45. 2011年9月24日 06:06:24: ElcS1zUx2M
TPP協定の条文案や各国の対応に関する資料から、TPPは決して「平成の開国」などとのんきなことを言っていられるような代物ではないということである。 確かにTPPにおいて農業は大きな問題ではあるものの、それよりも医療、サービス、人的交流やその自由化によってもたらされる影響の大きさを知り愕然とした。そして条文案からは、TPP交渉・締結の裏にあるアメリカの世界戦略がまざまざと見て取れたのである。 アメリカが環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の実現に向けて、官民を挙げた取り組みを強化していることはよく知られている。それはなぜか?我が国としては、TPP参加の是非を語るうえで、オバマ政権がTPPに傾いているその狙いと背景を、しっかりと把握しておく必要があるだろう。 リーマン・ショック以降、アメリカでは景気の低迷が続き、失業率も9%を超えるという厳しい経済環境に追い込まれてきた。オバマ大統領とすれば、国内の景気浮揚と雇用の拡大に向けて、有効な手段を講じることができなければ、大統領としての再選も危うくなる。そんな危機感が高まっているに違いない。 すでに、2010年11月の中間選挙では、オバマ人気はすっかり落ち込んでしまって、民主党は上院、下院ともに大敗を喫する結果となった。この流れを変えるためにも、オバマ政権とすれば国内経済にプラスとなる貿易戦略を構築する必要に迫られたわけである。その切り札が、TPPに他ならないのだ。 カーク米通称代表の「日本がTPPに参加してほしいと真に望んでいる。菅前首相の(参加に)前向きな表明は非常に勇気のあることだ」という発言からは、オバマ政権の本音がよくわかる。 TPP推進の旗振り役を演じている経済産業省は、アメリカ側の本音の問題に触れようとしないだけでなく、日本の平均関税率が、他国と比べても決して高くないということにもあえて触れない。同省の基本的な戦略は、貿易に占める2国間の自由貿易協定(FTA)発行署名済み国の数で比較すれば、日本が韓国に大きく出遅れていることを印象付けることにあるようだ。 その背景にある論理は、このままいけば、韓国やアメリカやEUとの間で自由貿易協定を次々と発行することになり、我が国の輸出は、ますます不利な状況に追い込まれるというもの。その際、経済産業省が繰り返し使うデータの一つが、EUにおける主な高関税品目に関するデータである。しかし、平均関税率から見ると日本の非農産品の関税率は決して高くない。 *全品目、農産品、非農産品の順に関税率を表示(単位:%) 日本:4.9、21.0、2.5 アメリカ:3.5、4.7、3.3 EU:5.3、13.5、4.0 韓国:12.1、48.6、6.6 (WTOホームページより作成) 経済産業省が実施した、「我が国の産業競争力に関するアンケート」を見ると、今後海外シフトを検討実施する日本企業がいかに多いかが明らかになる。本社機能のみ日本に残すものの、生産機能のみならず、研究・開発機能まで海外に移転することを検討する企業までもが増えている。 http://www.hkd.meti.go.jp/hokis/mono_kondan/data04.pdf こうした日本国内の厳しい情勢を打破するために経済産業省が主張する政策は、今後の成長が期待できるアジア太平洋地域に、日本企業がほかの国々と同様に市場参入を図る条件を整えることが欠かせないというものである。 すなわち、「関税をゼロにする」という自由貿易圏構想を進めるというわけだ。 では、なぜ日本は今、2国間交渉で進めていくFTAではなく、多国間で交渉するTPPに舵を切ろうとしているのだろうか。FTAとTPPの違いは何なのかについて、簡単に説明したい。 国際経済を支える貿易の仕組みは、1945年に発行した為替に関する協定、すなわちブレトンウッズ体制から始まった。 ブレトンウッズ体制とは、金1トロイオンス=35USドルを固定し、そのドルに対して各国通貨の交換レートを決めた金本位制を定めた協定のことで、これにより日本円も1ドル=360円と固定された。そしてブレトンウッズ協定(1944年)以降、1945年には国際復興開発銀行(IBRD)が、1947年には国際通貨基金(IMF)が、1948年には貿易制限措置の削減と自由貿易の推進を定めた「関税および貿易に関する一般協定(GATT)」が発足したのである。 GATTにより、原則として各国間での輸入禁止や数量制限措置が禁止され、すべて関税に置き換えていくになり、各国間の交渉で関税を引き下げられ、貿易環境が整えられていった。1986年から1994年にかけて行われたGATTのウルグアイ・ラウンドには123の国と地域が参加。1995年1月には、さらなる自由貿易の促進を目指す国際機関として、GATTに代わり世界貿易機関(WTO)が設立された。 WTO設立以降、加盟国は153の国と地域にのぼり、モノやサービスなどの公正な貿易のために多国間貿易交渉を続けているが、WTOでは多くの国と一度に交渉しなければならないため、交渉成立までには時間も労力もかかかってしまうことが指摘されてきた。