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柏木・ジューリック密約とグアム移転費"密約"
アルルの男・ヒロシです。現在執筆中の『日本再占領』から一節。
(貼り付け開始)
ウィキリークス公電では岡田克也外相が熱心に追求したアメリカの核兵器持ち込みについてのいわゆる「核密約」についての言及がある。緊急時や有事において、沖縄に核兵器を米軍が持ち込むことを認めるとした日米両政府の秘密協定である。
この協定の存在自体は、当時のライシャワー駐日大使や、その側近だったジョージ・パッカード補佐官らが証言しており、アメリカ側には密約を暴かれることに不都合はない。しかし、日本国内では岡田克也外相に対して、「密約を暴いて今更何になるんだ」という批判の声とよくぞやってくれたという当時の関係者の声が交錯した。
なぜ、外務省は日米密約の公開を嫌がっていたのは実は「別の密約」が明らかにされるのを嫌がっていたからである。それは沖縄返還の時にアメリカ財務省と日本の大蔵省によって結ばれていた密約である。
この密約は別名「柏木・ジューリック密約」と呼ばれるものだ。1969年12月2日付でに大蔵省の柏木雄介財務官とアメリカ財務省のアンソニー・J・ジューリック特別補佐官が取り交わしたもの。沖縄返還に関する財政負担の内訳などの了解事項を含んでいた。
この密約の存在は、「沖縄返還密約開示訴訟」の中で原告側が国に対して開示を求めていたもので、端的に言えば、1972年の沖縄返還の際に日米政府の間で公式には認められていていなかった日本側の財政負担の取り決めを行っていた。
アメリカ側で公開されている公式文書に書かれていた負担額は総額5億ドル超、一方、「沖縄返還協定」に基づく日本国政府の説明では、合計3億2000万ドル。その差額は2億ドル弱ある。この負担を「柏木・ジューリック密約」では取り決めていた。
その日本側の「裏負担」として、日本政府は、沖縄返還に当たって、円と通貨交換したドル資金(6000万ドル)を日本政府がアメリカのニューヨーク連邦準備銀行に預金することが決められた。密約では、「沖縄返還に伴い、金利相当額の1億2000万ドルを日本が受け取らず、米側に利益供与する」「少なくとも預金は25年間は預け入れる」と記載された文書が見つかったのである。つまり、これは明確な「裏負担」であった。(参考:http://apc.cup.com/apc201001_14_15.pdf)
これらの事実が09年12月に行われた沖縄返還密約訴訟の裁判所での審理の際に明らかになった。そして、当時の菅直人財務大臣は、財務大臣談話という形で2010年3月12日に認める記者会見を行った。そのなかで菅財務大臣は「狭義の密約」ではないが「広義の密約」であるとその秘密協定の存在を認めたのである。(参考:http://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1022127/www.mof.go.jp/jouhou/seisakukaigi/siryou/220315siryou/1_1danwa.pdf)
しかし、これらは何十年前もの話である。なぜ霞が関は何十年も前の密約の追求を嫌がるのだろうか。その答えもやはり「ウィキリークス」にあった。朝日新聞は5月4日に報じたウィキリークス関連のスクープの中で、沖縄のグアム海兵隊移転に関する日米政府の取り決めの中に、沖縄返還密約に類似する性格を持つ「裏負担」についての記述があることを報じていた。
(引用開始)
米軍グアム移転費水増し 日本の負担軽減装う 流出公電
2011年5月4日5時3分
日米両政府が在沖縄米海兵隊のグアム移転について合意した2006年春のロードマップ(行程表)で、米政府が、関連費用の総額を水増しして日本側の負担割合を見かけ上減らし、日本政府も08年に追認していた。海兵隊の移転人数については、削減をアピールしやすいよう実態より多い数字を挙げていた。
(略)
海兵隊のグアム移転は、在日米軍再編の中で、沖縄・普天間飛行場の移設と一体となった形で進められる計画。普天間移設は地元の根強い反対で決着しておらず、再編計画全体の数字の粉飾が米公電に明記されていたことで、反発が強まることは必至だ。
