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近聞遠見:「行動は雨」の時節です=岩見隆夫
http://mainichi.jp/select/seiji/iwami/
毎日新聞 2011年6月4日 東京朝刊
すっきりしない<菅降ろし>のてんまつだった。第1幕は一応の区切りがついたが、これから第2幕、第3幕の混乱が続くのだろう。
今回も水面下では、日夜、さまざまな小ドラマが繰り広げられた。最大の特徴点は<超党派>である。党の垣根が低くなった。以下の話もその一つ−−。
民主党の中堅リーダー、当選5回のMが、面識のある自民党の山崎拓前副総裁のもとを訪ねたのは、菅内閣不信任案が国会に提出される数日前だ。
「ご指南いただきたい」
というのである。Mは小沢一郎元代表に近いとうわさされていたが、不信任案への賛否で迷っているらしかった。
山崎はこう言った。
「アラブの格言に『思想は空、言葉は雲、行動は雨』というのがある。みんな雨が降るのを待っている。つまり行動がいちばん大事ということだ。
小沢さんとの関係を悩んでいるのだろうが、君は小沢さんと離れて別の行動をしたほうがいいのじゃないか」
Mは黙って聞いていた。山崎は数々の修羅場をくぐり抜けてきた百戦錬磨の行動派長老である。09年夏の衆院選、民主党ブームのなかで落選(福岡2区)したが、いまも近未来政治研究会(山崎派、衆参14人)の会長だ。非議員で派閥を束ねている例はほかにない。
かつて政界をかき回したYKKトリオ(山崎、小泉純一郎元首相、加藤紘一元幹事長)は解散になったが、山崎を介していまも縁が続いている。菅直人首相が自民党の谷垣禎一総裁に入閣要請した時(3月19日)も、菅と親しい加藤が仲介に動き、山崎も裏でかかわった。失敗に終わったのだが。
<菅降ろし>騒動の主役は、またも小沢が演じたが、YKKと小沢の因縁も浅くない。最近、山崎が「日本経済新聞」の電子版に連載した<わが体験的政界論>によると、その舞台は17年前の渡辺美智雄元副総理・外相、愛称ミッチーの擁立劇だった。
94年4月、細川護熙首相が退陣したころ、小沢新生党代表幹事からミッチーに連絡がある。
「連立を組んでいる社会党を切るから、埋め合わせをしてくれ。80人連れてくれば、あなたを総理大臣にする」
と。山崎はミッチーの命を受けて80人集めるのに腐心した。YKKを母体とする政策集団<グループ新世紀>がそのくらいの数だったので、そっくり持っていきたいと画策したが、山崎が所属する渡辺派以外はついてこない。
加藤、小泉は小沢を信用せず、
「渡辺先生は慕っている。しかし、小沢一郎には必ずだまされる」
と強く反対した。小沢と組んで政権を取る構想を2人はどうしても受け入れない。小沢・ミッチー関係が進展しないうちに、政権は羽田孜、村山富市と移っていった。
そんな山崎の昔話を聞いて、Mは小沢と手を切り、不信任案に反対するハラを固めたようだったという。興味深いのは、民主党の次を狙うリーダーが、自民党重鎮に一身上の相談を持ちかける政界事情である。山崎は、
「どなたかが、私のところに行け、とすすめたんでしょうな」
と言うが、党派にこだわらない政治家同士の個人関係が急速に深まりつつあるのは間違いない。
表舞台では与野党の対立と混迷政局が続いているが、底流は、山崎が言う<行動は雨>の時節、柔らかく湿ってきた。政界再編の素地は相当熟しているとみていいのだろう。(敬称略)=毎週土曜日掲載
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