そこで、近年ではWTOを補うものとして、2国間で交渉する自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)が注目されているのである。 FTAは、特定国や地域の間で物品関税やサービス貿易の障壁などを削減・撤廃することを目的とする協定で、EPAは、人の移動(労働)や知的財産の保護、競争政策、さまざまな協力など幅広い分野の提携で関係強化を目指すものである。 そして、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)は、物品貿易については、農産品を含め、原則全品目について即時または段階的に関税撤廃、政府調達(いわゆる公共事業)、競争政策、知的財産、金融、電気通信、電子商取引、投資、環境、人の移動(労働)など、あらゆるサービス分野を協定の対象に含んでいることが特徴である。 2006年にシンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイの4カ国による経済連携協定(通称「P4」協定)が発行され、現在はこれにアメリカ、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシアが加わり、9か国で交渉が行われている。2011年10月までに計9回の交渉を行い、11月にハワイで行われるAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議で妥結することを目指している。 そこでもう一度初めに戻るが、日本がこの協定に加わる意味は何だろうか。 なぜ、FTAやEPAでは駄目なのだろうか。 政府によれば、TPPがアジア太平洋の新たな地域経済統合の枠組みとして発展していく可能性があり、TPPのもとで決められた貿易投資に関する先進的なルールが、今後、この地域の実質的基本ルールになる可能性があるということなのだ。しかし、すでに述べたように、TPPはアメリカの経済政策という面を色濃くもっている。 アメリカは北米自由貿易協定(NAFTA)の締結によって、経済発展を遂げたメキシコとの貿易で莫大な利益を享受した。一方でメキシコの国内経済やカナダの農業は、アメリカ企業やアメリカ製品が大量に流入し、大打撃を受けていることは明記しておかなければならない。まさにアメリカは二匹目のどじょう、つまりは将来の可能性として中国を含む東アジア市場を狙っているわけである。 実際のところ、アメリカ政府はWTOが公表した日本の貿易政策に関する審査報告書を通じて、日本政府が2011年6月をめどにTPP交渉参加を決めることを前向きに評価している。これでは、「出来レース」と言われかねない。 それならなおのこと、メキシコやカナダの二の舞にならないために、日本にとってTPPに参加することのメリットは何か、デメリットは何かをきちんと検証していかなければならない。 WTO、FTA(EPA)、TPPの違い WTO(世界貿易機関) 関税削減交渉、153カ国・地域が加盟、加盟国共通のルール作り(関税削減率、国内補助金の削減、輸出補助金の撤廃)、我が国はWTO農業交渉で多様な農業の共存を主張 FTA(自由貿易協定)/EPA(経済連携協定) 2国間または複数国間で行う関税撤廃交渉 「実質上すべての貿易(一般的には90%以上と解釈)について、原則として10年以内の関税撤廃」とWTO協定で規定(10%は除外・例外が可能) TPP(環太平洋パートナーシップ協定) 太平洋を取り巻く9か国間のFTA 9か国間で行う関税撤廃交渉 除外・例外品目を認めず、全品目の関税を撤廃する TPPもFTAだが、重要品目の除外・例外扱いを認めていない。「実質上すべての貿易」を最も厳格に解釈 経済産業省では、我が国がTPPに参加した場合の実質国内総生産(GDP)増加、および伸び率の試算を公表をしている。その試算によれば、我が国のGDPは年間0.48〜0.65%伸びることになり、2.4〜3.2兆円の経済効果が期待できるという。そのうえで、同省はTPP早期参加のメリットとデメリットを挙げているのであるが、まさにその論調は「TPP参加ありき」で、TPP参加のデメリットに関してはまったく想像力が働いていないのである。 経済産業省が主張するTPP早期参加のメリットの第一は、「ルール形成への参加」である。すなわち、関係国の間で自由貿易に関するルールの協議が進んでいるわけで、その協議にいち早く参加することで、日本企業にとって、有利な条件を整備できるというわけである。 具体的には中小企業の輸出支援、すなわち輸出手続きに関する情報の一覧化や書類を統一する協議が進んでいるのだが、その際に日本のルールを主張することができるというのだ。また、新たな投資規律を強化する議論が進んでいるため、日本が早期の協議に参加できれば、強制的な技術移転や送金規制に関する抑制策を主張できるとも言う。加えて、成長分野の規制の調和を主張できるとも説明。万が一参加のタイミングが遅れれば遅れるほど、他の国々によって作られたルールを受け入れるだけになってしまう、と不参加のデメリットを強調する。 