http://www.asyura2.com/11/senkyo106/msg/785.html
Tweet |
副島隆彦の学問道場「今日のぼやき」広報ページ掲載の、
2010年10月14日「1165」中田安彦氏の投稿より、
ポピュリズムについて重要部分をまとめて紹介します。
全文は http://www.snsi.jp/tops/kouhou/1441 を参照してください。
◎日本の政治学者とマスコミは、ポピュリズムということばを意図的に間違って使っている。「ノノシリ言葉」として徹頭徹尾否定的に使っているのである。
◎ポピュリズムには何ら「大衆迎合政治」という意味は存在しない。英語辞典の権威である『オックスフォード英語辞典』では、「普通の人々の意見や願望を代弁すると主張する政治手法のこと」と説明している。
◎ポピュリズムとは、大衆による反エリート政治運動のことである。アメリカでは19世紀後半以降、ワシントンDCに富と権力が集中し、巨大な資本が政治経済プロセスに影響を与えていく中で、自分たちの利益がないがしろにされたと感じる一般大衆(労働者、中小企業経営者、農民)が増えていった。いわばそのような「サイレント・マジョリティ」の利益を代弁するスタンスとしてポピュリズム(人民主義)が出現してきた。ポピュリズムは個人の権利を何よりも重視する保守派のポピュリズムもあれば、富の不平等を是正するという意味でのリベラルのポピュリズムも存在するが、基本線としてアメリカのワシントンやニューヨークなど大都市で財閥の利害を代弁する「東部エスタブリッシュメント」のエリート主義に反対するという点で共通している。
◎日本におけるエスタブリッシュメントとは、アメリカの意のままに動く官僚組織であり、アメリカにベッタリの財界組織(経団連の大部分)である。
◎中曽根系の政治学者達や、朝日新聞の御用達のコメンテーターたちは、日本の草の根のポピュリストたちの反乱、反米運動を死ぬほど怖がっている。だから、それを押さえ込むために、まずは「ポピュリズム」の本来の重要な意味を歪曲するプロパガンダに従事していく。この心理は、アメリカの東部エスタブリッシュメント(ロックフェラー系)のメディアが時々、ポピュリズムの意味を紙面で歪曲して使うのと非常によく似ている。
◎ポピュリズムという言葉を日本でいち早く流行させたのは、2000年に『ポピュリズム批判』というエッセー集を出した「読売新聞」の主筆である渡辺恒雄(ナベツネ)である。ポピュリズムを、「大衆迎合主義」(たいしゅうげいごうしゅぎ)と「人気取りの為の二分法、プロパガンダ」程度の意味で使い、小泉構造改革(とりわけ郵政民営化)に批判的だったナベツネは、小泉の劇場型政治手法をポピュリズム(大衆迎合主義)と呼び、何度と無く読売新聞社説上で批判した。
◎小泉純一郎は馬鹿な大衆を扇動している点において、政治学的には「衆愚政治」(モボクラシー)とか、「イディオクラシー」と呼ばれるべきなのである。あるいはファシスト、デマゴーグという立派な政治学的な表現がある。昔も今も存在するパンとサーカスの「衆愚政治」に対して、それをわざわざ言葉の意味をねじ曲げて、「ポピュリズム」と呼ぶ必要はなく、そうするには何か別の隠された意図がある。
◎副島隆彦によるポピュリズムの定義:ポピュリズムとは、そのまま訳せば「人民主義」である。ポピュラーという言葉のイズム形であるから、一般大衆に大変人気のある庶民的な政治ということになる。このポピュリズムが荒れ狂うときに、アメリカの支配階級であるエスタブリシュメントの人々は、憂鬱になり不安な気持ちに襲われる。なぜならポピュリズムは、政治家や官僚や財界人たちに対して激しい不信感を抱いて沸き起こる、民衆の怒りの感情そのものを意味するからである。(副島隆彦『アメリカの秘密』179p)
◎支配層には小沢一郎が過激な反米ポピュリストに見えるので、どうしても潰してしまわないと不安で不安でたまらないのだ。要するに、小沢一郎、鈴木宗男、亀井静香こそは、ポピュリストであり、現在の民主党政権の見せかけの政治に対する苛立ちを体現した政治家なのである。
◎ポピュリズムが今ほど、この日本に必要なときはない。
(中田安彦氏の投稿より)
以下、副島隆彦の学問道場「今日のぼやき」広報ページより 全文を転載します。
------
