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高増明:TPP内閣府試算の罠 ── 菅内閣がひた隠す"不都合な真実"
THE JOURNAL 2011年4月19日
http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2011/04/tpp_15.html
TPPの参加問題について海江田万里経済産業相は19日の閣議後の記者会見で「まだ完全にあきらめたという話ではない」(日経)と語ったという。また、竹中平蔵慶大教授は、18日の産経で「東北の農業を単に復元するのではなく、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)対応型の強い農業にする」と語り、東日本大震災の影響で一時は棚上げされていたTPPが、再び議論の俎上に上がりつつある。
しかし、本誌でも繰り返し主張してきたように、TPP推進派の論拠は薄く、いまだに反対派との間できちんとした議論も行われていない。
なぜ、議論がいつまでたっても平行線なのだろうか。理由は単純である。それは、内閣府が"GTAP"という計算モデルを用いてTPPの経済的影響を試算した結果について「実質GDPを2.4兆〜3.2兆円、0.48%〜0.65%押し上げる」と自らに都合のいいデータだけを公開し、それ以外の結果のほとんどを隠し続けているからだ。
では、政府が隠しているデータとは何か。今回は、独自にGTAPモデルを用いてTPPの経済的影響を試算(※1)した関西大学の高増明教授に、政府がひた隠す"不都合な真実"を明らかにしてもらった。
【参考】
(※1)高増明教授による農業に関するTPP参加の経済効果のシミュレーション
http://www.takamasu.net/tpp.html
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高増明氏(関西大学社会学部教授)
──なぜ政府とは別にGTAPモデルを使ってTPP参加の経済効果を計算したのですか?
政府はGTAPモデルを使って、日本がTPPに参加したときの経済効果を計算して発表しましたが、日本のGDPの増加だけを発表していて、個別の産業、商品の生産がどのように変化するのかを発表していません。しかし、実際には、コメ、小麦、牛肉など個別の商品の生産の変化が問題なのは明らかです。それを発表しないのは、都合の悪い結果を隠しているのかなと思ったので計算してみました。
日本だけがTPPに参加した場合
※表はクリックすると拡大します
newsspiral110419_1_1.jpg
日本・中国・韓国・台湾・すべてのASEAN諸国がTPPに参加した場合 ※表はクリックすると拡大します
newsspiral110419_2_1.jpg
※グループ名に対応する国名は下記URLに掲載
http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/newsspiral110419_3.png
──その結果、どうなりましたか?
日本だけがTPPに参加した場合、日本はGDPを0.29%増加させますが、日本のコメ生産額は−64.5%、小麦の生産額は−62.3%、肉類の生産額は−23.9%となって、日本の農業は壊滅的な打撃をうけるという結果になりました。また日本、韓国、中国、台湾、ASEAN諸国がすべてTPPに参加した場合、東アジアの先進工業地域、中国はTPPに参加することによって、GDPを上昇させることができますが、日本、韓国、台湾のコメ生産は壊滅的な打撃を受け、そのほかの農産業についても日本は大きな生産額の減少を余儀なくされるという結果になりました。日本のコメの生産を減らさないためにどの程度の補助金を出せばいいのかということも計算してみましたが、400%程度という非常に高い補助金を支給する必要があるという結果になりました。(詳しい内容は表を見てください)
このような結果は政府も得ているはずで、それを発表しないのは、都合の悪い結果を隠しているとしか思えません。また他の国のGDPがどのように変化するのかも明らかにしていません。私の推計では、アメリカのGDPはほとんど増加しません。これは農業生産の増加が工業生産の減少で相殺されるということです。したがって、政府やマスメディアが言うように日本もアメリカも利益を得るというのは必ずしも当たらないと思います。
┃政府は農業が受ける影響を隠している
──そもそもGTAPモデルとはどういうものなのですか?
