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広原盛明(都市計画・まちづくり研究者)
東電福島第1原発事故がいっこうに収束の気配を見せない。それどころか、東電がこれまで否定し続けてきた第1号炉の“メルトダウン”が5月12日になってようやく明るみに出た。壊れていた圧力容器の水位計を取り換えたことで、本当の姿が明らかになったのだ。これまで多くの原子力専門家がその危険性を指摘していたにもかかわらずである。
そういえば、この事態は事故発生直後からNHKテレビで原子炉は「安全だ」「心配ない」と言い続けていた某東大教授が、最近はさっぱり姿を見せなくなったこととも符合する。「大衆(社会)を一時は欺くことができても永遠に騙すことはできない」という格言が存在する所以だ。時間が経てば経つほど、真実を覆い隠すことがますます難しくなるわけだ。1か月前に東電が発表した原発事故に向けての「工程表」は、これから「改訂に次ぐ改訂」を迫られることになっていくだろう。
ところがこんな危機的状況にもかかわらず、被災した東北3県のなかには被災者の生活再建をそっちのけにして復興計画の策定に熱中している県がある。それは、言うまでもなく宮城県だ。同じ被災県でも岩手県は小沢一郎氏の影響下にあるせいか、達増知事は菅政権の復興構想会議に一線を引いている。福島県は原発事故が深刻化しているので、「それどころではない」と佐藤知事が常々言明しているとおりである。ところが宮城県の村井知事は、国の復興構想会議でも次から次へと目新しいアイデアを披露している。どこからそんなアイデアが湧いてくるのか。
5月3日、東日本大震災の「被災者ワンパック相談会」に阪神淡路まちづくり支援機構の一員として、私が南相馬市住民の避難所(福島市内)の相談会場にいたとき、何気なく手に取った地元紙・河北新報の記事に思わず目を奪われた。同紙によれば、前日の5月2日、宮城県の震災復興計画策定に向けて有識者の提言を受ける「震災復興会議」の初会合が開かれ、菅政権の復興構想会議のメンバーでもある村井知事が、「地球規模で考え、日本の発展も視野に入れた計画を作る上で適切な助言をお願いしたい」と挨拶し、「宮城県の復興にとどまらない大胆な構想」を打ち出す意欲を見せたという。
東北地方の1自治体にすぎない宮城県が、「地球規模で考え、日本の発展も視野に入れた計画を作る」とはいったいどうしてなのか。「宮城県の復興にとどまらない大胆な構想」とはいったいどんなものか。そんな疑問を抱きながら、12名の委員の顔ぶれを見てさらに驚いた。議長は小宮山宏東大前総長、副議長は寺島実郎日本総合研究所理事長、それに菅政権の復興構想会議検討部会メンバーである藻谷浩介日本政策投資銀行参事役など「大物委員」がズラリと並んでいるではないか。「発言力のある有識者を選んだ」(県幹部)というが、これではまるで国レベルの復興会議の人選とほとんど陣容が変わらない。なにしろ被災した地元市町村からは誰一人の委員も選ばれず、圧倒的多数が東京在住の「発言力のある有識者」で占められているのである。
このときはメンバー構成の意味するところを充分考える余裕がなかったので後で調べてみると、野村総合研究所顧問(震災復興プロジェクト・リーダー)の山田澤明氏という委員が実は宮城県震災復興会議の「キーパーソン」であることが分かった。野村総研(NRI)は、知る人ぞ知る財閥系のシンクタンクである。NRIのニュースリリースによれば、同研究所は東日本大震災発生直後の3月15日に社長直轄で「震災復興支援プロジェクト」を立ち上げ、4月4日には早くも「東北地域・産業再生プラン策定の基本的方向」を提言するなど、震災復興に向けた緊急対策や復興支援のためのソリューションの提供などに精力的に動いている。東日本大震災の発生を時を移さずして「震災ビジネス」「復興ビジネス」に結び付けるビジネス感覚は並み大抵のものではないが、その成果が4月14日の「宮城県の震災復興計画の策定を全面的に支援することで宮城県と合意しました」との声明であり、それを具体化するための震災復興会議の発足だったのである。
