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http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20110516/270063/?ST=business&P=1
福島第一原子力発電所の事故に伴う東京電力の損害賠償がこのところ大きな話題になっている。菅直人首相は4月29日の衆院予算委員会で、「原子力損害賠償法の免責事項にあたり、賠償責任はない」とする東電の主張を否定する考えを示した。
また政府がまとめた試算によると、今回の福島第一原発事故に伴う賠償総額は4兆円に達し、そのうち東電の負担は2兆円に上るとの見通しが5月3日に明らかになった。その一方で東電は、損害賠償の目安をつくる原子力損害賠償紛争審査会に対し、「(東電が)賠償できる限度を念頭において指針を策定してほしい」という内容の要望書を提出していたことが4日に明らかになった。
東電の「懐事情」はいま、どうなっているか
最初に東電の「懐事情」について整理しておこう。同社が加入している保険は、原子炉1基について1200億円と言われている。しかし1号機などに関しては、耐用年数を超過している、あるいは老朽化しているなどの理由で保険料が値上がりし、交渉がもつれていたという話もあるので、昨年までの保険が有効に継続されていたのかなど確認すべき事項がいくつかある。
仮に保険があったとしても、このレベルの保険では2兆円の賠償などまかなうことはできない。しかも、同社の借金は社債が4.7兆円、長短期の借入金が6兆円もある。
東電の資産は12兆円くらいあると思われるが、その大半は発電プラントそのものだったり、発電・変電所の土地だったり、送電網であったりするので、現金化はしにくい。「国が救済する」というニュースが流れると株価は上がるが、枝野幸男官房長官が13日の閣議後会見で「銀行には債権放棄を期待する」という発言をした後は下がったりしており、時価を算定するのは難しい。
政府が東電の賠償能力を奪い取っている
しかし、すでに債務超過に陥っている、あるいはもうじき陥るであろうことは間違いない。株価がまだついていることが不思議で、東京証券取引所は風聞で乱高下する東電の取引を当面の間停止するなどの措置を考えなくては市場の混乱は避けられない。
一方、東電株は日本一の「ブルーチップ銘柄」(有望な株式銘柄)であり、年金などへの組み込みも多かったので、アメリカのゼネラル・モーターズ(GM)破綻と同じような大きな市場へのインパクトが予想される。
政府要人が銀行に債権放棄を求めるという発言をしたことにより、銀行借り入れも、社債の発行も困難となった。今の株価では市場からの直接調達の道も閉ざされている。つまり東電の賠償は国民・生活者が税金または電力料金の値上げで負担しなくてはならない、ということである。
そのような状況に追い込まれたのは政府が不用意に公的資金による救済スキームを発表したり、銀行に債権放棄を要請したりするからである。つまり政府が口では「東電に賠償させる」と言いながら、実質的にはその賠償能力をさきに奪い取り、国民にツケを回している構図になっている。前回も「無能な政府を持つと国民の生活は非常に高くつく」と書いたが、残念ながら今回もまったく同じことを言わねばならない。
避難解除が1カ月遅れるごとに1兆円以上の「東電補償」が増える
そもそも東電の賠償額が本当に2兆円で済むかどうかも疑わしい。私自身は「10兆円は下らないだろう」と思っている。農業・漁業関係者への補償、避難生活を余儀なくされている人たちへの見舞金および生活保障、避難地域の商店や企業への休業または事業継続リスクに対する補償、避難地域以外での計画停電による減産・倒産賠償なども含めれば、私の推計よりも大きくなる可能性もある。
最大の不確定要因は、一体いつまで避難が続くのか、ということである。1999年に起きた東海村JCO臨界事故の時にも避難指示が出されているが、これは半径350メートル、しかも3日間だけであった。それでも150億円もの補償金が出されている。東電の場合には半径30キロで、しかもすでに65日、最終的には何年になるか見通しさえ立っていない。2兆円という数字は2カ月分かもしれないが、1年になれば10兆円でも足りないだろう。
つまり、いま政府がやるべきことは、「一刻も早く、避難している人々を戻す」ことである。その最終的な期限(日時)を設定して、それまでに「何があっても元に戻れるように死力を尽くす!」と宣言することである。だらだらと避難区域を拡大し、期間を無制限にしているのは「復興利権屋に荷担しているのではないか?」と疑われても抗弁できないだろう。避難解除が1カ月遅れるごとに1兆円以上の「東電補償」が増えていく、という目安を頭に入れるべきだ。
