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【復興日本】第2部首都一極の危うさ(1)国難、動き出した「副首都」
2011年6月11日(土)08:00
「知事にご賛同いただけると、大きな推進力になるんですが…」
菅直人内閣に対する不信任決議案が採決されようとしていた6月2日正午すぎ。東京都庁7階の知事室で、民主党の重鎮議員が石原慎太郎知事と向き合っていた。
「このクラスの地震が東京を直撃したら、さらに恐ろしい事態になります。私たちは東京がそうした危機に見舞われた場合に、バックアップできる副首都を作ろうとしているんです」
熱弁をふるっていたのは超党派の「危機管理都市(NEMIC)推進議員連盟」会長で、神戸市出身の石井一民主党副代表だ。石井氏の話に知事も身を乗り出した。
「東京一極集中の問題点は私も十分理解しています。支持しますよ」
2人の話は、次第に現実味を帯びていった。
石井氏「大阪の伊丹空港跡地に危機管理都市を作ろうというところまできとるんです。大阪府の橋下徹知事も大賛成なんです」
石原知事「橋下知事と一度、会って話をしてみたいですな」
石井氏「さっそくセッティングしましょう」
都庁を後にした石井氏はすぐさま橋下知事に電話した。知事も「すごいですね。ぜひ会談をセットしてください」と乗り気だったという。「危機管理都市構想は間違いなく進む」。石井氏はそう確信した。
× × ×
「日本の心臓部である東京が混乱するのは国家の損失。身命を賭して最後のご奉公をさせていただきたい」。3月11日午後2時20分、石原知事は都議会で都知事選への4選出馬を正式に表明した。
都庁がとてつもない震動に見舞われたのは、その26分後だ。石原知事は午後3時から予定していた出馬会見をキャンセルし、午後4時から防災服姿で震災対応に関する記者会見に臨むことになる。
東日本大震災の震源地から約400キロも離れた首都・東京。そこで石原知事が見たのは思わぬ光景だった。湾岸地域の液状化現象、長周期地震動でたわむ超高層ビル群…。約10万人ともいわれる都内の帰宅困難者の姿は過密都市の弱点をまざまざとみせつけた。
震災前、知事には確固たる「持論」があった。
「首都機能移転反対」−。都庁には今も、こんなスローガンが書かれたポスターがあちこちに張られている。石原知事は平成11年、都議会議長や東京商工会議所の会頭とともに「首都移転に断固反対する会」の結成を呼びかけていた。
大震災から1カ月以上が経過した4月22日、知事は都庁に東大地震研究所の平田直教授を招き、1時間半にわたりレクチャーを受けた。平田氏の説明は衝撃的だった。
「実は10分に1回、体感のない地震が起きています。それが頻度を増しています」「東京の直下型地震の確率は従来より高くなったと認識して、備えをしたほうがいいでしょう」
石原知事はその日の記者会見で「東京に対する過度な集中集積っていうのは、私はちっとも好ましいとは思わない。一旦緩急(いざという場合)のときに、致命的なものになる」と言い切った。
× × ×
石原氏の変化にいち早く反応したのが大阪・関西だった。
「そろそろ、東京一極集中を本気で改める政治的ビジョンと実行が必要かと思います。首都機能のバックアップとして、もう一つの拠点を担えるのは今のところ大阪しかありません」
大阪府の橋下知事は4月16日、東京都の猪瀬直樹副知事に簡易ブログ「ツイッター」で呼びかけていた。そこに、石原知事の「東京一極集中否定」発言が飛び込んできた。
橋下知事は4月27日に発表した政策提言で、「さまざまな機能が一極集中する『日本のかたち』を転換する努力を怠ってきた、国家戦略そのもの」が問題と主張。首都機能が壊滅的打撃を被った場合、関西が臨時政府や金融・証券の取引機能を代行できるよう、国は国土構造の複数系統化に着手すべきだと訴えた。
