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陸山会事件の裁判で検察調書の一部が不採用になったと喜んでいる記事があるが本当なのだろうか。あまりにも楽観的すぎて信じる事が出来ない。過去の高知白バイ事件などに見られるように、官僚たちの思考は無謬性という神話から離れていない。それは最近の羽賀研二の、根拠が何もない逆転有罪にも見られる。もし小沢一郎が無罪であると言われるなら、検察審査会の申し立てに対する高裁、最高裁の棄却という結論は何を意味したのかを考えないと大きな間違いを犯すことになる。権力を握っている官僚たちはもっとしたたかである。
検察の申し立てを一部棄却したならば、陸山会事件で裁判所はなぜ「期ズレ」という本来の訴因を無視して「1億円の違法献金」という無関係のものを検察が証人申請して、それを認めたのであるのかを考えなければならない。そこにあるのは明らかに小沢一郎という政治家の社会的抹殺という目的を見ない限り答えは出ない。そこにあるのは有罪、無罪を超えた政治家としての生命の抹殺という目的しかない。マスコミと結託して社会的に抹殺すれば小沢一郎が政治の世界で表舞台にも出てこれず、ましてや権力者として官僚たちの前に出てこれることもできなくなるのだ。現実に菅直人やその同調者たちを取り込んで、現在の小沢一郎は表舞台から完全に締め出されている。
今後の考えられるシナリオは一審では絶対に無罪にならない。有罪という判決になり、それに対して控訴がなされ、果てしない時間が費やされて、何もできないような年齢や状態になって始めて無罪という判決がなされるのだろう。今からそれが目に見えること自体にこの国の異常性を見てしまうのである。この考えが違っている事を期待したいが、現実はどうなるのか間もなく分かるだろう。
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