そして農業などの困難な分野についても、早期にルール形成の協議に参加できれば、除外品目を主張したり、長期の段階的関税引き下げを働きかけたり、いわゆるセーフガードといわれる緊急輸入制限を勝ち取ることもできる。そのためにも一刻も早い協議参加が欠かせないというのである。 しかも、原産地の表記や基準、知的財産権において、日本型ではないルールが導入されることになれば、日本企業にとっては新たな仕組みに対応するため、過剰なコスト負担を余儀なくされ、競争力がそがれることになりかねないとも説明するのだ。 こうした貿易のルールに関する早期参加のメリットのみならず、経済産業省が主張する早期参加のメリットには、アメリカとの関係強化という政治的な考慮も強く織り込まれている。すなわち、経済面でアメリカとの関係を強化するおとで、日米同盟を補完できるという発想である。 沖縄の普天間基地移設をめぐるぎくしゃくした関係によって、アメリカの日本を見る目が厳しくなっていることは間違いない。 これに対して前菅政権の思惑は、2011年11月にハワイで開かれるAPECでTPPの協定合意を目指すアメリカを後押しすることができれば、日米の同盟関係が修復できるに違いないというものだ。また、このところの中国の不穏な動きを見るにつけ、レアアースの輸出制限など資源ナショナリズムに傾きがちな中国の動きを牽制するためにも、日本とアメリカはいっそう協力関係を強化することで、対中政策にも効果があると分析。そのためにも、現在のWTOを超えた高いレベルの新たなルール作りが重要になる。そんな発想が経済産業省には強いようである。 しかも、アメリカが主導するTPPを日本が全面的に支えることになれば、TPPへの参加をためらっている中国や、ほかのアジア諸国が少なくとも経済連携協定(EPA)に参加する道筋はつけられるだろうとの目論見も見え隠れする。 一方でEUも、日本のTPP参加が遅れることになれば、日本とのFTA並びにEPA交渉に関しては、様子見を続けるだけになる可能性がある。その間に韓国とEUがFTAを発行してしまうことになるだろう。また安全保障の観点を考慮すれば、アメリカとの関係強化がないままでは、中国とのEPAも進めにくくなってしまう。 こうしたもろもろの背景説明をもとに、経済産業省はほかの省庁とは一線を画し、菅前総理のTPP前のめりの動きを強力に推進しているわけである。 一方、内閣官房においては、我が国がTPPに参加した場合のメリットとデメリットについて、よりバランスのとれた分析を行っている。 まず、我が国がTPPに参加した場合、すでに述べたように実質GDPを約3兆円押し上げる経済効果に加え、国を開くという強いメーッセージ効果が期待できるという。日本に対する国際的な信用と関心が高まるというのである。 韓国がアメリカとの間で進めているFTAが実現すれば、日本企業はアメリカ市場で韓国企業より不利な戦いを余儀なくされることはすでに述べた。しかしTPPに参加することになれば、日本企業は韓国企業と同等の競争条件を確保できるわけである。 もうひとつのメリットは、TPPがアジア太平洋地域の新たな地域経済統合の枠組みとして発展していく可能性があるということである。TPPで協議の進む貿易・投資に関する先進的ルールが、今後この地域の実質的な基本ルールになることが想定されるからである。つまり、これまで我が国が各国と結んできたEPAにおいてはカバーされてこなかった環境や労働といった新しい分野が重要になるとの見方である。 その意味で、日本がアメリカと歩調を合わせ、この地域の経済統合の枠組み作りを早い段階で進めることができれば、政治的意義は大きいと言えるだろう。もちろん、こうした目標を達成するためには、強い政治交渉力やリーダーシップが欠かせないことは言うまでもない。果たして今の日本の政府にそのような主導的交渉力があるかどうかは大いに疑問であるが。 内閣官房においては、同時にTPP参加のデメリットも検証している。 デメリットの最大のものは、あらかじめ特定セクターの自由化を除外したかたちの交渉参加は認められないという点に尽きる。 すなわち、たとえ日本でもコメを聖域化するような交渉はあり得ないということだ。10年以内の関税撤廃が原則であるから、当然といえば当然のことであろう。 農林水産省の試算によれば、コメや小麦など主要農産品19品目について全世界を対象にただちに関税を撤廃し、なんら対策を講じない場合の農業への影響は、農産物の生産額の減少が年間4.1兆円程度、カロリーベースでの食糧自給率の低下は現在の40%が14%程度に、農業・農村での多面的機能の減少は3.7兆円程度、農業関連産業も含めた国内総生産の減少は7.9兆円程度になるという。 国境措置を撤廃した場合の我が国農産物生産等への影響は甚大 農林水産省試算 試算の前提 ○ 19品目を対象として試算 米、小麦、甘味資源作物、牛乳乳製品、牛肉、豚肉、鶏肉、鶏卵等 【基準】関税率が10%以上 かつ 生産額が10億円以上 (林産物・水産物は含まない) 試算の結果 ○ 農産物の生産減少額(※) 4兆1千億円程度(米19.7千億円・比率48%、豚肉4.6千億円・比率11%、牛乳乳製品4.5千億円・比率11%、牛肉4.5千億円・比率11%、鶏肉1.9千億円・比率5%、鶏卵1.5千億円・比率4%、甘味資源作物1.5千億円・比率4%、小麦0.8千億円・比率2%、その他の農産物1.8千億円・比率4%) ※ 国産農産物を原料とする1次加工品(小麦粉等)の生産減少額を含めた。 ○ 食料自給率(供給熱量ベース) 40%→14%程度 ○ 農業の多面的機能の喪失額3兆7千億円程度 ○ 農業及び関連産業への影響 ・国内総生産(GDP)減少額7兆9千億円程度 ・就業機会の減少数340万人程度 先に経済産業省の試算で述べられていたTPP参加によるGDPへの経済効果が最大でも3.2兆円だとすれば、この農水省による試算は、農業分野だけで15兆円を超える損失が出るわけで、輸出産業にとっては3兆円の新たな富を生み出す一方で、15兆円を超える損失が生まれる計算になる。 農林水産省と経済産業省の試算がいずれも正しいとすれば、日本全体の経済のためには、TPPの参加は見送るべきとの結論が出るのは当たり前である。 さらに、内閣官房では日本の消費者にとってより深刻な影響をもたらすと思われる問題を挙げている。それは既存の2国間の合意事項が加盟国すべてに波及する可能性があることだ。つまり、TPP参加国にうちある2国間で結ばれた合意事項に、日本も従わなければならないのである。 特にアメリカからは日本に対して、牛肉の輸入やさまざまな非関税障壁に関して、これまで以上に厳しい要求を求められる可能性が高いと内閣官房では予測している。 たとえば、2003年以降、牛海綿状脳症(BSE)の問題によるアメリカ産牛肉の輸入に制限が加えられ、現在も輸入制限が続けられているが、アメリカからは日本の輸入規制は科学的根拠に乏しいものだとして、早期の緩和措置を求めてくる可能性が高いだろう。 また、公共事業の入札の際には、英語による情報開示が求められてくる可能性も出てくる。すなわち、一定金額以上の公共事業に関しては、国際的な競争の環境を整備する必要があるとし、入札条件が決定したのち、3日以内に英文でその情報を世界に公開しなければならないということだ。 今の日本の自治体や建設業界では、そのような対応ができるケースは極めて稀と言わざるを得ないだろう。英語での公文書をわざわざ作成するとなれば、日本国内の公共事業はますます停滞することが想定される。 現在、日本の地方で行われる公共工事に関しては23億円以下であれば、海外企業に門戸を開く必要がない。しかし、TPPがベースにしている「P4」協定では、一律7億6500万円以上の公共工事はすべて海外企業にも発注案件を公示しなければならないとされている。これによりアメリカの大手ゼネコンやコンサル会社が、アジアの安い労働者をまとめて日本に送り込む案件が急増するだろう。現に、東南アジアでは中国などの建設業者がそうした手法で次々と受注を獲得している。 アメリカの大手建設会社にとっては小規模すぎるかもしれない公共工事であっても、TPPによって、「発注ロットの規模拡大」が現実化すれば、国際入札案件は一挙に拡大する可能性は否定できない。たとえば、日本海沿いで遅れている高速道路の整備(ミッシングリンク「未整備により途中で切れている高速道路」の解消)や新幹線網の拡大には、潜在的な50兆円規模の公共投資が想定されている。これなら海外の建設業界にとっておいしい話であろう。 しかし、こうした国内の公共事業を海外企業に開放してしまえば、日本国内の建設業は崩壊してしまう。豪雪時には利益抜きで復旧に駆けつけてくれるのが地場産業であり、地元の建設業者である。「契約を優先する」海外の県建設業者にはとうてい望めない、日本的な’職人魂’を失ってよいのだろうか。TPPでは、こうした日本固有の文化的要素は「非関税障壁」として撤廃のターゲットにされる運命にある。 地域を支えるのは、農業や林業だけではない。建設業も欠くことのできない役割を担っている。京都大学大学院の藤井聡教授(社会都市工学)によれば、TPPによる日本の建設業に対する経済的損失は「最低でも6000億円。最大では3兆円になる」という。となれば、さまざまな分野の専門的な知識や試算を総動員し、TPPのもたらす影響を個別の分野ごとに検証する必要がある。ところが、そうした検証作業がまったくといっていいほど進められていない。 実は、こうした問題は氷山の一角であり、関税撤廃や自由貿易のもたらす様々なメリットとデメリットをどこまで容認することができるのか、十分な研究や議論が行われているとはとても思えない。 しかしながら、我が国の主要メディアや経済界では、自由貿易に立脚した日本は早期にTPP参加の決断を下すべきだ、という流れが強くなっている。保守的なメディアと見られる産経新聞ですら、「6月などと言わずに早期参加を目指し、国内の構造改革を果敢に断行すべきだ」(2011年1月16日)と主張しているほどだ。 産経新聞は、日米構造協議の重要性に言及しつつも、「日米FTAと同等の意味を持つTPPに参加するメリットは大きい」と議論を譲らない。その理由として掲げていることは、「日米の競争力を強化し、長期的な成長を促す基盤を築くだけでなく、世界の通商ルールについて両国のリーダーシップを発揮できるからだ」というのである。 