2府5県でつくる「関西広域連合」も翌28日、関西を首都機能のバックアップ地域として法律や計画で明確化することを盛り込んだ提言をまとめ、5月17日、連合長の井戸敏三・兵庫県知事が枝野幸男官房長官に提出した。
橋下知事は5月27日の府議会でこう宣言した
「平時から関西が首都圏に代わるような都市にならないといけない。副首都の意味合いで考えている」
◇
■「100年後かも 明日かも」
「30年以内に70%」−。政府の地震調査委員会が公表しているマグニチュード(M)7級の首都直下地震の発生確率だ。地震学者は「東日本大震災で、もともと高かった切迫度がさらに高まった」と指摘する。
東北・関東地方の太平洋岸に壊滅的な被害をもたらしたM9・0の超巨大地震は、太平洋プレート(岩板)と北米プレートの境界で起きた海溝型地震だ。ラグビーにたとえると、がっちり組み合っていたスクラムの最前列の巨漢選手が突然倒れたようなもの。当然、2列目、3列目の選手も巻き添えを食う。大震災以降、震源域から遠く離れた秋田、静岡、長野、新潟などで相次いで起きている規模の大きい内陸地震が、2、3列目に相当する。
東日本を乗せた北米プレートは、つっかい棒が外れたように大きくバランスを崩している。その南端に位置する首都圏は「いつ大地震が起きてもおかしくない」状況にある。
× × ×
産業技術総合研究所の石川有三招聘(しょうへい)研究員は、大震災から約1カ月間の地震活動を分析し、震災前と比較。その結果、大地震が起きた太平洋プレートと北米プレートの境界部だけでなく、関東地方の下に沈み込むフィリピン海プレートと周辺プレートとの境界部でも地震活動が活発化していることが分かった。
石川研究員は「関東の地下などで地震が起きやすくなっている。時期や規模は分からないが、首都直下型をより警戒すべき状況にある」と話す。
一方、東大地震研究所の研究チームは、昭和54年から平成15年までに関東で起きたM2以上の地震約3万回のメカニズムを調べ、大震災後に地震が誘発される地域を分析。地下の浅い場所では伊豆半島から神奈川県西部、深い場所では茨城県南西部や東京湾北部などで地震の活発化が予想され、観測でもほぼ同じ傾向が明らかになった。
地震調査委は9日、M7・4が予想される東京北西部の「立川断層」の地震発生確率が高まった可能性があると発表。委員の島崎邦彦東大名誉教授も警鐘を鳴らしていた。
「100年後かもしれないが、明日起きてもおかしくない。そうなれば東京は大変なことになる」
× × ×
今回の大地震では、揺れそのものに加え、津波の脅威をまざまざと知らしめた。気象庁によると、震源地から約400キロ離れた東京・晴海でも1・5メートルの津波を観測。国土交通省によると、東京湾に注ぐ多摩川や荒川でも上流に逆流する津波が確認された。
石原慎太郎知事は4月11日の記者会見で、「多摩川含めて荒川、隅田川は一種の細い入り江だから。これが津波の吸収源みたいになって甚大な被害が勃発する恐れが十分ある」と危機感を示した。
阪神大震災(M7・3)クラスの地震が都心を直撃したら、経済的損失は東日本大震災をはるかに超える規模になる。
中央防災会議の被害想定では、東京湾北部を震源とするM7・3の地震が起きた場合、経済被害は約112兆円に達する。東日本大震災の5倍に相当し、国家予算にも匹敵する。
住民やライフラインも、深刻な被害を受ける。最悪のケースでは、死者1万1千人、負傷者21万人。ほとんどは建物倒壊と火災が原因で、津波被害は想定されていない。発生直後は断水人口が1100万人、停電は160万軒に達し、避難所生活者は460万人にも上る。
首都直下地震の被害想定は「一極集中」の弱さを物語っている。(中本哲也、高橋昌之、山口敦、楠城泰介)
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