政府が場当たり的に繰り出す規制は愚策だ
ここで少しだけ東電に同情するならば、同社の賠償額は他ならぬ政府の場当たり的な対応によって指数関数的に拡大している、という点だ。
たとえば、前回の本連載「政府の原発対応で国民の生活は高くつく」で指摘したように、無意味に避難区域を拡大したり、罰則まで設けて立ち入りを禁止したりといった規制は愚策である。アメリカのスリーマイル島原発事故の時のように、炉心溶融(メルトダウン)しても周辺16キロの住人に対して自主避難の勧告というやり方なら補償は極めて小さかったはずだ。
農作物の出荷停止についも、同じだ。放射線が少々検出されたからといって出荷停止をさせる。常識的な摂食さえ心がけていれば問題はないにもかかわらず、である。
こうした規制を政府主導で行うのであれば、それによって発生する損害は本来、政府が補償すべきものであろう。
だからといって、東電がまったく責任を負わずに済むはずではないし、被災者の怒りの矛先はまずは東電に向かう。清水正孝社長をはじめとする経営幹部が被災地で土下座行脚したのはそのためであろう。
枝野官房長官の発言は結局、国民の税負担を重くする
政府が警戒区域を拡大したり農産物の出荷を停止させたりすると、福島第一原発から遠く離れて暮らしている人たちにとっては頼もしく見えるかもしれない。実際、政府を代表して様々な対応を発表している枝野官房長官は、この2カ月余りでずいぶんと株を上げたかのような感がある。
だが私に言わせれば、枝野官房長官は、無意味に政府の、そして東電の責任を大きくしているだけのように見える。それが賠償額の拡大につながり、ひいては私たち国民の税負担の増大にもつながってくる。
1年間毎日洗わずに食べ続ければ暫定基準に達する程度のほうれん草を出荷停止にしたり、銀行の東電に対する貸付金を債権放棄すべきだ、という「私見」を述べたりすることで、どれほど国民の負担を大きくしてしまったことか。そういう視点が枝野氏をはじめ民主党政府には決定的に欠けている。前回、私が「無能な政府を持つと国民の生活は非常に高くつく」と述べたゆえんだ。
もし政府がもう少し冷静な判断を下せば、状況は大きく違っていたはずだ。すなわち原発周辺の地域の放射線量データを詳細に測定・公表し、健康被害との兼ね合いをきちんとアナウンスした上で住民の自主判断に任せることもできただろう。半径5キロよりも外側の住民をできるだけ早く帰宅できるようにする、なども負担削減には効果がある。
それだけでも政府と東電の責任はずいぶん軽くなり、すなわち国民の将来負担も軽くなる。どうしてこうした対応が政府にはできなかったのだろうか。
東電は最終的には政府と争うことになるだろう
冒頭に書いたように、菅首相は東電の「賠償責任はない」という原子力損害賠償法の適用を一蹴した。しかし本当に東電に賠償責任を負わせるのなら、避難区域の設定も農産物の出荷停止も東電の調査と判断によって行われるのが筋というものだ。
だから私は、東電は最終的には政府と争うことになると考えている。東電は法的手段によって自らの免責分野を確立していこうとするはずだ。
東電が原子力損害賠償紛争審査会に「(東電が)賠償できる限度を念頭においた指針づくりを」という要望書を提出したのは、その前哨戦のようにも思える。決定権をことごとく奪われた状態で責任と賠償額だけが勝手に大きくされていくとなれば、もはや「政府と東電は運命共同体ではない」し、何よりも株主がそれを許さないだろう。東電への株主代表訴訟が言われるが、株主が国を訴えることも考えられなくもない。
東電はおそらく日本最大の年金に組み込まれた株式であろう。老後の備えが大きく毀損した人も(本人が知らないだけで)少なくないはずだ。海江田万里経済産業大臣はじめ政府は、会長と社長の7200万円の役員報酬を奪い取って溜飲を下げている場合ではない。
現段階では賠償問題は決着をみていないし、政府と東電がどれだけの賠償額を支払うのかも定かではない。もちろん東電が完全に免責されることはありえないし、世論も東電の責任へと向かいがちだが、私たちはここで「政府の責任」についても改めて考える必要がある。
繰り返しになるが、思慮が足りない政府の尻拭いをするのは、結局は国民に他ならないからだ。
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