また、経済産業省の主張と軌を一にするかのごとく、「安全保障の面でもTPPは日米同盟を補強し、国際ルールを無視する動きが目立つ中国を牽制する意味合いがある」とまで主張する。「民主党は日米FTAの締結を当初の政権公約に掲げていながら、農業団体などの反発で、「締結」という表現を「交渉の促進」に後退させ、TPP参加の決断も先送りにした。こうした腰砕けの姿勢では国民の不信を募らせるだけ。だから菅(前)総理はTPP参加を日本の死活問題と認識し、党内や国民への説得を急ぐべきだ」というから驚く。 産経新聞がこのような主張を掲げるほどであるから、ほかのマスコミは推して知るべしであろう。メディアにとって欠かせないスポンサー筋の大手輸出関連企業が軒並みTPPへの参加を求める緊急集会などを相次いで開催している。自動車や電機機器など関税撤廃の効果が大きいと見られる業界では、それなりのメリットが見込まれるのは確かである。しかし、それ以上に日本の経済界がTPPに期待を寄せているのは、やはり韓国への対抗意識からであろう。 FTAで先行し、多くの分野で我が国にとって最大のライバルとなった韓国。その韓国と同じ条件で戦うためには、TPP参加が欠かせないという発想が経済界の主流になっているようだ。 読売新聞が2011年1月に行った経営トップ30人を対象にした新春景気アンケートの結果から見ても、TPPについては29人が参加すべきだと答えている。ほとんどの経営トップが自由貿易の推進により、海外事業に取り組むことで活路を見出そうとしていることが鮮明にうかがえる。 日本経済新聞が2010年末に行った社長100人アンケートにおいても、TPPに「参加すべき」との意見は8割を超えている。TPP交渉について、「参加すべきではない」という声はゼロであった。 また、中小企業の経営者を対象に産業能率大学が2011年1月に行ったアンケートの結果も、「TPPに日本は参加すべきだ」と答えた経営者は、全体の83%に達していた。この調査は従業員6人以上300人以下の企業経営者、688人の回答に基づくものである。 さらにいえば、帝国データバンクが行った2010年1月にかけての全国2万3101社を対象にした調査においても、「TPP参加は日本にとって必要だ」と回答した企業が65%。また、TPPに参加しなかった場合、72%の企業が長期的に見て景気に悪影響があると認識していることも明らかになった。 これらの調査の結果を見る限りは、経団連に加盟する大企業から従業員10人程度の中小企業の経営者に至るまで、TPPに関しては、「日本の参加が望ましく、かつ避けがたい」との認識が広がっていると受け止めざるを得ない。 まさに菅前総理の意向を受け止め、経産省が中心となって進めてきたTPP参加に向けての世論工作が大いに効果を発揮しているといえるだろう。しかし、これらのTPP参加賛成派の経営者がどこまでTPPの本当の中身を確認、理解したうえで賛成の回答を寄せているのか、疑問の余地が多分にありそうだ。 その点については、菅前総理自身が述べている次の言葉が、その危険性を象徴的に示しているといえるだろう。それは2011年1月28日、参議院本会議の代表質問でのことである。「TPPが国内医療など個別の分野にどのような影響をもたらすものか、私から言うのは困難だ」と答弁したのである。 TPPの中身は、農業のみならず、また製造業に限定されることなく、実は医療や福祉、教育、法律、金融、通信など様々な分野に影響するものである。その一つ、医療分野の交渉が国民の健康に関わる国内医療にどのような影響をもたらすのか、そのことについて問われた前総理の答弁がこれでは、あまりに寒々しいと言えるのではないだろうか。 2011年1月24日の施政方針演説のなかで、「平成の開国」という言葉を11回も使い、貿易や投資の自由化、人材交流の円滑化まで踏み込んだ包括的な経済連携の促進を強調している菅前総理。「21世紀の日本のオープニング」と題した官邸のホームページにおいても、繰り返し日本が「第三の開国」に向けてTPPの参加への準備を進めていることを強調している。 これだけ日本の閉鎖性を強調し続けていれば、大企業であろうと、中小企業の経営者であろうと、このままでは日本が世界の流れから取り残されるとの思いに駆られるのも当然であろう。しかし、TPPの問題に関しては、やはりその参加のメリット、デメリットを、国民に対し具体的な情報を示さなければ、全体として賛成も反対も、結論の下しようがないのである。 正月の福袋を買うわけではないのであって、中身のわからないTPPに賛成しろと言われても、まともな判断力のある人々にとっては、何とも答えようがないというのが正解ではなかろうか。なぜなら、国会の場においても、メディアの場においても、TPPの実態はほとんど明らかになっていないからだ。 にもかかわらず、2011年1月時点で、TPPへの参加について反対あるいは慎重な対応を求める意見書や特別決議を採択した都道府県議会は39道府県議会と、全体の8割に上ることが、日本農業新聞の調べで分かった。ブロックの知事会が反対要請を政府に提出する動きも出ている。菅前首相は今年を「平成の開国元年」と位置付け、貿易自由化を加速する姿勢を強めるが、地方では反発の声も急速に広がっている。