、防護服を着用したままの鉢呂氏に「放射能」という言葉を使って、水を向けたのは記者たちのほうであり、それに対して、鉢呂氏は何気なく相槌を打っただけというのが真相なのだ。
つまり、マスコミが勝手に自ら言葉を発して、何も語っていない政治家の話した言葉として勝手に報じて、勝手に責任を追及し、デマによって世論を煽り、ついには大臣を辞めさせてしまったというだけの話なのだ。
なんとばかげたことだろう。とても民主主義国家のメディアの仕業とは思えない。根拠のないデマによる集団リンチであり、ジャーナリズムの自殺行為だ。
しかも、そうした事実が明らかになった現在もなお、どの社も鉢呂氏に対して、訂正も謝罪もしていないという。ぶら下がった記者の中には密かにICレコーダーで録音し、完全にすべてを理解しているにもかかわらずである。
卑怯、ここに極まれり、といった感である。
■ジャーナリズム以前、人間としての良心すらないのか
もはや日本の記者たちはジャーナリストとしてではなく、人間としての良心も失ってしまったのだろうか。
朝日新聞デジタル版が、言い訳がましく検証しているので、まずはそれを引用してみよう。
〈9日午前、新聞やテレビ・通信社は鉢呂氏の「放射能」発言を報じなかった。
だが、その日午前の記者会見で、鉢呂氏は原発周辺自治体を「死のまち」と表現。野田佳彦首相は9日昼すぎ、「不穏当な発言だ。謝罪して訂正してほしい」と語り、鉢呂氏は同日夕に発言を撤回し、謝罪した。
「放射能」発言を最初に報じたのはフジテレビとみられる。9日午後6時50分過ぎ、鉢呂氏の失言関連ニュースの最後に「防災服の袖を取材記者の服になすりつけて、『放射能を分けてやるよ』などと話している姿が目撃されている」と伝聞調で伝えた。
午後8時半には自社のウェブサイトにも掲載。この後、他のメディアも報じ始め、共同通信は午後9時過ぎ、「放射能」発言を加盟社向けに速報し、約30分後に記事を配信。TBSは午後11時半からのニュースで報じ、NHKも午後11時59分に「経産相『放射性物質うつった』発言」というニュースをネット配信。朝日新聞など新聞各社も10日付の朝刊で発言を大きく扱った。
一方、発言内容や自社の記者が現場にいたのかどうかの表現は、社によってばらついた。毎日新聞は「毎日新聞記者に近寄り、防災服をすりつけるしぐさをしながら『放射能をつけたぞ』という趣旨の発言をした」と報道。9日に報じなかった理由は「経緯についてはお話ししかねる」(社長室広報担当)という。
同様に自社の記者が現場にいたことを明らかにしている共同通信は「鉢呂氏が突然、記者の一人にすり寄り、『放射能をうつしてやる』という趣旨の発言をした」と報道。同時に、経済部長名で「『死の町』発言で、原発事故対策を担う閣僚としての資質に疑義が生じたことで、前夜の囲み取材での言動についても報道するべきだと判断した」というコメントも配信した。
他のメディアでは、産経新聞、東京新聞、テレビ東京、時事通信が「囲み取材には参加していなかった」としており、東京新聞は紙面で共同通信の配信であることを明らかにした。日本テレビ、TBS、テレビ朝日などは取材に対し、取材の過程については答えられない旨を回答。フジテレビは「取材の結果、報道する必要があると判断した」とし、記者が現場にいたかは明らかにしていない。
朝日新聞の渡辺勉・政治エディターは「8日夜の議員宿舎での発言の後、鉢呂氏は9日午前の記者会見で『死のまち』とも発言。閣僚の資質に関わる重大な問題と判断して10日付朝刊(最終版)で掲載した」と話す。辞任会見で鉢呂氏が、議員宿舎での取材を「非公式の懇談」と語ったことについては「議員宿舎の玄関付近での取材は自由であり、扱いについて特段のルールはない」としている。〉
http://digital.asahi.com/articles/TKY201109120533.html?id1=2&id2=cabbajbd
こんな程度の取材でニュースを作れるとは日本の記者たちはずいぶんとお気楽な職業に就いているものである。
■虚報による政治家の社会的抹殺 マスコミの罪はテロ行為にも等しい
そもそも「死の街」発言についても、福島県民からの苦情が殺到しているように報じられていたが、鉢呂事務所にはそうした声は届いていなかったという(鉢呂氏)。むしろ、「がんばれ」という激励の声が多数寄せられていたそうだ。
それもそうだろう。鉢呂氏は、大臣就任前から一国会議員として福島県に通い、放射線量の測定や、小学校や保育園の除染の徹底、そして暫定基準値の20ミリシーベルトから1ミリシーベルトへの引き下げを訴え、菅首相(当時)に直訴していた数少ない政治家の一人だったからだ。
大臣辞任直前には、「鉢呂氏を辞めさせないで」という署名運動が福島県内で始まっており、まさに「死の街」という事実をきちんと告知してくれたことへの感謝の言葉すらあったのだ。
それが、なぜか、マスコミのフィルターにかかると、福島県内で非難の声が多数あがったということになる。だが、そのほとんどが匿名だ。一方、鉢呂氏の発言はその通りだとするのはたとえば、南相馬市のエム牧場の吉村農場長や、同じく南相馬の桜井市長など実名での発言となっている。
マスコミのデマによって職を追われた鉢呂氏は、ずっと「放射能つけちゃうぞ」などという言葉は発していないといい続けてきた。だが、その反論をまともに取り上げるメディアはなく、事実上黙殺された。
発言していないデマによって、ひとりの政治家を葬るのはまさしくテロ行為に等しい。メディアは恥を知るべきだ。いまからでも遅くない、もう一度、自らの稚拙な取材を検証しなおしてみるべきだ。
そして、当事者の鉢呂氏も「もう、大臣を辞めてしまったからいい」と自らのことばかりを考えるのではなく、今後の民主主義と若い政治家たちのために、きちんとした対応をすべきなのである。
放送に関してはBPOに訴えるのもよし、あるいは名誉毀損で裁判を起こすのもよし、いずれにせよ、こうした卑怯な振る舞いに対しては断固とした措置を講じるべきなのである。仮に、こんな卑劣なデマ報道が許されるとしたら、それはジャーナリズムのみならず、民主主義の死を意味する。
嘘によって、選良である代議士を葬ることは、代議制民主主義、ひいては国民への裏切りに他ならない。
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