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反射鏡:「参議院の優越」を何とかしなければ=論説委員長・冠木雅夫
「参議院の優越」。それが最近の日本政治を動かす原則である。と言うと、おや?と思う向きも多いだろう。わが憲法が定めているのは「衆議院の優越」のはずだと。
目の前で起きているのはこういう図柄だ。衆院では過半数(241議席)を大きく上回る307議席(国民新党と合わせ311)を有する菅政権が参院で立ち往生しつつあるのだ。参議院で与党が過半数割れしている以上、衆院での再可決に必要な3分の2を確保できないと予算関連法案を通せない。予算修正で合意できなければ政権は窮地に陥る。参院が政権の生殺与奪の権を握る形である。
自民党が強い時代は両院で与党が過半数を確保するのが常だった。だが、2大政党が拮抗(きっこう)し、民意が振り子のように変わる最近では難しくなった。まして衆院で3分の2以上というのは難易度が高い。この条項については<むしろ「参議院の優位」を帰結する効果をもたらす>という憲法学者の指摘もある(只野雅人・一橋大教授「岩波講座 憲法4」所収の論文)。
欧米の政治制度に詳しい大山礼子・駒沢大教授が「日本の国会−−審議する立法府へ」(岩波新書)で問題提起している。内閣提出法案の審議に内閣の関与を強める、国会審議を通じて合意形成する、参院の権限を弱め言論の力で存在感を発揮することなどにより、国会の機能を高めようというのだ。
先日、大山さんの研究室を訪ねて話を伺った。今の事態は「それみたことか」という印象だという。同書は「カリスマ性をもたない弱いリーダーもある程度指導力を発揮でき、逆に強いリーダーが登場した場合にはその権限行使をチェックできるような枠組みを」と記す。要するに「程度の悪い議員でも何とかできるような制度にする必要があるということです」。
政治学者の北岡伸一・東大教授も昨年末刊の「グローバルプレイヤーとしての日本」(NTT出版)で国会改革を主張している。「首相を決めるのは衆院議員選挙であるということの再確認」が重要であり「参議院の敗北くらいで責任問題を問うべきでない」と強調する。
両教授とも3分の2条項を過半数にという主張だ。2大政党の政策の違いが少なくなっている今、衆参両院で多数派が異なる「ねじれ」はむしろ常態になる。「ねじれ」を嘆かず、それを前提に物事を決める仕組みが必要という。
菅直人首相は平成の23年目にして16人目の首相である。うち2年以上在任したのは小泉純一郎氏ら3人だけ。今世紀に入ってからでは、小泉氏以外の森喜朗、安倍晋三、福田康夫、麻生太郎、鳩山由紀夫の各氏とも約1年かそれ以内の短命政権だった。政権がコロコロ代わる理由は一口では言えないが、参院選敗北直後の辞任、参院選に備えての首相交代、参院多数派工作の失敗など、「参院の重圧」が大きな比重を占めている。
政権が頻繁に代われば政治の問題解決能力は小さくなるし、国際的な信頼度も低下する。デフレにあえぎ国内総生産(GDP)の2倍もの借金を抱えつつ少子高齢化社会に突入している日本である。政治の機能不全で問題を拡大再生産している場合ではない。
もちろん「政治は可能性の芸術」であるから、高いハードルがあれば備えるのが当然だ。できなくてブツブツ言うのはみっともない。だが、こう短命政権が続くと、高すぎるハードルの問題も大きいことになる。
両院のあり方の改革は9条の問題よりもはるかに重要で緊急性が高いとしているのが京大教授の大石眞氏(憲法)である。1999年に斎藤十朗議長のもとに設置された「参議院の将来像を考える有識者懇談会」に参加し「再議決要件を過半数に、ただし一定期間は再議決権を行使できないようにする」などの改革案を提起した。だが参議院の権限を弱める提案には「参議院をおとしめる気か」と反発する議員もいたという。
「強い参院」にはさらに昨年7月時点で最大5・00倍という1票の格差問題がある。高齢者の多い地区が過剰代表になっていて、それが政策をゆがめているという議論もある。
敗戦後、GHQが示した1院制の憲法草案に対し、日本側が追加を要求して受け入れさせたのが参院だった。創設当初から今に至るまで衆院との関係や性格付けが延々と議論され続けている。日本の政治の力を回復するために今こそ本格的な国会改革をする時期だろう。
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毎日新聞 2011年3月6日 東京朝刊
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