「1165」【書評】『ポピュリズムへの反撃』への反撃。:“政治学者”・山口二郎よ、ポピュリズムを歪曲するな。日本における政治学用語のLexicon(用語法)の目に余る好い加減さについて。2010年10月14日
http://www.snsi.jp/tops/kouhou/1441
アルルの男・ヒロシ(中田安彦)です。今日は、2010年10月14日です。
今日は一冊の本の書評をします。
先日、書店で北海道大学法学部教授である山口二郎という人の『ポピュリズムへの反撃−現代民主主義復活への条件』(角川ONEテーマ21)という本を買った。ポピュリズムという言葉は日本ではその語源からまったく正しく理解されていないことを私は数年間嘆いていたが、この山口二郎の本は極めつけにひどい一冊である。この本のオビには「本当の敵は誰だ?」とある。簡単である。本当の敵は山口のように間違った理解を有識者・学者の肩書きでばらまく人物である。
山口は、米国と英国で留学した経験のある政治学者で、民主党政権交代を評価していた人物の筈だが、アメリカの政治学的の実感のところで理解する知識はゼロに近いのではないか?
私の友人の政治学者が言っていたが、最近はまともになったが、10年くらい前までは、一般教養の政治学や経済学の授業で欧米の大学で行われているような、網羅的な大学院に行く前に必要とされる、基礎教養の伝授を的確に行える大学教授は日本にはほとんどいなかった、ということである。たいていが自分の著書を教科書で買わせるためにマニアックな自分の研究分野に特化した授業を行うのである。そう言う大学教授は欧米ではまともに相手にされない。
さて、山口は本書の「開講の辞」(まえがき)で、「ポピュリズムという言葉の切り口から、この10年間の日本の政治について考えることが、この講義のテーマです」(11p)と述べている。この文章に至るまでに山口は小泉構造改革の熱狂とメディアの責任を論じているが、この文章を読んだ段階で、山口がどのようにポピュリズムを捉えているかが分かる。
山口は、ポピュリズムを、「読売新聞」の主筆である渡辺恒雄やその盟友であるところの中曽根康弘元首相たちと同様に、「大衆迎合主義」(たいしゅうげいごうしゅぎ)と「人気取りの為の二分法、プロパガンダ」程度の意味でしか論じるつもりが無いようだ。ポピュリズムという言葉を日本でいち早く流行させたのは、2000年に『ポピュリズム批判』というエッセー集を出したナベツネである。小泉構造改革(とりわけ郵政民営化)に批判的だったナベツネは小泉の劇場型政治手法をポピュリズム(大衆迎合主義)と呼び、何度と無く読売新聞社説上で批判した。
ところが、このポピュリズム=大衆迎合主義という理解はこの言葉の本来の意味からするとまったく間違っているのである。試しに、英語辞典の権威である「オックスフォード英語辞典」を引いてみる。すると、私の手持ちのOALDには次のような意味が載っている。
populism noun[U] a type of politics that claims to represent the opinions and wishes of ordinary people (訳:普通の人々の意見や願望を代弁すると主張する政治手法のこと)
出典:Oxford advanced learners' dictionary
このようにポピュリズムには何ら「大衆迎合政治」という意味は存在しない。ただ、これだけでは分からないので、もう少しポピュリズムという言葉の歴史的背景について掘り下げる必要がある。そこで更に"American Politics"という政治啓蒙を目的にしたウェブサイトのグロッサリーから引用する。
populism
A political ideology that emphasizes government's role as an agent of the common man, the worker, and the farmer, in struggles against concentrated wealth and power. Historically in the United States, "populist" describes any political movement having popular backing which is also perceived to be acting in the interests of ordinary people rather than elites.(訳:政治イデオロギー、信条の一つ。政府の役割は一般人、労働者、農民の代理人であると強調し、富と権力の集中に対抗する。歴史的に米国では、「ポピュリスト」とは、大衆の支持を得ている政治運動のことであり、同時にエリートよりも一般大衆の利益のために活動するものと理解されている。)