その具体的な経緯は、「NRI(野村総研)は、これまで宮城県知事の政策アドバイザーや宮城県及び東北地方に関連する様々な調査研究プロジェクト業務等を通じて、宮城県と深い関わりをもっていました。その経験を生かして、NRIの「震災復興プロジェクト」の一環として、この度の「震災復興計画(仮称)」の策定を全面的に支援することに致しました。宮城県の復興計画策定に加わることで、より具体的な形で被災地域の復興に寄与して参りたいと考えています」というものだ。また復興に関する基本的なコンセプトに関しては、「当該地域の復興に当たっては、単なる「復旧」ではなく、今後生じる様々な課題に対応した先進的な地域づくりに向けた「再構築」が求められています。現地の実態をしっかりと踏まえたうえで、NRIが保有する防災、地域開発、産業開発に関するノウハウを総動員することにより、今後の宮城県、さらには東北や全国の発展に資する住民志向、未来志向の計画づくりに、宮城県と一体となって取り組んでいく所存です」とも表明している。
通常、この種の県や市町村の行政計画の策定は、地域の有力者や学識経験者が審議委員として名前を連ねるものの、実質的な作業は自治体と委託契約を結んだコンサルタント事務所やシンクタンクが受け持つ場合が多い。宮城県の震災復興計画も、その審議日程をみると月1回2時間程度、全部で4回8時間程度の僅かな審議で計画案をまとめることになっている。しかしこの程度の時間だと実質的な審議はまず不可能であり、事務局原案をほぼ追認する形でまとまることが容易に予想される。つまりとりもなおさず、野村総研が実質的に「地球規模で考え、日本の発展も視野に入れた計画」と「宮城県の復興にとどまらない大胆な構想」をつくることになるのである。
くわえて注目すべきは、議長の小宮山東大前総長の果たす役割だろう。同氏は、高額の報酬で東京電力の社外取締役に就任していたことでも有名だが(原発事故後、辞任したかどうかは知らない)、本職(現職)は、東大総長の「天下り先」としては異例の財閥系シンクタンクの三菱総研の理事長である。このことは、野村総研と三菱総研が手を組んで宮城県の震災復興計画をつくることを意味する。被災した地元市町村から誰一人も震災復興会議の審議委員に選ばれず、圧倒的多数が東京在住の「発言力のある有識者」で占められたのはおそらくこの両者の意向によるものだろう。地元市町村の委員が参加すれば、被災地の惨状を無視して「地球規模で考え、日本の発展も視野に入れた計画」や「宮城県の復興にとどまらない大胆な構想」を速やかにつくることが困難になるからだ。
日本を代表する巨大な財閥系のシンクタンクが、自治体からの「丸投げ」に近い形で震災復興計画をつくるなどという事態は、阪神淡路大震災のときでもなかった未曾有のことだ。私は、ことの背景に財界が東日本大震災を“奇貨”として「道州制の導入実験」をしようとする意図が横たわっていると見ている。すでに経団連・経済同友会をはじめ多くの経済団体から、東日本大震災を契機に広域的な「東北再生機構」をつくり、それを「東北州」にスライドさせていくといった提案が数多く出されているのはそのためだ。宮城県の震災復興計画がその「先導役」としての役割を与えられているとすれば、野村総研への委託契約も小宮山三菱総研理事長の議長就任も納得がいく。
この点に関連して私が注目しているのは、この間の宮城県村井知事の突出した発言ぶりだ。村井知事は国の復興構想会議においてはもとより、マスメディアに対してもことあるごとに被災地を「復興特区」に指定して土地所有の集約化あるいは土地利用の大胆な規制緩和を行い、市街地や農地ならびに漁港の再編をこの際一気に実施したいという発言を繰り返している。なかでも「漁港を集約して漁業権を民間資本に移す」、「小規模農地を集約して規模拡大を図る」、「建築制限を継続して市街地の高台移転を促す」などの一連の発言は、被災地の復旧復興の根本にかかわる重大問題であり、輕輕に口に出せるような提案ではない。たとえば「県内に約140カ所ある漁港を3分の1から5分の1程度に集約する」「地元漁協に優先的に与えられる漁業権の枠組みを緩和し、国の資金で水産関連施設や漁船の整備を行い、その後漁業権を漁業者や民間企業の資本を活用した会社などに移す」など(日経、5月11日)といった構想をそのまま実行すれば、三陸沿岸の漁村はほとんど消滅し、過疎集落を無人化に導くことは間違いないからだ。
次回は、村井知事の種本となった野村総研の『震災復興に向けた緊急対策の推進について東北地域・産業再生プラン策定の基本的方向』(第2回提言)の内容について詳しく検討したい。
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