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http://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20110622#20110622f1
■経済は一流、政治は三流、国民は四流
居座り菅が首相とは思えない醜態をさらしている。経済は一流、政治は三流と言われる日本を絵に書いたようだ。政治家を非難するが彼らを選んだのは国民である。いまも菅への国民の支持はそれほど低いわけではない。正確には菅支持というより、自民不支持なんだろう。自民に戻ってもいいのか、と民主党、そして国民を強迫しつづける。国民の政治能力が四流であることを知り尽くした菅の作戦勝ちだ。
■秩序ある日本人(苦笑)
震災において冷静で秩序ある日本人の行動は世界から称賛されたが、いまになると笑うに笑えない。いまになって東電、政府から重要な情報がでてくる。あのとき、あの2ちゃんねるでさえ、危機を煽るようなことをいうな。政府の情報を信じようと言論圧がすごかった。秩序ある日本人はなんだったのか(苦笑)
日本人は近代化も(政治的)市民意識の芽生えなく、政府主導で行われた。いまも政府も含めて運命共同体意識が強く、西洋のような市民対国家のような対立意識は薄い。なんだかんだ同胞として悪いことはしないだろうと考えている。
それでもここまで政治活動に対して、従順で、無関心になったのは、「政治の季節」を抜けて、それほど古いことではないだろう。日本人はなんだかんだいって世界でも有数な豊かな国になった。「政治なんか誰がやってもいっしょだ」と開き直って済ませられるほどに。首相がだだっ子のようになっても、なんか自民党嫌いで済ませられるほどに。
■底がない不安と空想的理想主義ヒステリー
貧しいと今日明日のことで手いっぱいである。だが豊かになるとそんな心配はなくなってくる。しかしその代わりいまを維持したいから、より先の心配をするようになる。人間は心配の生きものだ。そして先の心配には底がない。突き詰めすぎると抜けられなくなる。
空想的理想主義を語るヒステリー。これがいまの日本人の政治的な姿である。顕らかに贅沢病である。現にこのような傾向は都市部の中流以上に多い。反原発の理念は良いとして、弊害を被るのは下流層である。経済への影響は避けられない。電気代の高騰、雇用の閉塞など。貧しくとも原発のない世界とは、富を持つものがいえることだ。
ヒステリックで理想主義的政治行動は、民主党の選択という間違いを犯した。そしてまた脱原発で同じ間違いを犯そうとしている。そうして過去の遺産を食い潰しいくしかないのかもしれない。
〆「底がない不安と空想的理想主義ヒステリー」の狭間で日本人の心はゆれておるようだ。
空想的理想主義で建てた・・マイホームと地域コミュニティーが数時間足らずの間に、目の前で沖合いに消えてしまった福島ボートピープル。
その心象風景と同一化した不安=潜在意識は、すべての日本人の心にも刻み込まれたようである。
阿修羅へのアクセスも、ステレオタイプ化した政治板を尻目に、原発災害経済へのアクセスが増えてはいまいか?
永田町政変・原発暴走・巨大津波震災・・ひとびとの心の底で、気味の悪い断層破壊が静かに進んではいまいか?
福島ボートピープルほどのドラスチックさはないが・・官邸風俗や家庭内風俗を見るにつけ、手の施しようもない厄介な日常性が蔓延しておる。
ひとつの時代が・・日本近代主義の、2百年スパンのターニングポイントを折り返そうとしているのか?
「空想的理想主義を語るヒステリー」のインテリジェンスは、その不安を払拭すべく「ライフスタイル変換」などと・・空想的理想主義を振りまいておるようだ。
それをあざ笑うように「バカの壁」を語った昆虫学者が・・「ライフスタイル変換などで済むようなものではない」と喝破しておる。即ち、価値観と世界観のコペルニクス的転換を説いておる。
原発行政の価値観の転換をサボっておる間に、巨大津波という歴史周期に飲み込まれたフクシマピープル・・
官邸漫画のように風俗化した、政治の価値観の転換をサボっておる間に、福島に似たようなことが平成ジャポネにも暴発しまいか?
フクシマピープルには自然生存権としての暴動権があったのだが・・?
ママ・・暴動権は時代が天啓として草莽に授けるものであろう。
断じて「空想的理想主義を語るヒステリー」の世直しであってはならない(勘尚)
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