http://www.laits.utexas.edu/gov310/IPOM/glossary.html
上の説明で分かるように、ポピュリズムとは、大衆による反エリート政治運動のことである。アメリカでは19世紀後半以降、ワシントンDCに富と権力が集中し、巨大な資本が政治経済プロセスに影響を与えていく中で、自分たちの利益がないがしろにされたと感じる一般大衆(労働者、中小企業経営者、農民)が増えていった。いわばそのような「サイレント・マジョリティ」の利益を代弁するスタンスとしてポピュリズム(人民主義)が出現してきた。ポピュリズムは個人の権利を何よりも重視する保守派のポピュリズムもあれば、富の不平等を是正するという意味でのリベラルのポピュリズムも存在するが、基本線としてアメリカのワシントンやニューヨークなど大都市で財閥の利害を代弁する「東部エスタブリッシュメント」のエリート主義に反対するという点で共通している。
19世紀には、後にウィルソン政権の国務長官になったウィリアム・ジェニングス・ブライアン(映画『風の遺産』に出てくる進化論を否定する政治家)が、当時、エリート層の間で指示されていた金本位制に対抗する、金銀複本位性(デュアル・カレンシー)を提唱する形で農民の支持を得たし、大恐慌時には、「我々の富を共有しよう」(シェア・アワ・ウェルス)というスローガンでワシントンの政治家、とりわけフランクリン・ローズヴェルトに対抗した、ヒューイ・ロング(元ルイジアナ州知事のあと上院議員になった)という左派のポピュリストがいる。最近では、ワシントンの特に連邦準備制度を廃止して、今のエリートが指示する不換紙幣(フィアット・マネー)ではなく、かつての金硬貨本位制への回帰を謳う、ロン・ポールやその息子のランド・ポールなどの政治家がいる。アンチ・ワシントンという点では、前の共和党大統領選挙で副大統領候補となり、次の大統領選挙出馬が噂されている、サラ・ペイリン前アラスカ州知事も保守派のポピュリストに該当する。今アメリカを席巻している、ティーパーティー運動もポピュリズムの運動と言って良いが、ただこの動きは共和党のエスタブリッシュメントに上手く利用されている。
この点を山口も一応は意識はしており、本書の第1章「ポピュリズムの誕生と変容」の前半箇所では、アメリカの19世紀におけるポピュリスト・パーティについて、あるいは19世紀後半の南部の農業社会における農民への搾取に対する不満の声などの背景については言及している。その部分を一部引用する。
(引用開始)
その場合の不満が向かうターゲットというのは、一つは資本家、とくに鉄道資本です。これはやはり庶民の恨みを集めました。それからもう一つは、そういう資本家に支援された政治家たちでした。こいつらが金持ちのために利益になるような政治ばっかりやっているのはけしからんということで、反資本家と反既成政党の運動、そして、庶民的な利益を追求するポピュリズム運動というものが広がっていったのです。本来、農民や労働者こそがアメリカ社会の多数派であるはずなのに、それらの人々が政治から排除されているという怨嗟が、政治運動の原動力になったのです。
山口二郎『ポピュリズムへの反撃』(20p)
(引用終わり)
これに続いて、山口は、「ポピュリズムというものは、単に形式上の政治参加の平等というものから一歩踏み出して、実質的な富の再分配、あるいは経済的な意味の平等を目指していく政治運動という大きな意義を持っていたのです」と述べる。この部分は明らかに大恐慌時代のヒューイ・ロングが掲げた「シェア・アワ・ウェルス」のことを意識している書き方である。しかし、ジェニングス・ブライアンやヒューイ・ロングの名前は一切言及がない。これはきわめて奇妙なことである。
ところが、この前半20ページからあとは、山口は徹底的に反ポピュリズムの文脈で議論を進めていく。まず最初に、山口はインテリ知識人らしく、20世紀のアメリカのインテリ知識人の代表格であるところの、リチャード・ホフスタッターを登場させる。このあたりはさすがと一応褒めておく。ホフスタッターは、『アメリカの反知性主義』という代表作をもつ歴史家、思想家で、ポピュリズム運動には批判的である。
