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民主党の「3月政変」が秒読み段階に入り、政局が混沌とし始める中、突然、細川護熙元首相の名前が飛び出した。
「最近、細川氏が公明党の市川雄一常任顧問、平野貞夫元参院議員と、銀座で極秘に会合していたことが話題になりました。98年に政界を引退し、神奈川県・湯河原に引っ込んで陶芸家になったはずですが、『民主党は危なくて見ていられない』と思って出てきたそうです」(全国紙政治部記者)
93年8月から94年4月まで続いた細川内閣は、現在の民主党政権の、いわば"雛形"。民主党幹部は細川政権で経験を積んだ政治家が多く、細川氏との縁が深い。
一方で同氏が、小沢一郎氏との関係から「一・一ライン」と呼ばれた市川氏、そして現在も小沢氏の知恵袋とされる平野氏と会合したことは憶測を呼んだ。
「細川氏は、昨年9月の民主党代表選の際にも、小沢氏に電話をかけて激励したと伝えられています。菅政権に対しては批判的な態度を取っており、会合でも不満を洩らしていたそうです」(小沢派議員)
すっかり世捨て人となり、生臭い世界から足を洗ったはずの細川氏だが、"弟子"たちのダメさ加減に、堪忍袋の緒が切れたのだろう。
しかし実は、細川氏が再登場した背景には、小沢陣営に別の狙いがあるという。
「細川氏は、次期首相候補の前原誠司外相が政界入りした時の世話人。前原氏が旧日本新党に入った当時、資金面のバックアップもした。ところが前原氏は、細川氏が失脚した途端、冷然と恩人を見限って去った。細川夫人はいまでもこの件で怒っており、前原氏にとっては、"スネに傷"となっています。つまり、細川氏の存在は、前原氏に対する強烈な牽制になるわけです」(民主党ベテラン議員)
しかしやっぱり、殿はいくつになっても殿だった。小沢陣営の願いも空しく、細川氏はここに来ていきなり、気が変わったという。
「平野氏らと会合したことがバレて、嫌気が差してしまったとか。『もうしばらく表に出たくない』と宣言したそうです」(同)
気まぐれなお殿様に、何か期待するのはやっぱり無理だったのか・・・。
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