アメリカのパーデュー大学の農学部のグローバル・トレード分析センターが提供している貿易政策の効果を推計するためのモデルで、モデルとともに、世界経済についてのデータベースも提供されています。最新のものは、2004年について、113の地域と57の商品についてのデータが用意されていて、それを使って関税を引き下げたときの生産、貿易などへの影響を調べることができるわけです。農学部に所属しているということからもわかるように、GDPの増加を計算するのが目的ではなく、農業の個別の商品への影響を調べるのが最も重要な目的だと言っていいでしょう。その意味でも政府の使い方は間違っています。
農林水産省の推計よりGTAPモデルの方が正確だという議論がありますが、私が行ったようにGTAPモデルでも農業に大きな被害が発生することが結果として出ているはずです。またGTAPモデルのように多数の商品、多数の国を扱う一般均衡モデルの場合には、均衡を計算するために、モデルは単純なものにならざるをえず、またどうしてもデータは古くなるので、必ずしも推計の精度がいいとは言えません。GTAPモデルがいいと言う人は、モデルの構造もデータの問題もまったくわかっていない人ではないでしょうか。政府も関係者も、たとえばコメの関税を引き下げたら、中国産のコシヒカリや秋田小町、アメリカの玉錦、国宝などがいくらで輸入されるのかといった点を具体的に考えるべきだと思います。
┃TPPの経済効果はゼロに等しい
──政府はGTAPを用いて「実質GDPを2.4兆〜3.2兆円、0.48%〜0.65%押し上げる」と発表していますが、試算をした野村証券金融経済研究所の川崎研一氏は、東洋経済でのインタビューで「私が算出した政府試算は、関税撤廃等の自由化を10年やった場合の累積だ。TPP参加、不参加で3兆〜4兆円差がつくとみているが、1年で3000億〜4000億程度、GDPなら0.1%相当にしかならない」と答えています。政府が発表していた数字が10年間の累積だったというのも驚きですが、同じGTAPモデルでもこれほど計算が異なるものなのでしょうか?
誰でも1年で3〜4兆円だと思いますよね。それが1年で3000億〜4000億円なんていうことであれば、ほとんどゼロに等しいです。
政府は10年間の試算を出していることから、おそらく動学モデルを使っています。それに対し、私はもっとも基本的な静学モデルを使っているので違いが出ているのだと思います。
静学モデルとは、ひとつの状態(均衡)と別の状態を比べたもので、動学モデルは時間的な経路をみるものです。動学モデルでは、投資や資本の国際間移動などを取り扱え、時間的変化を調べられるのですが、複雑にしたから正確だとは一概には言えません。
その結果、政府と私では計算結果が違ったのだと思いますが、そのほかにもパラメータを変更したり、モデルのセッティングを変えることはできますから、結果は人によって変わります。私はあまり恣意的なことはしたくなかったので、基本モデルを使って、デフォルトのセッティングで計算しました。
でも、計量モデルとは所詮はその程度のもので、数字の大きさは参考程度でしょう。数字についてどちらが正確かとか、その大きさを過大に評価してはいけないと思います。
┃政府試算に非関税分野は含まれていない
──TPPでは農業以外にもサービス産業などの非関税分野も含まれていますが、これらも予測できますか?
GTAPモデルは、サービス産業の分析には適していません。サービス産業は関税が問題なのではなく、様々な規制、あるいは目に見えない障壁が問題だからです。TPPに日本が参加することによって、アメリカのGDPはほとんど増えないと思いますし、アメリカの狙いが、金融分野などにあることは明らかだと思います。
しかし、金融については、リーマンショックでも明らかになったように、規制緩和が良い結果をもたらすとは限りません。ヘッジファンドは、利回りの高い住宅ローンを証券化したものを買って、さらにそれを担保に債券を発行して資金を調達し、さらに証券を買うということを繰り返して、手持ちの資金の何十倍もの資金を運用しました。その結果、利益も何十倍になる可能性があります。しかし、それが損失となったときには、それも何十倍になるということです。このような影の金融機関やその取引を規制できなかったのが、リーマンショックの原因でした。
日本や中国などアジアの国が、リーマンショックの影響を直接受けなかったのは、規制や障壁が厳しかったからです。それが、TPPへの参加によって、なしくずしになる可能性は高いと思います。国全体が投資銀行化し、一時は高い経済成長を達成したアイスランドやアイルランドがどうなったのかを忘れてはいけないと思います。所得格差の拡大という面についても問題です。
──内閣、大手メディア、財界らが一体となった「TPP推進」の動きについて経済学者として感じることは?
まず「平成の開国」というキャッチフレーズを聞いて、TPP参加が危ういものだと思わない人は、どうかしていると思います。いったい誰が考えたのですか? 「開国」が関税ゼロという意味なら、どこの国にとっても、そう簡単に認められるものではありません。そもそもFTAが拡大してきたのは、包括的な交渉であるWTOが合意できなかったからです。もし、どこの国でも、どの産業についても、関税引き下げが望ましいのだったらWTOもすぐ合意できたでしょう。
関税の引き下げがいいことだというのも一般には間違っています。競争や自由貿易が経済を望ましい状態に導くというのは、様々な前提が満たされているときだけで、現実にはそれは満たされていないと考えるべきです。収穫逓増、不完全競争、情報の不完全性、公共財、外部性など「市場の失敗」と呼ばれる状況は現実に普通に存在しています。また自由貿易は産業構造の変化を促進させますが、その結果、生じる失業は、失業する人、ひとりひとりにとっては、そんなに簡単な問題ではありません。
日本の自動車産業だって、戦後の長い間、高率の関税で守られてきました。もし1950年代、60年代に自動車の関税を引き下げたら日本の自動車産業は壊滅していたでしょう。実際、当時の経済学者の一部や日銀総裁は、自動車産業不用論を唱えましたが、通産省(現在の経済産業省)が反対して自動車産業を育成したのです。経済産業省は、その時のことを忘れたのでしょうか?競争でいいのなら、経済産業省なんていらないですよね。
一般に、ある経済政策を行うときには、それによって利益を得る人と不利益を被る人がいます。合計して利益になるとしても、不利益を被る人をどのように救済するのかが問題で、その議論なしに経済政策を決めることは考えられません。とくに被害が大きいときは問題で、TPP参加を決めて、被害については後で考えましょうといったやり方は考えられません。最近になって政府も例外となる品目もあるというようなことを言っているらしいですが、例外としてどの商品を設定するのかを明らかにしてから交渉参加を決めるべきです。
┃東日本大震災でTPP参加は実質的に不可能
──目の前の事実を正しく認識し、それを科学的に分析する能力を持っていなければならない経済学者や政治家が、なぜTPPのような極端な政策に賛同してしまうのでしょうか?
