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30数年前、僅か5年間であったが原子力発電事業の一端に係わった者として、福島原発事故を見ると、この30年間、日本の原発行政は、当時と全く変わっていないように思う。それは原発の安全神話を創り上げることを第一にし、79年のアメリカ・スリーマイル島原発事故、86年のソ連・チェルノブイリ原発事故から、最悪の事態が起こることを学び、それに対応する体制を整えることを怠ってきたと言うことだ。
1970年に関西電力美浜1号原発運転を開始した。それが、日本で最初の商業用原発であった。その美浜1号機が、73年ころから約1年間、いろいろなトラブルを起こした。「トラブル」と書いたのは、事故とは言えないような故障が多数あったからだ。その多くが、マスコミにより針小棒大に大々的に報道され、電力会社が批判にさらされた。その時、通産官僚がしたことは原子炉の運転を止めることだけであった。
30数年前は、誰もが初めての経験の連続であった。だから安全性に疑問があると、原子炉の運転を止めた。それは当然の措置だ。だが、マスコミは原発が運転を止めるたびに大騒ぎをし、危機感を煽る報道をした。当時、原発に携わった企業人は、このようなことから、万が一、事故を起こせば日本の原子力事業の将来は無いとの危機意識を強く持っていた。技術者は安全第一で、決してコスト第一ではなかった。
原発推進の通産官僚も、同じ危機意識を持っていた。だから、原発の安全神話を創り上げる必要があった。だが、当時、原子炉の安全性を審査した東大・東工大の教授たちは、率直に言って、54年から原子力の研究開発を進めていた企業の技術者より、経験・知識ともに劣っていた。通産と科技庁の官僚に至っては、それ以下であった。
そのことを一番良く知っていたのは、当の大学教授であり、官僚たちだと思う。原発を自動車だとすると、電力会社は運転手。その自動車のメーカーは、昔はアメリカのGEとWH(ウェスティングハウス)。自動車の設計者はGEとWHで、安全基準はアメリカ原子力局の基準に準拠。そして自動車事故で衝突時に効果を期待されるエアーバッグが、ECCSとなる。自動車事故が起こると、救急車(消防)が来て人命救助に当たる。だが、今回の原発事故では、救急車は駆けつけなかった。
つまり、日本の原子力行政には、救急車を用意する発想が全くなかった。原子炉の安全性を審査するのは、自動車が安全に走行するかどうかの話。耐震性は、自動車が舗装道路ではなく、でこぼこの山道を走行できるかどうかの話である。原発を運転する電力会社社員は、事故が起こった時ブレーキを踏むだけでいい。後はECCSに任せる。この30年間、それを当然だとして来たことになる。
スリーマイル島原発事故、その7年後のチェルノブイリ原発の事故の後、そのような事故は、日本では起こりえないと、日本の原子力関係者は言った。筆者も、漠然とそう思った。だが、その根拠は、今思うと何であったのだろうか。想定外のことが発生するから大事故になる。凡人の想像力を超えたものが、想定外となる。その凡人が、原発の安全神話を創り、それに頼ってきた。そこから発想の転換ができなかった。
発想の転換ができなかった最大の理由は、机上の知識と大学教授と言う肩書き・権威だけで、原発の安全性の審査や検査システムを認めてきたことだと思う。その道の権威とされた者が、安全だとお墨付きを与えたのだから、万が一の緊急事態を想定した体制造りを進めることは、誰も出来なかった。つまり原発の安全神話の前に自縄自縛の状態になり、救急車を準備する原発安全行政に、転換できなかったと言うことだ。
今から思えば、死者が二人出た99年の株式会社JOCでの臨界事故が起きた時、原子炉での想定外の臨界事故が起こったら、との想像力を働かす権威とされる学者が一人でも居たらと思うのだ。また、福島第一原発で、想像を超える津波が来たらどうなるのか、と考え対策を立てていればと悔やまれるのだ。同じように津波に襲われ、福島第二原発、女川原発は無事に運転を停止したのだから、なおさらである。
今は、最悪の炉心溶融からチャイナシンドローム(日本だからアルゼンチンシンドローム?)に進むのを防ぐことを第一にし、関係者に全力を尽くして貰いたい、と願うこと以外何もできない。そしてその作業に従事する人たちの献身的な犠牲精神に、最大の敬意と感謝の気持ちを持つことが、筆者のできることだと思っている。
http://www.olive-x.com/news_30/newsdisp.php?n=105484
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