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厳しい時代に「生き残る」には
経済アナリスト 森永卓郎氏
マニフェストを次々と反故にする菅政権。菅首相が退いてもその先に待つのは保守派の専横。民主党の志を守る議員は今こそ立ち上がれ!
2011年 3月1日
■なぜ、民主党執行部は小沢グループを追い詰めるのか
小沢一郎民主党元代表の政治資金収支報告書にかかわる裁判が揺れている。
1月20日に東京地検が、大久保隆規元秘書が供述した調書の証拠申請を撤回したのだ。大久保被告の取調べを行ったのは、郵便不正事件で証拠を改ざんした前田恒彦元検事だ。彼が取り調べた供述調書は証拠にならないと、検察が裁判開始前に白旗を上げてしまったのだ。
この裁判では、もう一人の被告である石川知裕衆議院議員が昨2010年5月に再聴取を受けたときの録音テープが証拠採用されている。このテープには、検察の強引な取り調べが録音されていると言われており、石川被告についても供述の任意性が問われる可能性が高い。
仮に裁判で二人の元秘書が無罪ということになったら、共謀者とされた小沢氏の責任は、当然追及できなくなる。
ところが、民主党常任幹事会は党倫理委員会(渡部恒三委員長)の答申を受け、政治資金規正法違反の罪で強制起訴された小沢一郎元代表を「判決確定まで党員資格停止」とする処分を決定した。
そもそも、裁判は「推定無罪」が原則だ。ましてや、小沢氏の場合、検察が不起訴を決めており、しかも、いま事件そのものが成立しない可能性が出ているのだ。
それなのに何故民主党執行部は執拗に小沢代表を追い詰めようとするのか。
■真の狙いは党内リベラルグループの一掃
私は、執行部の目的は小沢代表だけでなく、民主党の小沢派、鳩山派を中心とするリベラルグループを一掃することなのだと思う。
前原誠司、野田佳彦、玄葉光一郎といった初期の松下政経塾出身者は、保守的思想を持ちながら、自民党の公認枠が取れないなかで、民主党から出馬した経緯がある。だから、彼らにとって党内のリベラル派は、目障りな存在なのだ。そこで、小沢事件を口実にして、リベラル派を一気に追い詰めにいったのだろう。予算委員会から小沢派を粛清したのも、その一つの表れだ。
そして、第二次菅改造内閣に与謝野馨氏を送り込んだのも、民主党を保守化するための彼らの戦略の一環なのだ。
■大増税に舵を切る菅総理
菅総理は、総理の座を守るために、彼らの戦略に乗って基本政策を大転換した。
1月24日に通常国会の施政方針演説で、菅総理は最小不幸社会を実現するためには、財源が必要であり、国民にも負担をお願いしたいと増税宣言をした。その一方で、臨時国会まで強く主張していた「日銀と一体となった金融緩和による景気拡大」を引っ込めてしまったのだ。
デフレのなかで大増税などしたら、景気が失速するというのは、素人が考えても分かる話だ。ところが菅総理は、あえてそれをやろうというのだ。
可能性は小さいと思うが、万が一菅政権がしばらく続くとしたら、日本経済は、消費税の引き上げとともにデフレに転落した1997年の二の舞になる。当時の橋本首相は「大丈夫だからと言われてやったのに大蔵省にだまされた」と言ったという。菅総理も同じなのではないか。
■増税へのシフトは党内に亀裂を生みかねない
与謝野氏を中心とした執行部と従来の民主党の考えで大きな隔たりがあるのが財政再建の方法だ。
財政再建には大きく分けて五通りあり、(1)経済成長による税収増、(2)国の資産売却、(3)歳出削減、(4)インフレターゲット、(5)増税、である。この5つをどう組み合わせるかが実際の処方箋となる。
与謝野氏は四つ目のインフレターゲットを「悪魔の政策」というほど毛嫌いしており、5番目の増税を是としている。
しかし、2月15日掲載の記事でも述べたように、民主党内にはデフレ脱却議連(デフレから脱却し景気回復を目指す議員連盟)があり、インフレターゲットを求める声も多い。
執行部が急に宗旨替えをしても、彼らがおとなしく従うとは思えない。
たとえ迂遠なようでも、デフレ脱却のためのインフレターゲットと増税とどちらに力点を置くのかの議論をしなければ、党内はとてもまとまらないし、その隙を自民党に突かれることになるだろう。
■民主党の志を守るために16人が離反
2月17日、渡辺浩一郎代議士ら16人の民主党衆議院議員が、民主党の会派からの離脱を表明した。16人は、会派からは離脱するものの、離党の意思はないとしている。
岡田幹事長が離脱を認めていないので、すぐに民主党の分裂が進むとは言えないが、16人は、予算関連法案に反対する可能性を示唆しているため、衆議院での3分の2の再可決で予算関連法案の成立を目論んでいた菅政権にとっては大きな打撃となることは間違いない。