経済界の反応との違いに驚かされる。これは一体どういうことであろうか。要は、情報の開示を拒みながらTPP参加へ前のめりになっている政府への警戒心の発露にほかならないと思われる。こうした不安や懸念に対して、政府は納得できる説明義務を負っているはずである。 ノーベル経済学賞の候補者とも言われる東京大学名誉教授の宇沢弘文氏は「世界各国はそれぞれの自然的、歴史的、社会的そして文化的諸条件を十分考慮して、社会的安定性と持続的な経済発展を求めて、自らの政策的判断に基づいて関税体系を決めている」と指摘する。その上でTPP反対の立場を鮮明に語るのである。 曰く、「理念的にも、理論的にもまったく根拠をもたない自由貿易の命題を適用して、すべての商品に対する関税の実質的撤廃を「平静の開国」という虚しい言葉で声高に叫ぶことほど虚しいことはない」。 日本学術会議の試算を見れば、宇沢教授が指摘する農村の社会資産の重要性が明らかになる。すなわち、洪水防止機能が3兆4988億円、水源滋養機能が1兆5170億円、土壌侵食防止機能が3318億円、土砂崩壊防止機能が4782億円と言われている。要は5兆円を超える農業、農村の多面的な機能がこれまでも十分働いているのである。これほどの資産価値を有する、我が国の地域社会が守ってきた共有インフラを失ってよいのであろうか。 同じことは森林資源にも当てはまる。我が国は国土の75%が山に覆われている「森林大国」に他ならない。この森林のもつ貨幣価値も莫大である。先の日本学術会議の試算によれば、表面侵食防止機能が28兆2665億円、水質浄化機能が14兆6361億円、洪水緩和機能が6兆4686億円にも達する。 こうした試算金額の妥当性については、様々な議論があるにせよ、我が国の自然や農山漁村が果たしてきた地域社会と、国民の食生活を守る役割については誰もが否定できないものであろう。「農業はGDPへの貢献度は1.5%に過ぎない」と述べ、「98.5%の輸出貢献産業のためにTPPを進める」と語る菅前政権の閣僚たちの創造力の欠如と、国家観のなさにはあきれるほかない。 ◆輸出依存度(=財の輸出額÷名目GDP)について ・約11.5%(2009年)と低い。主要国の中で、日本よりも輸出依存度が「低い」のは、アメリカとブラジルだけ (第一生命生命経済研究所のコラムでは、70か国中55位となっている。) ・日本の輸出の半分以上(51.81%)は企業が購入する資本財。さらに工業用原料の輸出も25.5%を占め、77%以上は、「企業」が購入する財。 ・家電や自動車などの耐久消費財の占める割合は、14.42%。日本の輸出依存度が約11.5%であり、「耐久消費財の輸出対GDP比率」は、1.652% 〜( 第1次産業の割合1.5%とほぼ同等) 今こそアメリカの考えるTPP、そしてこのTPPが日本にとってどのようなメリットやデメリットをもたらすものなのか、正確な情報に基づき判断を誤らないように議論を尽くすのが政治の役割だと思われる。残念ながら、そうした議論が国会の場でもまともに行われているとは言い難い。であるならば、議論の場をもっと拡大せねばなるまい。 TPPへの交渉参加問題が提起しているのは、単なる「農業対輸出製造業」といった対立構図ではなく、我が国のあり方そのものなのである。しかも農業が自由化されることの意味はすこぶる大きい。というのは、人間生活に欠かせない「社会的共通資本としての農村」が事実上、消滅することにもなりうるからだ。 そうした国家存亡の危機をもたらしかねないTPPを安易に認めるわけにはいかない。TPPがもたらす「光と影」の部分をしっかりと受け止める想像力と誤った政策を正す行動力が、我々国民一人一人に求められる。 2011年3月に我が国は東日本巨大地震と大津波に見舞われた。戦後最大級の災害である。東京電力の福島第一原子力発電所にも被害が発生した。 そうした国難に直面した日本に対し、世界各国、なかんずく同盟国のアメリカからも支援が寄せられている。しかし、自国の国益をいかなる場合においても最優先するのが超大国。アメリカの日本専門家で国防総省で日本部長を務めたジェームズ・アワー氏(現ヴァンダービルト大学教授)を通じて、日本の復興策の一つとして「TPPを早期に批准せよ」と申し入れてきたのである。曰く「津波で多くの日本農家が命を落とし、生き残った者も非常に苦しんでいるのは間違いない。TPPが批准されれば、日本経済全体を後押しするであろうし、ずっと延び延びになっている、意味ある農業改革をもたらすこともできる」(「産経新聞」2011年3月25日) http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110325/dst11032502560002-n2.htm 巨大地震と大津波で危機的状況に陥った日本に対し、「海外からの支援を円滑に受け入れるためにもTPPは必要」との論調である。我が国の政府内にも、これに呼応する動きも出始めたようだ。火事場ドロボー的な発想に他ならない。こうした時だからこそ、食糧やエネルギーの自給力を高める方策をしっかりと練り上げるべきであろう。