ホフスタッターはポピュリズムの担い手である、反エリートの立場の普通の人々は、時に狂信的になると論じた。ホフスタッターが生きた時代は反共産主義のアカ狩りが盛んだった時代であり、その代表格である、ジョゼフ・マッカーシー上院議員は徹底的に共産主義の疑いがある人間を議会に引っ張り出して査問にかけた。今から考えれば行きすぎた面があったことも確かであるから、その狂信的なアカ狩りをホフスタッターが批判するのは理解できる。
ホフスタッターの提起したアメリカで多数を占める宗教勢力である「福音主義派(エヴァンジェリズム、アメリカの宗教右派・レリジャス・ライト)」の問題は、ブッシュ政権のイラク戦争の時に大きく問題になった。福音主義派は、あまりにも素朴なゆえに、ワシントンの戦争遂行のイデオローグとなったユダヤ人が多い政治派閥であるネオコン派に利用されて、反イスラムの戦争遂行に動員されてしまった。ただ、これはポピュリズムそのものの問題ではなく、悪質なプロパガンダの問題として理解すべきものである。
ただ、ホフスタッターの議論を利用して、東部エスタブリッシュメント系のメディアが、大衆の利益を代弁する政治家を「ポピュリスト・デマゴーグ」と呼びネガティブ・キャンペーンを行うことはアメリカでもしょっちゅう行われている。だが、その場合でもポピュリストという言葉の前に「危険な」などの形容詞を付ける事が多い。語源としてのポピュリズムは、草の根(グラス・ルーツ)の大衆運動からスタートしていることを少なくともアメリカのメディア人は知っている。
これがイギリスのメディアになると、時々、エコノミストやFTといった金融エスタブリッシュメントの利益を代弁するメディアが、ベネズエラのフーゴ・チャベス大統領やイランのアフマディ・ネジャド大統領のことを、ポピュリストと呼ぶことがあり、ポピュリズムを大衆扇動のデマゴーグとして表記する場合もある。だが、以下の英「エコノミスト」の南米地域の政治潮流に関する記事は本来の語義に正しく次のように解説している。南米には有名なポピュリストとして、ペロン大統領(映画エビータに登場する)がいた。
(訳出の上、引用開始)
「ポピュリズム」というのは捉えにくい概念である。しかし、南米地域で起きていることを理解する際にきわめて重要である。この言葉がはらむ問題点はいくつもあるが、その一つとして、この言葉がしばしば「ノノシリ言葉」(term of abuse)として使われることである。世界の多くの国々では、「ポピュリスト」とは、有権者にいやらしく訴える人気取りの政治家のことをおおざっぱに表現するときに使われる。
しかし、ポピュリズムには、地域ごとに微妙に違うが、もっと正確な意味がある。19世紀のロシアでは、ポピュリストとは西洋自由主義に対抗した農民の共同体主義の意味がある。また、フランスでは、1950年代のピエール・ポウジェードから最近のジャン・マリ・ルペンまで、特に農民や商店主のような「ちっぽけな人間」を代弁し、大企業、労働組合、外国人に反対する政治家のことを指している。
米国に置いても、ポピュリズムは農村、南西部の大草原にルーツを持っている。1890年代、人民党は、経済を支配する大都市のカルテルに対抗する政治運動を行った。その運動は、1896年の大統領選挙の際に頂点に達した。その時、彼らは金本位制に反対する運動を行った民主党のウィリアム・ジェニングス・ブライアンの選挙運動を支援したのである。
1928年から32年にかけて、ルイジアナ州の知事だったヒューイ・ロングもポピュリストであった。彼はスタンダード石油やその他の巨大企業に対する批判を繰り広げ、累進課税や州における財政出動を推し進め、それにより、容赦ない政治集金マシーン(派閥)を作り上げたことが独裁的傾向があるとして批判された。
The return of populism
A much-touted move to the left masks something more complex: the rebirth of an influential Latin American political tradition
Apr 12th 2006
http://www.economist.com/node/6802448
