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ザ・特集:「家庭内野党」伸子夫人に聞く 菅さんが総理になって−−
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110609ddm013010005000c.html
毎日新聞 2011年6月9日 東京朝刊
◇何も変わっちゃおらんわ
市民運動家から一国のトップにまで上りつめた菅直人首相、永田町の政争にもみくちゃになりながら、その座から降ろされようとしている。でも、当のご本人はすぐに辞める気配がない。「一定のメドがついた段階で……」。どんな思いなのか? 「家庭内野党」を自任する夫人の伸子さん(65)に聞いた。【鈴木琢磨、写真・藤井太郎】
◇けど“カネの力”封じ込めと、浜岡原発停止は大きいかな
◇「なりゆきを決然と生きる」ただいま菅家の座右の銘
6日夜、首相公邸にお邪魔した。伸子さんいわく「首相の社宅」。ドタバタ引っ越し準備でもしているかと思いきや、どこにも段ボール箱は見当たらない。ダイニングテーブルには、すしにポテトサラダ、卵焼き、そして豆の含め煮が並んでいる。ご亭主は今夜も遅いのだろう。
「引っ越し? ええ、決まれば、いつでも。だって、この社宅、家具はすべてちゃんとそろってたし、洋服と調味料、広辞苑くらいしか持ってこなかったもの。すぐ(東京都内の)吉祥寺の自宅に帰れますよ」
拍子抜けするくらいあっけらかんとしている。「ちょっと飲もうかしら」。酒豪で鳴らす。ビールでのどをうるおせば、首相の辞意の真相もぽろり飛び出すに違いない。むろん、こちらもお付き合いするが、しーんとした日本一警戒厳重な社宅でのビール、なかなか酔えそうにもない。なんだかゲリラのアジトに潜入している気分にもなって。
「アハハ、そうね。菅さんの原点はゲリラ、市民ゲリラだってこと、もっと思い出してもらわなくちゃ。昔の菅さんを知る支持者のみんなからさんざん言われるの。あと少ししかないなら、何かやってくれなきゃ。面白くないよって。私もそう思う」。そういえば、首相就任後、間もなく出た伸子さんの著書のタイトルは「あなたが総理になって、いったい日本の何が変わるの」。何が変わりました?
「大して何も変わっちゃおらんわ! ただ東日本大震災があって、浜岡原発を止めたのは大きいんじゃないかなあ。突発の思いつきなんかじゃない。菅さん、国会議員に初当選した1980年にアメリカに出かけ、風力発電を視察しているんです。風力や太陽光エネルギーこそ、次の時代の基幹エネルギーになると信じてきた。それに究極は植物によるバイオマスエネルギーも夢見ている。いろんな政党を経験してきたけど、僕の最後は植物党をつくることだって、今も真顔で言ってますから」
で、政界も変わらない?
「うーん、やっぱり、おカネの力でものごとを動かそうとする人が強いのよねえ。あのDNAをわが民主党に残されちゃかなわん。菅さんは違う。震災の復旧・復興はほかの人でもできるけど、“政治とカネ”の封じ込めだけは菅さんじゃなきゃできないって、誰かが言ってた。それにしても、永田町の男って政局で元気になるのね。ねたみと、そねみが渦巻いて」
名前こそあげないものの、小沢一郎民主党元代表のことが気になってしょうがないんだなあ。
いつしか伸子さん、大好きな赤ワインをぐいぐい飲みだした。顔が赤らんでくる。さては愛するご亭主を、谷垣禎一自民党総裁に「人徳がない」とののしられたり、鳩山由紀夫前首相に「ペテン師」呼ばわりされたことに怒りがこみ上げてきた? 「ええ、ええ、うちの菅直人に徳なんてございません。今の政治家はみんな小粒でしょ。ペテン師? 古いわねえ。昭和の言葉でしょ。まあ、ハラが立つより、くすっと笑っちゃう。鳩山さん、憎めないのよ」
なるほど、敵のあいくちをさらりかわすのも百戦錬磨のゲリラの妻ゆえか。とはいえ、すでに四面楚歌(そか)、激しくなるばかりの「菅降ろし」の風圧に耐えているのはなぜ? 2日の民主党代議士会で菅さん、こう語りかけた。「大震災に取り組むことが一定のメドがついた段階で、私がやるべき一定の役割が果たせた段階で、若い世代のみなさんにいろいろな責任を引き継いでいただきたい」。ほかでもない、一国のトップの言である。自然に解釈すれば、即辞任と受け取れる。
「そうかなあ。これまで首相がいともあっさり、簡単に辞めちゃった方が不思議ですよ。日本は、男の引き際だとか、男の美学だとかってすごく好きでしょ。江戸時代の切腹がそう。よくない」。コピーを持ってきた。「読んでみて。菅さんも読んだ」。塩野七生さんの「日本人へ リーダー篇」(文春新書)の一節。<拝啓 小泉純一郎様>と手紙スタイルになっている。<私があなたに求めることはただ一つ、刀折れ矢尽き、満身創痍(そうい)になるまで責務を果たしつづけ、その後で初めて、今はまだ若造でしかない次の次の世代にバトンタッチして、政治家としての命を終えてくださることなのです>
驚いた。あの代議士会でのスピーチと重なっている。菅さん、塩野さんの大ファンで、全15巻の「ローマ人の物語」も読破したらしい。「もうひとり、ハマッてる作家がいる。福島のお寺の住職でもある玄侑宗久さん。たまたまテレビを見ていたら、出ておられて、おっしゃった。『なりゆきを決然と生きる』。これよ、これ! この言葉だなあって。私が生まれたのもなりゆき、菅さんと一緒になったのもなりゆき、首相夫人になったのもなりゆきですから。どこへ行くかわからない。それでも決然と進んでいく。菅さんも、いいねって。ただいま現在、菅家の座右の銘でございます」
飲んで、飲んで、と日本酒をつがれ、はぐらかされている気がしないでもないが、菅さんが即辞任しない理由だけはおぼろげに浮かぶ。まだやりたい、そして言いたいことが山ほどあるんだな、と。持ってきたCDをかけてもらった。食道がんから生還した桑田佳祐さんの新しいアルバムの中の一曲「いいひと」。
♪お辞任(やめ)になる前に総理(ボス)よ そっとツブやいておくれ Baby!! Tweet!! Baby!! “現代(いま)”が何処(どこ)に向かって何を唱(うた)うべきかを……。
鳩山政権時代に書いた詞らしい。
「へえーこんな歌、あるんだ。よく見てるわねえ」。2人してクワタワールドに遊んでいると、そこへふらっとご亭主が帰ってきた。なんだそれみたいなけげんな顔をし、そのまま消えた。ひょっとしてお遍路の旅支度でも?と伸子さんに水を向けたら、ガハハと笑った。「私も行くかなあ」。しばらくしてリビングに戻った菅さんに言った。「桑田さんの歌、いいわよー。あなた、つぶやかなきゃ、もっと、もっと」
「お遍路? 一緒に行こうかしら」=首相公邸で2011年6月6日
http://mainichi.jp/select/seiji/news/images/20110609dd0phj000019000p_size5.jpg
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