経済学者のなかには、農業のような生産性の低い分野に投入されている資本や労働をより生産性の高い分野に振り向けるべきだという人もいます。竹中平蔵さんも、構造改革は生産性の低い産業で働いている人が高い産業へ移れるチャンスですと言っていました。しかし、本当にそんなことが可能だと思っているのでしょうか? 昨日まで農業をしていた人が、今日からIT産業で働けることはありえません。最近の経済学者のなかには、現実と経済モデルの違いがわからない人がたくさんいます。TPPのような極端なものに飛びつく経済学者は、そういう人か悪い奴のどちらかだと思います。マスメディアの一部もそういう乱暴な議論が好きですよね。
ようするに、政策を行って生じる様々な問題をうまく全体としてコントロールするということができなくなって、その結果、右か左かという極端な選択を突きつけるようになってきています。しかし、農業を保護しなければならないことはどの国・地域にとっても明らかで、またその一方で、FTAを進める必要があることも明らかです。政府は、バランスのとれた政策を提案し、メディアも全体としてのバランスを検証しなければなりません。それができなくなっているということです。それは、おそらく日本という国、政府、国民、メディアのすべてが追い詰められているなかで、生じてきていることでしょう。
貿易政策をナショナリズムと結びつけるのもやめてもらいたいと思います。貿易は個別の企業や個人が行うもので、どちらの政治体制が好きだから行うものではありませんし、政府が決めるものでもありません。一部のメディアが、東アジア共同体は中国が入るからだめで、TPPはアメリカ主導だからいいといったようなことを言っていますが、とんでもない議論です。それもTPPの議論をゆがめているひとつの要因です。
領土問題も同じで、強硬な主張が利益になることは一般にありえません。相手国が自分の領土だと主張している地域を勝手に開発することはむずかしいでしょうし、もし行ったとしてもそれによって得られる利益はごく小さいものでしょう。一方、友好的に貿易や相互投資を行うことの利益の方がはるかに大きいでしょう。私は「国益」とか言う人を基本的に信用していません。あるのは一人ひとりの利益だけです。ただし、それは利己的になれということではなく、他人の利益や痛みも考慮して、全体としてバランスのとれた社会や経済をつくっていくべきだということです。
──東日本大震災から1ヶ月が経過し、なかには「震災を契機に強い農業を」と主張する経済学者もいます。こういった意見についてどのように思いますか?
私は、震災と原発事故によってTPP参加は実質的に不可能になったと思います。東北、関東の農業、漁業は大きな被害を受けましたし、原発事故による放射能汚染は深刻です。海外に日本の農産物を輸出することは、よりむずかしくなりました。原発事故の収束には、長い時間がかかるでしょうから、その間に、日本の農業の国際競争力を上げることは到底、考えられません。しかし、震災と原発事故によって、農業のリスクの大きさや農業を守ることの重要性を多くの人が認識するようになったのではないでしょうか。その認識をこれからの政策に生かしてもらいたいと思います。
(聞き手:《THE JOURNAL》編集部 西岡千史)
【プロフィール】高増 明(たかます・あきら)
takamasu.jpg1954年、東京生まれ。京都大学経済学部、大学院経済学研究科卒業。京都大学経済学博士。大阪産業大学経済学部教授を経て、2006年から関西大学社会学部教授。専門は理論経済学、国際経済学。著書に『ネオ・リカーディアンの貿易理論』(創文社)『国際経済学:理論と現実』『経済学者に騙されないための経済学入門』『アナリティカル・マルキシズム』(ナカニシヤ出版)などがある。市場メカニズムの効率性や個人の自発的意思決定を絶対視する経済学には批判的であり、公正な所得分配とはどのようなものか、それをどのように現実の経済政策によって実現するのかについて研究している。
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