(引用終わり)
このように、エリート主義の雑誌であると見られがちな、経済誌「エコノミスト」であっても、本来の意味を勝手に歪曲して、ポピュリズムを「単なる人気取り」だとか「大衆迎合政治」だとか「反知性的な政治運動」だとは書かないのである。きちんと言葉の本来の意味をふまえて書いていることがおわかりになるだろう。
ところが、日本の政治学者はマスコミは、ポピュリズムということばを意図的に間違って使っている。上のエコノミストの記事にあるような「ノノシリ言葉」として徹頭徹尾否定的に使っているのである。
山口も、さらに27ページで、ポピュリズムについて、「しかし、ポピュリズムの厄介さというのは、人々を煽る政治家をポピュリストと呼んで馬鹿にすればいいというものではない」とか、「ポピュリズムの要素を否定しようとすれば、民主主義の大事な要素も否定してしまうという厄介さがあると思います」と書いている。ところがこれは前置きに過ぎず、やはりポピュリズムを扇動政治の一種としてしか理解していない。ポピュリズムこそが民主主義の本質であることをまったく理解できていないか、意図的に理解していない振りをしている。
そもそも山口が批判してきた、小泉純一郎元首相が、言葉の本来の意味において、ポピュリストであるはずがないのである。ポピュリズムはもともと農村に基盤を持つ。都市部でアホな大衆(広告代理店がいう「B層」)に支持された小泉元首相がポピュリストなわけがない。ポピュリストというのは広島の亀井静香とか、北海道の鈴木宗男とか、岩手の小沢一郎とか、新潟の田中角栄や真紀子父子のような政治家のことを言うのである。ちなみに山口は田中角栄らのポピュリスト性にについて一切言及していない。これも山口の無理解を無惨なほどに如実に表している。
小泉は馬鹿な大衆を扇動している点において、政治学的には「衆愚政治」(モボクラシー)とか、「イディオクラシー」と呼ばれるべきなのである。あるいはファシスト、デマゴーグという立派な政治学的な表現がある。山口は、本書で「21世紀型のポピュリズム」について警鐘を鳴らしたいということらしいが、ポピュリズムではなく、昔も今も存在するパンとサーカスの「衆愚政治」に対して警告を発するので十分なのであり、それをわざわざ言葉の意味をねじ曲げて、「ポピュリズム」と呼ぶ必要はなく、そうするには何か別の隠された意図があるのではないか。
日本におけるポピュリズムとは、田中角栄であると先ほど私は論じた。それは同時に田中角栄の弟子である小沢一郎や、鈴木宗男もまたポピュリズムの体現者なのである。小沢一郎は今年の9月4日、民主党代表選挙の際に行われた新宿での街頭演説会で、あるいは大阪で、あるいは北海道で大勢の聴衆を前に、「国会議員の発言は、国民大衆の血の叫びである。理想よりも現実だ。政治とは何か。生活である」と叫んだ田中角栄を現代にまざまざと彷彿とさせる演説を行った。小沢はかつて自分の選挙ポスターに「政治とは生活である」の文言を載せていたことがある。
この国におけるエスタブリッシュメントとは何か。それはアメリカの意のままに動く官僚組織であり、アメリカにベッタリの財界組織(経団連の大部分)である。それの振る舞いによって、地方の疲弊する農家や中小零細企業が疲弊しており、民衆の血の叫びとなっている。
地方に行けばタクシーの運転手は「おれは小沢の方が菅よりもどう考えても立派な政治家だと思う」とみんな言っている、と先日私が会った霞ヶ関の官僚は私に話してくれた。そういった草の根の保守層は政治活動家ではないので党員やサポーターになっていない人も多い。だから、そういった人たちの声なき声はマスコミの世論調査にまったく現れないのである。新橋のサラリーマンの声は世論ではない。
そのようなポピュリストたちを口汚くののしってきたのが、大新聞・テレビであり、霞ヶ関の官僚であり、アメリカの知日派と呼ばれるエリート層(具体的には、ジェラルド・カーティス:コロンビア大学教授や、マイケル・グリーン:ジョージタウン大学教授)であり、アメリカの受け皿として日本のエスタブリッシュメントとして君臨してきた中曽根康弘系の政治学者達である。
彼ら中曽根系の政治学者達や、朝日新聞の御用達のコメンテーターたちは、日本の草の根のポピュリストたちの反乱、反米運動を死ぬほど怖がっている。だから、それを押さえ込むために、まずは「ポピュリズム」の本来の重要な意味を歪曲するプロパガンダに従事していく。この心理は、アメリカの東部エスタブリッシュメント(ロックフェラー系)のメディアが時々、ポピュリズムの意味を紙面で歪曲して使うのと非常によく似ている。