離脱を表明した代議士は、当選1〜2回の若手で、比例代表から選出されているため、このまま解散総選挙となれば、いまの民主党の支持率では、再選が覚束ないという危機感からパフォーマンスに出たのだという批判もなされている。
確かにそうした面は否定できないが、「菅政権が本来の民主党の政策を捨て、本来の民主党の政治主導を捨て、本来の民主党の国民への約束を捨て去って省みないならば、我々の存在意義すら打ち消すことになる。今の菅政権にはもう黙っていられない。無原則に政策の修正を繰り返す菅政権に正当性はない」という彼らの主張には、十分耳を傾けるべきだろう。民主党の現執行部が09年のマニフェストと、正反対の方向に政策の舵を切っていることは間違いないからだ。
2月24日に、国会では子ども手当法案の審議に入ったが、菅直人総理の口から「私もこの議論がなされている小沢代表の当時、『2万6000円』と聞いたときに一瞬ちょっとびっくりしたことを覚えている」という答弁が出たのだ。子ども手当は民主党が総選挙で掲げた最大の目玉政策だ。それを、あたかも小沢前代表の暴走のように、否定的なニュアンスを込めて言うこと自体が民主党の変節と言わざるをえない。
■菅総理は春頃の解散総選挙を想定
菅総理は16人の行動を「理解できない」と言った。しかしその本音は、「自分の戦略のなかに想定しなかった行動だ」ということではないのか。
菅総理は春頃の解散総選挙を想定していたとみられる。現に菅総理は18日の夜、記者会見で「解散に打って出る選択肢はあるか」という質問に対して、「国民にとって何が一番重要か、必要かと考えて行動します」と答えて、衆議院解散の可能性を否定しなかった。
早期に衆議院を解散すれば、反菅勢力も民主党の組織基盤から立候補せざるを得ない。そうなれば、菅政権が掲げるマニフェストの下で国民の審判を受けることになるから、仮に当選しても、その後は堂々と反旗を翻すことができなくなる。したがって、自分の政権基盤は盤石になる。そう菅総理は考えているのだろう。
■虎視眈々と跡目を狙う前原グループ
しかし、党内にはもう一つのシナリオを考えているグループがいる。それが前原グループだ。前原グループの重鎮、仙石代表代行が、公明党幹部に「首相のクビを代えたら、予算関連法案に賛成してもらえるか」と打診したというのだ。菅総理は18日夜の記者会見で、「クビを代えたら賛成するとかしないとか、そういう古い政治に戻る気はさらさらない」と自らの退陣については明確に否定した。
仙石氏が考えている次期総理候補は、間違いなく前原誠司外務相だ。前原グループは、いまでも菅政権を実効支配してはいるものの、やはり総理がグループ外だと、すっきり行かない部分がある。だから、総理のポストも奪って、政権をグループで完全支配してしまおうというシナリオなのだろう。
菅シナリオにしろ、仙石シナリオにしろ、その先に待っているのは旧自民党型の政策だけだ。
だから民主党のマニフェストを守ろうと考える衆議院議員は、16人の勇気に応えて、共に行動を開始すべきだ。
確かに菅総理が解散総選挙に踏み切れば、選挙基盤の弱い小沢グループは大打撃を受ける可能性が高い。しかし、このまま民主党に居座れば、政治信条がまったく異なる前原マニフェストを掲げて選挙を戦わなくてはならなくなる。国民の選挙での選択肢を守る戦いを民主党リベラルグループはすぐに始めるべきなのだ。
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森永卓郎(もりながたくろう)
森永 卓郎 1957年東京都生まれ。東京大学経済学部卒。日本専売公社、日本経済研究センター(出向)、経済企画庁総合計画局(出向)、三井情報開発総合研究所、三和総合研究所(現:UFJ総合研究所)を経て2007年4月独立。獨協大学経済学部教授。テレビ朝日「スーパーモーニング」コメンテーターのほか、テレビ、雑誌などで活躍。専門分野はマクロ経済学、計量経済学、労働経済、教育計画。そのほかに金融、恋愛、オタク系グッズなど、多くの分野で論評を展開している。日本人のラテン化が年来の主張。
http://www.nikkeibp.co.jp/article/sj/20110228/261753/
森永卓郎 厳しい時代に「生き残る」には
http://www.nikkeibp.co.jp/article/sj/20090430/150229/
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