決して安易な「第三の開国」論に飲み込まれてはならない。 日本ではほとんど報道されていないが、当初のTPPの参加国「P4」(シンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイ)のみならず、TPP加盟国を前提とした交渉に参加している国々の間では、実はTPPに反対、あるいは慎重な姿勢を政府に求める動きも活発化している。我々はアメリカの一方的な情報宣伝に飲み込まれることなく、各国の動きにも関心を向け、日本にとって国益や個別の業界の利益を守るうえで協力できる国々や組織との連携プレーを考えるべきではなかろうか。 何としても、「バスに乗り遅れるな」といったアメリカの扇動的なキャンペーンに安易に乗せられる愚は避けなければならない。行き先や運転手の有無をしっかりと確認してから、乗るか乗らないかを決める必要がある。その観点から言えば、「P4」のなかではニュージーランドにおける動きが特に注目に値しよう。 ニュージーランド各地では、TPPに対する反対の署名活動やデモ行動がすでに頻繁に展開されている。日本ではなぜか、こうしたTPP交渉参加国で発生している反対運動についての情報がまるで伝わってこない。まさに情報鎖国状態である。開国というならば、まずこうした情報面での開国から先鞭をつけるべきであろう。 さて、日本では報道されない、そうした反対運動の最前列に立っているのが、「ウェリントンTPP行動グループ」と呼ばれる団体である。彼らの主張には我々日本人も大いに耳を傾けるべきものがある。特筆すべき問題点として、交渉参加国でありながら、同国政府が現在進行中の協議の中身について、議会に対しても国民に対してもまったく情報の公開を拒んでいることが挙げられる。 建て前上、アメリカ政府はTPPにおいては交渉の透明性を確保すると高らかに宣言している。しかしながら、交渉に参加している国々の消費者や影響を受けるであろうと思われる業界団体に対しては、なぜか詳しい説明も情報の提供も拒んでいるのが現状である。そのため、ウェリントンの反対グループは、TPPは秘密交渉なのか。透明性が確保されていない。いわば交渉のプロセスそのものが非民主的と言わざるを得ないと厳しいアンチTPP活動を続けている。 ニュージーランドの反対グループは、交渉中のTPPの素案を公開するよう迫っているのであるが、その背景には、TPPがニュージーランドの経済や社会、そして将来の環境を大きく左右するに違いない協定であるため、協定締結によりニュージーランドの国益が損なわれることは是が非でも阻止したい、という極めて当然の発想や危機感があると思われる。 また、「ニュージーランド看護連盟」も、TPPの協定案をすみやかに公開するよう要請文を政府に出している。というのも、TPPへの加盟によりニュージーランドの医療制度そのものが根底から破壊される恐れがあるからである。 「ニュージーランド看護連盟」会長のナノ・チュニクリオフ氏は、我々が多くの専門家を交えて検討した結果、TPPの加盟により我が国は独自のアルコール、タバコ、医薬品等の販売に関する規制を撤廃せざるを得なくなる可能性が懸念される。ニュージーランドの国民の健康と安全に責任をもつ医療従事者にとって、自国の安全基準を外国にゆだねるような協定は認めるわけにはいかない。その意味で、我が国の政府が国民に対しTPPのもたらす影響を明らかにしようとしていないのは極めて遺憾である。場合によっては国民の健康を大きく損なうのみならず、我が国の医療保険制度そのものが崩壊し、経済全体が奈落の底に追いやられる可能性すら否定できない」と語る。 これほど厳しい言葉で、ニュージーランドの看護連盟は政府に対し情報公開を求め、各地でTPP反対運動を展開し始めている。そうした運動の理論面での中心的役割を果たしているのが、オークランド大学のジェーン・ケルシー教授である。 ニュージーランドのオークランド大学のジェーン・ケルシー教授、彼女の専門は国際的な貿易協定。これまでも「政府にとって最も大切な役目は、外圧によって自国の政策を決定する権利を侵されないようにすることだ。たとえ、金融政策上の規制であっても、国民の意思を反映するのが政府の役割であり、海外の金融資本の利益を代弁するような圧力に屈してはならない」と主張してきた。ニュージーランドを代表する民間の’ステークホルダー(広い意味での利害関係者)’としての立場から、これまでのTPP交渉にオブザーバーとして参加し、目を光らせてきた人物である。TPPに関しても多くの著作や発言を通じて、警笛を鳴らしている。 その彼女曰く「現在我々が見せられているTPPの協定案文は、アメリカの強烈な知的所有権に固執する姿勢を濃厚に反映している。もし、そうした中身が合意されることになれば、ニュージーランドにおける特許や知的財産はアメリカにより、瞬く間に収奪されかねない危険性を秘めていると言える。これまでもアメリカは著作権や特許に関する自国企業の権利のみを最優先する立場を貫いてきている」。 アメリカがアジア太平洋地域の経済連携構想の中に封じ込めようとしている中国は、TPPをどのように受け止めているのだろうか。 