ところが、そのアメリカの知識人であるマイケル・グリーンは次のようにポピュリストと言う言葉を使っている。「小沢氏の反米的な発言は日米関係にダメージを与えてきた。反米ポピュリズムを繰り返せば、日米関係を少しずつむしばむ傷になっていくだろう」(日経新聞 2010年9月)。グリーンは、いわばポピュリストから批判を受ける立場であるが、この言葉をきわめて正しく使っている。正しい用語法を身につけていないのは、日本の政治学者だけである。
山口二郎は次のように述べている。「小沢前幹事長の下で、陳情が一元化され、公共事業補助金の箇所づけが民主党の地方組織を通して地方自治体に伝達されたことは、利権配分政治が健在であることを国民に印象づけた」。このように、暗に小沢一郎を批判している山口二郎よ、お前も、中曽根やナベツネと同様に、ポピュリズムの本来の意味をひた隠しにする動きをしているのではないか?まず正しい言葉遣いをせよ、学者としての基本がなっていない。
日本人はいつまで経っても、西洋の学問をそのまま輸入することすら出来ない。だから土人(どじん)だとか「猿の惑星」だとか欧米人から批判されるのだ。違うのか、北海道の在住の日本土人、山口二郎よ。これは一人の日本土人である私からの意見である。お前こそ官僚の手先あるいは、コーポラティストではないのか?
最後に副島隆彦によるポピュリズムの定義を、副島の著書『アメリカの秘密』から引用して本稿を締めくくる。
(引用開始)
ポピュリズムとは、そのまま訳せば「人民主義」である。ポピュラーという言葉のイズム形であるから、一般大衆に大変人気のある庶民的な政治ということになる。このポピュリズムが荒れ狂うときに、アメリカの支配階級であるエスタブリシュメントの人々は、憂鬱になり不安な気持ちに襲われる。なぜならポピュリズムは、政治家や官僚や財界人たちに対して激しい不信感を抱いて沸き起こる、民衆の怒りの感情そのものを意味するからである。
ポピュリズムは、議会制民主主義の大敵であるとされる。形式上は民衆をおだてるが実質的には彼らを上手に管理・支配しているワシントンの財界人・政治家・官僚層に対して、アメリカ国民が反感を露わにして荒れ狂うときがある。そのときにポピュリズムの炎が、アメリカ全土を覆うからである。ポピュリズムを代表する映画は『スミス都へ行く』(1939)である。これを見ればすべてが分かる。ポピュリズムは決して、社会主義者や労働組合運動から出てくるものではない。むしろ、グラス・ルーツ(草の根)と呼ばれる、地方の本物のアメリカの庶民たちの保守的な生活意識の中から、突如として沸き起こる。だからポピュリズムは、リベラルな民主党系の、労働者や移民や貧しい層の味方のフリをする政治家たちに対してこそ、厳しい非難の声を浴びせる。ヒューイ・ロングは、その頃の国民大衆の苛立ちを体現した人物だったのである。
副島隆彦『アメリカの秘密』(179p)
(引用終わり)
このヒューイ・ロングは、ローズヴェルト大統領を破るべく大統領選挙に挑戦しようとした矢先に、ローズヴェルト派に暗殺された。彼の「豪腕」の政治手法は大新聞の攻撃の的にもなった。この点は、田中角栄と小沢一郎や鈴木宗男とそっくりである。ポピュリズムの怒りは往々にして、支配階級の巧妙な分断工作によって、無惨な敗北を強いられてきた。今回の小沢一郎が挑戦した民主党代表選がまさにその分断工作の好例であった。小沢一郎に対する悪質なネガティブ・キャンペーンや、検察審査会という法律という刃物や匿名の一般市民の検察審査員を使った政治謀略が行われた。支配層には小沢一郎が過激な反米ポピュリストに見えるので、どうしても潰してしまわないと不安で不安でたまらないのだ。
要するに、小沢一郎、鈴木宗男、亀井静香こそは、ポピュリストであり、現在の民主党政権の見せかけの政治に対する苛立ちを体現した政治家なのである。
ポピュリズムが今ほど、この日本に必要なときはない。
アルルの男・ヒロシ(中田安彦)拝
--------
●中田安彦(なかた・やすひこ)国際的な財界人ネットワークと国際政治、日米関係を基本に研究。主著『ジャパン・ハンドラーズ』『世界を動かす人脈』など。