問題の公電は08年12月、在日米大使館から国務省あて。日米両政府は当時、06年5月に両国がまとめたロードマップに基づき、具体的な資金負担の進め方などを決める「グアム移転協定」の交渉をしていた。公電は暫定合意の妥結を報告、経緯を詳述している。
公電によると、ロードマップ作成時に日米の負担額を決める際、米側が「実際は必要ではない」軍用道路の建設費10億ドルを再編費用に盛りこんだ。08年の交渉では米側が、軍用道路を盛りこんだのは総額を増やすことで日本側の負担比率を相対的に低く見せることが目的だったと説明し、日本政府もその点を了承した。
92億ドルだった総額を10億ドル増やすことで、3分の2だった日本側の負担比率が60%を切るように操作していたことになる。06年当時は負担割合をめぐって日米間で激しい駆け引きが行われており、日本側が受け入れやすくするための措置だったとみられる。実際には軍用道路も含めて、グアム移転全体が進んでいない。
『朝日新聞』(2011年5月4日)
(引用終わり)
朝日新聞が報じた公電の原本(2008年12月19日付)を読んでみると、更に重大なことがわかった。
これは密約ではなく公表されていることだが、日本政府は普天間基地の海兵隊の移設に当たってグアムの施設建設の負担の一部を肩代わりしている。
これは外務省の日米安全保障課と防衛省のグアム移転事業室が所管である。財務省主計局にも関連部署があるはずだ。
実は、この日本政府の負担分については、鳩山政権になっても毎年予算で拠出がされている。グアム移転費の負担分をアメリカ財務省勘定に預金して、移転事業に拠出しているという。
例えば2009年度予算では約346億円が拠出されており、これが米ニューヨーク連銀の財務省勘定に預金されている、というわけだ。その後も、防衛省のウェブサイトでは、2011年度は149億円が拠出されている。(参考:http://www.mod.go.jp/j/approach/zaibeigun/saihen/iten_guam/pdf/keihi230408.pdf)
09年に締結された「グアム移転協定」の第7条には、未使用残余分がある場合にはアメリカ側は日本に返還すると決めているが、グアム移転事業が頓挫した場合や予想以上の負担が必要になった場合については、明確には決められていない。
この移転協定はヒラリー・クリントン国務長官が2009年2月17日に来日した際に締結されたものである。第4章で書くことになるが、この日付は極めて重要な意味を持つ。小沢一郎・民主党代表(当時)がヒラリーと会談した日でもあるからだ。
ともあれ、移転協定には曖昧な部分があり、しかも朝日が報じたように、「移転費水増し」が行われていた。この事実は、ウィキリークスが明らかにするまで、一般国民には知られていなかったことなのである。菅財務大臣は、その密約を公表した。岡田克也が取り組んでいた核密約と違って、グアム移転協定の曖昧さを考えると、日本の官僚機構も「すでに終わったこと」と済ませられない。
菅財務大臣は、その後、2010年4月23日に訪米、アメリカ無名戦士の墓があるアーリントン墓地を訪問、続いて北沢俊美防衛大臣、岡田克也外務大臣も訪問して、墓所に献花している。密約追求と普天間移設に絡むこの三人だけが訪問し、鳩山由紀夫は総理でありながら訪問してない。「反米」と疑いのある小沢一郎も訪問していない。次の総理候補と言われ、震災直前まで総理になるのは間違いないと言われていた前原誠司外相は2011年1月にアーリントン詣でをしている。菅、岡田、北沢、前原は、靖国神社には参拝していない。
「コメント」
自国の英霊に参拝しないで、敵国の英霊に参拝する。そして、このアリートン墓地は、真のアメリカの保守が眠っているから、僕は基本的に参拝するが、それは、靖国神社に参拝すると同じ意味で、真のアメリカの自由を取り戻す為に参拝するのである。
どこかの誰かさんのアメリカの奴隷の政治方向に加担する為のアーリトン墓地の参拝は、英霊に対して失礼であるが。参拝しない方がアメリカの国益に合っている。
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