中国社会科学院アジア研究所所長・李向陽氏によれば、「TPPは経済的に見れば金融危機以降、急速な発展の舞台となったアジアの活力を取り込みたいアメリカの思惑が色濃く投影されている交渉にほかならない。この地域で台頭しつつある中国を抑制しようとしているに違いない」と述べている。 日本の立場についても、同所長は次のように述べている。 「これまで日本は中国、韓国とともにASEAN(東南アジア諸国連合)+3を主軸にアジア域内経済連携構想を進めてきた。もし日本がTPPに参加することになれば、そうした戦略は変更を余儀なくされるであろう。ただ、ベトナムやマレーシアに加え、タイなどもアメリカ市場に向けた競争力を確保するために、TPP参加に舵を切ろうとしている。そのため日本がTPP参加の決断を下せば、ほかのアジア諸国の動きを加速させることになるはず。しかし、我々中国はASEAN(東南アジア諸国連合)+3にせよ、インドなどを加えた+6にせよ、こうした地域間の経済連携とTPPを同時に発展させることは難しいと受け止めている」。 そのうえで、中国の基本的立場を次のように説明する。曰く、「我々の戦略は、多国間の枠組みよりも2国間でのFTAのネットワークを広げることにある。その意味で、中国がTPPに参加する可能性や予定については短期的にはあり得ない。中国にとっての優先順位は低い。万が一、中国がすべての条件を満たすからTPPに加入したいと申し出たとしても、アメリカは中国に対して無理な条件を押し付け、加入を認めようとしないだろう。なぜなら、アメリカはTPPに限らず、経済連携については常に安全保障的な意味を付与したいと考えているからである。結論的にアジアの経済にとって最も望ましいシナリオは、日本、韓国、中国によるFTAを実現することである」。 実は、中国外務省もこうした李所長の主張を裏付けている。 すなわち、「TPPに関しては経済発展の地域格差と多様性を十分に考慮すべきであり、アジア太平洋地域における経済一体化のプロセスは順を追って段階的に進めるべきだ」というわけだ。要は、アメリカが進めるような、TPPによる急速な環太平洋、アジアの経済統合を牽制するという立場にほかならない。 その背景として、TPPでは関税撤廃の例外品目がわずかにしか認められないため、中国とすれば自国の農業が厳しい競争にさらされることを警戒しているに違いないと思われる。また、アメリカがこの地域の経済連携構想において主導権を握ろうとしていることに対する警戒心も強い。結果的に、中国外務省はアメリカが入りたくても入れない東南アジア諸国連合(ASEAN)などの枠組みを軸にした経済連携強化を進める方針を固めているようである。 参考資料 http://www.nochuri.co.jp/skrepo/pdf/sr20110217tpp.pdf TPP(環太平洋連携協定)に関するQ&A TPP(環太平洋連携協定)に関する国内での論議が急速に高まるなかで、得られる情報は今のところ乏しいのが実情であり、十分な検討材料がないままに議論が進められている。TPPは、農業は無論のこと、我が国の経済・社会に多大な影響を及ぼすとみられ、正しく基礎的な情報の把握が求められている。 本レポートは農中総研が執筆チームを編成し、TPPの概要、参加国の動向、韓国・中国の姿勢、日本農業・日本経済への影響、各界の意向について取りまとめたものである。 2011年2月 農林中金総合研究所 我が国の経産省はTPP加盟の理由づけとして、「韓国との輸出競争において、今の不利な状況を克服するためには、TPP加盟が欠かせない」と繰り返し説明している。しかし、韓国自体はアメリカや欧州とのFTA批准に向けて積極的な取り組みをしており、TPPへの関心はほとんどないのが実態である。 韓国農村経済研究院の金泰坤(キムテコン)研究員曰く、「食糧輸入国にとってTPPに参加する利点はない。我が国はアメリカやEUとのFTAを優先し、同時に国内向けの農業対策を順調に進めている」。このように韓国の方針はすこぶる明確である。経済界出身の李明博(イ・ミョンバク)大統領の意向を受けてのことだと思われる。 実際、韓国農業は構造改革が進み、施設型農業(施設野菜園芸や中小畜産生産のように、施設の使用をその前提条件とし、その施設規模の大小によって所得水準が規定される農業)などで輸出が増えている部分もあるが、土地への依存度が高い土地利用型農業は大きな問題を抱えている。当然、対策がうまく機能しないこともあったようだ。結果的に食品輸出の伸びの多くは、原材料が海外から入る加工麺や焼酎、菓子といったたぐいで、農産物は少ないのが韓国の実情である。 つまり、食糧輸入国が市場開放を続けることは難しいというのが世界に共通した状況といえよう。韓国にとっても中国にとっても、農業問題こそがTPPへの加盟に対し慎重ないし反対の立場をとる最大の理由に違いない。 とはいえ、外交巧者の中国はTPPに関して各国の動きを注視し研究を進めているようだ。参加するか、参加しないかは研究段階であるとし、臨機応変な態度で選択肢を温存する構えをとっている。そのためか、「すでにTPPの交渉に参加している国々とも連絡をとっている」と駐日中国大使、程永華氏を通じてオープンな姿勢も印象づけようとしている。さすが、老練な外交官だ。 |