ツイッター 「アルルの男・ヒロシ」 http://twitter.com/bilderberg54
サイト 「ジャパン・ハンドラーズと国際金融情報 」amesei.exblog.jp
●副島隆彦氏インタビューby岩上安身氏「ナショナリスト、ポピュリズム、リバタリアニズム」など。(「雑談日記(徒然なるままに、。)」2010/03/06 より)
http://soba.txt-nifty.com/zatudan/2010/03/10022.html
●『ポピュリズムの体現者 ヒューイ・ロング』(DVD)1985年作品 約98分
http://soejima.to/cgi-bin/video/video/V-14.htm
[ 内容紹介 ]
副島隆彦による10分間の解説も付いてきます。
「ポピュリズム」この言葉は、日本では全く正しく理解されていない。
ポピュリズム populism とは、日本では単なる「大衆迎合主義」「人気取り政治」の意であるように理解されている。日本を代表する『読売新聞』のトップである渡邊恒雄氏のような人物からそのような誤解をしている。ポピュリズムとは、アメリカの中西部の草の根の大衆たちが抱いている、ワシントンやウォール街の権力者や財閥に対する根本的な不信感に基づく感情を代弁する思想運動のことを言う。
日本でポピュリストとされる小泉純一郎前首相は、本当の意味でのポピュリズムとは正反対の人物だ。
アメリカで、このポピュリズムを歴史的に体現すると言われるのが、本ドキュメンタリーの主役のヒューイ・ピアース・ロング(1893年〜1935年)である。彼は、大恐慌の時代に政界で活躍した人物だ。その政治姿勢は日本でいえば田中角栄に相当する。ロングの権勢はやがて、ルイジアナ州知事から大統領の座を狙うまでに拡大し、後に映画『オール・ザ・キングスメン』(1949年)のモデルともなった。
F・ルーズヴェルトの最大の敵となり、モルガン家やロックフェラー家とも正面から対立したヒューイ・ロングが体現した理念は、アメリカの保守的な白人中産階級の、最も正直な怒りの声である。ロングの生涯の軌跡を追うことで、アメリカの民衆の真実の姿がわかる。反権力と保守思想が密接に結びついたアメリカの姿がここにある。
●『ポピュリズムの体現者 ヒューイ・ロング2』(DVD)1992年1998年作品約97分
http://www.snsi.jp/shops/productview/109
[ 内容紹介 ]
第1部:ヒューイ・ロングとその時代/世界大恐慌
1929年、アメリカ発で世界に広まった大恐慌(The Great Depression)の時代は、今も多くの研究がなされ、映画や小説の題材にもなっている。不況から自分達の恩給をもとめてワシントンへ行進した退役軍人達と、それを武力で鎮圧しようとしたマッカーサー・アイゼンハワー・パットン率いる政府軍との紛争。マッカーサーと並び“アメリカで最も危険な男”と考えられていたヒューイ・ロングの台頭と暗殺。
そしてヒトラーのポーランド侵攻、世界大戦の幕開けによる不況の終結、等。第一次〜第二次大戦の狭間で起きた政治上の大きな動きを、多様なフッテージを織り交ぜて俯瞰する。
前ニューヨーク州知事、民主党リベラルの代表的な超大物政治家マリオ・クオモによる解説入り。
第2部:ヒューイ・ロングを生んだ土地/ルイジアナ
ルイジアナ州は、アメリカの諸州の中でも政治・選挙を愛する点においてきわめて特異な地域である。そんなルイジアナ州の政治の基礎を形作ったヒューイ・ロングについて、だけでなく、ヒューイの弟でやはり知事になったアール・ロングや、その息子ラッセル・ロング。それにエドウィン・エドワーズや、人種差別団体KKK代表デイヴィッド・デュークなど、良くも悪くもロングの遺産を受け継いだ強烈な個性の人々をとりあげている。
これはロング暗殺後のルイジアナ政界の様子をつぶさに記録した、貴重なドキュメンタリーである。単純な物差しでははかれないアメリカ地方政治の奥深さを、実感で理解できる!
-----
この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます(表示まで20秒程度時間がかかります。)
▲このページのTOPへ ★阿修羅♪ > 政治・選挙・NHK106掲示板
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。