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+++++時事ネタ(「新潮45」が語る枝野官房長官と小室直樹氏)
月刊誌「新潮45」の2011年3月号の頁をぱらぱらめくっていました。まず目に付いたのが、「枝野官房長官と革マル派疑惑の真相」なる記事です(44-48頁)。2005年12月16日、枝野氏を筆頭とする7名の国会議員が、「JR東労組組合員7名に対する政治弾圧」事件についての「ヒアリング」との名目で、厚生労働省および警察庁、法務省の官僚4名を衆議院議員会館に呼びつけ詰問した経緯を書いています。この「JR東労組」は、「革命的マルクス主義者同盟」(通称革マル)の幹部で昨年末死んだ松崎明氏の強い影響下にあるとされています。その影響下にある組合で組合員間のトラブルが生じ、裁判沙汰となり、結果として7名の組合員に東京地裁で有罪判決がなされたというものです(現在も最高裁で判決待ち)。事件の概要については、この記事を見る限りでは、枝野氏側の言いがかりとも思えるのですが、又、枝野氏が過激派左翼暴力集団と呼ばれる「革マル」と近しい関係にあるとの噂など、それらは、ここでは措いておきます。
私がここで問題にしたいのは、この事件を「弾圧事件である」として、その時点で司法の場で係争中であったにもかかわらず、一方的に係争の一方の当事者を呼びつけ詰問したことです。司法に委ねられている事件に立法府の人間が乱暴に口を出す。弁護士としてはあるまじき事と思います。
前回、私は小沢一郎氏が民主党倫理委員会で申し立てた「弁明書」を掲載しました。この弁明書はことさら新しいことは書かれておらず、小沢氏がこれまで一貫してあらゆる場で表明してきた主張が整理された文書です。人権の尊重・保護について確固たる理念を有する人ならば、この弁明書は熟考・検討するにあたいするものです。しかし、枝野氏はそうではありませんでした。JR労組の問題に際して同様、検察、検察審査会などを呼びつけ、糾明するという選択肢があったはずです。何故なら、この問題は、長く(2月初旬まで)、未だ司法にゆだねられる前であったのです。しかし、氏はその素振りも見せませんでした。ご都合主義というべきです。よこしまな政治的思惑が枝野氏をして、ダブル・スタンダードを取らせているのだろうと考えています。
もう一つ興味深い記事を見つけました。「小室直樹」と題する記事です(134-143頁)。私は、小室氏について2010年12月17日記事で若干mentionしました。
http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51540608.html
鬼才というべき人で、そもそも数学者から出発したはずなのに、いつの間にか、経済学者であり、政治学者であったという人です。氏が、生涯の70余年に師と仰いだ学者はいずれも夫々の研究分野でのトップクラスのかたがたです。ロッキード裁判での田中角栄氏の無実をいち早く喝破した学者でもあります。論壇への実質的登場は「ソビエト帝国の崩壊」(光文社、1980年)でした。氏の予言どおり、「ソビエト」は10年後に崩壊しました。しかし、1980年当時、そうした予言は虚言に近いものでありました。私は、ちょうどその頃仕事でモスクワに滞在しソビエトの現状を自らの目で観察・体験しましたが、鈍感にも10年後の崩壊を思わせる兆候を感ずることはできませんでした。以下は、帰国後、とある刊行物に書いたエピソードの一端です:
%%%%%エピソード始め
仕事場から宿に戻る途次の、とある夕刻であった。地下鉄オクチャービリスカヤ駅からトラム(路面電車)へ乗り換えるべく急いでいた。トラム乗り場前に長い行列ができていた。先頭でオレンジを売っていた。うまそうなので、その行列の尻尾についた。幾ばくかの時がたち、近くにもう一つの行列が発生し、みるみる成長した。どうもリンゴ売りらしい。すると、小生の前に並んでいたオッサンが私に「ちょっと列を離れる」と、言いおいてなんとリンごの列に並んだのである。見る間にそういう人間がオレンジからリンゴに移ったため、小生はだいぶオレンジに近づいた。と思う間も無く、リンゴ列からのオッサン、オバチャンがオレンジ列に戻ってきて、順番でどちらが先かで言い合いをしている。手こそ出さないがすさまじい剣幕でやり合っている。長期滞在者が言うところでは、三ないし四つの行列に同時に並ぶなぞと言う神がかり的「行列の達人」も少なくないとの事である。
ところで、この地ではあまり暴力沙汰を見ないと書いたが先日すさまじい暴力を見た。被害者は酔っ払った旦那であった。付き添ってるのは十分体格のよい奥方である。奥方の口やかましい小言(どうも旦那の側に立って物事を見てしまう)に旦那がちょっとだけ口答えをしたらしい。奥方の丸太のような腕が即座に旦那の顔を直撃。旦那は雪の上に吹っ飛んだ。まさに身の毛のよだつ恐怖の瞬殺であった。
%%%%%エピソード終わり
上記のような光景から、奥方によるすさまじい夫への圧制があったとしても、私は10年後にソ連が崩壊するなぞとは想像できませんでした。
さて、この小室氏、父親の死後、母の実家である会津に転居し、渡部恒三氏と学窓を同じくしたとのことです。小室氏は赤貧のなかにあり、渡部氏の母が自らの息子と小室氏の二人分の弁当を用意した。しかし、小室氏はそのことで自らを卑下することはなく、渡部氏の母親に面と向かって「恒三は頭が良くないから云々」と遠慮がなかったらしい。と言うわけで、渡部氏は小室氏と無二の親友との事です。
さて、その渡部氏は民主党倫理委員会の委員長です。その経歴からして田中角栄氏の薫陶も幾ばくかは受けているはずです。しかし、前回、紹介した小沢氏の弁明への対応から、見えてくるのは、渡部氏が、小室氏が喝破したように「頭がよろしくない」事であり、したがって小室氏の深い思索・理念を共有することはできなかったことです。
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